立命館大学 学外研究報告書 2009年09月30日 立命館大学長 殿 所属: 氏名: 文 谷 学部 職: 教授 徹 印 このたび、学外研究を終了しましたので、下記のとおり報告いたします。 学部長承認 研究課題 現象学の過去・現在・未来に関わるクロス文化的「自己」研究と国際連携の基盤形成 区 分 (〇印を) 学外研究 A ・ 学外研究 B ・ 学外研究 C ・ 学外研究 D (学外資金による国外留学) 35才未満の学外研究 B ・ 役職者学外研究員制度による(国内・国外/長期・短期) 国 名 オーストリア共和国 2008 年 09 月 23 日~2009 年 09 月 25 日 研究機関名 ウィーン大学 期 間 印 1.研究の実施状況: 研究方法や受入れ研究機関との関係なども含めて、1~3 ヶ月程度ごとに実施した事柄を具体的 に記入してください。 [800~1000字程度] 【概括】 拠点となったウィーン大学では、図書館使用などの便宜をはかっていただき、研究を支援していただい た。また私のほうはウィーン大学で2度の講演を行った。他方、EUのエラスムス・ムンドゥスの支援 を得たプラハのカレル大学では、講義を行うとともに、現地の研究者と研究討議を行い、さらに学生の 修士論文の評価を行った。研究成果は順調に蓄積され、それにともなって、最終的に8カ所で研究成果 を示す講演を行うことができた。これらをつうじて、「自己」に関わる研究を軸にして現地で研究を進 めることはもとより、地域的かつ世代的に、「間文化現象学」の展開のための国際的な基盤形成を大き く進めることができた。 【研究開始~2008年11月まで】 ウィーンにて研究体制を整えるのに最初2ヶ月ほど多くの問題を抱えたが、12月からは体制が整って きた。ウィーン大学の図書館も使えるようになった。この期間にウィーンの「人間科学研究所」(Institut für die Wissenschaften vom Menschen)の会議で講演するとともに、この研究所での他の会議にも参 加することができた。他方、ドイツのヴッパータールのK・ヘルト教授を訪ねて、今後の研究課題につ いて討議した。 【2008年12月~2009年02月】 12月には香港のOPO会議で講演した。また、寒い時期ではあったが、研究体制が整ってきたのにと もない、さまざまな資料を集めながら、プラハでの講義に備えて研究を行った。 【2009年02月~2009年05月】 プラハで講義を行い、同時に、現地研究者との研究交流を重ねて、順調に研究が展開した。その後、4 月はじめにベルギーのルーヴァンでフッサール文庫主催の会議に参加し、4月半ばにはオーストリアの オッタータールで開かれた会議に参加して、講演を行った。さらに、スロバキアのブラチスラバでの会 議に参加した。5月には、ウィーン大学での会議で講演し、直後にヴッパータールを訪れて講演して、 そこからプラハに戻った。 【2009年06月~研究終了まで】 ウィーンを中心にして研究を続行した。6月には、ウィーンの「人間科学研究所」での会議に参加した。 7月にはドイツのヴュルツブルクで開かれた「間文化哲学会」に参加して講演した。9月にはスロベニ アのリュブリアナで開かれた現象学協会の会議に参加して講演した。 1 2.成果の概要: 今回の研究成果の概要を上記の実施状況に則して具体的に記入してください。 [2500~3000字程度] 今回の学外研究は、以下の目的・課題をもっていた。異他性との関係における「自己」の変化・運動 を解明する。そのために、第一に、方法論としてのフッサール現象学の最も重要な「故郷」とも呼ぶべ きウィーンの精神風土に関わる研究を行なう。第二に、その先端的な展開としての「間文化現象学」の 基盤形成と発展をはかる。第三に、カレル大学での講義をとおして、世代間研究交流の一端を担う。 これらのうち、第一の点については、19世紀後半のウィーンの歴史的状況が重要だが、これは資料 の多いフロイトの状況に重なるものがあり、今回の滞在においても、さまざまな収穫があった。ここに は、私自身が体験しえた、いわば「風土」との関係も含まれる。フッサールが生まれたボヘミアについ ても同様である。風土(精神風土にまで拡大)に関わるものは、文献研究とは異なった重要性をもつ。 第二の点については、とくに大きな成果を得た。最初に、「間文化性」の問題は、「自己」および疎 遠な「他者」との関係の問題を内含しており、この問題はまた「暴力」の問題に関わる。それゆえ、間 文化現象学プロジェクトは、暴力論プロジェクトから展開してきた。この文脈からウィーンの人間科学 研究所のミハエル・シュタウディグル博士との研究交流が始まり、2008年10月には彼の企画する 会議に私も参加し、講演を行なった。この会議のテーマは暴力だが、私は、暴力が「意味」との関連で 生じることを示した。西洋的な「意味」の概念は、歴史の意味、文化の意味という問題につながる。そ して、意味と他の意味との関係は間文化性の問題である。この会議への参加者との研究交流はこの点で 大きな示唆を与えた。 2008年12月は、現象学の研究組織であるOPOの会議(香港)に参加し、多くの国、多くの文 化からの参加者と研究交流を行なうことができた。同時に、主催者からの依頼により、急遽、講演を行 なった。この講演において、私はフッサールにおける「意味」の概念の構造を示した。 2009年2月末から、プラハのカレル大学で講義を行なった。ここでは、新たな可能性としての間 文化現象学の問題を「身体」との関連において展開した。「身体」は多様な機能をもち、これらが現象 学的に解明されてきたが、私は、そこに「意味」が刻み込まれながら「意味」を産出するものとして、 身体が間文化性の概念のキーコンセプトとなることを明らかにした。同時に、現地の研究者と、この問 題をめぐって多くの討議を行なうことができ、これがさらなる研究展開につながり、大きな成果を得た。 2009年4月には、オーストリアのオッタータールにおいて開催された会議に出席した。この会議 のテーマは、「超越経験」であったが、この問題も間文化性の問題につながっている。この機会にも私 は、これまでの成果を展開して講演を行なった。私は、「身体」が、意味産出の「媒体」としての機能 をもつとともに、「超越」との関係が生じる「場」でもあることを示した。また、参加した主導的研究 者たち(B・ヴァルデンフェルス教授、L・テンゲイ教授ほか)と集中的な討議を行なうことができた。 2009年5月9日には、ウィーン大学にて、間文化性に関する会議が開かれた。ここでは、私は、 研究方法としての間文化的「比較」は、それぞれの「自己」の文化からしかなされることができず、し かも、その「自己」は自己の文化によって「文身」を受けて形成されるが、しかし、その自己の文化が 純粋に固有な文化ではなく、他の文化との関係のうちにあるかぎり「混血」しており、かつまた他の文 化に開いていることを示した。今回も、他の研究者との討議を行なうことができた。 2009年5月11日は、ドイツのヴッパータール大学(Bergische Universität Wuppertal)にて講 演を行なった。ここでは、フッサールの「危機」の概念が西洋の学問の危機であったのに対して、現在 においては、「間文化性の危機」とでも言うべき状況が生じており、哲学がそれへの対応に迫られてい ることを示した。とりわけ、西洋的な「文化」の概念は、農耕(と建築)に深く関わっており、その場 所拘束性のゆえに、現代の技術がもたらす「速度」の問題に十分に対応できないことを示した。また、 現地におけるK・ヘルト教授、L・テンゲイ教授、他の研究者と集中的な討議を行なうことができた。 その後、プラハのカレル大学に移動して、2月からの講義を締め括る講義を行なった。 2009年5月27日は、ウィーン大学で、西洋の「文化」概念と、東アジアの「文化」概念につい ての講演を行なった。西洋の「文化」(Kultur など)がラテン語の colere に由来し、農耕と建築に関わ り、さらにその語根の kuel は「(その場で)動き回る」ことを意味するのに対して、白川静の説に依 拠しつつ、東アジア(漢字文化圏)の「文化」は「文身」――この着想を私は Tätowierung として展開 した――に由来することを示し、これと「身体」との関係を現象学的に考察することによって、「身体」 が、意味の産出と意味による刻印という二面性をもち、さらには共同体内部および外部の他者との関係 の場として機能することを示した。 谷 徹 4-2 氏 名 2 2009年6月17日には、プラハのカレル大学にて、マスター・ムンドゥス奨学生の修士論文審査 に参加し、評価を行なった。 2009年7月25日には、ドイツのヴュルツブルクで開かれた「間文化哲学会」の大会に参加し、 講演を行なった。私は、これまでの研究展開の成果をとりまとめつつ、東西の文化概念が間文化的遭遇 においてもつ問題性と可能性について示した。この大会には間文化性に関心を寄せる多くの研究者が集 まるので、豊かな研究交流を行なうことができた。 9月10日には、スロベニアのリュブリアナ大学にて、間文化性をめぐる講演を行なった。ここでは、 私は、問題を整理し直して、どこに間文化性の問題の中心点があるのかを、フッサールに立ち戻って示 す作業を行なった。そして、現地においては、これまで交流が少なかった現地研究者のみならず、やは り交流が少なかったイタリア系の研究者とも交流を深めることができた。 第三の点については、すでに上記で示したように、カレル大学での講義によって、その目的を果たす ことができた。この講義は、一方で、私自身の研究を集約する機会にもなったし、他方で、現地の研究 者との交流はもちろん、学生の研究との関連でも、それを見直す機会にもなった。 以上により、今回の学外研究においては、異他性との関係における自己の概念を軸にして、三点の所 期の目的を果たすことができたが、とりわけ第二の点における成果が大きかった。講演のほとんどは、 今後刊行される予定であり、これによって聴衆のみならず読者に対しても、間文化性の研究成果が明ら かにされていくことになる。他方、さまざまな学会などにおいて、多くの先端的研究者と交流をもつこ とができた。これは、間文化現象学研究センターの今後の活動のなかでも活かされる。実際すでに、ミ ハエル・シュタウディグル博士(ウィーン)、カレル・ノヴォトニー教授(プラハ)には2010年1 月に立命館で開かれる会議に参加していただくことになった。さらに、ローズマリー・ラーナー教授(リ マ)にも参加していただけることになった。今後は、さらに研究網が拡充される。 なお、これらの学外研究の成果はドイツ語および英語によるが、これらとともに、私は日本語の論文な どを執筆する機会も得た。これらは今回の学外研究のいわば間接的な成果である。また、第一および第 三の点の成果については、すぐに刊行物につながるものではないとしても、今後の研究展開および研究 交流の基礎を与えてくれるものとなった。これらを含めて、初期の計画はほぼ達成され、同時に、一部 の点においては予想以上の成果が得られたと考えている。 4-3 3 氏 名 谷 徹 3.研究成果の公表:今回の研究成果公表の状況と予定を具体的に記入してください。 既 発 表 テーマ 発表形態 Sinn und Gewalt Sense as Sending Transzendenz und Medium The Uniqueness of the World Phänomenologie interkulturellen Krisis der Interkulutralität, Phänomenologie und Krisis Leben – Kultur – Welt: Phänomenologische Grundbegriffe zwiwchen Ost und West □ □ □ 著書 論文 学会発表 □ □ □ □ □ □ 著書 論文 学会発表 著書 論文 学会発表 □ □ □ 出版社/掲載誌、巻号/学会名等 „Phänomenologie und Gewalt“, Institut für die Wissenschaften vom Menschen 23. 10. 2008 OPO III, Chinese University Hong Kong 18. 12. 2008 „Phänomenologie der Transzendenzerfahrung“, Otterthal 17. 04. 2009 著書 論文 学会発表 „Intercultural Philosophy and Chinese Medicine“, Institut für Wissenschaften und Kunst, Universität Wien 09. 05. 2009 □ □ □ □ □ □ 著書 論文 学会発表 著書 論文 学会発表 Bergische Wuppertal 11. 05. 2009 □ □ □ 著書 論文 学会発表 □ 著書 筆 Universität Forum für komparative Philosophie, Universität Wien „Identität – Differenz, Selsbsheit – Fremdheit, Interkulturelle und globale Herausforderungen, Philosophische Annährungen“, Gesellschaft für interkulturelle Philosophie „Interkulturalität – Alterlität – Fremdheit“, Inštitut Nove revije, zavod za humanistiko in Fenomenološko društvo v Ljubljani Phänomenologie und die Krisis □ 論文 der Interkulturalität □ 学会発表 執 刊行/発表年月日 27. 05. 2009 25. 07. 2009 10. 09. 2009 中 テーマ 遭遇と現象 発表形態 □ □ □ 出版社/掲載誌、巻号/学会名等 著書 論文 学会発表 刊行/発表予定年月 燈影舎/『文明と哲学』2 2 0 0 9 年 1 1 月 号 予定 構 想 計 画 中 プラハ・カレル大学での講義および上記の諸講演の内容をまとめ上げて、日本語およびドイツ語で単著 を刊行することを計画している。 4-4 4 氏 名 谷 徹
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