子どもたちに伝えたい消費者教育活動 ~一日も早くすべての児童生徒に

2012年度 第28回 ACAP消費者問題に関する「わたしの提言」
ACAP理事長賞
子どもたちに伝えたい消費者教育活動
~一日も早くすべての児童生徒に
「消費者教育+キャリア教育=社会人基礎教育」を実施したい~
消費生活アドバイザー、キャリアカウンセラー
(東京都北区在住)中島由美子
1.はじめに
経済のグローバル化が進み産業構造が大きく変化する中、若者の社会的・職業的自立に向けた抜本
的な対策が急がれている。
教育の現場において、消費者教育とキャリア教育は各々が独立した課題として旗が振られている。どち
らも学校教育において最重要課題に位置付けられながら、今だ具体的解決策を見いだせないまま多忙を
極める教員に負担がのしかかっているのが現状である。
平成23年3月消費者教育推進委員会における指針では「消費者教育をキャリア教育の一環として推
進」と掲げている。近い将来、日本の社会や経済を支える子どもたちが社会的・職業的に自立することを
目標としている点では、消費者教育とキャリア教育は共通している。さらには金融教育、環境教育等も目
指すところは同じである。
これらを融合し社会人基礎教育として推進していけば話は早いのではないだろうか。現在は各々の視
点から教育目標を掲げているが、どれも経済産業省が提唱している「社会人基礎力」の習得に集約するこ
とができると考える。そのためには歴史の長い消費者教育が率先し、まずは消費者としての目線から社
会を捉えることを学校活動の中で身に付けさせ、そして学校教育を卒業するまでに商品やサービスを生
産・提供する側になる視点を培うことが有効ではないだろうか。
私は消費生活アドバイザーとして、企業のお客様センターで電話による消費者対応に従事してきた。視
覚情報のない電話での応対スキルが社会人基礎力の習得につながると考え、キャリアカウンセラーの資
格を取得した上で、電話応対スキルを駆使した「消費者教育+キャリア教育=社会人基礎教育」のプログ
ラムを作成しているところである。
現在は、高等学校キャリア教育の授業を受託し実施している。学校の特色により求められる授業構成
が異なるためフリーで活動中である。学校側の要望により、キャリア教育の観点のみでの授業構成が殆
どであり、消費者教育の視点も取り入れた社会人基礎教育の実施に至っていないのが現状である。小学
校から高等学校までの12年間を通して学校活動を社会人基礎教育につなげ、自立した社会人となる基
盤を子どもたち全員に築かせることが必要であると感じている。
さらに、緊急雇用創出事業の社会人基礎研修講師として、正規雇用を目指す第二新卒の就職未内定
者に講座を実施している。彼らが学校教育を受けている間にこの社会人基礎力を身に付けていたなら
ば、今頃は「稼いで消費する自立した社会人」となり「社会保障の担い手」となっていたのではないだろう
か。また、彼らが現在の日本経済・企業の状況を大きな視点で捉える機会があれば、進路選択の時点で
自らの人生をもっと真剣に考え、安定就業につなげることもできたのではないかと悔やまれる。
社会人基礎教育を一日も早く効果的に子どもたちに伝えていくためには具体的なプランを作成する必
要がある。具体的プランを作成するためには、ゼロから新しいことを始めるのではなく、既に行っている
様々な教育活動の中から断片を拾い出し、視点を変えながら丁寧につなぎ合わせることで「社会人基礎
教育」として実践できると考える。
そこで「社会人基礎教育」の必要性と、実践するための具体的方策について提言する。
2.「社会人基礎教育」の必要性
少子高齢化が急速に進み生産人口が減る一方であるにも関わらず、若者の就職難は一層厳しさを増
し、今春の新卒ニートだけでも3万3千人にのぼっている。厚生労働省の推計では全国で約60万人がニ
ートの状態であると言われている。学校を出た24歳以下の10人に1人が失業し、2人は非正規労働者と
いう状況である。このまま無職者・非正規労働者が増加した場合、年金等社会保障の担い手は減少し、
低所得者・生活保護受給者が増加、偏った国民負担が増える一方である。低所得者が増加すれば日本
全体の消費も低迷し日本経済は縮小、さらに社会の活力が低下することが明らかである。
また、平成22年には4人の生産人口で1人の高齢者を支えていたが平成32年には2人で1人の高齢
者を支えなければならない現実が目の前にある。一寸先の日本の社会、経済を支えるのが教育現場に在
籍している子どもたちなのである。
これらの状況を少しでも食い止めるためには、消費する力を持つ消費者を育成する必要がある。消費をす
るためには稼がなければならない。その為には「お金をどう稼ぎ、どう使うのか」を教え、不安定な時代を生き
抜くために将来の日本を支える人材を育成することが急務である。自らの人生を主体的に設計し、職に就いて
豊かな生活を送り、社会の中で自分の能力を発揮して自己実現を行い、さらによりよい社会づくりに参加・貢献
するために必要な意識形成が発達段階における学校教育の時期に行われることが効果的である。
従来、自立した社会人になるための人材育成は企業が担ってきた。しかし長引く低成長とグローバル化
により、日本企業は人材育成に投資する力がなくなり、企業の教育訓練への支出額は2008年時点でピ
ーク時(1991年)の8分の1という衝撃的な数字になっている。その一方「職業人としての人材育成は企
業が行うもの」と認識している教師が多いのが現状である。このような状況を見てくると、子ども達が学校
から社会へ移行するための準備教育は学校現場において専門知識を持った外部人材が教師と連携して
行わなければならないことが明確である。今後の日本を支える子どもたちにエンプロイアビリティ(雇用さ
れ得る能力)の意識を定着させ“自立した社会人”に育てるために産官学は手を取り合って一日も早く効果
的な教育を実施する必要がある。
<参考資料>
日本経済新聞社 2012 年 7 月 16 日朝刊掲載記事より
3.社会人基礎教育の具体的実施案
既に行われている教育活動を社会人基礎力の項目に合わせた視点で捉えなおし、学校での学びと社
会を結ぶことに焦点化して意図的、体系的に実施する。
各単元や題材の内容が生活や社会、職業や仕事に関連する点を丁寧に拾い出し、各学年ごとに項目
別にまとめ、担当教師と外部人材が協働して社会人基礎力にあてはめる。
児童生徒には年齢に関わらず一消費者として既に社会に参加していることを自覚させ、消費者教育・キ
ャリア教育両面の観点から実生活に基づいた事例(消費・契約・取引)を用いて実習を行う。下記に小学
校、中学校、高等学校での実施案を挙げる。
~小学校の実習例~
消費者としての自覚をもち、自らが様々な商品の中から決定して購入した商品を題材として、その商品に
関する疑問点を見つけ企業のお客様センターに問い合わせをする
企業のお客様センターに電話で問い合わせをすることで、ビジネスマナーとコミュニケーションの基礎を身
に付け、自分の考えを伝え、他者の話を聴く力を養うことができる。
◆消費者教育の観点:消費者であることを自覚し、消費者としての態度を育成
◆キャリア教育の観点:ビジネスマナー、コミュニケーションの基本として電話応対体験
*この実習により習得する社会人基礎力
【前に踏み出す力】主体性 働きかけ力 実行力
【考え抜く力】
課題発見力計画力
【チームで働く力】発信力傾聴力
<上記の実習と教科の関連>
身近にある商品に関心を持ち、疑問点を見つける(家庭科・理科・生活科)
↓
各メーカーの消費者対応窓口に問い合わせをする(社会科・道徳)
↓
電話を通じて自分が疑問を持っている点について説明し解答を求める(国語科)
↓
疑問点は解決したか?(家庭科・理科・生活科)
↓
電話終了後、応対してもらった後の気持ちを振り返る(社会科・道徳)
↓
その会社(商品)に対しての印象が変わったかどうか(社会科)
~中学校の実習例~
自らの携帯電話の契約内容に関心を持ち通信料がいくらかかっているのか、どのような契約になっているの
かを調べ、契約とは何かを知る
街で声を掛けられ、店舗に連れていかれ、化粧品やダイエット商品を買わされたことを想定し、解約でき
るかどうかグループで話し合い解決する
身近な事例を使い、取引・契約とは何かを学び、それに伴う消費者としての権利等を知ることができる
◆消費者教育の観点:消費者センス、批判的思考力を身に付け、消費者の権利を知る
◆キャリア教育の観点:インターネットなどを通じて情報を収集し、その中から自分に必要な情報を選択し
て専門窓口に相談をするなど主体的に行動を決定する
*この実習により習得する社会人基礎力
【前に踏み出す力】 主体性 働きかけ力 実行力
【考え抜く力】
課題発見力 計画力
【チームで働く力】
発信力 傾聴力 柔軟性状況把握力 規律性
~高等学校の実習例~
インターネット通販でTシャツを購入した。その後色々なサイトを見ていたところ、もっと気に入った商品が見つ
かった。先に購入したTシャツを返品することができるかどうかをグループで話し合う
携帯電話やPCのサイト画像をクリックしたところ「画面に有料サービスのため3日以内に5万円を支払って下さ
い、支払わないと自宅に請求に行く」と表示が出た。支払わなければならないのか。また、請求の画面が消え
ない、等どこに相談をしてどのように解決をすれば良いかをグループで話し合う
自分がいつも愛用している“こだわりの一品”について様々な情報収集をして調べ、その一品を他者に薦
める実習を行う。次に“こだわりの一品”を“自分”に置き換え、こだわりの一品としての自分のセールスポ
イントをまとめ、自分自身を売る営業マンになったことを想定してプレゼンテーションを行う
身近な事例を使い、取引・契約・消費者としての権利と責任を学び、自立した社会人になるための基本を知る。
◆消費者教育の観点:消費者保護法を知り、消費者の権利と責任を自覚し、自らの行動が消費経済に直
接関与していることを知る
◆キャリア教育の観点:生涯を通じて消費者であることを自覚し、消費するためには稼がなければならな
いことを認識して進路計画を立てる
就職活動なども視野に入れ、自分自身のプレゼンテーション(面接対策)をするた
めには多面的な視点をもち情熱をもって取り組まなければならないことを自覚する
*この実習により習得する社会人基礎力
【前に踏み出す力】 主体性 働きかけ力 実行力
【考え抜く力】
課題発見力 計画力 創造力
【チームで働く力】
発信力 傾聴力 柔軟性状況把握力 規律性ストレスコントロール力
一部の事例を挙げてきたが、その他教育現場で行われる校内活動、校外活動など折に触れて消費者
教育とキャリア教育両面の観点から丁寧につなぎ合わせ、事前事後学習において社会人基礎力を意識さ
せることで自立した社会人、職業人になる基盤を固めることができる。
これまでに挙げた事例にさらに発達段階に合わせた電話応対研修を盛り込むことで、より実践的な社会
人基礎教育を実施することができると確信している。今後は企業お客様センター、消費者センター等も巻
き込みながら社会人基礎教育を実施することが望ましい。
4.“社会人基礎教育”の担い手
社会人基礎教育の実施には、消費生活アドバイザー、キャリアカウンセラー、ファイナンシャルプランナ
ー、産業カウンセラー等の外部人材を活用し、教育庁人材バンク、教育支援人材認証協会などを統合し
たポータルサイトを立ち上げ、スクールカウンセラーと同じように各学校に配置することが望まれる。
消費者教育ポータルサイト、キャリア教育ポータルサイトが各々に立ち上がっているが、このサイトが十
分に機能しているとは言い難いのではないだろうか。ポータルサイトに登録している企業に問い合わせを
してみると、やはり従来と同じようにあくまでも自社の企業活動を伝える出前授業をするに留まっている。
各企業、団体の出前授業を有効なものにするためには結節点となる外部人材を学校側に配置し、ポータ
ルサイトを統合して社会人基礎教育に落とし込んだプログラムを作成することが得策である。
5.最後に
自立した社会人・職業人を育成するためには、社会に適応しながら現実に立ち向かい意欲を持って
様々な課題を克服し、将来の夢と学業を結びつけ、自らの目標に向かって努力し「働くことの喜び」と「世
の中の実態や厳しさ」の両面を同時に伝えていくことが重要であると考える。
日本の若者は、他国に比べ将来就きたい仕事や自分の将来のために学習をしようとする意識が低い。
進路選択時に、はっきりとした目的意識をもって取り組めるように自らの人生を主体的に設計し、社会の
中で自分の能力を発揮できるように育成することが急がれる。
「稼いで消費する」自立した社会人になるための意識形成が発達段階における学校教育の時期に行われ
ることは効果的であり、日本の現状には不可欠ではないだろうか。
人間の一生は消費者であり続ける。生涯において自立した市民・消費者の意識形成の基盤となる“社
会人基礎教育”を一日も早く子どもたちに伝えたい。
<参考文献等>
日本消費者教育学会編「新消費者教育Q&A」
西村隆男著「日本の消費者教育」有斐閣
文部科学省キャリア教育に関する報告書平成23年12月9日
文部科学省大学など及び社会教育における消費者教育指針
(財)消費者教育支援センター主催平成23年度教員を対象にした消費者教育講座資料
消費者庁作成「もしあなたが消費者トラブルにあったら」「消費者センスを身につけよう」