看護師の臨床経験が視線運動に及ぼす影響 The Effects of Clinical Experiences on Eye Movements of Nurses ○坂本 信1 定方 美恵子 1 MAKOTO SAKAMOTO 小浦方 格 3 ITARU KOURAKATA 井越 寿美子 5 SUMIKO IGOSHI EMIKO SADAKATA 小林 公一 1 KOICHI KOBAYASHI 佐藤 富貴子 5 FUKIKO SATO 西方 真弓 1 MAYUMI NISHIKATA 田邊 裕治 4 YUJI TANABE 中澤 紀代子 2 KIYOKO NAKAZAWA 笠井 美香子 5 MIKAKO KASAI 1 新潟大学医学部保健学科 Dept. of Health Sciences, Niigata University School of Medicine 2 新潟県立看護大学 Niigata College of Nursing 3 新潟大学産学地域連携推進機構 Institute for Research Collaboration and Promotion, Niigata University 4 新潟大学工学部機械システム工学科 Dept. of Mechanical Engineering, Niigata University 5 新潟大学医歯学総合病院 Niigata University Medical and Dental Hospital 概 要 新人看護師と臨床経験豊富な熟練看護師を対象に病室の静止画像における視線運動解析を行い,臨床 上,重要である箇所の注視時間を計測し,視線運動から病室の観察場所や観察の程度に及ぼす看護師 の臨床経験の差異による影響について検討を行った.その結果,臨床上の重要領域および画像全体の 注視時間は,新人看護師に比べて熟練看護師の方が有意に長いことを示した. キーワード:バイオメカニクス,人間工学,視線運動,看護師,臨床経験 1.緒 言 看護師の能力の一つである観察力を客観的に評価することは困難であるが,看護師の臨床場面にお ける視線運動を解析することで,観察力を定量的に評価できる可能性がある.そのためには,基礎デ ータとして,看護師が臨床で観察を行い判断するプロセスで何に注意を払い観察を行っているのかを 明確にする必要があるが,このような検討例は見受けられない.また,看護師の視線運動を解析する ことは,臨床現場で重要であるヒューマンエラーの防止対策に役立つものと考えられる[1].そこで本 研究では,新人看護師と臨床経験が豊富な看護師を対象に,病室の静止画像での視線運動についてア イトラッキングシステムを利用して解析し,臨床で重要である領域の注視時間をそれぞれ調べること で,病室の観察の様子に及ぼす看護師の臨床経験の差異による影響について検討を行った. 2.対象および実験方法 解析対象は入職 1 ヵ月後からラダーレベル I の新人看護師 29 名,ラダ―レベル IV 以上の熟練看護 師 21 名の合計 50 名である.本研究では,新人看護師と熟練看護師がモニターに映し出された病室の 画像を観察し,その際に注目する箇所を視線解析システム(Talk-eye II,竹井機器社製)を用いて視線 運動計測を行った.測定手順として,初めにアイトラッキングカメラの LED 照明の明るさ,倍率およ び焦点の調整を行い,カメラが被験者の瞳孔を最も明確に認識できるように設定した.次に,モニタ ーに表示される上下,左右,中央の 5 点により被験者が注目している位置のカメラ較正を行った.そ れらの作業が完了した後,看護場面を撮影した 4 枚の静止画像を場面の説明後にモニターに提示する とともに,被験者の画像観察を行い,観察中の瞳孔運動をアイトラッキングカメラによって 1 sec 間 に 30 cycle 記録した.モニター画像の掲示時間は 1 枚につき 8 sec とし,画像が切り替わる際には 1 sec のインターバルを挟んだ.2 次元平面上に掲示された画像を観察する際の眼球運動は,注視成分, 随従性眼球運動および跳躍性眼球運動の 3 つが存在する.このうち本研究では,視線が 5 deg./sec 以 下の速さで動いている状態を「注視」と定義[2]し,眼球運動の情報を獲得する客観的指標とした.視 線運動解析には,図 1 で示すように,看護場面で重要な観察の領域 A~D を含む静止画像を用いた. 図中の領域 A はベッドネームを含む顔周辺,領域 B は輸液ポンプ,領域 C は輸液ボトル,領域 D は 点滴刺入部をそれぞれ表している.視線運動解析は,解析システムの画像処理ソフトウェアを用いて 行った.各重要領域内において注視と判定できたデータを抽出し,被験者がその領域を注視した時間 を算出した.また,重要領域を見落とした被験者の人数および領域 A~D 以外に多くの被験者が観察 していた領域についても注視時間を求めた.これらの解析より,新人看護師(novice nurse)群と臨床 経験が豊富な熟練看護師(experienced nurse)群の 2 群の注視時間について比較,検討を行った. 3.結果および考察 本研究では,4 枚の病室に関する静止画像を用いて看護師の視線運動解析を行ったが,ここでは代 表的な 1 枚(図 1)の画像による解析結果を示す.図 2 は,図 1 で示した看護場面の重要領域 A~D の各注視時間と画面全体の注視時間を新人看護師群および熟練看護師群に分けて,比較したものであ る.ここで,全体(whole)の注視時間は領域 A~D と領域外(out of domain)を合計した画像全体で の注視時間を示している.図 2 から重要な観察領域の A(患者の顔周囲)では新人看護師と熟練看護 師の注視時間に有意差がみられた( p < 0.05).その他にも B(輸液ポンプ)および C(輸液ボトル) の 2 領域と重要領域外では熟練看護師の注視時間が長く測定された.一方,D(点滴刺入部)につい ては,上記とは反対に新人の方が長い注視時間が測定された.また,熟練看護師は新人看護師に比べ, 画像全体の注視時間も有意に大きい値となった( p < 0.05). Fig. 1 Image of hospital room. Fig. 2 Fixation duration of nurses. 4.結 言 本研究では,新人看護師と臨床経験豊富な看護師を対象に病室の静止画像における視線運動解析を 行い,臨床上,重要である箇所の注視時間を測定し,病室の観察場所や観察の様子に及ぼす看護師の 臨床経験の差異による影響について視線運動からの検討を行った.その結果,ベッドネームを含む顔 周辺および画像全体の注視時間は,新人看護師に比べて熟練看護師の方が有意に長いこと等を明らか にした. 本研究は,文部科学省看護職キャリアシステム構築プラン採択事業「‘気づく’を育て伸ばす臨床 キャリア開発」の一部として行われた. 参考文献 [1] Henneman, P. L, et al., Annals of Emergency Medicine, 55, 503-509, 2010. [2] Yamada, M. and Fukuda, T., SMPTE J., 95, 1230-1241, 1986.
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