磁場援用切削加工に関する研究

速 報
研 研
2 究 弾
0
4
52巻 9号 (2000.9)
生
産
研
究
報 │││││││││││ │││││││││││││││││││ ││ │││││││││││││││││││││││││││││││││││││I IIIII I I I II I I IIIIIIIII
磁場援用切削加 工 に関す る研 究
― 超硬 工 具 の工 具摩耗抑制効果 につい て一
Field Assisted Cutting
Basic Study on ⅣIagnctic‐
――Improvcment of Tool Wear― ―
中
野
文
昭
*・
柳
原
聖
**・
山 口
ひ とみ
***・
谷
泰
弘
**。
神
田
雄
一****
Fumiaki NAKANO, Kiyoshi YANAGIHARA, Hitomi YAMAGUCHI, Yasuhiro TANI and Yuichi KANDA
1.緒
論
近年 ,環 境 問題 か ら切 削油剤 の使用 を低減す る動 きが見
られ る。油剤 の低減 に よ り問題 となるのは,工 具 の冷却 と
潤滑 で あ る。そのため ,コ ー テ イ ング技術 が工具寿命 の延
長 に重 要 な役割 を担 って くる と考 え られる。しか しなが ら,
超硬 工 具 の コー テ イ ン グ層 は数 μmか ら数十 μmと 薄 く,
コー テ ィ ング層 に多大 な負担 を強 い る よ うな切削 にお い て
は,工 具 の母材 を含 めて工 具寿命 の延長 を考 える必 要 があ
る。す なわち,コ ー テ イ ング層 や工具母材 に影響 をお よぼ
切 削加 工 を提案 し,超 硬 工 具 の耐摩耗性 の 向上 を試 み る。
2.磁 場援用切削加 工の概念
2.1 超 硬 工 具 の摩耗 と磁 場 によ る摩耗 抑制法
20 wt%の C0
超硬 工 具 は ,WCの 粉体 を主成分 と して 3…
バ イ ンダが添加 されて焼結 されて い る.切 削 工 具 の工 具す
くい 面 は ,圧 力 数 百 MPa,摂 氏 千 数百 度 の 過酷 な環境 に
C と 低 い ため ,超
曝 されて い る。 しか しCoは 融点 が 1490°
一
硬 工 具 の摩耗 原 因 の つ と して ,図 1の よ う に Coが 溶融
して滲 み 出 して しまい ,wc粒 子 の結合 が低 下 して ,摩 耗
4)。
が進 行 して ゆ く と考 え られ て い る
更 に Coは 鉄系 材料
す熱 や切削抵抗 を,切 削剤 に代 わって何 らかの形 で緩和 す
1),
る必 要 がある。切削剤 を使用 しない策 として,冷 風切削
2),ぁ い
る は工 具 ・
窒素 プ ロ ー加 工
被 削材 間熱 電流 の ア ク
3)が
テ ィブ制御等
挙 げ られ る.と ころが ,こ れ らの切 削加
工 にお い ては比 較 的大 きな付 帯 設備 が必要 になる等 ,実 用
と親和 性 が高 く,鋼 材 あ るい はス テ ンレス鋼 の切 削 で は,
COの 滲 み 出 しが生 じ易 い と考 え られ る。
一方
,Coは 強磁 性 体 で あ る。 したが って ,磁 界 を工 具
に付 与 して Coを 磁 力 に よ り固定化 で きれ ば ,滲 み 出 しを
化 には さらなる研 究 開発 が望 まれて い る。
抑 制す る こ とが可 能 と考 え られ ,結 果 として工 具 の長寿命
そ の よ うな中で ,著 者 らは磁 場 が切削加工点 にお よぼす
影響 を検 討 して い る。 トライボ ロ ジ ー の分 野 にお い て は,
接触界面 に磁 場 を印加 す る こ とで摩耗形態 が変化す るな ど
2.2 実 験 方法
興 味深 い報告 もあ る。
中で も,超 硬 工 具 は主成 分 で あ る タ ングス テ ンカーバ イ
ト (以降,WC粒 子)を コバ ル ト (以降 ,Co)で 焼結 した
もので あ り,Coは 強磁 性 体 で あ る こ とを考慮 す る と,加
工 中 に磁 場 を工 具 に印加 す れ ば工 具寿命 の 向上 な ど何 らか
化 が 図れ る と予想 され る。
前節 の考 え方 を参考 に,磁 場 が工具寿命 にお よぼす影響
を実験 的 に明 らか にす る。主 な実験 条件 を表 1に 示 す 。実
験 にお い て は ,無 段 変速 旋 盤 (オー ク マ 製 LS 450,振 り
使用 した。被 削材
は,φ 50× 400の SUS 304,工 具 は P30の ス ロー アウ ェ イ
チ ップ (三菱 マ テ リア ル 製 SNGA 120408)を 用 い ,乾 式
450 mm,芯 間距離 800 mm,5.5kW)を
品一轟
の効果 が予想 され るか らであ る。
本研 究 にお い ては,こ れ ら トライボ ロ ジ ーの分野 にお け
る知見 や工 具 を構 成す る材 質 の 固有 の特性 を積極 的 に利用
して,難 削材加 工 へ の応用 を試 みた。本報 にお い ては,工
具 を構 成す る成 分 の磁 気特性 を積極 的 に利用 した磁場援用
*オ ンパス
リ
光学工業 (株)
**東
京大学生産技術研究所 情 報 。システム大部門
***宇
都宮大学工学部
****東
洋大学工学部
High pressure
High temperature
Fig. 1
Loose Co Binding!
WC is washed away
Wear mechanism of cemented carbide tool
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2 . 3 ×1 . O t , 1 0 個
) を ッー ルホル ダ
切 削 を行 った。
NEOMAX-35H,5.0×
切 削速度 は,あ らか じめ sus 304の切削温度 を工 具被削
材 間熱 電対 法 で 計測 した う えで決 定 した。 これ は ,cOの
キ ュ リー点が 1117℃であ るため ,加 工 条件 に よっては Co
に取 り付 けて 印加 した。 この磁石 の個 数 と設置位置 につい
ては,工 作物 や切 りくず と磁石 の干渉 を避 け る こ とが 可能
で あ り,か つ切 れ刃 にで きるだ け強 い磁 場 を印加 で きる個
が 強磁 性 体 か ら常磁 性 体 へ と変化 して しま う可 能性 が あ
数 ,な らびに位 置 と した。図 3に 前逃 げ面方向 か らみた磁
り,工 具摩耗 が抑帝1された と して も,そ の効果 が磁 場 に よ
るのであ るか判 断 が難 しい と考 え られたか らであ る。 計測
力線 の ■M解 析 図 を示 す 。 図 よ り,磁 力線 は工 具切 れ刃
で は ,切 削速度 120m/minに お い て,工 具 と切 りくず の接
Cで あ る こ とが わか った。工
触 点 にお け る切 削温度 が 896°
・
具 被 削材 間熱 電対 法 にお い て は,切 削温度 は接触 部分 の
5)。
したが って,工 具す くい面
平均温 度 と して計測 され る
の 温 度 分 布 と して は 実 際 には最 高 で 平均 温 度 の 1.2∼1.5
6)に い て は
お
にの ぼ る。 また ,文 献
,SUS 304を 切削 断面
積 0.4 mm2/reV,切削 速 度 100m/minで 加 工 す る 時 の 切 削
C
位 置 にお い て最 高約 1100°
温 度 は ,切 れ刃 か ら 0.4 1111nlの
の温 度 が 記録 されて い る。 よって ,上 記 の結果 を勘案 し,
か ら工具内部へ 向か う よ うにな っていることが理解 で き
る。 この とき工具切 れ刃 にお ける磁束密 度 は計測 か ら5∼
7 mTであ った。
以上,こ の ように磁 場 を加工 点付近 に印加 しなが ら切削
す る方法 を磁場援用切削法 と呼ぶ。
3.実
験
結
果
3.1 磁場援用切削 による工具摩耗 の抑制
表 1の (1)の 条件 で ,通 常 の乾式切削 (以降通常切削
示 す よ う に切 削 速 度 120m/minと して ,切 込
み ,送 りは比 較 的高 い負荷 になる条件 と した。 また,中 切
削 か ら軽 切 削 時 の磁 場 の効 果 を検 討 す るため 表 1(2)の
表 1(1)に
条件 で も実験 した。
B磁 石 (住友 特 殊 金 属 製
磁 場 は 図 2の よ う に Nd―Fe―
Table 1
Cuttine conditions
No
80
Cutting speed
Feed mm/rev
0.2
Fig.3
FEM analysis of magnetic field
1
Depth of cut mm
Work
SUS304
Cutting condition, Table 1( 1)
Tool material
Insert
P30
Cutting distance,360 m
SNGA120408
Holder
ESBNR2020
Coolant
None
(a-1) without magnets
2)with magnets
(a‐
(a)Rake wear
0.19mmi百
(b-1) witfroutmagnets
(b-2) with magnets
(b)Flank wear
Fig.2
TooI holder and insert with Nd-Fe-B magnets
Fig.4 Difference oftool wear by the existancc ofmagnetic fleld
││IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIllllllllllllIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII
39
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とす る)と 磁場援用切削 による工具 の摩耗状態 を図 4に 示
1 ),(a-2)は それぞれ通常切削 と磁場援用切削 に
す。 (a…
よるす くい面 の摩耗状態 ,(b-1),(b…2)は 同様 に逃 げ面
の摩耗状態 になる。この ように,磁 場 の有無 によ りす くい
面磨耗 ,逃 げ面磨耗 に大 きな差が認 め られる。
比較 的負荷 の高 い切削条件表 1(1)と 負荷 の軽 い切削
条件 (2)│こお け る逃 げ面磨耗 の変化 をそれぞれ図 5(a)。
(b)に 示す。図か ら磁場 を印加 した場合 ,比 較的負荷 の軽
い条件 (b)で は切削温度が低 い ためかほ とん ど工具磨耗
に差異 は見 られない。 ところが,(a)の ように切削速度が
高 くなると磁場 の効果が生 じるのが工具逃げ面摩耗 の進行
が緩やかにな り,磁 場 の有無 によ り逃げ面摩耗 の差が 1.2
∼ 1.5倍程度あることがわかる.
3.2 工具摩耗 メカニズムの検証
前節 の工具寿命 の向上が 2.1節の仮説 に基 づ くのである
か ,SEMIEDXに よ り切 れ刃近 傍 の CO濃 度 を計測 した。
そ の結果 を図 6に 示す。図か ら,切 削前 の切 れ刃近傍 の
Co濃 度 は 5.2 wt%程度 で あるが,通 常 の切削 を行 う と切
削後 には約 7.8 wt%程度 にCo濃 度が高 くな ってい る こと
がわかる。つ ま り,高 い切削温度 によ り工具 の COが 刃先
近傍へ と滲み出てい ることが示 されてい る。 ところが磁場
援用切削 を行 った場合 ,工 具 の CO濃 度 は新 品工具 とほぼ
同 じ5.2 wt%であ った。
この ように磁 場援用切削 によ りCoの 滲み だ しが抑制さ
れて工具寿命が向上 したとも考 えられる一方 で,磁 石 を工
具切れ刃近辺に取 り付 けたことで,工 具全体 の表面積が大
きくな り,取 り付 けた磁石 自体が放熱 フインと しての作用
を引 き起 こ し,工 具刃先近傍 を冷却 した影響 も否定 できな
い。
よって ,磁 場援用切削 で取 り付 け た磁 石 と同 じ表面積 の
アル ミ放熱板 を工 具 に取 り付 け て工 具摩耗 に対 す る冷却 の
影 響 を 検 討 した .図
7は ,切 削 速 度 150m/min送
り
0.30
E E 〓も 一
言
﹂O OE
〓c型 ﹂
c﹄ヒ 〓︺0 て, ﹂“ 03 ヱ C嗜 一
﹂
0.25
0
Cutting distance
km
1.0
1.5
2.0
2.5
Cutting distance km
(b)Effect under light 10ad condition Table l(2)
(a) Effect under heavv load condition Table 1( I )
Fig. 5
0.5
Difference of flank wear by the exisrance of magnet field
Cuttingspeed:150m/min, Feed:0.2mm/rev,Work:SUS304
8
6
圏VVithout
閻
4
隕
0.15
0.1
2
005
+With rll∞
冊
nets
VVith fin
0
0
Before
Fig. 6
⊆Lと 〓一0 ゝ5 ﹂O ①〓 〓CC 一
﹂
0
聟S 〓 ゝ響覇 ⊆ΦO o0
圏 vrlh magnets
02
After
Co density on flank surface before or after cutting tests
012345
Cutting distance km
Fig.7 Relationship bcぃ
vccn flank wear and total surface
arca increasing of tool
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405
奨菫
幸艮
0,2 1nm/revで SUS 304を 切削 して ,放 熱 フインを取 り付 け
た工 具 と磁場援用切 削 の逃 げ面摩耗 の変化 を比較 した もの
結果 よ り,印 加 す る磁 場 の強度 の増加 に ともない工 具摩
耗が減 少 して い る こ とが確 認 で きる。7 mT以 上 の磁 場 に
で あ る。 なお ,本 来 な らば表 1(1)の 条件 にて実験 をす
べ きで あ ったが ,被 削材 のサ イズ と使用 した旋盤 の減速比
つい ては,現 状 で は磁石 を積層 しなが ら磁界 の強度 を変化
させ てい るため に限界 があ り残念 なが ら本実験 の範囲内 で
の 関係 で ここで は若干切削速度 が高 く,ま た ,良 好 な切 り
くず折 断 を得 るため に送 りは少 し下 げ て い る。
は検討 で きて い な い 。今後 の課題 としたい 。
工 具 に取 り付 け た磁 石 が放熱板 としての作用 を引 き起 こ
して工 具刃先 を冷却 しCoの 滲 み だ しを抑制 したので あれ
ば両者 とも同 じ摩耗 曲線 となるであ ろ う。 しか し,結 果 は
明 らか に磁 場 を利用 した場合 に摩耗 が抑制 されて い る。 よ
って ,磁 場 が 工 具 中 の Coの 滲 み 出 しを抑 制 して い る こ と
が裏付 け られた。
3.3 磁 界強度 の工 具摩耗 へ の影響
磁 場 の作 用 に よ りCoの 滲 み だ しが抑 制 され て工 具寿命
が 向上 す る こ とが わか ったが ,磁 界 の 強度 や方 向 につい て
も影響度 を把握 し,加 工 の最適化 を図 る こ とは重 要 と考 え
られ る。
磁 界 の 強度 の工 具摩耗 へ の影響 を図 8に 示 す 。切削条件
は切 削速度 150m/min送 り0.2mm/rev,被 削材 は SUS 304
磁 場 を工 具
で あ る。逃 げ面摩耗 のデ ー タは,4,5,6 mTの
ので
る。
の
あ
切 れ刃近傍 に印加 した際 も
4.結
論
超硬 工 具 の工 具摩耗 の抑 制 を 目的 に,工 具切 れ刃 に磁場
を印加 しなが ら加 工 す る磁 場援用切 削加 工 法 を提 案 した。
実験 で は,磁 場 を超硬 工 具 の切削加 工 点近傍 に印加 す る こ
とで ,比 較 的負荷 の大 きい切削領域 で は工 具寿命 が 1.2∼
1.5倍程度 向 上 す る こ とが わか った。 これ は,磁 場 に よ り
超硬 工 具 の Coバ イ ンダの高温 下 にお け る滲 み 出 しが抑 制
されたか らで あ る。 また ,工 具摩耗 量 は磁 場 の強度 にあ る
程度依存 し,磁 界 の強度が強 ければ摩耗量 は減少す る。
この ような加 工 法 を実加 工 に適用 す れば,切 削剤 を低減
とが可 能 で あ り,環 境負荷低減 とコス ト低 減 に極 め
るこ
す
て有用 と考 え られ る。
本研 究 を行 うにあた りご協力 い ただい た ,三 菱 マ テ リア
ル (株),住 友特殊 金属 (株),東 洋大学 工 学部卒業 生 の安
O①3 〓c型﹂
≧﹄
EE Eも 一
井浩 司君 ,ま た ,貴 重 な ご助言 をい ただ い た三 菱 マ テ リア
ル (株)狩 野勝吉氏 に御礼 申 しあげる。
025
(2000年7月 18日受理)
02
参 考 文 献
研
川和彦,横 川宗彦,IS0 14000取得のための冷風切削 ・
肖J技術,機 械技術,Vol.45,8(1997)52.
2)鈴 木秀治,窒 素 ガス ドライ加エシステム,'98工 作機械関
連技術者会議,(社 )日 本能率協会,Bl-3-1,1998.
磨耗 のアクテイブ制御,
3) 山 本祐二,電 場 。
磁場による摩擦 ・
トラボロジス ト,Vol.33,8(1993)678.
4) 鳴 瀧則彦,岩 田一明,奥 島啓弐,工 具摩耗面のマイクロア
ナライザ観察,精 密機械,Vol.32,9(1966)607.
5)柳 原 聖 ,廣 田平一,強 化粉末高速度鋼の被削性,精 密工
学会誌,Vol.64,1(1998)142.
6) 北 川武揚 ,前 川克廣,高 マンガン鋼旋削時の超硬工具の摩
耗 とその解析的予測 (その 1)一 工具摩耗特性 と切 りくず
生成模型一,精 密機械,Vol.50,11(1984)1753.
1)横
0.15
0.1
005
0
0
0.5
1
1.5
Cttting distance km
Fig.8 Relationship bcmeen nank wear and magnetic―
fleld sicngtl■
│││││││││││lllllllllllllllllllllllllllIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII
41