富山県中新統八尾層群の深海性板鰓類相とその古生物地理学的意義

地質系合同セミナー要旨
2015/11/16
富山県中新統八尾層群の深海性板鰓類相とその古生物地理学的意義
生物圏進化学研究室 西松弘喜
はじめに
深海性板鰓類とは,中層(200-1000 m)から漸深層(1000-3000 m)を主な生息域とするサメ
およびエイである.それらは骨格が軟骨で構成されるため化石として産出するのは主に歯であ
る.これまでの深海性板鰓類化石の報告はサメ類の報告に偏っており,エイ類は深海性サメ類
群集の報告に伴って少数が報告されているにすぎない(Vialle et al., 2011 など)
.日本の中新統
では深海性サメ類群集については高桑・鈴木(2009)の一連の研究が群馬県と長野県の 2 地域
で行われているが,深海性エイ類群集についての報告はない.したがって,世界的に見て中新
世における深海性板鰓類,特にエイ類の生息種および分布域は不明な部分が多い.
Reif & Saure (1987)によれば板鰓類の初期進化の場はテチス海であり,白亜紀後期以降の大陸
分布や海峡変化により現在の分布へ変化したとされている.加えて現生板鰓類の目ごとの分布
域をみるとノコギリザメ目は東太平洋域に分布しないなど特徴的な分布域をもったものが存
在する.本発表では中新世における日本の深海性板鰓類相を明らかにする.そして,これまで
に蓄積された国内外の化石産出記録および現生種の生息域と比較することにより,エイ類を含
めた深海性板鰓類の適応放散過程について現状で言えることを述べる.
地質概説および研究方法,結果
富山県の中央部に広がる八尾地域には下部~中部中新統八尾層群が分布する.八尾層群は下
位より楡原層,岩稲層,医王山層,黒瀬谷層および東別所層によって構成される.黒瀬谷層最
上部は山田中凝灰岩層が占める.東別所層はさらに下位から栃上泥岩部層,塩谷砂岩部層,浅
谷シルト岩部層および三谷泥岩部層に細分される.Hasegawa & Takahashi (1992)は底生有孔虫化
石群集を報告し,黒瀬谷層最上部は上―中部漸深海底帯の環境下,東別所層の栃上泥岩部層は
中部漸深海底帯の環境下にあったとしている.
Tamaki et al. (2006)の古地磁気学的研究に基づけば,黒瀬谷層の堆積年代は17.277-16.488 Ma,
東別所層の堆積年代は16.556-15.155 Maである.柳沢(1999)は珪藻化石層序に基づき,東別
所層は16.5-15.1 Maに堆積したとしている.これまでに八尾層群から浅海性板鰓類群集の報告
はあるが(糸魚川ほか,1985)
,深海性板鰓類化石の報告はHexanchus属のみである.本研究で
は八尾層群上部の合計31層準から板鰓類化石を採取した.その内訳は黒瀬谷層上部8層準,東
別所層の栃上泥岩部層18層準,塩谷砂岩部層1層準および浅谷シルト岩部層4層準である.
各地点において泥岩,砂質泥岩あるいは砂岩を試料として採取した.試料は乾燥と水浸を繰
り返して泥化した後,水洗し粒径0.25 mm以上の残渣から実体顕微鏡を用いて標本の採取をお
こなった.その結果,38属41種が得られた.
意義
海外における中新統の群集と本研究の群集を比較すると,いずれの地域でも現在深海性板鰓
類群集の主要な構成要素であるツノザメ目が優勢である.ヨーロッパの中新統における群集よ
りも本研究の群集はトラザメ科が多様であるが,これは現在の北大西洋域よりも北西太平洋域
の方がトラザメ科の種数が多いことと一致する.
産出種で生層序学的に特に重要なものは,栃上泥岩部層で産出したテンジクザメ目の絶滅属
Annea sp.である.本属はこれまでにヨーロッパの下部~中部ジュラ系の浅海成層からのみ報告
されている(Delsate & Thies, 1995など)
.加えて八尾層群とほぼ同時期に堆積した深海成層で
ある岡山県勝田層群からも,イスラエルの上部白亜系である浅海成層のみから産出している
(Cappetta, 1990)キクザメ目の絶滅属Gibbechinorhinus属が本研究により得られた.これらのこ
とは,中生代に出現した先の2属が白亜紀末の大量絶滅を経て中新世に至るまでの間に深海域
に進出し,その後絶滅した可能性を示唆している.
八尾層群から産出した種の現在の分布域を見るとサメ類では Aculeola nigra,Euprotomicrus
bispinatus,Scymnodalatias cigalafulgosii の 3 種が,エイ類では Anacanthobatis longirostris,
Arhynchobatis asperrimus,Benthobatis marcida,Insentiraja laxipella,Pseudoraja fischeri の 5 種が
現在日本周辺海域に分布していない.これらの 8 種は中新世以降に分布域が変化したものと考
えられ,中新世の深海性板鰓類は現在とは大きく異なる分布域をもっていたと言える.
上記のように八尾層群の深海性板鰓類化石群集は中生代の遺存種および現在日本周辺海域
に分布しない種を含み,テチス海を始めとした魚類の進化・放散を解明するうえで重要な役割
を果たすと言える.
引用文献
Cappetta, 1990, Neues Jahrbuch für Geologie und Palaontologie, Monatshefte, 12, 741-749.
Delsate & Thies, 1995, Belgian Geological Survey, Professional Paper: Elasmobranches et Stratigraphie,
278, 45-64.
Hasegawa & Takahashi, 1992, Centenary of Japanese Micropaleontology, 51-66.
糸魚川ほか, 1985, 瑞浪市化石博物館専報, 5, 13-22.
Reif & Saure, 1987, Neues Jahrbuch für Geologie und Paläontologie, Abhandlungen, 175, 1-17.
高桑・鈴木, 2009, 月刊海洋号外, 52, 73-86.
Tamaki et al., 2006, Bulletin of the Geological Survey of Japan, 57, 73-88.
Vialle, Adnet & Cappetta, 2011, Swiss Journal of Palaeontology, 130, 241-258.
柳沢, 1999, 地質調査所月報, 50, 139-165.