【研究成果】こころの地域ネットワーク支援室 - 福井大学

【研究成果】こころの地域ネットワーク支援室
1.
研究
以下の研究を川谷を中心として行った。
(1)自閉症児のきょうだいに対する有効な支援方法の開発に関する研究
① 福井県における自閉症のきょうだい支援の現状と必要性に関するアンケート調査を行い、その結果
を第 53 回日本小児神経学会総会で報告した。
② 福井県自閉症協会の協力を得て、多職種の専門家(小児科医、臨床心理士)による「きょうだいの
会」を設立し、自閉症児のきょうだい児に対する支援活動を行っている。本年度は、きょうだい児 5 名
に対して 1 年間に 4 回の支援活動を行った。
③ 平成 23 年 9 月に、福井大学子ども発達研究センターキックオフシンポジウムで、「自閉症児のきょ
うだい支援の必要性と実際」に関するシンポジウムを行った。
(2)発達障害の客観的診断に有用なバイオマーカーの開発
①発達障害児とそのきょうだいに対する酸化ストレスの影響についての研究
自閉症や注意欠陥多動性障害といった発達障害児の尿中酸化ストレスマーカーを計測し、約 30%の
症例で健常対象と比べ有意に脂質酸化ストレスが亢進していることを報告した(Redox Rep, 2011)。
②発達障害児における脳波異常の違いや脳波検査の有用性に関する研究
自閉症や注意欠陥多動性障害の小児例の脳波を計測し、発達障害の特性と脳波異常との関連について
検討を行ったところ、脳波異常の部位や種類を組み合わせて多変量解析を行うことにより、自閉症と注
意欠陥多動性障害の鑑別に有用であることを報告した(Brain Dev, in press)。
以下の研究を中井を中心に行った。
(3)発達性協調運動障害についての国際共同研究
発達障害にいわゆる「不器用」を伴うものは多いことは臨床的にはよく知られている。
この「不器用」は、DSM-IV の発達性協調運動障害 (Developmental Coordination Disorder: DCD)、
ICD-10 の運動機能の特異的発達障害(Specific Developmental Disorder of Motor Function)に相当す
るとされるが、両者とも明確な基準はなく、現在、我が国において、子どもの「不器用さ」「発達性協
調運動障害」に関して、これらを客観的に評価する指標はない。
そこで、現在日本語を含めて 10 言語に翻訳され、最も広く国際的に用いられている保護者用の
Developmental Coordination Disorder Questionnaire (DCDQ)日本語版の作成をカナダ・カルガリ
大学との共同研究で行った。また、DCDQ との相関がすでに詳細に検討されている保育士・教師用の
Motor Observation Questionnaire for Teachers (MOQ-T)日本語版に関しても、オランダ・グローニ
ンゲン大学との国際共同研究を行なっている。
加えてイスラエル・Hadassah-Hebrew 大学との国際共同研究にて幼児用の質問紙である Little
Developmental Coordination Disorder Questionnaire (Little DCDQ) 日本語版の作成を開始したが、
これは 7 言語、13 か国の国際共同プロジェクトに発展した。また、英国 Wales 大学と成人の発達性協
調運動障害チェックリスト(ADC)日本語版作成も開始している。
これらにより、3 歳から青年期までの「不器用さ」「発達性協調運動障害」についての国際比較可能
な評価尺度が我が国でも利用できるようになることとなる。中京大学、国立精神・神経医療研究センタ
ー、山口県立大学、久留米大学、和歌山県立教育大学、大阪医大 LD センター、杏林大学、国立障害者
リハビリセンターなどと共同研究を開始した。
我が国における「発達性協調運動障害」の国際的・標準的な発達小児科学的診察方法の開発について
も検討を開始している。本件においては、現在、世界的に普及している Movement Assessment Battery
for Children-2 (M-ABC2)について、原作者である英国 Leeds 大学の Sugden 先生、Henderson 先
生との国際共同研究から全面的なバックアップを受け、先日、英国 Pearson 社と契約を完了、翻訳権を
獲得し、日本語版作成と標準化に向けて着手した。M-ABC2 は Pearson 社の中で、WISC に次ぐ販売
数を誇る検査になるほど 2007 年の第 2 版出版後、世界的に広まっており、実質的に DCD 研究におい
てほぼ世界標準となっている。
以上の国際的な活動が評価され、国際発達性協調運動研究学会(the International Society for
Research into Developmental Coordination Disorder ISR-DCD)日本代表 committee に就任した。
http://psych.brookes.ac.uk/isrdcd/
(4)母子相互作用が乳幼児の認知発達に与える影響
子どもの「脳」と「こころ」の発達を考える際、子ども自身の発達はもちろんだが、子どもが環境へ
与える影響・環境自身の発達変化、更に、これらの相互作用を理解することが必須である。この「環境」
には当然、人も含まれ、母親など養育者自身も子どもから影響を受けつつ発達変化していく。
近年、脳イメージング研究が盛んで、また重要な研究である事は言うまでもないが、一方で特殊な大
型装置を用いての、また、短時間での脳内の反応だけでは「こころ」の研究には不十分という世界的な
反省もあり、脳イメージング研究に裏打ちされた、あるいは連携した様々なセンシング技術を用いた定
量的行動計測の重要性が注目されている。また、実際に、医療・療育、保育・教育現場でも実装可能な
行動計測の開発やその応用も重要な課題である。
我々は、「絵本の読み聞かせ」という子どもと養育者との相互作用が、乳児期からの認知発達に与え
る影響を、最新の視線検出器を用いて検討した。「目はこころの窓」と言われるように、視線は「ここ
ろ」の動きそのものであり、乳幼児の認知発達心理研究で世界的に急速に広まってきている研究手法で
ある。
「ブックスタート」は 1992 年に英国で始まった運動で、2000 年の日本でのブックスタート開始以
来、我が国でも「絵本で子育て」という理念は着実に広まってきている。一方、「読み聞かせ」が脳の
発達によいといわれ、極端な場合、新生児期から行われている事もあり、発達学的な機序が明らかにな
らないまま、保護者のみならず、子どもに関わる専門職の間でも、過剰・特殊な「早期教育」の助長や
負担感・焦燥感から育児不安を増強してしまうことも危惧されており、より科学的な検証が望まれてい
る。本研究では、最新の視線検出器により「読み聞かせ」という母子相互作用が乳児の認知行動発達に
どのような影響を与えるか科学的に検討した。
結果、乳幼児において「注意」は経年齢的に発達するが、共同注意が発達する 10 か月から 3 歳ころ
までは母子相互作用がより促進的に働くことが示唆された。また、乳幼児は一般的に、周囲が意図的に
教えなくても自然に4歳から自然に興味を持ち始め、その後5歳くらいから自発的に文字を獲得してい
くとされている。本研究では、文字への注視時間は読み聞かせにより、3歳ころから有意に促進される
ことが示唆された。
さらに、自治体と協力して行った調査研究により、これら乳児期に親子でブックスタートを体験する
ことは、その後の子どものゲーム習慣や読書行動の変化、また、保護者の図書館利用や読み聞かせの頻
度など、双方の長期的な行動様式への影響があることも示唆された。
また、研究成果の公開フォーラムを開催するなど、地域社会への情報発信も積極的に行なっている。
(5)脳内セロトニンの脳機能イメージングについての検討
不登校・うつ病・うつ状態、不安障害、強迫性障害、パニック障害、PTSD、過敏性腸症候群など心
身症、摂食障害など様々な「子どものこころの問題」に関して神経伝達物質「セロトニン」は様々な状
態に深く関与している。PET による脳機能イメージングについて、強迫神経症におけるセロトニン合成
能の異常や、PET による画像化における詳細な解析方法の開発などについて検討を行った。これら脳イ
メージング研究の成果などについても地域社会への還元を積極的に行なっている。
(6)発達障害のトランジション・リエゾン支援、子どものこころのネットワーク構築研究
発達障害者支援の中で、中学から高等学校、高等学校から大学への移行期、高等学校や大学から就労
への移行期は、新しい環境への適応や新たな課題への対処など、新しい生活スタイルを構築する変革の
時期である。また、社会的対人関係の変化や青年期のアイデンティティ等、メンタルヘルスに関する問
題も複雑に関わってくる。しかし、小・中学校での特別支援教育が進む一方で、この重要な時期の支援
のあり方については、諸外国に比べ我が国において未だ十分な方策がとられていないのが現状である。
そこで、それぞれの支援を高校・大学・就労における発達障害者への「トランジション・リエゾン支援」
と位置づけ、支援内容とそのあり方について包括的に検討・開発し、モデルを構築することを目的とし
て研究を行った。
福井県教育委員会と協働で「発達障害のある高校生への支援研究会」を企画・開催、副委員長として
参画し、中高・高大移行に加え、高校での支援モデルとして「高校生特別支援教育ハンドブック」を作
成し、年度内に県内全校に配布予定である。
大学と発達障害当事者と地域の繋がりというモデルを構築し、NPO 法人「AOZORA 福井」を設立、
理事として参画し、公開フォーラム「将来を見据えて発達障害児・者を「今」どう支えるか~就労など
社会参加のために「今」できること・やるべき事は何か?~」を開催した。福井県、坂井市、鯖江市、
敦賀市など複数の地方自治体から委託事業を受け、日中一時支援事業、児童デイサービス事業を開始し
た。特に福井県からは平成 23 年度に 2,000 万円の事業費を受け、「ほっこり AOZORA」を開設した。
また、福井県における発達障害の医療に関わる小児科医と福井県健康増進課とともに、「福井県にお
ける発達障害児の支援・連携会議」を開催し、地域ネットワーク構築のための研究を開始した。
これらの取り組みの成果の地域・社会還元として、公開シンポジウム「発達障害者のトランジション・
リエゾン支援~高校生になった発達障害児の次のライフステージに向けて~」(2 月 12 日 福井)を開
催し、研究成果について社会還元を行った。約 150 名という多数の参加があり、新聞報道含め、本研究
の社会的関心・ニーズの高さが再確認された。
2. 診療
医学部附属病院「子どものこころ診療部」において、自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性障害、
学習障害、発達性協調運動障害、チック障害、不登校、摂食障害、強迫性障害、不安障害、子どものう
つ病、場面緘黙、子どもの心身症、てんかんや知的障害など幅広い発達障害・精神障害の児童を対象と
して、毎週月曜日午後(川谷)、火曜日午前午後(中井)、木曜日午前(中井)に外来診療を行ってい
る。担当患者数は、約120名/月で、新規患者数は約6名/月であった。評価・診断、薬物療法や、臨
床心理士や言語聴覚士とともに親ガイダンス、心理カウンセリング、更に、他の医療・療育機関、園・
学校や特別支援教育センターなど保育・教育機関、児童相談所など福祉機関など関係各機関との積極的
な連携を行っている。
3.その他(地域ネットワーク活動)
(ア) 福井県特別支援教育センター、嶺南教育事務所や越前市福祉健康センターが主催する発達相談会に
平成 23 年度は合計 4 回参加し、診断・療育や生活に関する助言や指導を行った。(川谷)
(イ) 福井大学教育地域科学部附属特別支援学校の学校医として、生徒の心身や発達に関する相談会や学
校保健に関する活動を行った。(川谷)
(ウ) 平成 23 年 12 月に、小・中学校の教諭や看護師を対象に重症心身障害児に対する医療的ケアの必
要性や実際に関する講演会を行った。(川谷)
(エ) 「日本発達障害ネットワーク(JDD ネット)福井」顧問(中井)、NPO 法人「はるもにあ」理事
(川谷)として参画し、当事者と専門家と協働で政策提言、地方自治体からの委託事業などを行なって
いる。