目 次 脳血管障害をみるための運動性伝導路の基礎知識 1.運動性伝導路(下行性伝導路) ……………………………………………………………… 2 2. 「腹内側系」の神経システム ………………………………………………………………… 6 3. 「背外側系」の神経システム ………………………………………………………………… 20 4.臨床応用: 「腹内側系」 「背外側系」の促通 ………………………………………………… 25 5.まとめ …………………………………………………………………………………………… 31 参考文献 …………………………………………………………………………………………… 32 脳血管障害をみるための 運動性伝導路の基礎知識 Key Words :姿勢コントロール(postural control) 運動コントロール(motor control) コア・コントロール(core control) コア・スタビリティ(core stability) 先行性姿勢調整機能(anticipatory postural adjustments:APAs) 神経学的リハビリテーション(neurological rehabilitation) 1 脳血管障害をみるための 運動性伝導路の基礎知識 はじめに 健常なヒトは、適正な姿勢コントロール(postural control)を背景に、運動の制御を 行い機能的な活動をしている。しかし脳卒中後遺症者では、最適な姿勢コントロールと これを背景にして行う運動コントロール(motor control)ができなくなるため、特定 の課題や機能的な活動の遂行が困難となる。 こうしたことから療法士は、脳卒中後遺症者に対して、より機能的な姿勢と運動を再 構築することが求められる。この機能的な姿勢と運動の再構築には、神経学的な運動学 習が必要となり、運動学習を効果的に施行するためには神経伝導路のシステムについて 理解しておく必要がある。このため本稿では、神経伝導路のうち、運動性伝導路(下行 性伝導路)の基礎知識についてまとめ、臨床的な観点を交えながら説明する。 1.運動性伝導路(下行性伝導路) 1) 「腹内側系」と「背外側系」 オランダのライデン大学(Leiden University)の Kuypers(1925 ~ 1989)は、姿 勢・運動のための下行性システム(descending system)を「腹内側系(ventromedial system、または内側系 medial system)」と「背外側系(dorsolateral system、ま 「腹内側系」は、脊髄の前索 たは外側系 lateral system) 」の 2 つに分類した 1)2)。 や前側索を下行する神経システムが関与することに由来する。そして、「背外側系」 は、脊髄の背側索を下行する神経システムが関与することに由来する。ヒトが環境 から感覚情報を収集して外界に適応するように姿勢や運動をコントロールする際、 この「腹内側系」と「背外側系」の 2 つの神経システムが協応し作用している(図 1) 。 「腹内側系」の神経システムは、姿勢緊張の調整、体幹筋や肩甲帯や骨盤帯 といった四肢の近位部の筋群を調整する。主に両側性支配で身体中枢部の変位 (displacement)に関わる。こうしたことから、「腹内側系」は主に姿勢を調整し、 2 やすく、外乱に対応するためにより長い多関節筋を効率的に働かせる姿勢筋 である 12)13) 。コアの上部構造は横隔膜で、同時に骨盤底筋群と腹筋が腹腔内圧 を高めて、体幹の安定性を増すために働く。腹横筋の収縮は腹腔内圧と胸腰筋膜 (thoracolumbar fascia)の緊張を高める。腹横筋は四肢の運動の前に腰椎の安定を 図る。また Kibler(2006)11)や Cailliet(2008)14)や有吉(2008)15)は、下部体幹 内に理論的にエアバックが設置されることを想定し運動時の下部体幹の持続した同 時活動(coactivation) による安定性を重視している。図 4 はコア・コントロール と体幹および四肢の関係を簡略に示したものである。 多裂筋 骨盤底筋群 横隔膜 腹横筋 図 3 コアを形成する主な筋肉 コア・コントロールの研究は、腰痛の治療にあたる理学療法分野や、安定した下 部体幹により正確な演技を達成できると考えるスポーツ医学の分野で先行して深め られてきた。脳卒中後遺症者の歩行や上肢手の治療の背景となる姿勢コントロール の治療においても欠くことのできない要素である。しかし、患者の多くが弛緩によ る弱化 (weakness) をもっている。脳卒中後遺症者の運動療法では、共通してコア・ コントロールの回復に力を注ぐべきといえる。 次に、神経学的視点からコア・コントロールの重要性を説明したい。 Hodges ら (1996) や Gibbons ら (2001) は、コア・コントロールと橋網様体脊髄 路の関係について、 「コア・スタビリティとは腰腹部(下部体幹)の安定性のことで ある。橋網様体脊髄路が活動しなければ、骨盤や体幹は屈曲虚脱し抗重力伸展方向 8 皮質視蓋路 上丘 脊髄内の神経路横断面 視蓋脊髄路 視蓋脊髄路 図 7 視蓋脊髄路(文献 54 と本文の内容を参考に作成) 視蓋脊髄路は中脳の上丘から始まり,すぐに交叉して,脳幹内側部,脊髄前索 を下行する.このため,神経支配は交叉性が多く,非交叉性線維は少ない. ⑥間質核脊髄路(interstitial spinal tract) 間質核脊髄路は、中脳被蓋内の Cajal の間質核(interstitialnucleusinmidbrain、 Cajalnucleus、内側縦束核;mediallongitudinalfasciculus)から起始する非交叉性 の下行路である(図 8) 。 間質核は橋の前庭神経核から内側縦束を通り、上行した線維や上丘からの線維 を受けて 30)、頭頸部のコントロールや眼球の速い垂直運動を調整する。したがっ て、この眼球運動の経路の損傷で、垂直方向への注視麻痺というパリノー症候群 (Parinaud'ssyndrome)を生じる。 15 a b c d 図 18 症例紹介(上肢機能) a:発症後 8 ヵ月.麻痺側の右上肢を挙上しようとすると,非機能的な全体的屈 曲パターンが出現していた. b,c,d:外来治療を通じて,麻痺側の右肩甲骨の安定性が改善し,b,c のように肘伸 展位で前方と側方へ挙上できる.d のように,麻痺側の右上肢は,長袖シャ ツの袖通しをする補助上肢となっている. 以上のことから、 治療では図 19 のように、 セントラルキーポイントと骨盤のキー ポイントにて左右体幹の連結(engagement)を図った。特に下部体幹では弛緩に よる虚脱傾向を防ぐため、 持続した同時活動を高めた。さらに、フィードフォーワー ドに抗重力方向への姿勢緊張が先行して高まるように誘導する。背景として、「橋 網様体脊髄路」の機能を一義的に活性化していることになる。次に、座面からの回 旋や加速度を後方から前上方へ慎重に加えることで前庭を刺激し、 「前庭脊髄路」 系の興奮を「橋延髄網様体脊髄路」に統合させていった。コア・コントロールの機 能がいっそう向上し、安定した体幹を上肢手の治療の背景となる姿勢となるような 改善を目指すためでもある。 図 20 は、坐位にて腰腹部の持続的同時活動を維持しながら、右下肢伸展位で足 部の底背屈運動を誘導している場面である。踵骨の内外反運動を出さないように、 その中間位を維持させた運動を誘導する。開始時は随意的側面が強く、「外側皮質 脊髄路」による運動の要素が多い。療法士は、 反復する過程で「延髄網様体脊髄路」 による脊髄内の歩行パターンジェネレータでの自動的な運動へ転換するように促通 する。 そして、立位やステップ姿勢で立脚相や遊脚相を誘導するには、足部の筋群の固 有感覚や皮膚の機械的刺激を「背側脊髄小脳路(dorsal spinocerebellar tract)」を 通じて、刺激を小脳の室頂核及び近傍へ伝え、 「延髄網様体脊髄路」にて脊髄の歩 行パターンジェネレータによる立脚相と遊脚相のパターンとリズムを修飾し自動的 に出現できるように促す。 27 本ケースの発症は 1990 年で、外来での治療中の 1992 年からセントラルキーポイ ントが導入された。それ以降、療法士は主に体幹へ投射する「橋網様体脊髄路」系 の役割に意識的に関わるようになった。 本ケースは陳旧例であるが、セントラルキー ポイントの導入後に著しい改善をみた。この点で、姿勢の制御のために情報刺激を 集中的に送るセントラルキーポイントを通した治療へと、発展する時期に担当した ケースであった。筆者にとって、セントラルキーポイントの導入による治療効果の 向上に実感をもてたケースである。このように、療法士は主にハンドリングによる 誘導と神経学的な促通を常に一体に考えながら治療を行う必要がある。こうした促 通を通じてより機能的な姿勢と運動を再構築することができると筆者は考える。 大脳皮質 視床 橋・延髄 脊髄網様体路 脊髄後角 網様体 毛・蝕受容器 温・冷受容器 痛受容器 脊髄視床路 図 24 脊髄視床路系・脊髄網様体路系(文献 55 引用) 5.まとめ ヒトの運動は体幹や上下肢の近位筋による歩行や姿勢制御と、上下肢の遠位筋を 用いる精緻運動に大別される。前者は脊髄の前索や前側索を下行する神経システム が関与することから「腹内側系」と呼称される。そして、後者は脊髄の背側索を下 行する神経システムが関与することから「背外側系」と呼称される。本稿では、姿 勢と運動のコントロールの背景となる「腹内側系」と「背外側系」の運動性伝導路 について述べた。また、これらの神経システムについて、臨床的観点からその促通 31
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