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◆ 2013 年 8 月 30 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 租税法 No.79
文献番号 z18817009-00-130790939
民法上の組合を通じて取得した新株予約権の権利行使益が雑所得に該当するとされた
事例
【文 献 種 別】 判決/東京高等裁判所
【裁判年月日】 平成 23 年 6 月 29 日
【事 件 番 号】 平成 22 年(行コ)第 356 号
【事 件 名】 所得税更正処分取消等請求控訴事件
【裁 判 結 果】 棄却
【参 照 法 令】 所得税法 34 条・36 条、所得税法施行令 84 条、平成 17 年法律第 87 号による改正前の
商法 280 条の 21 第 1 項、所得税基本通達 23 ~ 35 共- 9
【掲 載 誌】 裁判所ウェブサイト
LEX/DB 文献番号 25444119
……………………………………
……………………………………
れによる経済的利益(以下「本件経済的利益」とい
事実の概要
う。
) を得た。D証券取引所におけるB株式の本
(1) 民法上の組合A(以下「本件組合」という。)
は、株式会社Bが発行する株式(以下「B株式」
という。)
、新株予約権等に投資すること等を目的
として成立したものである。原告は、本件組合の
業務執行組合員Cとの間で、投資事業組合契約(以
下「本件組合契約」という。) を締結し、本件組合
の非業務執行組合員となった。
(2) 本件組合契約においては、組合員が出資
金の全額を払い込んだ場合には、本件組合は新株
予約権を直ちに行使し、発行されたB株式を当該
組合員に現物分配し、当該株式は分配実施日の翌
日から各組合員の専有に属すると規定されてい
る。
(3) Bは、取締役会において、平成 17 年法律
第 87 号による改正前の商法(以下「旧商法」とい
う。)280 条の 21 第 1 項に基づき、本件組合に対
し特に有利な条件で新株予約権を発行した。新株
予約権の目的たる株式は、B株式 1 億 1,670 万株
(新株予約権 1 個につき 1 万株) であり、新株予約
権の発行価額は 1 個につき 1,000 円、新株予約権
の行使に際し払込みをすべき額(以下「行使価額」
という。)は 1 個につき 22 万円(1 株につき 22 円)
である。
(4) 原告は、本件組合契約の定めに従い、4,287
万 1,790 円の出資払込みを行った。本件組合は、
この原告の出資払込みを受けて、Bに対し、本件
新株予約権 190 個を行使し(以下「本件権利行使」
という。
)
、原告は、B株式 190 万株を取得し、こ
vol.7(2010.10)
vol.14(2014.4)
件権利行使日の最終価格(以下「終値」という。)は、
1 株当たり 195 円であった。
(5) 原告は、本件経済的利益について、原告
の相当と考える算定方法により計算した金額を
雑所得として平成 18 年分の所得税の修正申告を
行ったところ、所轄税務署長は、当該経済的利益
に係る所得は雑所得に該当し、また、その経済的
利益の算定の基礎となる株式の価額は、権利行使
の日における証券取引所の終値によるべきである
として、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定
処分を行った。これに対し、原告が、
〔1〕当該
経済的利益は一時所得に該当する、〔2〕原告が
取得した新株予約権には特殊な事情が存在するた
め、当該経済的利益の算定に当たっては、その事
情を考慮して算定した額を基準とすべきであるな
どとして、前記各処分が違法であると主張して、
それらの各取消しを求めたのが本事案である。
判決の要旨
[第一審(東京地判平 22・10・8 訟月 57 巻 2 号
524 頁)の判断]
請求棄却。
1 所得税法が前記のような所得区分を設けて
税額計算に差異を認めるのは、応能負担の原則を
建前とするという同法の性格に由来するものと考
えられるところ、一時所得の特色が、臨時的又は
偶発的に発生する利得であるため、一般には担税
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新・判例解説 Watch ◆ 租税法 No.79
力が低いと考えられるというものであることから
すれば、同法 34 条 1 項にいう「労務その他役務
の対価」とは、給付が具体的又は特定的な役務行
為に対応する等価の関係にある場合に限られるも
のではなく、広く給付が抽象的又は一般的な役務
行為に密接に関連してされる場合を含むものと解
するのが相当である。
2 そもそも本件組合は、Bの企業再生のため
の本件スキームに基づいて組成されたものである
こと、Bは、平成▲年▲月に、本件お知らせで、
本件新株予約権の行使価額を低額にした理由とし
て、新規事業の情報、ノウハウ、人材の提供及び
資金支援を、本件組合が長期安定株主となりBと
一体となって取り組む旨の提案を受けているから
であると公表していたこと、Bと本件組合は、同
18 年に新株予約権発行の目的として上記の提案
内容を本件覚書で確認していること、実際に本件
組合の主要組合員であるCやFが、本件組合の組
合員として、Bに対し、新規事業の提案、人材の
提供、M&A や投資などの経営に関する助言その
他の役務の提供を行ったことが認められる。
これらの事実からすれば、Bが本件新株予約権
を発行するに際し、本件組合が長期安定株主と
なって、新規事業の情報、ノウハウ、人材の提供
その他の役務の提供を行うことをBに約していた
こと、だからこそBは本件組合に対し有利な発行
価額で新株予約権を割り当て、新株予約権の行使
に際し払込みをすべき額も低額とし、新株予約権
の行使により経済的利益が発生する仕組みとした
ことが認められる。そうすると、本件組合が本件
新株予約権を行使して本件株式の発行を受けるこ
とによって得られた経済的利益は、本件組合によ
るBに対する役務の提供の対価としての性質を有
しており、それがそのまま本件組合契約に基づき
原告に帰属するのであるから、本件経済的利益は
「役務の対価」としての性質を有するというべき
である。
3 以上のことからすれば、本件経済的利益は、
役務の対価としての性質を有するから、所得税法
上の「一時所得」には当たらず、「雑所得」に当
たるというべきである。
[控訴審の判断]
当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がな
いと判断する。その理由は、……原判決……に記
載のとおりであるから、これを引用する。
2
判例の解説
一 新株予約権の権利行使益に対する課税
本判決の争点は、(1) 本件経済的利益の所得区
分と、(2) 本件権利行使時のB株式の時価(上場
株式であるB株式の権利行使時の時価を証券取引所
の終値とすべきでない「特段の事情」があるか) で
ある。以下では、紙面の制約上、(1) の点につい
てのみ解説する。
新株予約権とは、「株式会社に対して行使する
ことにより当該株式会社の株式の交付を受けるこ
とができる権利」をいう(会社法 2 条 21 号)。新
株予約権を無償又は低廉な価額で取得した場合に
は、その取得時においてその時価と取得価額との
差額相当額の経済的利益を得たものとして課税す
べきであると考えることも可能であるが、個人の
場合には、新株予約権の取得時におけるその市場
価格を測定できるとは限らないため、所得税法施
行令 84 条は、権利行使時に、所定の方法によっ
て算定した経済的利益を収入金額に算入すべき旨
定めている1)。旧商法第 280 条の 21 第 1 項(新
株予約権の有利発行の決議)に基づき発行された新
株予約権については、権利行使時における新株の
時価から当該新株予約権の行使に係る新株の発行
価額(新株予約権の発行価額と権利行使価額の合計
金額)を控除した金額を権利行使時に認識するこ
ととなる(同条 1 項 3 号)。本判決では、この経済
的利益の所得区分が「一時所得」に該当するのか
「雑所得」に該当するのかが問題となっている。
二 一時所得の意義と範囲
「一時所得」とは、利子所得、配当所得、不動
産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所
得及び譲渡所得以外の所得のうち、①「営利を目
的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の
所得」で②「労務その他の役務又は資産の譲渡
の対価としての性質を有しないもの」をいう(所
得税法 34 条 1 項)。これに対し、
「雑所得」とは、
利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給
与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時
所得のいずれにも該当しない所得をいう(同法 35
条 1 項)。したがって、他の 8 種類の所得に該当
しない所得のうち、①かつ②の要件を具備するも
のは「一時所得」に該当するのに対し、①又は②
のいずれかの要件を欠くものは「雑所得」に該当
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新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 租税法 No.79
することになる2)。②の要件を欠く所得としては、
たとえば、プロの専門家以外の者が受ける原稿料
や出演料などがある。これらの所得は、たとえ営
利を目的とする継続的行為から生じた所得とはい
えない一時的な所得であっても、役務提供の対価
としての性質をもつ限り偶発的に発生した所得で
はないため、
「一時所得」には該当せず、
「雑所得」
に該当するものとされる3)。
本判決は、上記②の要件を満たすか否かという
観点から、本件経済的利益の一時所得該当性を検
討している。まず、②の要件における「労務その
他の役務の対価」という文言につき、原告が、報
酬としての性質(報酬性)があるか否かという観
点から対価の対象を限定する趣旨であって、報酬
性がなければ「役務の対価」に当たらないと解す
べきであると主張していたが、本判決は、一時所
得の趣旨にかんがみ、それは「給付が具体的又は
特定的な役務行為に対応する等価の関係にある場
合に限られるものではなく、広く給付が抽象的又
は一般的な役務行為に密接に関連してされる場合
を含む」と解した(判決の要旨1)。この点につい
ては、「労務その他の役務の対価」という言葉を
広く捉えてきたこれまでの下級審判決の解釈や4)、
給与所得についてさえ労務の提供とそれに対する
対価支払いという具体的対応関係を要求していな
い 最 判 平 17・1・15 判 タ 1174 号 147 頁 の 解 釈
と整合的である5)。
つぎに、事実へのあてはめについて、原告が、
原告自身と本件組合はBに対して役務提供を行っ
ていないため、本件経済的利益は役務提供の対価
ではないと主張したのに対し、被告は、本件組合
は、Bに対して新規事業の情報、ノウハウ及び人
材の提供、経営に関する助言その他役務の提供を
行うことを約して本件新株予約権の割当てを受け
たものと認められるから、本件新株予約権を行使
することによって原告が得た本件経済的利益には
「労務その他の役務の対価」としての性質が認め
られると主張し対立していたところ、本判決は、
被告の主張を認め、本件経済的利益は「役務の対
価」としての性質を有するものであると判断した
(判決の要旨2)。
新株予約権の権利行使益は、株価の推移や被付
与者の投資判断に左右されるという性質をも有す
るが、本判決は、本件新株予約権が低額で発行さ
れることとなった原因に着目して所得区分を判定
vol.7(2010.10)
vol.14(2014.4)
している。この点については、親会社から子会社
の役員等に付されたストック・オプションの権利
行使益の所得区分が争われた前掲最判平 17・1・
25 が、職務の遂行という新株予約権の付与の原
因となった事実に着目して所得の区分を判断して
いるところであり、本判決もこれに従ったものと
考えられる。しかし、本件経済的利益が「役務の
対価」としての性質を有するか否かという問題の
前提には、組合を通して得た所得の区分をいかに
判定するかという問題があるにもかかわらず、本
判決はこの点につき十分な検討を行っていない。
原告と被告の主張の対立も、この問題に係る見解
の相違から生じていると考えられる。
三 組合を通して得た所得の所得区分
組合契約とは、各当事者が出資をして共同の事
業を営むことを約するものであり(民法 667 条)、
これにより成立する事業体(団体)を「任意組合」
と呼ぶ。任意組合は租税法上の納税義務者に該当
しないため、組合の事業により生じた損益は、組
合段階において法人税の対象となることなく、組
合員に直接帰属するものとして所得税又は法人税
が課せられると解されている(所基通 36・37 共-
19)
。これをパス・スルー課税又は構成員課税と
呼ぶ。
本件組合契約においては、組合財産は組合員の
共有とされ、組合員はその出資口数の割合に応じ
て按分した組合持分を有し、本件組合の事業に関
する損益等による組合財産の増減は、すべて組合
員にその組合持分に応じて帰属するものとされ、
決算期において、実現売買損益等を含むすべての
期間損益の決算がされ、その結果が組合員に各自
の組合持分に応じて割り当てられるが、組合員が
出資金の全額を払い込んだ場合には、本件組合は
新株予約権を直ちに行使し、発行されたB株式を
当該組合員に現物分配し、当該株式は分配実施日
の翌日から各組合員の専有に属すると規定されて
いる。
以上を前提とすれば、課税上は、本件組合によ
る本件新株予約権の権利行使時において、所得税
法施行令 84 条 1 項 3 号の定める経済的利益が本
件組合に生じており、それは組合員に直接帰属(パ
ス・スルー)すべきものであると考えられる。ど
のような割合で各組合員にこれを「配賦」するか
については学説上見解が分かれているが6)、当事
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新・判例解説 Watch ◆ 租税法 No.79
利益は「実質的にはある程度以上の期間にわたる
株式の値上がり益に相当するものであり、一般的
には、権利を与えられた者において株価の変動状
況等をみて権利行使するか否かを決定するもので
ある」ことから、臨時・偶発的な一時の所得と認
めることはできないとしており、①の要件を満た
すか否かという観点から判断しているように思わ
れる。本件経済的利益に「営利」の目的が存在し
たことは否定できず、また、原告による行為が 1
回にすぎないとしても、本件権利行使益は新株予
約権を取得しそれを一定期間保有するという「継
続的行為」により生じた所得であり、したがって
それは「営利を目的とする継続的行為から生じた
所得以外の一時の所得」には該当しないというべ
きである。本件経済的利益は、②の要件を満たす
としても、①の要件を満たさないため、
「一時所得」
に該当すると解することはできないといえよう。
者の契約上の分配割合を尊重すれば、本件経済的
利益はすべて原告にのみ帰属することになる。こ
こで問題となるのは、このパス・スルーされた経
済的利益の所得区分を、組合の段階で判定すべき
か、組合員の段階で判定すべきかである。名古屋
地判平 16・10・28 判タ 1204 号 224 頁(名古屋
高判平 17・10・27 税資 255 号順号 10180)は、
「組
合の事業によって得られた所得については、組合
員が実質上の帰属主体と考えることができ」、「組
合員の上記個人所得の所得区分は、組合の事業内
容によって定まることになる」と判示しており、
前者の見解をとっている。本判決も、本件経済的
利益は「本件組合によるBに対する役務の提供の
対価としての性質を有しており、それがそのまま
本件組合契約に基づき原告に帰属する」と述べて
いることから、この見解を前提としているものと
考えられる。しかし、このような見解に対して、
所得税は構成員である納税者の担税力の指標たる
所得に対する課税であることから、各組合員が組
合の事業遂行上どのような役割を果たしているか
という観点から、各組合員に帰属する所得の性質
決定を行うべきであるとする有力な見解がある7)。
この見解によれば、原告が得た本件経済的利益は、
原告による出資の見返りであり、「役務の対価」
には該当しないといえよう。
なお、平成 18 年度税制改正により、所得税法
施行令 84 条において、「当該権利の譲渡につい
ての制限その他特別な条件が付されているもの」
という文言が付け加えられた。したがって、現在
では、付与時から譲渡を予定している新株予約権
は同条の適用を受けないものと解され、本件と同
様の事実関係のもとでは、新株予約権の付与時に
課税関係が生じる可能性がある。
本判決と同じ事実関係が問題となった一連の
裁 判 例 と し て、(1) 名 古 屋 地 判 平 21・6・15 税
資 259 号 順 号 11225( 名 古 屋 高 判 平 22・2・25
税 資 260 号 順 号 11386)、(2) 東 京 地 判 平 23・4・
21LEX/DB 文 献 番 号 25500100( 東 京 高 判 平 24・
2・22LEX/DB 文献番号 25500099)、(3) 東京地判平
23・5・11TAINS Z888-1601 がある。いずれの判
決も組合員らが得た新株予約権の権利行使益は
「一時所得」に該当せず「雑所得」であると結論
づけているが、(2) と (3) の判決は、本判決と同
様に、②の要件を満たすか否かという観点から判
断しているのに対し、(1) の判決は、当該経済的
4
●――注
2011 年)195 頁、
1)水野忠恒『租税法〔第 5 版〕』
(有斐閣、
武田昌輔編『DHC コンメンタール所得税法』(第一法規)
3197 頁。
2)東京高判平 3・10・14 判時 1406 号 122 頁(最判平 6・
11・29 税資 204 号 3307 頁)。
3)武田・前掲注1)2640 頁。
4)東京高判昭 46・12・17 判タ 276 号 365 頁、東京地判
平 16・10・29 税資 254 号順号 9802(東京高判平 17・4・
27 訟月 52 巻 10 号 3209 頁)。
5)同判決の解釈については、占部裕典「外国親会社から
付与されたストック・オプションの行使に係る経済的利
益の所得区分」法令解説資料総覧 282 号(2005 年)127
頁参照。
6)どのような割合で各組合員に組合損益を「配賦」する
かについては、大きくわけて、当事者の契約上の損益分
配の割合を尊重すればよいという見解と、出資割合に応
じて所得の「配賦」を行うべきとする見解がある。後者
によれば、本件経済的利益は各組合員の出資割合に応じ
て総組合員に帰属するものとして所得を計算し、その後、
原告以外の組合員から原告への贈与がなされたものと認
定すべきこととなりうる。この問題を論ずる所得税法の
規定が欠落していることは以前より指摘されていたとこ
ろであり(増井良啓「組合損益の出資者への帰属」税事
49 号(1999 年)78 頁)、組合課税の規定の法的整備が
望まれる。
7)佐藤英明「組合による投資と課税」税事 50 号(1999 年)
33 頁、酒井克彦「任意組合の構成員課税における所得区
1~10 頁。
(2008 年)
分の考え方」
月刊税務事例 40 巻 10 号
京都産業大学准教授 宮崎綾望
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