機能解剖から見た撮影 上肢編 川本 清澄 - 日本放射線技術学会 近畿部会

日本放射線技術学会近畿部会雑誌
第14巻3号
平 成 20 年 度
夏季セミナー
機能解剖から見た撮影
大阪大学医学部附属病院
川本
上肢編
医療技術部放射線部門
清澄
手関節正面の単純 X 線撮影を行う場合, 手掌面を
肩甲帯には, 解剖学的関節と機能的関節がある. 解
カセッテに付け橈骨と尺骨遠位端の両茎状突起の中央
を X 線中心として撮影をすれば X 線写真は撮れる.
剖学的関節は胸鎖関節, 肩鎖関節と肩甲上腕関節であ
はい, 次の撮影・・・ちょっと待った!. 撮影実習の
る. 関節の定義は, 可動関節において, 相対する骨端
ファントムならこれで OK である. 私たちが日常撮
は硝子軟骨で覆われ, 関節包と呼ばれる繊維性の袋に
影を行っている患者さんはファントムではない. 体幹
包まれたものを指す. 一方, 機能的関節は肩峰下関節
部があり, 肩・上腕・肘・前腕・手関節がある. さら
と肩甲胸郭関節である. 解剖学的な構造は無いが, 肩
に, その先には手がある. また撮影する時, 座るので
を動かす上で重要な役割を果している. 肩峰下関節は
すか?
第2肩関節とも呼ばれ, 肩甲上腕関節の上方, 肩峰と
肩はどれくらい上るのですか?肘はどれくら
関節は骨だけ
の間の領域を指す. 関節の屋根は肩峰・烏口肩峰靭帯・
ではなく, 筋肉や靭帯が骨と協調して動いて初めて手
烏口突起・肩鎖関節からなる. 基底は上腕骨頭・大結
関節ある. このように骨・筋肉・靭帯と運動を考慮し
節・棘上筋腱である. 肩峰下包 (肩峰下滑液包) は人
たものが機能解剖であり, それらに理解を深めて撮影
体最大の滑液包で関節の役割を果たしている. また肩
を行ってはじめて診療に役立つと思う. 今回は機能解
甲胸郭関節は, 胸郭の表面を肩甲骨内側の肩甲下筋と
剖をまじえて上肢の肩関節, 肘関節, 手関節の基本撮
肩甲骨が滑るように動く.
い曲げますか?
指は伸ばしますか?
腱板は, 棘上筋, 棘下筋, 小円筋, 肩甲下筋よりな
影法を中心に考える.
上肢骨は自由上肢骨 (手・手根骨, 前腕骨, 上腕骨)
と上肢帯 (鎖骨, 肩甲骨) からなる (図1). ただし,
整 形 外 科 に お け る 機 能 解 剖 で は , Shoulder girdle
(上肢帯) は肩甲帯と訳され鎖骨・肩甲骨・上腕骨近
位・軟部組織を含んだものを言う.
肩峰
肩峰下腔
上腕骨頭
鎖骨
肩峰
上角
大結節
結節間溝
小結節
棘上窩
烏口突起
肩甲骨
上腕骨頭
関節窩
外科頸
下角
上腕骨
図1
上肢骨 upper limb の解剖
図2
骨格と機能的関節 (肩峰下関節と肩甲胸郭関節)
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側面撮影は肩甲骨 (スカプラ) Y撮影と軸位 (腋窩)
り, 上腕骨頭を肩甲窩に引きつける働きをしている
(図3). 棘上筋は, 棘上窩に始まり肩峰下を通って上
撮影がある.
腕骨大結節の後縁上部に停止する. 棘下筋は, 棘下窩
①肩関節概観撮影 (routine AP view) (図5)
に始まり肩甲骨背側を通って上腕骨大結節の後縁中部
上腕骨から肩甲骨まで肩全体を描出できるため,
に停止する. 小円筋は, 肩甲骨後縁に始まり上腕骨大
概観観察と外傷時に適している. また上腕骨を内旋
結節下部に停止する. 肩甲下筋は, 肩甲骨肋骨面に始
することにより小結節を, 外旋することにより大結
まり上腕骨小結節に停止する. これらの筋は, スポー
節を描出できる. 撮影体位は坐位, 体幹は前額面を
ツ整形領域では inner muscle と呼ばれている. 一方,
カセッテと平行にする. 上肢は肘を90°屈曲し中間
肩の外側を構成する僧帽筋・広背筋・小胸筋・三角筋
位, 内旋60°, 外旋40°とする. X線中心線入射点
は内外旋・内外転・挙上の働きを行い, outer muscle
は上腕骨頭内側縁へカセッテに垂直に入射する.
と呼ばれる.
肩関節は, 上下方向の動きとして, 屈曲 (前方挙上)・
伸展 (後方挙上), 外転・内転がある. 水平方向の動
きは内転・外転がある. 肩関節は挙上の際, 肩甲上腕
関節と肩甲骨が連動して動作している. これを肩甲上
腕リズム (scapulo-humeral rhythm) といい, 肩甲
上腕関節の挙上角度:肩甲骨の回旋角度は, 2:1 と
なる.
図5
肩関節概観撮影法 (routine AP:上腕骨中間位)
挙上位は, 上腕骨頭の関節窩からの緩み (slip図3
ping) を評価する (図6). 撮影体位は, 臥位また
腱板の構造 (上腕骨面と背面より観察)
は坐位でゼロポジションに挙上する. ゼロポジショ
ンは上腕骨を150°挙上, 前額面より30°の位置辺
正面撮影は, ①肩関節概観撮影 (routine AP) ②
りである (図7). また撮影時上肢は完全脱力が望
肩関節正面撮影 (true AP) ③肩峰下関節撮影 (肩関
ましい. 画像のチェックポイントは, 正常では上腕
節正面) の三法がある. さらに上腕骨の肢位として中
骨軸と肩甲棘が一直線上に投影される.
間位・内旋位・外旋位・挙上位がある (図4).
図4
肩・肩関節の基本撮影法
図6
肩関節概観撮影外転位正面 (挙上位)
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③肩峰下関節撮影 (肩関節正面) (図10)
肩甲上腕関節裂隙と肩峰下関節腔 (第二肩関節)
が広く投影される. 前方脱臼に伴う関節窩前下縁部
の骨性変化 (bony bankart lesion), 肩峰前縁の骨
棘, 大結節の剥離骨折, 腱板内の石灰化の観察に適
している. 撮影体位は立位または坐位, 前額面は肩
別名 Saha のゼロポジション
とも呼ばれ,上腕−肩甲骨軸
と肩甲帯周囲筋郡の軸が一致
する肢位であり, 自然な肩の
挙上が行える.
図7
甲骨上角と肩鎖関節を結ぶ面がカセッテと平行にな
るよう位置づける. 上肢は肘を90°屈曲し中間位と
する. X線中心線入射点は上腕骨頭内側縁へ尾頭方
向20°で斜入射する. この角度は肩峰下関節面が接
ゼロポジション
線に投影されることを目的とし, 体位が前傾や後傾
している場合はX線入射角度を補正する.
②肩関節正面撮影 (true AP view) (図8)
肩甲骨関節窩の前後縁を一致させ, 肩甲上腕関節
裂隙を広く描出する. (亜) 脱臼時の観察に適して
いる. 撮影体位は立位または坐位, 前額面は肩甲骨
上角と肩鎖関節を結ぶ面がカセッテと平行になるよ
う位置づける. これにより肩甲骨関節窩の前後縁が
一致する (図9). 上肢は肘を90°屈曲し中間位と
する. X線中心線入射点は上腕骨頭内側縁へカセッ
テに垂直に入射する.
図10
肩峰下関節正面撮影
④肩甲骨 (スカプラ) Y撮影 (図11)
肩峰の形態と肩峰下関節腔, 関節窩と上腕骨頭の
上角
前後の位置関係を観察するのに適している. 撮影体
位は立位で後前方向にする. 検側の上腕は下垂する
肩鎖関節
か内転し反対側の肩を持つ. 前額面は肩甲骨上角と
肩鎖関節を結ぶ面がカセッテと垂直になるよう位置
図8
肩関節概観撮影 (true AP:上腕中間位)
図9
肩甲骨の解剖
図11
肩関節側面 (スカプラY)
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づける (図12). X線中心線入射点は肩甲骨上角へ
性 6°
∼11°, 女性12°∼15°である. 上腕骨と尺骨の関
頭尾方向10°で斜入射する. この角度は棘上窩底部
係は伸展時, 内側上顆と外側上顆を結ぶ線を Huter
が接線に投影されることを目的とし, 体位が前傾や
線といい正常ではその線上に肘頭が位置する. 肘90°
後傾している場合はX線入射角度を補正する.
屈曲時内側上顆, 外側上顆と肘頭でできる関係を
Huter 三角といい, 正常では二等辺三角形となる (図
15).
図12
肩関節側面 (スカプラY) 撮影法
⑤肩関節軸位 (腋窩) 撮影 (図13)
肩関節窩の形態, 関節窩と上腕骨頭の前後方向の
適合性, 小結節の観察に適する. 撮影体位は, 坐位.
上腕は60°外転かつ水平屈曲30°する. この角度は
肩甲棘軸と上腕骨軸が一致する. また肩甲骨内側縁
図14
肘正面の解剖
図15
肘の機能解剖
がカセッテと垂直になるよう検側へ傾ける. この角
度は, 関節窩の上縁と下縁が一致し関節裂隙が観察
できる. X線中心線入射点は肩鎖関節のやや内側へ
垂直に入射する.
肘の基本撮影法は, ①正面, ②側面である. その他,
図13
③軸位④肘関節45°屈曲位, ⑤尺骨神経溝撮影がある.
肩関節軸位撮影法 (坐位)
①正面撮影 (図16)
撮影体位は, 坐位. 上腕は水平とし, 手掌を上に
向け, 前腕を4㎝程度挙上する. 挙上の目的は橈骨
(図14)
肘関節は, 上腕骨小頭と橈骨頭からなる腕橈関節
頭端を垂直に位置付け, 腕橈関節裂隙を広く描出す
(humeroradial joint), 上腕骨滑車と尺骨滑車切痕か
るためである. 肘関節が伸展できない場合は, 上腕
らなる腕尺関節 (humeroulnar joint), 橈骨頭と尺骨
付けと前腕付けで撮影する. X線中心線入射点は内
近 位 部 か ら な る 上 橈 尺 関 節 (proximal radioulnar
側上顆と外側上顆を結ぶ線の中点より1.5㎝遠位へ
joint) で構成されている. 腕橈関節と腕尺関節は屈
カセッテに垂直に入射する.
曲角度−5°∼150°の範囲で蝶番運動を, 上橈尺関節
②側面撮影 (図17)
は, −90°∼90°の範囲で尺骨の周りを橈骨が回旋す
撮影体位は坐位. 上腕は水平, 手掌面を垂直とし
る運動を行う. 肘関節を完全伸展した時, 上腕軸と前
肘を90°屈曲する. 内側上顆と外側上顆軸を垂直に
腕軸のなす角度を肘外偏角 carring angle といい, 男
位置付けるため前腕を3㎝程度挙上する. 上腕骨頭
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図16
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肘関節正面撮影法
図19
肘関節軸位撮影法
A)X線中心線入射点は内側上顆と外側上顆を結ぶ線
の中点へカセッテに垂直に入射する. 上腕骨滑車,
尺骨滑車切痕, 肘頭の観察に適する.
B)X線中心線入射点は前腕軸に垂直で内側上顆と外
側上顆を結ぶ線の中点へカセッテに斜入射する. 上
腕骨小頭と橈骨, 上腕骨滑車と尺骨の位置関係観察
に適する.
④肘関節45°屈曲位撮影 (図20)
撮影体位は坐位. 前腕は手掌を上に向け4㎝程度
図17
挙上する. 肘関節を45°
屈曲する. X線中心線入射
肘関節側面撮影法
点は内側上顆と外側上顆を結ぶ線の中点より1.5㎝
は, 同心円状となり腕橈・腕尺関節裂隙が広く描出
遠位へカセッテに垂直に入射する. この撮影は外側
される. X線中心線入射点は外側上顆より1㎝前内
型離断性骨軟骨炎の観察に適する. 本症は野球肘と
方へカセッテに垂直に入射する.
も呼ばれ, 骨が脆弱な時期過酷な運動により橈骨と
上腕骨小頭が衝突し軟骨下骨が壊死して発症する.
肘関節側面像の X 線所見 Fat pad sign:上腕骨
遠位の関節包外側の Fat pad が骨折などにより関
節腔内に血液が貯留し後方に偏位する. 骨折線が観
察しにくい小児の骨折判定に有用である (図18).
③軸位撮影 (図19)
撮影体位は坐位. 上腕骨は水平. 肘関節を最大屈
曲する.
図20
肘関節45°屈曲位撮影法
⑤尺骨神経溝撮影
撮影体位は坐位. 上腕は水平とし, 肘関節は最大
屈曲, 上腕軸を30°外旋する. X線中心線入射点は
内側上顆内側1㎝へ頭尾方向15°および30°でカセッ
図18
Fat pad sign
テに斜入射する. 尺骨神経溝は内側上顆の後方にあ
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り軽く円弧を描くような形状であるため15°と30°
斜入射撮影で全域の観察を可能にしている.
(図21)
手関節は近位列 (舟状骨・月状骨・三角骨・豆状骨)
と遠位列 (大菱形骨・小菱形骨・有頭骨・有鉤骨) の
骨 か ら な る . 関 節 は 手 根 中 手 関 節 (carpometacarpal joint:CM 関節), 手根中央関節 (midcarpal
joint), 橈骨手根関節 (radiocarpal joint), 遠位橈尺
関節 (distal radioulunar joint) および尺骨手根間隙
よりなる. 手関節を橈屈した場合, 有頭骨近位を回転
図22
手関節基準撮影法の体位
中心とし, 中手骨と遠位手根列は橈側に回転し, 近位
手根列は尺側に回転する. また, 手関節を尺屈した場
合, 有頭骨近位を回転中心とし, 遠位手根列は尺側に
回転し, 近位手根列は橈側に回転する. 遠位手根列は
可動性がほとんど無く, 近位手根列ではある程度の可
動性はある. 舟状骨は可動性が最も大きく, 遠位手根
列と近位手根列とも連結し両手根列間の調整役でもあ
る. したがって, 舟状骨に付着する靭帯が断裂すると
手根骨の配列異常につながる.
図23
手関節正面撮影法
骨・尺骨茎状突起中間点でカセッテへ垂直に入射す
る. 照射野は中手骨遠位端(MP関節)-橈骨遠位端
1/3 程度, 6切カセッテ縦サイズにて撮影可能.
②側面撮影 (図24)
撮影体位は坐位. 肩 0°または外転. 肘関節90°屈
①大菱形骨
⑤舟状骨
②小菱形骨
⑥月状骨
図21
③有頭骨
⑦三角骨
④有鉤骨・・・遠位列
⑧豆状骨・・・近位列
手関節の機能解剖
手関節の基本撮影は①正面, ②側面である. 手関節
は基準撮影法が推奨されており, 自然立位の状態より
肘を90°屈曲した状態で側面撮影, さらに肩を90°外
転した体位で正面撮影を行う (図22).
①正面撮影 (図23)
撮影体位は坐位. 肩関節は90°
外転し上腕骨を水
平とする. 肘は90°屈曲, 前腕は回内外中間位, 手
関節は橈尺骨中間位 (橈骨軸-第3中手骨軸を一致さ
せる), 手指は伸展する. X線中心線入射点は, 橈
図24
手関節側面撮影法
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曲. 前腕は, 水平とする. 手指の第1指は掌側外転,
撮影にあたり肘の屈曲角度により ulnar variance
第2-5指は橈骨軸と一致させ伸展する. 第2・3M
は変化するため, 基準撮影肢位で撮影することが望ま
P関節の手背面を垂直とする. X線中心線入射点は,
しい.
橈骨茎状突起部でカセッテへ垂直に入射する. 照射
野は中手骨遠位端(MP関節)-橈骨遠位端1/3程度,
単純撮影は, いつ, 誰が, どこで, 撮影しても同じ
6切カセッテ縦サイズにて撮影可能.
画像が得られることが求められる. さらに身体各部位
①carpal height ratio:定義は第3中手骨長と, その
延長軸における有頭骨・橈骨間距離との比 (B/A).
が持つ機能解剖を考慮した基本撮影が最も重要と考え
る.
意義は手根骨の虚脱・崩壊の程度を示す. (正常値:
0.54±0.03) (図25).
図25
手関節正面像の骨計測
②ulnar variance:定義は遠位の橈骨と尺骨骨端の長
さを比較する. 両者が等しいものを neutral variant, 尺骨遠位端が撓骨遠位端より近位にあるもの
を minus variant, 反対のものを plus variant とい
う (図26).
図26
ulnar variance の計測法
意義は Kienbock 病 (月状骨無腐性骨壊死) では
minus variant が多いとされている. (参考:これで
わかる整形外科X線計測
廣島和夫著
金原出版)
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