中国経済の減速が関西経済に与える影響

2015年12月
日本銀行大阪支店
中国経済の減速が関西経済に与える影響
本稿における「関西」は、大阪府、京都府、兵庫県、滋賀県、奈良県、和歌山県の2府4県。
本稿は、大阪支店営業課調査グループ吉野功一が執筆しました。ホームページ
(http://www3.boj.or.jp/osaka/)からもご覧いただけます。本稿で示された意見は執筆者に属し、必ずしも
日本銀行の見解を示すものではありません。本稿の内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予
め日本銀行大阪支店までご相談ください。転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。
【照会先】
日本銀行大阪支店営業課調査グループ 小野、吉野(TEL:(06)6206-7751)
1
本稿のポイント
■ 関西は、貿易取引やインバウンド消費を通じた中国との経済的な結び付きが強くなっ
ており、中国経済の減速が関西経済に与える影響に関心が高まっている。
■ まず、関西の実質輸出をみると、4-6 月に弱い動きとなったものの、足もとは増加に
転じている上、中国向け実質輸出の水準をみても全国を上回って推移しており、必ず
しも、中国経済の減速の影響をより強く受けているわけではない。
■ 中国経済の減速が中国向け実質輸出に与える影響を試算すると、関西の減少幅は全国
よりも小さい。これは、関西企業が、中国の所得改善に伴い高まった高付加価値商品
(スマホ関連部品など)の需要を上手く取り込んできていることが一因と考えられる。
■ 次に、インバウンド需要の動向をみると、訪日客数は引き続き増加している。また、
関西の百貨店の免税売上も前年を大きく上回っているほか、大阪市内のホテルも高稼
働が続いているなど、中国経済減速の影響はみられていない。
■ こうした背景には、所得の改善が中国・内陸部にも広がっているほか、人民元相場が
対円で趨勢的に増価していることが挙げられる。
■ 先行きについても、①昨年の中国からの訪日客が人口の 0.2%程度であり、潜在的な
訪日需要がなお大きいことや、②関西国際空港と所得改善の目立つ中国・内陸部を結
ぶ路線が急速に拡大していることから、インバウンド消費は引き続き堅調に推移する
と考えられる。
1.関西と中国の経済的な結び付き
関西は、貿易取引やインバウンド消費を通じた中国との経済的な結び付きが強くなって
いる。関西からの名目輸出額に占める中国向けの割合は、2005 年(18.5%)から上昇し、
2014 年は 23.8%となり、全国(18.3%)を上回っている(図表1(1)
)
。インバウンド
消費についても、関西は、購入単価の高い中国からの訪日客が多いことが特徴で、中国経
済の減速が関西経済に与える影響に関心が高まっている(図表1(2)
、
(3)
)
。
以下では、中国経済の動向が、関西の輸出とインバウンド需要に与える影響についてそ
れぞれ纏めた1。
2.中国経済の減速が関西の輸出に与える影響
関西の実質輸出は、中国向けが減少したこともあり 4-6 月に弱い動きとなったものの、
足もとは増加に転じている(図表2(1)
)
。また、関西の中国向け実質輸出の水準は、全
国よりも高い水準を維持しており、必ずしも、中国経済の減速の影響をより強く受けてい
るわけではない。
(図表2(2)
)
。
ここで、2005 年以降のデータを用いて、中国経済の減速が中国向け実質輸出に与える
1
中国経済の減速の影響としては、中国現地法人の売上減少を通じて連結収益が悪化することも考えられるが、
人民元高・円安で現地法人の売上減少の影響が緩和されるため、本稿では分析対象としていない。
2
影響の試算を行う。具体的には、中国における発電量2が 1%減少した場合、全国や関西の
中国向け実質輸出がどの程度減少するか、について分析を行った。その結果、全国と関西
の中国向け実質輸出は、中国経済の減速を受けて徐々に減少し約6か月後に減少幅が最も
大きくなる傾向が確認できた(図表2(3)①)
。もっとも、関西の中国向け実質輸出の
減少幅を全国と比較すると、関西は最大で▲1%弱に止まるのに対し、全国は約▲1.3%と
なっている。このように、関西は全国よりも中国経済の減速の影響をやや受けにくい傾向
がある。
関西と全国の実質輸出への影響の違いを詳しくみるために、輸出財別に同様の分析を行
うと、スマホ関連部品を含む「電気機器」と「科学光学機器」は、全国、関西ともに減少
する傾向があるものの(図表2(3)②)
、関西ではその影響がやや小さい。これは、関
西企業が、中国における所得改善に伴い高まった高付加価値商品の需要を上手く取り込ん
できていることが一因と考えられる。すなわち、中国において所得改善や高速通信インフ
ラ整備が進む中でスマホが普及し、関西企業が競争力を持つ関連部品への需要が増加した
ことが、中国経済減速の影響を幾分緩和したと考えられる。
その他の財についても、
「輸送用機器」や「一般機械」は、全国では減少するが、関西
では統計的に有意な影響はほとんどみられなかった(図表2(3)③、④)
。
このように、現時点では、中国経済の減速による関西の中国向け輸出への影響は、全国
と比べて比較的小さいとみることが可能である。もっとも、中国の製造業の減速が長期化
した場合には、周辺のアジア諸国への悪影響を通じて関西の輸出が抑制される可能性もあ
り、引き続き、中国経済の動向を注視する必要がある。
3.中国経済の減速がインバウンド需要に与える影響
インバウンド需要の動向をみると、中国経済が減速する中でも、訪日客数は引き続き増
加している。また、関西の百貨店の免税売上も前年を大きく上回っており、全国シェアを
3割程度まで高めているほか、大阪市内のホテルも高稼働が続いているなど、中国経済減
速の影響はみられていない(図表3(1)
、
(2)
)
。
インバウンド需要が好調な背景には、中国における所得改善の広がりや人民元高・円安
の進行によって、中国人観光客の購買力が飛躍的に高まっていることが考えられる。まず、
中国の所得環境をみると、一人当たりGDPの上昇が続いている上、こうした所得改善の
動きが、内陸部にも広がっている(図表3(3)
)
。一人当たりGDPを地域別(GRP)
にみると、2005 年では、5,000 ドル3を上回る地域は沿岸部に限られていたが、2014 年に
は、大半の地域が 5,000 ドルを上回っている(図表3(5)
)
。
次に、人民元相場は対円で増価傾向にあり、2012 年初から足もとにかけて、約6割の
人民元高・円安が進んでいる(図表3(4)
)
。2015 年8月に人民元が対ドルで減価した
2
2014 年に発電された電力の約7割が第2次産業(工業)によって消費されており、発電量は、第2次産業
3
の需要動向を大きく反映している。なお、2014 年GDPに占める第2次産業の割合は約 43%に止まっている
ため、発電量の動向は、中国経済全体の動向を正確に表しているわけではない点に留意が必要。
一般的に一人当たりGDPが 5,000 ドルを超えると、裁量的支出が増えるとされる。
3
後も、対円では引き続き高い水準となっており、高い購買力が維持されている。
なお、昨年1年間のアジア諸国からの訪日客数を人口対比でみると(訪日率)
、香港、
台湾が 12%、韓国が6%、タイが1%であるのに対し、中国は 0.2%に過ぎない。特に所
得改善が目立つ中国・内陸部で訪日率が低いことも勘案すると、潜在的な訪日需要はまだ
まだ大きいとみられる(図表4(1)
)
。加えて、関西国際空港と中国・内陸部を結ぶ路線
が急速に拡大しているため、今後も関西への観光客の増加が期待される(図表4(2)
、
(3)
)
。
こうしたことを踏まえると、日中間の政治的緊張の高まりといった大きな状況の変化が
ない限り、関西におけるインバウンド消費は引き続き堅調に推移すると考えられる。
以 上
4
(図表1)
(1)名目輸出に占める地域別ウェイト
(%)
2005年
2014年
全国
関西
全国
関西
米国
22.5
16.4
18.7
12.6
EU
14.7
13.7
10.4
9.7
アジア
46.7
58.2
50.3
62.4
中国
13.5
18.5
18.3
23.8
NIEs
24.3
29.8
21.8
27.7
9.0
9.8
10.2
10.9
16.0
11.7
20.7
15.3
ASEAN
その他
(2)訪日客の国籍別ウェイト
(3)平均消費単価(買い物目的、全国)
(%)
全国
アジア
関西
中国
83.6
91.1
タイ
中国
24.3
29.9
香港
台湾
18.5
19.6
台湾
香港
7.4
9.0
豪州
韓国
20.9
22.3
タイ
3.9
3.0
その他
8.7
7.2
ヨーロッパ
6.7
4.2
米国
5.4
2.3
その他
4.3
2.3
カナダ
フランス
英国
14年
米国
13年
韓国
0万円 2
4
6
8
10
12
14
(注)
(1)のアジアは、中国、NIEs、ASEAN の合計値。ASEAN は、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピ
ンの合計値。
(2)は、15/1 月~9 月の累積訪日外国人数の国籍別ウェイト。関西は、関西空港と大阪・神戸港の外国
人入国者数の合算。
(資料)財務省「貿易統計」
、大阪税関「近畿圏貿易統計」
、法務省「出入国管理統計」
、観光庁「訪日外国人消
費動向調査」
5
(図表2)
(1)関西の実質輸出(地域別寄与度)
8.0
(2)関西と全国の中国向け実質輸出
(季調済前期比、寄与度、%)
米国
NIEs
輸出計
6.0
4.0
130
EU
ASEAN
中国
その他
(季調済、2010年=100)
120
110
100
2.0
90
0.0
80
70
-2.0
-4.0
60
全国
50
関西
40
-6.0
1 0年
1 1
1 2
1 3
1 4
1 5
0 8年 0 9
10
11
12
13
14
15
(3)中国経済減速が中国向け実質輸出に与える影響の試算
(推計方法)
・中国の発電量に対する 1%の負のショックが全国、関西の中国向け実質輸出に与える影響を試算。
・具体的には、全国・関西の中国向け実質輸出(対数値)、中国の発電量 (季節調整済み、対数値)、世界の工業
生産(季節調整済み、対数値)
、円の実質実効為替レート(対数値)からなる構造 VAR を推計。上記の変数順
にコレスキー分解によるショックの識別を行い、インパルス反応関数を算出。サンプルは、2005/1 月から
2015/8 月。
①中国向け実質輸出
<関西>
<全国>
0.5
②電気機器と科学光学機器の中国向け実質輸出
<関西>
<全国>
(%)
0.5
0.0
0.0
-0.5
-0.5
-1.0
-1.0
-1.5
-1.5
-2.0
-2.0
95%信頼区間
-2.5
-2.5
-3.0
-3.0
1
1 4 7 10 13 16 19 22 1 4 7 10 13 16 19 22
ヶ月
ヶ月
③輸送用機器の中国向け実質輸出
<関西>
<全国>
3.0
(%)
1.5
(%)
1.0
0.5
1.0
0.0
0.0
-0.5
-1.0
-1.0
-3.0
7 10 13 16 19 22 1 4 7 10 13 16 19 22
ヶ月
ヶ月
4
④一般機械の中国向け実質輸出
<関西>
<全国>
2.0
-2.0
(%)
-1.5
関西は、
「発電量が減る
と輸出が減る」との統計
的な裏付けは得られな
かった。
-2.0
-2.5
-4.0
関西は、
「発電量が減る
と輸出が減る」との統計
的な裏付けは得られな
かった。
-3.0
1 4 7 10 13 16 19 22 1 4 7 10 13 16 19 22
ヶ月
ヶ月
1 4 7 10 13 16 19 22 1 4 7 10 13 16 19 22
ヶ月
ヶ月
(注)
(1)の直近 15/10-12 月は 10 月(速報)の 7-9 月対比。なお、シンガポールは NIEs、ASEAN 双方に含ま
れている。
(2)の直近 15/10-12 月は 10 月(速報)の値。
(資料)財務省「貿易統計」
、大阪税関「近畿圏貿易統計」
、日本銀行「企業物価指数」
、Bloomberg
6
(図表3)
(1)地域別外国人入国者数
(2)関西地域の百貨店免税売上高
350 (2010年=100)
全国
300
関西
(億円)
250
(%)
全国(左目盛)
関西(左目盛)
関西のシェア(右目盛)
200
35
30
関東
250
25
150
20
200
100
15
150
10
50
100
5
0
13/
4月 7
50
06 年 07
08
09
10
11
12
13
14
15
(3)中国の一人当たり名目GDP
8,000
40
10
14/
1
4
7
10
15/
1
0
4
7
10
(4)人民元相場(対円)
(ドル)
22
7,000
(円)
人民元高・円安
20
6,000
18
5,000
4,000
16
3,000
14
2,000
12
1,000
0
05年 06
07
08
09
10
11
12
13
10
12/1月12/7 13/1 13/7 14/1 14/7 15/1 15/7
14
(5)中国の省・直轄市・自治区別一人当たりGRP
<2005 年>
<2014 年>
5,000ドルライン
120
5,000ドルライン
120
広東
100
100
山東
河南
四川
80
80
人
口
(
百 60
万
人
) 40
人
口
(
百 60
万
人
) 40
タイ
湖南
安徽
湖北
雲南
貴州
上海
20
広西
江西
20
0
0
0
0
2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 16,000 18,000
陝西
内モンゴル
福建
吉林
ウイグル
北京
チベット
浙江
遼寧
黒竜江
山西
重慶
海南
天津
江蘇
河北
寧夏
上海
北京
天津
青海
2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 16,000 18,000
1人当たりGRP(米ドル)
1人当たりGRP(米ドル)
(注)
(1)の関西は、関西空港と大阪・神戸港、関東は羽田・成田空港の外国人入国者数の合算。直近は 15/7
~9 月(確報)
。
(4)の直近は、15/11 月末。
(資料)法務省「出入国管理統計」
、日本銀行大阪支店「百貨店免税売上(関西地域)
」
、IMF「World Economic
Outlook」
、Bloomberg、中国国家統計局
7
(図表4)
(1)訪日客数と訪日率
訪日客数(A)
(万人)
うち関西
人口(B)
(万人)
訪日率
(A/B)
(%)
一人当たり
GDP
(ドル)
韓国
302
73
5,042
6.0
27,970
台湾
286
71
2,343
12.2
22,600
中国
254
66
136,782
0.2
7,572
沿岸部(注)
205
44,467
0.5
11,780
内陸部(注)
49
91,779
0.1
6,428
香港
90
30
727
12.4
40,033
タイ
68
14
6,866
1.0
5,896
1,415
320
合計
(2)LCC国際線旅客便数(週当り)
(3)LCC(関西国際空港)の路線
2014年
新千歳
22
福岡
47
関西
中部 羽田 成田
14
339
21
167
2015年
韓国
63
154
台湾
21
49
中国
7
46
沿岸部
7
18
内陸部
0
28
香港
25
44
シンガポール
16
19
0
7
21
20
153
339
タイ
その他
合計
(注)
(1)の中国の地域別訪日客数は、観光庁「訪日外国人消費動向調査」における中国からの訪日客の居住
地割合を用いた推計値。中国・沿岸部は、観光庁「訪日外国人消費動向調査」で居住地として内訳が公
表されている「北京市、上海市、天津市、遼寧省、広東省、江蘇省、山東省、浙江省」の合計。中国・
内陸部は、その他の地域。なお、中国の地域別人口の合計が全体の人口と合わない点に留意が必要。訪
日客数は、2014 年の外国人入国者数。
(2)の関西国際空港・成田空港は、15 年冬期計画。成田空港の便数は「発着回数÷2」で算出。それ以
外は 14 年冬期実績(15/1 月時点)
。
(3)の 2014 年は、夏期計画。2015 年は、冬期計画。
(資料)IMF「World Economic Outlook」
、中国国家統計局、観光庁「訪日外国人消費動向調査」 、法務省「出
入国管理統計」
、新関西国際空港㈱「関西国際空港の国際定期便運航計画について」
、各空港ホームページ
8