学 位 の 種 類 博 士 (理 学) - 東北大学

み
とま
のぶ
ひこ
伸
彦
氏 名 ・(本 籍 )
三
苫
学 位 の 種 類
博
士 (
理
学 位 記 番 号
理 博 第 2 7 4 4号
学位授与年月 日
平成2
5年 3月 27日
学位授与 の要件
学位規則第 4条第 1項該当
研究科, 専攻
東北大学大学院理学研究科 (
博士課程)物理学専攻
学位論文題 目
グラフェンの構造変化 に対す る環境効果 と電子輸送特性
論文審査委員
(
主査)
学)
教
授
平
山 祥
教
授
粛
藤 理一郎
教
授
高
橋
教
授
谷
垣
教
授
寺
内
文
隆
目
次
論
郎
第一章 :序論
1
.
1
.グラフェンとは-------1
.
2.環境効果 と本研究の目的- -- --2
1
-
-
1
.
3.本論文の構成-・
-----・
3
第二章 :グラフェンの電子輸送特性
2.
1
.グラフェンにおける電子輸送---- --7
・
2
.
2
.グラフェンの電子構造 と F
ET----・
--1
3
.
3.グラフェンF
ETと拡散的な電子輸送-------2
4
2
第三章 :グラフェンと Ra
ma
n分光測定
3.
1
.グラフェンの層数判定-------2
9
ma
n散乱-- --・
-2
9
3
.
2
.Ra
y
l
e
i
g
h散乱 と Ra
--・
3
2
3
.
3
.Ra
ma
n分光の古典論-- -・
-
・
-
.
4.グラフェンか ら得 られる Ra
ma
nスペク トル・ ・
----・
3
4
3
-
・
・
・
・-・
・
・
・
・
-3
7
3
.
5
.Ra
ma
n活性なモー ド・
-
3
.
6
.キ ャリア ドー ピングと Ra
ma
nスペク トルの シフ ト-----・
・
-3
9
3
.
7
.化学修飾 と Ra
ma
nDバ ン ド- ----・
41
-
第四章 :実験手法
4.
1
.キ ッシュグラファイ ト-------4
5
4.
2.試料作製 --- -4
5
-
-
-1
41-
第五章 :Ra
ma
n レーザー光 によるグラフェンの構造変化
5.
1
.本研究の位置づけ---- --55
-
5.
2.Ra
ma
n分光測定の概要-------55
5.
3.基板表面処理が Rama
nスペク トルに及 ぼす影響・ -----57
-
4.Ramanスペク トルの時間発展・ -5.
-
5.
5.グラフェン表面で起 こる化学反応・
-
-
-
--・
60
-
---64
5
.
6.キ ャリア ドー ピングと化学反応 メカニズム・ --
-
--6
6
5.
7.グラフェンの層数による反応性の相違--・
・
・
----68
5.
8.金微粒子蒸着 による反応性の増大---- ・
--70
・
-
第六章 :水中光照射 によるグラフェンの構造変化 と電子輸送特性への影響
6.
1
.水中での光照射------・
73
6
.
2.FET試料の結晶性の評価・
・
------75
6.
3.電子輸送特性測定の概要・ -- -- -76
-
・
4.プラズマ処理基板上のグラフェンFET----=--7
9
6.
6.
5
.プラズマ未処理基板上のグラフェンFET--・
-----81
第七葦 :総括
7.
1
.本研究で得 られた知見-・
-----9
7
7
.
2
.残 された課題 と今後 の展望-------9
8
謝辞-------9
9
発表一覧------1
01
論
文
内 容
要
旨
グラフェンは半世紀以上 も昔か ら理論的な研究成果が蓄積 されている物質であるが、実験的に作製 され
e
l
ov らによ り、粘着 テープを用 いて黒鉛を剥離 し、基板上 に転写
たのは近年 にな ってか らである。Novos
す るという非常 に単純な手法で グラフェンの作製が可能 なことが示 されて以降、世界中の研究者が精力的
に研究を行 っている。 グラフェンは炭素原子一個分の厚み しか持たない究極の二次元物質であるため、構
成原子が全て周辺環境 に曝 されてお り、環境効果 によりその電子状態が大 きく変調を受 けて しまうことは
想像 に難 くない。本研究では環境効果の中で も特 に、水および酸素がグラフェンに与え る影響 について考
察を行 う。水および酸素 は大気中に無尽蔵 に存在 してお り、 グラフェンの試料 に容易 に混入す る。 そのた
め、先行研究 により得 られた結果の理解を深 めるためにも本研究を推進す る意義 は大 きい。 これまでにも
グラフェンと水/
酸素か ら成 る酸化還元対 との間における電荷移動 (
物理吸着)についての議論 はなされて
いるが、化学結合の生成 にまで言及 した ものは無 い。 しか しなが ら水の分解 は光照射や電圧印加 などによ
り引 き起 こされ、化学的に反応性の高 いラジカルを生成 しうることか ら、水および酸素が存在す る状況 に
おいてグラフェン表面を化学修飾す ることは充分 に考え られる。 そこで本研究ではグラフェンに対す る水
ー1
4
2-
および酸素の物理吸着 と化学修飾の度合 いの定量的な評価を行 うことを目指 した。
本研究 においてグラフェン周囲の水の存在 は非常 に重要 なパ ラメータである。水の存在 はグラフェンを
O 2 基板 の表面処理 によ り制御 した。第四章 にて本研究で行 った試料準備 の詳細 を示す。 グラ
支持す る Si
Fi
e
l
dEfe
c
tTr
a
ns
i
s
t
o
r
s
:FET)状 に加
フェ ンの電子輸送特性 を調べ るためには電界効果型 トランジス タ (
工す る手法がよ く用 い られるが、 この際に試料を電子線描画などによ り微細加工 しなければな らない。微
O 2基板表面 に有機物汚れが残 って しま うが、 これを除去す る目的で酸素 プ ラ
細加工 プロセスを経 ると Si
ズマによる表面処理 は広 く行われている。 しか しなが ら、 この とき基板の親水性 および平坦性 は大 きく変
化 して しまう。 Si
O 2基板 を酸素 プ ラズマに曝す前後 において水 の接触角 および原子間力顕微鏡 による評
価を行 ったところ、電子線 レジス ト残虐の除去 に伴 い基板表面が oH基で終端 され親水性が増大す る様子
および平坦性が増大す る様子を確認 した。 グラフェンは環境効果を大 きく反映す る物質であるが、環境効
果の一つである支持基板のプ ラズマ処理の有無 によるグラフェンへの影響 の差 はこれまでにあまり論 じら
れていない。 そこで本研究 ではプラズマ処理基板 (
親水性大、凹凸小)上 のグラフェンと、 プラズマ未処
理基板 (
親水性小、 凹凸大)上 の グラフェンを用 い、Ra
ma
n分光測定 および FET特性測定 による評価 を
行 った。
1. レーザー照射 により引 き起 こされる光化学反応 [
第五章]
レーザ ー Ra
ma
n分光測定 はグラフェ ンに導入 された構造欠陥およびキ ャ リア ドー ピングを、試料 を破
壊せずに評価で きる手法 としてグラフェンの研究では幅広 く用 い られている。本研究では先 に述べたプラ
ズマ処理/
未処理基板上 の グラフェンに対 し約 300mi
nにわたる レーザー照射 を続 けた結果、得 られたス
ペク トルの差異 に注 目 した。構造欠陥の有無を判断す るには 1
3
40c
m】
付近 に出現す る D バ ン ドに着 目す
る。 これは A.
'モー ドと呼ばれる炭素の六員環の振動 モー ドに由来す るとされてお り、並進対称性がある
グラフェンの結晶では禁止 されているため、結晶性が高 い試料では観測す ることがで きない。 しか しグラ
フェン表面が化学修飾 されて s
p2結合か らs
p3結合への軌道再混成が起 こると並進対称性が破れて しまい、
D バ ン ドの出現 として観測 され る。初期状態 においてはプ ラズマ処理/
未処理 いずれの基板上のグラフェ
n経過後 にはプラズマ処理基板上のグラフェ
ンにおいて も D バ ンドは殆 ど観測 されなか ったものの、300mi
ンにて大 きな D バ ン ドの出現を観測することがで きた。
明瞭な D バ ン ドの出現 はグラフェン周囲 に酸素が存在 しているとき、水分子 の数 に比例す ることがわ
か った。酸素が単独で存在 している状況下 (
大気下 におけるプ ラズマ未処理基板上 のグラフェン)で レー
ザー照射を行 って も、 グラフェンにキ ャリア ドー ピングが引 き起 こされるだけで化学修飾の兆候 はほぼ見
られない。同様 に水が単独で存在す る状況 (
不活性 ガス中におけるプ ラズマ処理基板上 のグラフェン)で
も化学修飾 は起 こらなか った。 しか し水および酸素が同時に存在す る状況下 (
大気下 におけるプラズマ処
理基板上 のグラフェン)では化学修飾が引 き起 こされ る。水および酸素が グラフェン表面 に存在す る場合
には酸化還元対を形成 し、 0 2十4H+
+4e【王 2
H20 の平衡状態 になると考え られているが、 このとき中間生
ーや OH などの反応性が高 いラジカルが生成 され る。 ここで レーザー照射を行 うことによ
成物 として 02
り、 ラジカルにエネルギーが供給 されてグラフェン表面が化学修飾 され ることが考え られ る。 グラフェン
表面 は 0原子や OH基 などによ り修飾 され るため、酸化 グラファイ トと似 た構造 になることが考え られ
る。 そのため本研究 によ り起 こった光化学反応 は水分子 によ りアシス トされ るグラフェンの酸化 と解釈で
きる。 この反応 の起 こりやす さはプラズマ処理の有無 によ り約 1
00倍異 なる結果が得 られた。 また、 プラ
0倍程度反応性が増大す ることも見
ズマ処理基板上のグラフェンに金の微粒子 を堆積 させた場合 は更 に 1
出 した。 これは金微粒子 に レーザー照射 した際の表面 プラズモ ンの発生 によ りグラフェン周囲の電場が増
-1
4
3-
強され、化学反応性が高 まったものと理解で きる。
2.光酸化 グラフェンの電子輸送特性 における荷電不純物および構造欠陥の寄与 [
第六章】
レーザー照射では照射域がグラフユン結晶サイズに比べて小 さく、非-様な化学修飾が引き起 こされる。
この化学修飾がグラフェンの電子輸送特性 に与える影響 を調査す るためにはグラフェン全体を化学修飾す
る必要があるため、水中に FET を浸潰 させて紫外線照射 を行 ってグラフェン全体を光酸化 させた。通常、
グラフェン FETで はゲー ト電圧を掃引 した際に、伝導度 は波数空間 における特異 なエネルギー分散関係
を反映 した Ⅴ字型 の曲線を描 く。伝導度の傾 きは電荷担体の易動度を表 し、最小値 は Di
r
a
c点 と呼ばれる
が、 これ らはグラフェンの周囲に存在す る荷電不純物や、構造欠陥の導入によ り大 きな影響を受 ける。本
研究では水中での紫外線照射前後 において Di
r
a
c点の正ゲー ト電圧側へのずれおよび電子 ・正孔易動度の
低下が観測 された。 このよ うな挙動 は荷電不純物が存在す る場合 に観測す ることがで きるが、構造欠陥が
導入 された場合 にも易動度の低下 は確認 されている。 そ こで荷電不純物 (ここでは主 に水)の影響を除去
す るために試料 の真空加熱 を行 ったところ、Di
r
a
c点が初期状態 に近 いところまで戻 ることを見出 した。
しか しこのとき、易動度 は完全 には回復 しない。 これは水中で紫外線照射を行 った際に導入 された荷電不
純物の影響 は取 り除かれたが、構造欠陥は依然 としてグラフェン中に存在 していることを示 している。そ
t
t
hi
e
s
s
e
nの法則 によ り易動度の逆数の和 として表す ことがで き、実験値 よ り求めるこ
れぞれの寄与 は Ma
とが可能である。 また、荷電不純物および構造欠陥の密度 は、それぞれ 7.
6×1
01
1
c
m2 および 5
.
9×1
01
0c
m2
程度であると見積 もった。 これ らが易動度を減少 させ る寄与 はそれぞれ同程度であったため、密度の小 さ
な構造欠陥の方が一桁程度強 く電荷担体を散乱すると考え られる。
本博士課程の研究では水および酸素が存在す る状況下 において グラフェンに対 し光照射を行 うと酸化が
ma
n分光測定 は非破壊的な試料評価手法 とされていたが、
起 こることを見出 した。 これまでは レーザ ー Ra
酸素 および多量 の水が存在す る場合 において は必ず しもその限 りで はない。 また、FET を水中に浸潰 さ
せ紫外線照射を行 った場合 にもグラフェンの酸化を疑似的に再現す ることがで き、電子輸送特性を変調す
る様子を示 した。
グラフェンの研究を遂行す る上で大気中における作業を行 う機会 は非常 に多 く、本研究で得 られた知見
はグラフェンの特性を正 しく理解す るのに大 きく役立つ ものであ り、 また、 グラフェンへの部分的な光照
射を行 うことにより選択的化学修飾などを可能 にす るため、 グラフェンの連続膜上 におけるモノ リシック
な電子素子への展開が期待 される。
-1
4
4-
論文審査の結果の要旨
本論文 は,近年大いに注 目を浴びているグラフェンという物質に関 して,それの置かれる環境がグラフェ
ンの構造変化 (
化学結合の形成) に与える影響っいて調べた ものである。特 に, グラフェンの支持基板 と
して広 く用 い られる Si
O2上 に多 く存在す る水分子や大気中に遍在す る酸素分子 とい った環境分子 の存在
下 において,光照射 に伴いグラフェン表面 の酸化が起 こることを見出 している。 グラフェン研究 において
必須 のツールである Ra
ma
n散乱分光測定 はグラフェンへの レーザー光照射 を伴 うため,本論文で得 られ
た知見 は多 くのグラフェン研究者 にとって有意義 な ものと認 め られる。更 に、環境分子が電子輸送特性 に
及 ぼす寄与 として,構造変化を伴 う散乱 (
構造欠陥) と伴わない散乱 (
荷電不純物)があるが,電界効果
型 トランジスタの作製 と評価 によ り,それ らの切 り分 けにも成功 している。
本論文 は,7つの章か ら成 る0第一章では序論 として本研究の背景及 び目的について述べている。第二
章及 び第三章 で は本研究 で評価手法 と して用 い る 2つの手法,即 ち,電界効果型 トラ ンジス タ特性 や
Ra
ma
n散乱分光 スペク トルか らどうい う情報が得 られ るかをそれぞれ説明 している。特 に, グラフェン
の置かれている環境の影響 について,過去 に得 られている知見を ここでまとめて紹介 している。第四章で
は,本研究での具体的な試料準備方法 について述べてお り,特 に,Si
O2基板の表面処理の違 いによ り,グ
ラフェン支持基板上の水分子数が大 きく変化 し得 ることを示 している。続 く第五章 と第六章では,その手
法を用 いて用意 した試料か ら得 られた結果 を考察 している。 まず,第五章で は,Ra
ma
n レーザー光照射
によるグラフェン構造変化 の発見 と,構造変化進行 に伴 う Ra
ma
n散乱 スペク トルの時間発展 を調査す る
とともに,構造変化の要因について議論 している。続 いて第六章では,電子輸送特性評価のために水中光
照射により構造変化を引き起 こしたグラフェン電界効果型 トランジスタを用意 し,環境分子 による電子散
乱効果を詳細 に検討 している。 そ して,第七章では,総括 として以上で得 られた結果 についてまとめ,今
後の課題及 び展望 について述べている。
以上の内容 は, 自立 して研究活動を行 うに必要 な高度の研究能力 と学識を有す ることを示 している。 し
たが って,三苫伸彦提出の博士論文 は,博士 (
理学)の学位論文 として合格 と認 める。
-1
4
5-