「考え抜く力」の価値は 6 万円、「前に踏み出す力」は 4 万 7 千円?

愛媛大学・愛媛県中小企業家同友会景況調査(EDOR)
第 47 回(2014 年 10-12 月期)特別調査報告書
文章:曽我亘由(愛媛大学法文学部総合政策学科)
「考え抜く力」の価値は 6 万円、
「前に踏み出す力」は 4 万 7 千円?
今回の EDOR 調査では、特別調査として「雇用、および採用」に関する調査を実施した。
雇用に関する特別調査は先の EDOR 調査報告書で触れたとおり、2013 年 10-12 月調査以来
の調査であるが、採用に関する調査は第 28 回(2010 年 1-3 月)調査以来である。
調査は、2015 年 4 月にむけた採用状況、内定の決め手、企業が最近の学生に不足している
と思う能力要素、最近の学生がすでに備えていると思う能力要素等について調査し、さらに
は、中小企業の経営者がどのような能力要素を備えた人材を求めているかについて、選択実
験を用いて調査した。回答企業の採用活動について聞いたところ、毎年採用を実施している
企業は全体の 13.3%にあたる 15 社、毎年ではないが数年に 1 度採用活動を実施している企
業は 23.0%(26 者)
、不定期採用を実施している企業は 54.0%(61 社)となり(その他 9.7%、
11 社)
、不定期採用が半数以上を占める結果となった。
内定の決め手・学生に不足して
図1:内定の決め手
いる能力・学生がすでに備えて
70.6
1.人柄(明るさ・素直さ等)
2.独創性
8.1
3.語学力(TOEICなど)
今回の調査では、「内定の決め
10.6
3.6
学生(n=1766)
手」、
「最近の学生に不足している
企業(n=111)
能力」、さらには「学生がすでに身
につけている能力」について、16
24.9
35.1
5.主体性
項目(右図参照)から 3 つまで選
8.6
12.6
6.課題発見力
7.粘り強さ
8.チームワーク力
択してもらい、その割合を学生の
19.3
27.9
調査結果と比較した。学生の調査
20.2
30.6
については、
「愛媛大学と松山大学
による連携事業」
、および「科学研
9.2
6.3
9.論理的思考
究費補助金」の研究で同様の質問
1.8
0.9
10.簿記
項目による調査を実施しており、
愛媛県内の文系大学生を対象に
5.8
1.8
11.PCスキル
2011 年から継続的に実施してい
8.2
1.8
12.ビジネスマナー
る調査である。今回の調査は 2014
年 4 月に愛媛大学および松山大学
17.9
15.3
13.一般常識
の文科系の学生を対象とし、1771
9.8
4.5
14.一般教養
名から回答を得た(愛媛大学生:
49.3
54.1
15.コミュニケーション力
485 名、松山大学生:1286 名)。
まず、内定の決め手について企
0.2
1.8
16.その他
0.0
いる能力
17.7
19.4
2.7
4.業界に関する専門知識
91.9
20.0
40.0
60.0
80.0
100.0
業側、学生側に共通して高い項目
に「人柄」、「コミュニケーション
力」
、
「主体性」
、
「チームワーク力」などが挙げられたが、これらの項目を重視する割合は企
業側の方大きい傾向にある。その一方、
「語学力」や「独創性」については、学生は内定の決
め手として重要であると考えているが、企業はこれらの項目を重視している割合は少ない結
果となった。以下において詳しく触れるが、学生はスキル・知識系の能力をより重視し、企
業側は内面的スキルをより重視している可能性があり、これらの差を明らかにし、双方が理
解することで、いわゆる雇用のミスマッチを防ぐための方策を探ることができるだろう。
企業が考える最近の学生に不足している能力 vs 学生自身が不足していると認識してい
る能力
次に、企業の経営者が考
図2:企業が考える学生に不足している能力、学
生自身が不足していると考える能力
えている最近の学生に不足
している能力と、学生自身
1.人柄(明るさ・素直さ
等)
が不足していると認識して
学生(n=1757)
12.6
8.2
企業(n=110)
いる能力について比較した。
18.3
25.5
2.独創性
3.語学力(TOEICなど)
内定の決め手と同様、企業、
48.9
1.8
4.業界に関する専門知識
23.1
4.5
19.7
5.主体性
ついて、該当するものを 3
つまで選択してもらった。
40.0
まず、企業の経営者が考
12.5
6.課題発見力
学生とも同様の 16 項目に
25.5
える最近の学生に不足して
15.7
7.粘り強さ
能力でもっとも高い項目は
61.8
9.4
9.1
8.チームワーク力
9.論理的思考
4.5
10.簿記
0.0
11.PCスキル
「粘り強さ」であった。続
いて「主体性」、「コミュニ
17.0
ケーション力」、
「一般常識」
15.0
についても高い割合で不足
23.9
0.0
していると考えている。そ
15.4
13.6
12.ビジネスマナー
13.一般常識
12.1
14.一般教養
10.6
13.6
の一方、学生は自身にもっ
とも不足している能力に
33.6
「語学力」を挙げており、
以下「コミュニケーション
35.3
40.0
15.コミュニケーション力
力」、
「PC スキル」、
「業界に
関する専門知識」、と続き、
0.1
1.8
16.その他
0.0
20.0
40.0
60.0
80.0
企業がもっとも不足してい
ると考えている「粘り強さ」
については 15.7%にとどま
り、
「主体性」についても 19.7%であり、企業と学生の間でその認識に大きな差がある結果
-2-
となった。
「PC スキル」
、「論理的思考」、「簿記」等については、学生自身は不足していると
考えているが、企業はこれらの項目についてほとんど不足していると認識していない。すな
わち、学生は「語学力」
、
「PC スキル」、
「簿記」などといった定量化・数値化が可能な知識・
スキル系に関する能力要素について不足していると考える一方、企業は「粘り強さ」や「主
体性」といった、より内面的な能力が不足していると考えている。
企業が考える最近の学生に備わっている能力 vs 学生自身がすでに備わっていると認識
している能力
さらに、最近の学生がす
図3:企業が考える学生に備わっている能力、学生
自身がすでに備わっていると考える能力
でに身につけている能力要
素について、先の調査と同
1.人柄(明るさ・素直さ
等)
50.5
22.2
選択してもらった結果が右
11.7
15.7
2.独創性
3.5
3.語学力(TOEICなど)
学生(n=1733)
企業(n=108)
21.3
1.3
4.業界に関する専門知識
様、企業、学生に 3 つまで
生の差が大きい項目に注目
すると、「PC スキル」は、
18.5
企業の 64.8%は学生がすで
10.8
6.5
5.主体性
に身につけていると考えて
5.7
2.8
6.課題発見力
7.粘り強さ
8.チームワーク力
16.7
7.0
10.簿記
1.9
28.8
専門知識」についても企業
は備わっていると考えてい
るが(語学力:21.3%、業界
12.ビジネスマナー
3.5
8.3
に関する専門知識:18.5%)、
64.8
学生が身に付いていると考
えている割合は、「語学力」
31.0
8.3
13.4
15.コミュニケーション力
「語学力」、「業界に関する
8.1
8.7
14.一般教養
まる結果となった。同様に、
21.3
11.PCスキル
13.一般常識
いるが、学生は 8.7%にとど
35.5
0.9
9.論理的思考
13.0
については 3.5%、「業界に
21.3
関する専門知識」について
22.9
は 1.3%となり、企業との差
がみられた。一方、学生は
1.7
0.9
16.その他
0.0
図である。まず、企業と学
20.0
40.0
60.0
80.0
「人柄」、「粘り強さ」、「チ
ームワーク力」、
「一般常識」
についてはすでに身につけ
ていると考えているが、企業側がこれらの項目について学生が身に付けていると考える割合
は低く、企業と学生の間で大きな差が見受けられた。すなわち、先に言及した学生が不足し
-3-
ていると考えている知識・スキル系の能力について、企業側はすでに備わっていると考えて
おり、企業が不足していると考えている「粘り強さ」、「一般常識」等については、学生はす
でに身に付けていると考えている。また、
「人柄」、
「チームワーク力」についても学生は身に
付けていると考えているが、企業はこれらの能力について、十分に備わっているとは考えて
おらず、企業と学生の間に差がみられた。これは、大学内におけるサークルや部活といった
集団組織においては、年齢層が近く、付き合う人間も選択できるため、そのようなコミュニ
ティの中において、このような能力は備わっていると考えている可能性がある。しかしなが
ら、社会においては年齢層も多様であり、様々な人とコミュニケーションをとる必要性が出
てくる。したがって、企業側と学生の間にこのような差が生じた可能性がある。
中小企業求める人材は?
中小企業の経営者が求める人材について、具体的にどのような能力要素を備えた人材を評
価しているかを調査した。調査は選択型実験を用いて、属性間の価値の大きさを計測した。
今回の特別調査で設定した属性および水準は以下のとおりである。
属性
社会人基礎力
資質
大学の成績(「優」の割合)
専門知識
希望給与
水準1
水準2
前に踏み出す力
チームワーク力
誠実である
責任感がある
30%
50%
高い
普通
16万円
18万円
表 1:属性の種類とその水準
水準3
考え抜く力
将来性がある
70%
20万円
水準4
どれも普通
-
これら 5 つの属性の各水準を主効果直行デザインによって 16 個の選択プロファイルを作
成した。この 16 個の選択プロファイルから 2 つのプロファイルをランダムに組み合わせ、こ
れを「人材 A」
、
「人材 B」とし、さらに「どちらも採用しない」という選択肢を加え、3 つ
の選択肢から最も好ましい選択肢を 1 つ選択してもらった。調査票の質問例は以下のとおり
である。
人材A
社会人基礎力 「前に踏み出す力」が長けている
資質
人材B
「チームワーク力」が長けている
誠実である
将来性がある
大学の成績(優の割合)
30%
50%
専門知識
高い
高い
20万円
16万円
選考者の希望給与
ど
ち
ら
も
採
用
し
な
い
回答欄→
表 2:アンケートの質問項目例
1 つの調査票につき上記のような質問を 8 つ作成し回答してもらい、混合ロジットモデル
を用いたコンジョイント分析によって解析した結果を以下に示す。
-4-
変数
ASC3
前に踏み出す力
チームワーク力
考え抜く力
誠実である
責任感がある
大学の成績
専門知識
希望給与
限界効用 Standard Error
-5.469
0.911
1.083
0.152
0.568
0.191
1.401
0.269
0.397
0.177
0.882
0.199
0.016
0.004
0.338
0.144
-0.233
0.048
t-value
-6.005
7.142
2.976
5.204
2.247
4.440
3.632
2.351
-4.834
P-value
0.000
0.000
0.003
0.000
0.025
0.000
0.000
0.019
0.000
限界支払意志額
4.7
2.4
6.0
1.7
3.8
0.1
1.5
万円
万円
万円
万円
万円
万円
万円
表 3:推定結果
分析の結果、すべての変数が統計的に有意な値となった。限界効用の値に注目すると、ASC3
を除いた変数のうち社会人基礎力の「考え抜く力」の限界効用が最も高く 1.401、
「前に踏み
出す力」が 1.083、
「チームワーク力」は 0.568 となった。個人の資質においては「責任感が
ある」人材の限界効用が 0.882、
「誠実である」人材の限界効用は 0.397 という結果となった。
大学の成績については、限界効用の値は 0.016 であり、成績における「優」の割合が 1%増
加すると企業のその人材に対する効用は 0.016 上昇することを意味している。また、専門知
識については限界効用の値は 0.338 となった。給与の限界効用は-0.233 と負の値となった。
これは人材に支払う給与が 1 万円増加すると効用が 0.233 減少することを意味している。
各変数の限界効用の値を、給与の限界効用で割ることにより、その変数に対する金銭的価
値を表すことができ、それらが上記の表の限界支払意志額である。これによれば、
「考え抜く
力」に長けた人材に対しては追加的に 6 万円の価値を有しており、
「前に踏み出す力」に長け
た人材に対しては 4.7 万円、
「責任感のある」人材に対しては 3.8 万円の価値を有している。
以上の結果から、企業側は、人柄(明るさ・素直さ等)やコミュニケーション力以外に、
粘り強さ等の能力も重視しており、これらが学生に不足している能力であると考えているが、
学生はこれらの能力が不足しているとは考えておらず、むしろ、すでに身に付いている能力
として認識している1。また、企業側は粘り強さ、主体性、コミュニケーション力、一般常識
といった内面的な能力が不足していると考えているが、学生は、語学力、PC スキル、業界に
関する専門知識等、知識・スキル系の能力が不足していると考えており、ここに企業と学生
の認識の差があることが明らかとなった。
また、企業が重視する内面的スキルのうち、どのような能力に高い価値を見出しているか
については、企業は自らの力で考えることができ、前に踏み出す力に長けているといった主
体的に行動できる人材を高く評価していることが明らかとなった。チームワーク力について
は、企業が重視する能力要素ではあるが、中小企業においてはチームでプロジェクトを遂行
する機会もある一方、大企業と比較すると、様々な業務を任される機会も多く、個々の仕事
への責任も重いと考えられる。すなわち、チームで行動する以上に個々の資質が重視されて
おり、自らの力で考え抜き、前に踏み出す力を有している人材、さらには責任感の強い人材
をより重視する傾向にあると考えられる。
1
この結果は、経済産業省が2010年に発表した「大学生の「社会人観」の把握と「社会人基
礎力」の認知度向上実証に関する調査」においても指摘されている。
-5-