国立大学法人熊本大学 平成26年6月11日 報道機関 各位 熊本大学 ビタミン A 類縁化合物による新たなアルツハイマー病治療法を開発 〜アルツハイマー病モデルマウスを用いた解析〜 いつ う 熊本大学・大学院生命科学研究部と財団法人・乙卯研究所の研究グループ は、アルツハイマー病に対する新たな治療法となりうる薬物療法を開発し、 病態モデルマウスでその効果を確認しました。 本 研 究 で は 、ビ タ ミ ン Aの 活 性 代 謝 物 で あ る レ チ ノ イ ン 酸 の 関 連 化 合 物・レ チ ノ イ ド ※ 1 に よ り 、ア ル ツ ハ イ マ ー 病 モ デ ル マ ウ ス の 空 間 認 知 障 害 と 、ア ル ツ ハ イ マ ー 病 の 原 因 物 質 と 考 え ら れ る 脳 内 不 溶 性 ア ミ ロ イ ド β( Aβ )の 蓄 積 が著明に改善されることを見出しました。これは対症療法以外には未だ有効 な治療法がないアルツハイマー病に対する新たな治療法を提案するとともに、 アルツハイマー病の病態におけるレチノイド受容体の役割解明、ひいてはア ルツハイマー病の病因解明につながる画期的な研究成果です。この成果はさ らに、抗がん剤として既に医薬品として完成しているレチノイド化合物をア ルツハイマー病治療に役立てる開発研究の基礎知見をも提供するものです。 本研究は、熊本大学の川原浩一助教、末延道太博士らが文部科学省の科学 研究費補助金の支援を受けて乙卯研究所のグループと共同して行ったもので、 科 学 雑 誌 「 Journal of Alzheimer's Disease」 オ ン ラ イ ン 速 報 版 に 6 月 10日 (オランダ現地時間)に掲載されました。 【研究成果概要】 ① レ チ ノ イ ン 酸 受 容 体 作 動 薬 ( タ ミ バ ロ テ ン /Am80) と レ チ ノ イ ド X受 容 体 作 動 薬 ( HX630) の 共 投 与 ( 17日 間 経 口 投 与 ) に よ り 、 ア ル ツ ハ イ マ ー 病 モ デ ル マ ウ ス の 病 態 が 著 明 に 改 善 さ れ る こ と を 見 出 し ま し た 。そ れ ぞ れ の 単 独投与は無効でした。 ② タ ミ バ ロ テ ン と HX630の 共 添 加 に よ り 、 ミ ク ロ グ リ ア 細 胞 ※ 2 が 病 変 の 修 復 を 助 け る 抗 炎 症 性 の フ ェ ノ タ イ プ へ 変 化 す る と と も に 、そ の 細 胞 に よ る オ リ ゴ マ ー 状 Aβ ( Aβ が 数 個 ~ 十 数 個 集 ま っ た 凝 集 物 の こ と で 、 ア ル ツ ハ イ マー病の原因物質と考えられる)の除去活性も亢進しました(図1)。 ③ タ ミ バ ロ テ ン と HX630の 共 投 与 に よ り 、 記 憶 形 成 に 重 要 な 海 馬 で の Aβ 蓄 積 が 減 少 し 、本 病 態 モ デ ル マ ウ ス に お け る 海 馬 の イ ン タ ー ロ イ キ ン 4 の 機 能 不全も改善されました。 1 【背景】 既存のアルツハイマー型認知症治療薬は、対症療法であり、根本的治療薬 の開発が待望されています。アルツハイマー病の原因については未だ全容は 明らかにされていませんが、病理学的変化の早期に起こるアミロイドβ(A β )の 蓄 積 が 病 因 と す る「 Aβ 仮 説 」が 広 く 受 け 入 れ ら れ て い ま す 。最 近 の 研 究 で は 、 Aβ の 中 で も 、 と く に 、 複 数 の 分 子 が 結 合 し た 状 態 ( オ リ ゴ マ ー 状 ) の Aβ が 毒 性 の 本 体 で あ る と す る「 Aβ オ リ ゴ マ ー 仮 説 」が 支 持 さ れ て い ま す 。 孤 発 性 ア ル ツ ハ イ マ ー 病( 家 族 性 の 遺 伝 が 原 因 で は な い ア ル ツ ハ イ マ ー 病 で 、 アルツハイマー病の大半を占める)の発症と病状の進行には、神経炎症も関 連し、これには炎症性のミクログリアが密接に関係することも最近わかって きました。 一 方 、ビ タ ミ ン A の 活 性 代 謝 物 で あ る レ チ ノ イ ン 酸 は 、細 胞 の 分 化・増 殖 、 形態形成、免疫調節に働きかけますが、中枢神経系においても記憶学習など の高次脳機能発現に不可欠な生理活性物質です。解析の結果より、孤発性ア ル ツ ハ イ マ ー 病 患 者 で は 、 血 中 レ チ ノ ー ル ( ビ タ ミ ン A) を 脳 へ 運 ぶ タ ン パ ク質の量が低下し、それは認知機能の低下と強く関係することが報告されて います。 我々はこれまで、ビタミン A の活性代謝物を含むレチノイド類(図2)に 注目し、その治療薬候補としての可能性を検討してきました。レチノイドが 作 用 を 発 揮 す る 時 に 働 く 受 容 体 は レ チ ノ イ ン 酸 受 容 体( RAR)で す が 、RAR は 細 胞 の 核 内 に お い て レ チ ノ イ ド X 受 容 体( RXR)と 結 合 し 、標 的 遺 伝 子 を 活 性 化することにより、その作用を発揮します(図3)。これまで、アルツハイ マー病患者においてはレチノイン酸のシグナルが低下することが示唆されて いますが、 (1)レ チ ノ イ ド 投 与 に よ り 、 ア ル ツ ハ イ マ ー 病 態 が 改 善 さ れ る か (2)RAR と RXR の 活 性 化 が 協 調 的 に ア ル ツ ハ イ マ ー 病 の 病 理 変 化 や 記 憶 学 習 に影響を与えるか (3)レ チ ノ イ ド が ア ル ツ ハ イ マ ー 病 の 神 経 炎 症 に 影 響 を 与 え る か は不明でした。 既 に 我 々 は 、 脳 内 に Aβ が 蓄 積 さ れ 始 め た ア ル ツ ハ イ マ ー 病 モ デ ル マ ウ ス (5 ヶ月齢)に対し、白血病治療薬として臨床で用いられているレチノイン 酸 受 容 体 作 動 薬・タ ミ バ ロ テ ン /Am80( 販 売 名 Amnolake)を 長 期 間( 14 週 間 ) 経 口 投 与 す る と 、 Aβ 量 が 有 意 に 減 少 す る こ と を 明 ら か に し ま し た ( Biol Pharm Bull 誌 , 2009 年 ) 。 ま た 、 タ ミ バ ロ テ ン は 、 こ の よ う な Aβ の 減 少 作 用に加え、神経伝達の改善作用、神経再生、血液脳関門の保護作用なども有 することが報告されており、アルツハイマー病治療薬候補としての検討が進 め ら れ て き ま し た ( Biol Pharm Bull 誌 , 2012 年 ) 。 【研究成果】 ① 今 回 我 々 は 、 よ り 多 く の Aβ が 脳 内 に 蓄 積 し 、 空 間 認 知 機 能 が 著 し く 衰 え た ア ル ツ ハ イ マ ー 病 モ デ ル マ ウ ス( 8.5 ヶ 月 齢 )に 対 し 、RAR 作 動 薬 ・ タ ミ バ ロ テ ン と RXR 作 動 薬 ・ HX630 と を 短 期 間( 17 日 間 ) 併 用 し て 経 口 2 投 与 す る と 、 脳 内 に 蓄 積 し た Aβ が 約 50%減 少 し 、 マ ウ ス の 記 憶 力 が 顕 著 に 改 善 す る こ と を 見 出 し ま し た( 図 4 , 図 5 )。こ れ ら の 効 果 は 、RAR 作 動 薬 や RXR 作 動 薬 の 単 独 投 与 で は 認 め ら れ ま せ ん で し た 。し た が っ て 、 8.5 ヶ 月 齢 の ア ル ツ ハ イ マ ー 病 モ デ ル マ ウ ス の 空 間 認 知 機 能 の 効 率 的 な 改 善 に は 、 RAR と RXR が 同 時 に 活 性 化 さ れ る 必 要 が あ る こ と が わ か り ま した。 ②脳内において異物を除去するマクロファージ※3様細胞であるミクログ リ ア は 、ア ル ツ ハ イ マ ー 病 に お い て 、 炎 症 性 ミ ク ロ グ リ ア と な り 、そ の 異 物 除 去 能 力 が 低 下 し て い ま す が 、培 養 細 胞 を 用 い た 実 験 よ り 、タ ミ バ ロ テ ン と HX630 は 、ミ ク ロ グ リ ア の 異 物 除 去 能 力 を 回 復 さ せ る こ と が わ か り ま し た 。 ま た 、 タ ミ バ ロ テ ン と HX630 の 単 独 処 理 群 と 比 べ 、両 者 の 共 添 加 群 で は 、ミ ク ロ グ リ ア の RAR 活 性 が 相 乗 的 に 増 大 す る こ と で 、イ ン ス リ ン 分 解 酵 素 ( Aβ 分 解 酵 素 の 一 つ ) や 、 抗 炎 症 性 の ミ ク ロ グ リ ア の分化に関与するインターロイキン4受容体の発現が増大しました。 ③ ま た 、 ア ル ツ ハ イ マ ー 病 モ デ ル マ ウ ス へ タ ミ バ ロ テ ン と HX630 を 併 用 投 与 す る と 、 海 馬 に お け る Aβ 量 が 有 意 に 低 下 す る と と も に 、 イ ン タ ー ロ イキン4の機能不全が改善されました(図5)。つまり、タミバロテン と HX630 の 併 用 投 与 に よ る RAR と RXR の 同 時 活 性 化 は 、海 馬 に お け る 神 経炎症を改善する作用があることがわかりました。 既存研究の不明点解明へ 本研究成果は、最近のレチノイド化合物によるアルツハイマー病治療戦略 に 大 き な イ ン パ ク ト を 与 え ま す 。 す な わ ち 、 抗 が ん 剤 で あ る RXR 作 動 薬 ・ ベ キ サ ロ テ ン ( 販 売 名 Targretin) は 、 一 昨 年 2 月 に 欧 米 の グ ル ー プ ら が 、 ア ルツハイマー病モデルマウスに対して著明な治療効果を示すことを報告して 以来、アルツハイマー治療薬としての適用拡大の可能性が期待されてきまし た (Cramer ら , Science 誌 , 2012 年 )。 し か し な が ら 翌 年 に な っ て 、 他 の 4 つ の研究チームが別個に同様の実験を行っても、そのような結果を得ることは で き な か っ た こ と を 報 告 し ( Landreth ら , Science 誌 , 2013 年 5 月 ) 、 ベ キ サ ロ テ ン に よ る 治 療 効 果 に 不 明 な 点 が 生 じ ま し た 。 本 研 究 で 得 ら れ た 「 RAR 作 動 薬 と RXR 作 動 薬 と の 併 用 投 与 に よ る 記 憶 改 善 効 果 」 は 、 こ の ベ キ サ ロ テ ン効果の食い違いの謎を解くヒントを与えるものです。 今後、ヒトにおいても併用投与の有用性が認められ、アルツハイマー病の 新規治療法となり得るか、進展が期待されるところです。 3 4 5 6 (用語) ※1 レチノイド:ビタミン A の活性体であるレチノイン酸や人工的に 合成された同様の活性を持つ化合物の総称。 ※2 ミクログリア:神経組織が炎症や変性等の障害を受けると活性化 し、病変の修復に関与する。 ※3 マクロファージ:死んだ細胞やその破片、体内に生じた変性物質 や侵入した細菌などの異物を貪食して消化する 細胞。 (論文名) Cooperative Therapeutic Action of Retinoic Acid Receptor and Retinoid X Receptor Agonists in a Mouse Model of Alzheimer’ s Disease (アルツハイマー病モデルマウスにおけるレチノイン酸受容体作動薬とレチ ノイド X 受容体作動薬の協調的な治療効果) (雑誌名) 「 Journal of Alzheimer’ s Disease 」 Volume 42/Issue 2, which is scheduled for online publication on August 26,2014 (An early online version of this article has been published on June 10, 2014) ( ア ル ツ ハ イ マ ー 病 に 関 す る 専 門 誌 「 Journal of Alzheimer’ s disease」 オ ン ラ イ ン 速 報 版 で 2014 年 6 月 10 日 に 掲 載 さ れ た ( 印 刷 版 は 2014 年 8 月 26 日 ( 第 42 巻 2 号 ) に 掲 載 予 定 ) ) (著者名) Kohichi Kawahara 1 , Michita Suenobu 1 , Hideyuki Ohtsuka 1 , Akihiko Kuniyasu 1 , Yukihiko Sugimoto 1 , Madoka Nakagomi 2 , Hiroshi Fukasawa 2 , Koichi Shudo 2 , and Hitoshi Nakayama 1 ( 川 原 浩 一 1 ,末 延 道 太 1 , 大 塚 英 起 1 , 國 安 明 彦 1 , 杉 本 幸 彦 1 , 中 込 ま ど か 2 , 深 澤 弘 志 2 ,首 藤 紘 一 2 , 中 山 仁 1 ) 1 2 熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系) 財団法人乙卯研究所 【お問い合わせ先】 熊本大学大学院生命科学研究部 薬学生化学分野 担当:助教 川原浩一 電 話 : 096-371-4358 e-mail:[email protected] 7
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