早稲田大学大学院理工学研究科 博士論文審査報告書 論 文 題 目 Synthesis of Novel Ordered Silica Frameworks by Silylation of Layered Silicates 層状ケイ酸塩のシリル化による秩序構造を有する新ケ イ酸骨格の合成 申 請 者 望月 大 Dai MOCHIZUKI 応用化学専攻 無機合成化学研究 2006 年 3月 分 子 レ ベ ル で 秩 序 構 造 を 有 す る ナ ノ マ テ リ ア ル の 構 築 は 、新 規 機 能 発 現 の 期待から基礎・応用両面において注目を集めている。特に、ケイ酸塩骨格に おける結晶性や分子レベルの秩序性の付与はゼオライト、メソポーラスシリ カ、層状ポリケイ酸塩など、触媒や吸着機能を有する多彩なシリカ系物質群 への展開が可能である。また、それらのホスト物質への規則的な有機分子の 導入と固定化により、種々の物性を有する無機有機ナノ複合体への展開が可 能である。秩序構造を有するケイ酸塩骨格の構築には従来水熱合成法が主に 用いられてきたが、構造のより精密な設計には適していない。新規シリカ系 ナノマテリアル合成を実現するためには、分子レベルでのケイ酸骨格構造の 設計・構築をソフト化学的に可能にする新しい方法論の開発が強く望まれて おり今後の無機材料設計においても重要である。 本 論 文 で は 、層 状 ポ リ ケ イ 酸 塩 と 有 機 シ ラ ン 化 合 物 と の シ リ ル 化 反 応 に よ り 形 成 さ れ る 新 た な シ ロ キ サ ン (Si-O-Si)結 合 に 着 目 し た 新 規 構 築 法 の 開 拓 と その成果をまとめている。層状ポリケイ酸塩は結晶性ケイ酸塩シートが積層 した構造をとり、層間という二次元ナノ空間を提供する興味深い化合物であ る。また、新規三次元骨格を構築する出発物質としても非常に有効である。 さらに層間表面にシラノール基が存在することから、有機シラン化合物によ るシリル化が可能である。従来マガディアイト、ケニアイト層間のシリル化 有機誘導体化が検討され、有機基が層間に固定化されたナノ複合体の合成が 報告され、選択的吸着能の発現や有機ポリマーとのナノコンポジットへの展 開が期待されている。しかし、層状ケイ酸塩系の層間化合物や有機誘導体に 関する従来の研究では、二次元の構造に基づく議論にとどまっており、面内 規則性を含む層構造を有効に利用し、精密な設計指針を得ることは難しく、 有機誘導体の構造はケイ酸骨格の結晶構造と関連付けて議論されてこなかっ た。 これに対し、本研究の特色は、既知の層状ケイ酸骨格上に一定の規則性を 有する新たなケイ酸骨格構造を構築するボトムアップ手法による無機有機ナ ノ構造の設計という点にある。従来の水熱合成法による三次元ケイ酸骨格の 合 成 と は 異 な り 、基 礎 骨 格 ( ケ イ 酸 骨 格 構 造 ) と 層 間 修 飾 す る 分 子 ( シ リ ル 化 剤 ) の選択によって、所望のケイ酸骨格構造を構築することを可能とするもので ある。導入される有機分子の配列状態はケイ酸骨格構造を反映したものと予 想されることから、従来不可能であった無機有機両構成成分による精緻なナ ノ空間設計が期待できる。本研究ではシリル化剤の有機基を設計することで 温和な条件下で有機分子を除去し、新たな結晶性ケイ酸化合物が構築可能で あることを示している。 本論文は全6章で構成されている。第1章では、無機層状物質を概括し、 有機誘導体、層間修飾法など従来の知見をまとめるとともに、シリカ系ナノ 構 造 の 応 用 の 可 能 性 に つ い て 述 べ 、本 研 究 の 意 義・目 的 を 明 ら か に し て い る 。 第 2 章 で は 、S i O 4 四 面 体 の 五 員 環 か ら 構 成 さ れ た 剛 直 な ケ イ 酸 骨 格 構 造 を 有している層状ケイ酸塩オクトシリケート(以下層状オクトシリケート)に 対し、ジアルコキシジクロロシランを反応させた結果をまとめている。シリ ル 化 生 成 物 で は 層 状 オ ク ト シ リ ケ ー ト に 比 し 、 層 間 隔 の 増 大 、 Si–OH 基 の 減 少、アルコキシシリル基の存在と定量的な評価からアルコキシクロロシラン の Si–Cl 基 と 層 間 Si–OH 基 と の 反 応 を 確 認 し て い る 。 ま た 、 シ リ ル 化 剤 の 二 つ の Si–Cl 基 が 層 表 面 Si–OH 基 と 反 応 し 、 ジ ア ル コ キ シ シ リ ル 基 の 規 則 的 な 配 列 ・ 固 定 化 を 明 ら か に し て い る 。粉 末 X R D の 高 角 度 領 域 に 多 数 の 回 折 線 が 観測されることを示し、生成したケイ酸骨格構造の高い規則性を明らかにし ている。誘導体化後もその規則性を保持した点は非常に特徴的で、本手法の 有効性を示している。これらは、新たな層間環境を有する無機有機ナノ複合 材料の合成に向けて新たな層間設計の可能性を開拓した点で高く評価できる。 第 3 章 で は 、層 間 に 導 入 し た ア ル コ キ シ 基 の 固 定 化 後 の 反 応 性 を 上 げ る た め、アルコキシトリクロロシランによるシリル化の結果をまとめている。ア ル コ キ シ ト リ ク ロ ロ シ ラ ン を 用 い た 場 合 、層 状 オ ク ト シ リ ケ ー ト の S i – O H 基 の配列から、層間にはアルコキシクロロシリル基で固定化されると考えられ る 。 層 間 に お い て ア ル コ キ シ ク ロ ロ シ リ ル 基 は 、ジ ア ル コ キ シ シ リ ル 基 と 比 べ 、 より高い反応性を有すると申請者は予想し、その高反応性により、層間に導 入 し た ア ル コ キ シ 基 を 加 水 分 解 し 、新 規 ケ イ 酸 化 合 物 の 創 製 を 検 討 し て い る 。 シ リ ル 化 生 成 物 の XRD お よ び 29 S i M A S N M R よ り 、ア ル コ キ シ ク ロ ロ シ リ ル 基 が 規 則 的 に 固 定 化 す る こ と を 示 し て い る 。シ リ ル 化 生 成 物 を D M S O / 水 混 合 溶 液 で 加 水 分 解 し た 場 合 、ア ル コ キ シ 基 が 脱 離 し 、層 間 に DMSO 分 子 が イ ン ターカレートした新たな二次元ケイ酸骨格が形成したことを示し、一方、ア セ ト ン /水 混 合 溶 液 で 加 水 分 解 し た 場 合 に は 、 生 成 し た Si–OH 基 が 隣 接 層 間 で縮合し、新たな三次元結晶構造が構築されることを示している。この構造 の相違は、用いる溶媒の揮発性の違いに起因し、層間での有機分子量が変化 し、縮合の進行が異なるためと考察している。以上の結果を基に、ケイ酸ナ ノ構造を二次元構造と三次元構造に作り分けることが可能であることを初め て明らかにしている。本手法は、二次元シリカ骨格に対し、分子操作により ナノ空間を精密に構築する新たな概念を示し、シリカ材料に分子レベルでの 設計という新たな概念を付与したものであり、触媒や吸着剤などへの応用を 含む新規材料の創製につながる重要な成果である。 第 4 章 で は 、第 3 章 の 手 法 を 他 の 層 状 ケ イ 酸 塩 に 展 開 し た 結 果 を ま と め て いる。層状ケイ酸塩マガディアイトおよびケニヤアイトは、層状オクトシリ ケートよりケイ酸塩層の厚い層状構造を有しており、新たな構造を構築する ための基礎骨格として利用可能である。アルコキシクロロシリル基はそれぞ れの層状ケイ酸塩層間に規則的に固定化されることが 29 Si MAS NMR ス ペ ク トルより確認されている。さらに、マガディアイトから誘導されたシリル化 生 成 物 を ア セ ト ン /水 混 合 溶 液 で 加 水 分 解 し た 生 成 物 は 三 次 元 構 造 を 形 成 し 、 ミクロ孔の生成が示されている。マガディアイトの層表面にはオングストロ ームレベルの微小な凹部があるとする報告があることから、加水分解後の層 間縮合により、層状オクトシリケートでは達成できなかったアクセス可能な ミクロ孔が形成されたと考察している。一方、ケニヤアイトから誘導された 生成物は、層間縮合は進行せず二次元構造を保持していることを明らかにし ている。これらの結果から、本手法を様々なケイ酸骨格に適用することによ り、新たなケイ酸構造を構築すると共に、シリル化反応の結合様式や加水分 解後の得られた構造から、出発物質の構造を推測する新たな手段になり得る ことを提案している。このようなケイ酸構造を推測する手段の活用は、これ らの構造をナノ構造単位として利用する上で、有用な情報をもたらす可能性 を有している。 第 5 章 で は 、 層 状 オ ク ト シ リ ケ ー ト に 対 し 、 1,4-ビ ス (ト リ ク ロ ロ シ リ ル ) ベ ン ゼ ン も し く は 1,4-ビ ス (ジ ク ロ ロ メ チ ル シ リ ル )ベ ン ゼ ン を 用 い て 層 間 に 規則的に有機基を固定化した架橋型誘導体の合成と構造をまとめている。シ リル化生成物の層間距離は、シリル化剤の分子長とほぼ等しいことを示し、 層 間 で フ ェ ニ レ ン 基 が ほ ぼ 垂 直 に 架 橋 さ れ た こ と を 明 ら か に し て い る 。 29Si MAS NMR の 各 環 境 の シ グ ナ ル 積 分 強 度 比 よ り 、 一 つ の シ リ ル 基 が 二 つ の 層 表 面 Si-OH 基 と 反 応 し 、層 間 が 規 則 的 に シ リ ル 基 に よ り 固 定 化 さ れ て い る こ と を 示 し て い る 。得 ら れ た 生 成 物 は 、約 500 m2/g の 比 表 面 積 を 有 す る ミ ク ロ 多孔体であることを初めて明らかにしている。さらにシリル化剤をトリクロ ロシリル基からジクロロメチルシリル基に変化させることにより、細孔内表 面を疎水化し、水溶液からのフェノールの吸着能の向上を達成している。こ れらは、無機有機両構成成分を精密に設計することによってのみなし得た新 規性の高い成果であり、無機材料合成における精密設計の意義を示す重要な 貢献となっている。 第6章では、本研究で得られた結果を総括し、今後のシリカ系材料の構造 設計の可能性と材料展開についてまとめている。 以上のように、本論文は、層状ケイ酸塩の精密なシリル化反応によって高 い秩序構造を有する新規ケイ酸骨格構造の合成が可能であることを明らかに している。反応性と構造を詳細に検討することで細孔構造の制御や、吸着剤 や触媒への展開の可能性を示しており、層状ケイ酸塩のシリル化およびその 加水分解物の合成と評価を通じて、未解明のケイ酸骨格構造の表面構造の推 測も可能であることを示している。これらの成果は、ケイ酸塩結晶化学だけ で な く 、無 機 酸 化 物 の 合 成 化 学 、無 機 材 料 合 成 に 大 き く 貢 献 す る も の で あ る 。 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として価値あるものと認める。 2006年2月 審査員 (主査)早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 黒田 一幸 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 逢坂 哲彌 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 菅原 義之 早稲田大学教授 博士(工学)早稲田大学 本間 敬之
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