第2節 バランスシートの動向とマネーサプライ マネーサプライは

第2節 バランスシートの動向とマネーサプライ
マネーサプライは、バランスシート(以下B/S)上、通貨発行銀行B/Sの負債側と、通貨保有主
体B/Sの資産側に、同額が計上される。ここでは、近年のマネーサプライの動向を、バランスシ
ート上のその他の項目と関連づけ、通貨発行銀行および通貨保有主体の資産選択がマネーサプラ
イにどのような影響を与えているかを議論する1。
主要なファインディングを予め整理すると、次のとおりである。
1. マネーサプライの動向は、基本的には企業や家計に対する銀行貸出の動向に強く規定され
ている。
ただし、90年代に入って、マネーサプライと企業や家計に対する銀行貸出の動向に乖離が
生じている。これは、銀行から中央政府や銀行以外の金融機関、海外といった部門に供給され
た資金が最終的に企業や家計に流れる、という迂回的な資金の流れが、近年においてマネーサ
プライの増減をもたらす経路として働いていることを示している。
2. 銀行やその他の金融機関の「質への逃避」的行動、すなわち貸出や社債・株式といった危
険資産から国債などの安全資産への資産選択のシフトは、その国債購入が新規の財政支出を伴
う限り、マネーサプライを減少させたとは言えない。むしろ、信用リスクによって企業や家計
への直接の資金供給が滞る中、政府がリスクを引き受けて企業や家計へと資金を仲介し、マネ
ーサプライを下支えしていると見ることもできる。
ただし、質への逃避による国債購入や財政支出を通じてのマネーサプライの下支えは、経済
の不確実性の度合いや政府の意思決定などの条件に依存したものであるから、必ずしも金融政
策上信頼できるマネーサプライの増加経路とは言えない。すなわち、日本銀行が銀行部門にハ
イパワードマネーを供給しても、それがマネーサプライの増加につながる程度は不確実であり、
前節で見た信用乗数の低下と相俟って、マネーサプライ制御を困難にしている。
3. 企業や家計の「質への逃避」的行動は、生じていたとしても社債と国債の振り替え程度に
とどまり、預金から国債へのシフトによるマネーサプライの減少が生じたとはいえない。しか
し、マネーサプライ内部では預金から現金への代替が生じ、前節で見たような信用乗数の低下
をもたらした可能性はある。
通貨発行銀行と通貨保有主体
第2-1図は、マネーサプライの定義を発行主体および保有主体について整理したものである。
発行主体からみると、通貨発行銀行は日本銀行+預金通貨銀行2として定義され、銀行以外の金
融機関3の提供する金融資産はマネーサプライには含まれない。
1
2
3
ここでの分析は、石田・白川(1996)第3章および日本銀行統計調査部(1995)が「バランスシート・アプローチ」と呼
ぶ分析手法に基づいている。
国内銀行(信託勘定および信託業務を営む外国系銀行を除く), 信用金庫, 農林中金, 商工中金。
具体的には石田・白川(1996) p. 31を参照。以下「非銀行金融機関」という。単に「金融機関」という場合には、通
貨発行銀行と非銀行金融機関の双方を含む。
−9−
一方、通貨保有主体は一般法人,個人,地方公共団体の3部門として定義され、金融機関およ
び中央政府は通貨保有主体から除かれる(ただし、現金通貨に関しては、統計上は資料の不足か
ら、通貨発行銀行保有分のみが控除されている。
)
。海外部門のうち、法人,個人,地方政府保有
預金は非居住者預金としてM2 + CDに含まれるが、そのウェィトは極めて小さいため4、以下で
は海外部門を一括して通貨保有主体から除くものとして議論して良いであろう。
第2-1図 マネーサプライの定義
< 発 行 主 体 >
金
融
国
内
通 貨 発 行 銀 行
日本銀行
預金通貨銀行
現金通貨
預金通貨 準通貨+CD
関
非銀行金融機関
民間
海 外
公的
<保 有 主 体
一般法人
個人
地方公共団体
国
内
中央政府
金
融
>
海
外
機
通貨発行銀行
非銀行金融機関
法人・個人
地方政府
中央政府・国際機関
金融機関
M1
M2 + CD
(出所)石田・白川(1996) p.29
M1 = 現金通貨 + 預金通貨
M2 + CD = M1 + 準通貨 + CD(譲渡性預金)
現金通貨 = 銀行券発行高 + 貨幣(硬貨)流通高 − 通貨発行銀行保有現金
預金通貨 = 要求払(当座, 普通, 通知, 別段, 納税準備, 貯蓄)預金 − 通貨発行銀行保有手形・小切手
準通貨 = 定期性預金 + 非居住者預金 + 外貨預金
したがって、通貨発行銀行, 通貨保有主体, 中央政府, 非銀行金融機関, 海外の5部門のバラン
スシートを考え、それらの間の資金フローに着目することによって、マネーサプライの変動を資
金フローの面から分析することが可能となる(第2-2図)
。
これらのバランスシートに着目すれば、マネーサプライが増大するのは、
イ)通貨発行銀行、もしくは中央政府, 非銀行金融機関, 海外といった部門から、通貨保有主体
へと資金のフローが生じ、
ロ)通貨保有主体が得た資金をマネーサプライ対象資産として保有する場合
である。
前節での整理にならい、イ)を「銀行信用」
(なぜ「銀行」信用なのかは、以下で論ずる)
、ロ)
を「通貨需要」と呼ぶこととすれば、銀行信用と通貨需要の2つが併せてマネーサプライ増加の
必要十分条件である。銀行信用と通貨需要が繰り返すことによって、累積的にマネーサプライの
増大、すなわち信用創造が生じることは、前節で述べたとおりである。
4
1995年1月末で0.2%。石田・白川(1996) p.75。
−10−
第2-2図 各部門のバランスシート概念図
通貨発行銀行B/S
現金通貨
貸出
事業債・株式
預金通貨
国債
準預金・CD
対外資産
金融債
政府預金
金融機関預金
コール
中央政府B/S
政府預金
国債
債権・株式
公的機関借入
資金運用部
預託金
通貨保有主体B/S
現金通貨
銀行借入
預金通貨
非銀行金融機関借入
準預金・CD
事業債
郵貯・保険等
株式
金融債
地方債
国債
非銀行金融機関B/S
貸出
郵便貯金
金融機関預金 保険
金融債
信託
事業債・株式 投資信託
国債
資金運用部
コール
預託金
海外部門B/S
国債
外貨準備
事業債・株式
貿易信用
その他
その他
マネーサプライ(M2 + CD)
(注)中央政府, 非銀行金融機関, 海外保有現金および非居住者預金は概念図から省略
部門間の資金フローとマネーサプライ
部門間の資金フローがマネーサプライに与える影響を、
個別のバランスシートから整理すると、
以下のようになる。
まず通貨保有主体のバランスシートに注目すれば、マネーサプライは資産側の一項目であるか
ら、その増加は以下のいずれかの資金フローによりファイナンスされていなければならない。
(1) 負債の拡大:通貨発行銀行, 非銀行金融機関等からの資金調達
(2) マネーサプライ以外の資産の縮小:郵貯や金融債, 国債等からの資産代替
(3) 他部門からの経常収入:中央政府の財政支出, 海外との貿易収支等
なお、マネーサプライに変動が生じるのは、通貨保有主体と他部門との間に資金フローが生じ
た場合であり、通貨保有主体同士での資金フローはマネーサプライに影響を与えないことに留意
しておこう。たとえば、企業から個人への賃金の支払いがなされた場合には、当該企業の保有す
る現金・預金は減少するが、それと同じ分だけ賃金を受け取った個人の現金・預金が増加するの
で、通貨保有主体全体としてはマネーの保有額は変化しない。企業が発行した株式や社債を他の
法・個入が購入する場合も同様である。
次に、通貨発行銀行のバランスシートから見れば、マネーサプライは負債側の一項目であるか
ら、その増加は以下のいずれかをともなっているはずである。
(1) 資産の拡大:貸出や債券購入などの信用の拡大
(2) マネーサプライ以外の負債の縮小:コールや金融債などからの資金調達の代替
(3) 経常支出:金利の支払いなど
ただし、マネーサプライを直接増大させるのは、これらの取引が通貨保有主体となされた場合
である。中央政府, 非銀行金融機関, 海外との取引は、直接にはマネーサプライに影響しない。
−11−
たとえば銀行が企業に貸出をした場合には、銀行のバランスシート上の資産側で貸出が増加する
と同時に、負債側に当該企業が持つ預金口座に同額が振り込まれる(若しくは現金で受渡しがさ
れる場合には企業保有の現金が増加する)ので、即座にマネーサプライの増大が生じる。これに
対し、銀行が中央政府から新規発行国債の引き受けを行った場合には、資産側の国債と負債側の
政府預金が同額だけ増大するが、政府預金はマネーサプライ統計に含まれないため、マネーサプ
ライは不変である。
上記以外の資金のフロー、すなわち、中央政府, 非銀行金融機関, 海外の3部門の間での資金フ
ローは、マネーサプライにニュートラルである。したがって、これら3部門を「その他3部門」と
して統合したバランスシートを考え、これと通貨保有主体との間との資金フローがマネーサプラ
イに与える影響を考えることもできる。すなわち、その他3部門の
(1) 通貨保有主体への資産運用の拡大:公的金融機関や保険会社からの貸出など
(2) 通貨保有主体からの負債の縮小:郵貯や保険、国債などからの資金流出
(3) 通貨保有主体への経常支出:財政支出や経常黒字など
はマネーサプライを増大させる。すでに述べたとおり、銀行とその他3部門の間での取引はマネ
ーサプライに直接の影響は与えない。
ただし、以上のことは、個々の資金フローを取り出して見た場合には正しいが、実際にマネー
サプライヘの影響を見るにあたっては、資金フローを複合的に見なければミスリーディングとな
る可能性がある。いくつか例を挙げよう。
上で見たように、銀行による国債の引き受けは、それだけ取り出してみればマネーサプライに
影響を与えない。しかし、政府がそれによって得た資金で事業を行うならば、財政支出がなされ
た時点で通貨保有主体への資金フローが生じ、マネーサプライは増大することとなる5。一方、同
じく国債発行によってファイナンスされた財政支出でも、国債が法人や個人により購入された場
合には、マネーサプライは国債購入時点では減少となり、財政支出を待って最終的には元の水準
に戻る6。
(a) 通貨発行銀行
(b) 通貨保有銀行
5
6
国債購入
マネーサプライ不変
財政支出
→ 中央政府
国債購入
マネーサプライ減少
マネーサプライ増加
→ 通貨保有主体
財政支出
→ 中央政府
マネーサプライ増加
→ 通貨保有主体
通貨発行銀行B/S上で見れば、負債側で政府預金が減少すると同時にマネーサプライが増加。
通貨発行銀行B/S上で見れば、国債購入がなされた時点で一時的にマネーサプライが減少し、政府預金が増大するが、
財政支出がなされた時点で旧状に復する。
−12−
(a)と(b)を見ると、その他3部門から通貨保有主体への資金フローが生じても、それがもともと
通貨保有主体から調達された資金によるものであれば、結果としてマネーサプライに変化は生じ
ず、銀行部門からファイナンスされた資金による場合のみ、マネーサプライの増加となることが
わかるだろう。上では中央政府から通貨保有主体への資金フローを見たが、海外や非銀行金融機
関から通貨保有主体への資金フローについても同じことが言える。例えば、郵便貯金などの非銀
行金融機関が、通貨保有主体から調達した資金をもとに通貨保有主体へと貸出を行っても、両者
を複合的に見ればマネーサプライに変化は生じない。
(c) 通貨保有主体
郵便貯金等
マネーサプライ減少
貸出等
→ 非銀行金融機関
マネーサプライ増加
→ 通貨保有主体
結局、その他3部門から通貨保有主体への資金フローは、通貨保有主体から調達された額を差
し引いたネットの額、すなわち根源的には銀行部門からファイナンスされた資金供給のみが、最
終的にマネーサプライを増加させることになる。
また、上の(b)や(c)の例は、見方を変えれば、国債購入や郵貯シフトなど資産選択の変化によっ
て銀行預金から資金が流出し、通貨保有主体からその他3部門への資金フローが生じた場合でも、
それが財政支出や貸出等によって通貨保有主体へと還流される限り、結局はマネーサプライは変
化しないことを示している。
すなわち、銀行預金から資金が流出し、郵貯や信託・投信など非銀行金融機関等が提供する資
産へと資金がシフトした場合には、それだけ見ればマネーサプライの減少要因である7。しかし、
郵貯等の非銀行金融機関が、得た資金を貸出等によって通貨保有主体へ再び還流させれば、(c)で
見たとおり資産シフトは結局のところマネーサプライの減少を生じないことになる8。一方、こう
した資金がコール市場で運用されるなどして銀行部門へ流れた場合には、マネーサプライの'減少
となる9。
(d) 通貨保有主体
信託購入等
マネーサプライ減少
コール運用等
→ 非銀行金融機関
マネーサプライ不変
→ 通貨発行銀行
結局、通貨保有主体からその他3部門への資金フローに関しても、通貨保有主体へ還流する資
金を差し引いたネットの額、銀行部門に流れることになる額のみが、マネーサプライの減少をも
たらすわけである。
以上をひとまず整理すれば、第2-3図(1)のようになろう。
7
8
9
通貨保有主体B/S上で見れば、資産側でマネーサプライが減少しシフト先資産が増大。
通貨保有主体B/S上で見れば、資産側でマネーサプライが回復すると同時に、負債側で非銀行金融機関からの借入が
増大。
通貨発行銀行B/S上で見れば、負債側でマネーサプライからコール借入へ項目間の移動が生じる。
−13−
第2-3図(1) 間接的な銀行信用
その他3部門と通貨保有主体の間の資金フローは、ネットの額のみがマネーサプライに影響を
与える。これは、その他3部門と銀行部門との間のネットの資金フロー額に等しい。したがって、
こうした資金フローを、その他3部門を間に介した、銀行部門から通貨保有主体への「間接的な
銀行信用」として解釈することも可能であろう。
ただしこれは、実現した資金フローを事後的に見ると、あたかも銀行がその他3部門を介して
間接的に通貨保有主体に信用を供与したように見えるということであって、事前的には銀行が意
図して間接的に信用を供与しようとしたわけではないし、その他3部門も(ノンバンクのような
例を除いて)意図的に銀行信用を通貨保有主体に仲介しようとしたわけではない。つまり、ここ
で言う間接的な銀行信用は、さまざまな経済主体による個々の資産選択の結果として生じるもの
であって、銀行が意図して行えるものではないのである。それでもこれを敢えて間接的な「銀行」
信用と呼ぶのは、事後的に見れば結局、マネーサプライに影響を与えるのは、根源的には銀行部
門から端を発した資金のみであるということを強調したいからである。
銀行部門からその他3部門を介した間接的な信用供与が、信用供与と資金調達とを相殺した純
額ベースでしかマネーサプライに影響しないのに対して、銀行部門から通貨保有主体への「直接
の信用供与」は、資金調達額に関係無く総額がマネーサプライを増加させる。
これは、その他3部門が通貨保有主体から資金調達した場合にはマネーサプライの減少要因に
なるのに対し、銀行部門の資金調達は、それが通貨保有主体から調達されたものであれ、その他
3部門から調達されたものであれ、マネーサプライの減少要因にはならないからである。銀行部
門が通貨保有主体から資金調達する場合には、マネーサプライ対象預金として調達されるから、
マネーの減少とはならないし(例外は、金融債などマネーサプライ対象預金以外の手段で資金を
調達する場合であるが、これらは預金に比べれば小さい)
、その他3部門の保有する資金に関して
は、
(現金を除いて)そもそもマネーサプライに含まれていない資金である。
例として、通貨保有主体が手元に保有していた現金を銀行に預金し、銀行がそれをもとに通貨
保有主体へと貸出を行う場合と、信託など非銀行金融機関から調達した資金をもとに貸出を行う
場合を挙げよう。(b)や(c)の例と比べてほしい。
−14−
(e) 通貨保有主体
(f) 非銀行金融機関
現金を預金
マネーサプライ不変
貸出
→ 通貨発行銀行
金融機関預金等
マネーサプライ不変
マネーサプライ増加
→ 通貨保有主体
貸出
→ 通貨発行銀行
マネーサプライ増加
→ 通貨保有主体
間接的な銀行信用が純額でしかマネーサプライに影響しないのに対し、直接の銀行信用は総額
がマネーサプライを増減させるから、資金フローの観点からは、銀行部門から通貨保有主体への
直接の信用供与の動向こそが、マネーサプライの動向に最も強い影響を与えると考えられよう。
また、直接の信用供与は最も強いマネーサプライの創造経路であるだけでなく、最も明確な経
路でもある。間接の信用にはさまざまな経済主体の資産選択が介在するため、中央銀行が銀行部
門にハイパワードマネーを供給した場合にこうした経路でマネーサプライがどれだけ増減するか
を予測するのは困難であり、金融政策上信頼できるマネーサプライの創造経路であるとは必ずし
も言えない。特に国債増発や財政支出は政府の意思決定によって行われ、日銀による金融政策の
影響が及ばないものでもある。これに対して直接の信用は銀行の意思決定と通貨保有主体側の借
入需要のみによって決まるので、
中央銀行にとっても金融政策によって影響を与えることができ、
また把握しやすい経路と言える。
以上改めて整理すれば、第2-3図(2)のようになる。
第2-3図(2) 資金循環とマネーサプライ
このように考えてくると、マネーサプライの増加は、直接であれ間接であれ、根源的には銀行
部門からの資金供給によってのみもたらされることがわかる。銀行信用の拡大が、マネーサプラ
イ増加の必要条件なのである。
ただし、銀行部門が信用を供与すれば必ずマネーサプライが増加するというわけではない(す
−15−
なわち十分条件ではない)
。すでに述べたとおり、通貨保有主体が信用により得た資金をマネーサ
プライ対象資産として保有した場合に、言いかえれば銀行信用の供与が通貨需要と合致した場合
に、初めてマネーサプライの増大が生じるのである。
銀行がいかに信用供与しても、通貨需要がなければマネーサプライは増大しない。逆に通貨需
要だけあっても、銀行が信用を拡大しなければマネーサプライの増加は生じない。しかし、信用
拡大と通貨需要の両者が揃った場合には、必ずマネーサプライの増加が生じる。銀行信用の拡大
と通貨需要は、併せてマネーサプライ増大の必要十分条件をなしている。この必要十分条件が満
たされている限り、銀行部門が通貨保有主体への信用供与と預金による資金調達を繰り返すこと
によって、累積的なマネーサプライの増加、信用創造が生じる。
なお、ここでの議論は、銀行以外の金融機関が信用創造的な機能を保持しないということを意
味するわけではない。例えば郵貯資金による貸出が再び郵便貯金に還流してくるとすれば、これ
を繰り返すことによって信用を拡大することは可能である。これがマネーサプライの増大となら
ないのは、単に郵貯がマネーサプライ統計に含まれないという技術的な理由による。しかしここ
ではこうしたマネーの定義の問題には立ち入らず、
「銀行以外はマネーの創造を行うことはできな
い」ということで話を進めることにしよう。
以上要約すれば、イ)銀行による信用の拡大と、ロ)通貨保有主体による通貨需要の2つが、
マネーサプライの増加(信用創造)の必要十分条件である。このうち、銀行による信用の拡大が
マネーサプライに影響を与えるルートとしては、通貨保有主体への直接的な信用供与と、銀行が
その他3部門に対して信用を供与し、その他3部門がその資金を通貨保有主体へと供給する間接的
なルートとがある。直接的な銀行信用が総額でマネーサプライに強い影響を与えるのに対し、間
接的な信用供与は純額でしか影響を与えない。また、金融政策上のマネーサプライ創造経路とし
ても、直接の銀行信用の方が、より明確で確実な経路である。
そこで、以下では、通貨発行銀行と通貨保有主体のバランスシートを実際に作成し、銀行部門
からの直接および間接の信用供与がマネーサプライにどのような影響を与えているのかを見てみ
よう。
通貨発行銀行バランスシート
通貨発行銀行バランスシートについては、マネタリーサーベイに、通貨当局勘定10と預金通貨
銀行勘定を統合した総括表が掲載されている。これをもとに通貨発行銀行B/Sを作成すると、第
2-4図のような金融資産・負債のバランスシートが作成できる。このうち、
「民間向け信用」
「地方
公共団体向け信用」が、上で述べた直接の銀行信用に相当する部分である。
10
日本銀行勘定に外国為替資金を加えたもの。
−16−
第2-4図
通貨発行銀行B/S
(金融資産)
民間向け信用
貸出
事業債・株式
地方公共団体向け信用
政府向け信用(純)
国債
対外資産(純)
(金融負債)
M2 + CD
現金通貨
預金通貨
準通貨・CD
その他負債(純)
金融債
金融機関預金 etc.
(正味資産)
(実物資産)
マネタリーサーベイ総括表は金融資産の総額と負債の総額が等しくなるように作成されている
から11、次のバランスシート上の恒等式が成り立つ。
(1)
M2 + CD = Σi 金融資産i −Σj その他負債j
ただしi,j は、各資産・負債項目を示すインデックス
したがって、(1)式の増減を取り、両辺をマネーサプライで割れば、マネーサプライの伸び率を
他のバランスシート項目の増減に分解することができる。すなわち、バランスシート上の各資産・
負債項目の増減がマネーサプライの変動に与える影響を見るには、各資産・負債の伸び率に、そ
のM2 + CDに対するシェアを乗ずれば良い。
(2)
∆M2 + CD
=
M2 + CD
(M2 + CD伸び率)
 金融資産 i
∑  M2 + CD
i
⋅
∆金融資産 i
金融資産 i

 −

(銀行の資産運用要因)
 その他負債 j
∑ 
j
M 2 + CD
⋅
∆ その他負債 j 

その他負債 j 
(代替的な資金調達要因)
第2-5図は、(2)式にもとづき、マネーサプライ(M2 + CD)の対前年同期比伸び率を、通貨発行銀
行B/S上の各項目の動向に関連づけたものである12。図では、「直接の銀行信用」に相当する民間
および地方公共団体向け信用を「通貨保有主体向け信用」としてまとめてある。
図を見ると、通貨保有主体に対する直接の銀行与信の動向が、予想されたとおりマネーサプラ
イに非常に強い影響を与えている。第 2-6図にその内訳を示しているが、直接与信の大部分を占め
る民間向け貸出の影響が極めて大きく、信用面から見ると、90年代にマネーサプライ伸び率が低
下したのは、銀行貸出が低迷したことに対応していることがわかる。
ただし、
ここでの分析は、
バランスシートに現れた資産選択の変化とマネーサプライの変動を、
会計上の事後的恒等関係に基づいて結びつけたものであって、なぜそのような資産選択/マネー
11
12
バランスシートはもともと、実物資産とバランス項目である正味資産(自己資本)まで含めれば、資産と負債の総額
が等しくなるが、総括表では正味資産から実物資産を控除した純金融資産をその他負債(純)の中に組み入れること
により、全体が実物資産を除いた金融資産の額に等しくなるように作成されている(ただし対外資産など一部の項目
は純額のみ計上)。
これは日本銀行が公表している「マネーサプライ増減と信用面の対応」に相当する。
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