震災と向き合って −「復興後」をめぐる論点整理− - 三井物産戦略研究所

震災と向き合って
−「復興後」をめぐる論点整理−
図. 「復興後」をめぐる議論の概観
三井物産戦略研究所
経済・産業分析室
小村智宏
2011年3月11日、東日本を襲った地震と津波の被害
の深刻さは、日本のみならず世界中の人々を慄然とさ
せた。今回の震災では、発電所の被害が大きく、電力
「情報・メディア」の領域では、SNSなどの分散型のメ
ディアが震災直後の情報伝達に大きな威力を発揮した
ことが注目された一方で、流言飛語もネットを介して
の供給力が大幅に落ち込んだことで、首都圏を含めて、
地震や津波の直接の被害が及ばなかった地域にも、マ
イナスの影響が長期にわたって広範に及ぶ可能性が高ま
っている。そのため、被災地の生活と経済活動を再び軌
道に乗せる復興に向けた動きが緒に就いたばかりの時点
蔓延したことが問題視された。また、災害時の政策対
応を打ち出すうえでの政府の「組織」や政府と産業の
「連携態勢」に関しては、改善すべき課題が多々指摘
されている。
これらの議論の根本にあるのは、今回の震災を踏ま
で、復興の後の段階に関する議論が、早くも活発になっ
てきている。
「復興後」をめぐる議論は多彩な領域にわ
たっているが、その中には、今後の日本を考えるうえで
重要な論点も数多く含まれている。
えて、想定する自然災害の規模を大幅に上方修正した
うえで、その場合にも被害やマイナスの影響を極限ま
で抑え込めるように備えるという、広い意味での「防
災」の考え方である。それは当然、今回の被災地に限
っての話ではなく日本全体を対象とした議論となる。
エネルギー
・原子力の停滞、後退は不可避
・世界的な需給を勘案すると火力
にも限界
・気候変動問題への対応との関係も
・相対的に再生可能エネルギーへの
期待が浮上
・企業、地域、住宅のいずれにおいて
も、災害時に備えた分散型自家
発電の拡充へ
・大規模発電施設と分散型電源を
連携させるスマートグリッドの
展開が加速か
・省エネルギーもより重要な課題に
・エネルギー多消費型の産業の海外
移転が加速する可能性も
産業
通勤
就労形態
拠点配置
調達網
エネルギー
都市
都市
・被災地の復興に続いて、全国的な
生活
防災態勢の整備が課題に
・道路、鉄道等のインフラと、
学校、病院等の公共施設の耐震性
能向上の加速
住居選択 ・東京の首都機能(政治、行政、
(立地・形態) 企業本社の集積)の分散も課題に
モラル
交通・物流
情報・メディア
備蓄
災害時の
自治
連携態勢
コミュニティ
産業:拠点配置
財源
組織
政策
・工場、オフィスの、災害を前提とした再配置が課題に
・リスク回避を意図した内外のユーザーの要請が高まることも圧力に
・円高やエネルギー供給制約もあり、製造拠点の海外移転が加速する
可能性も
・本社機能の分散も対象に
生活:住居選択
・人口密集地、原発の近隣地域、
高層マンションに居住するリスクの
再認識
・住宅の耐震化、耐震性能向上の加速
政策:財源
・復興費用に加えて、防災態勢の整備に
かかる費用をいかに捻出するかが課題に
・当面は他の予算からの流用と起債で賄っ
ても中長期的には増税は不可避か
・従来からの増税議論との連動も
・消費税、所得税等に加えて、電力の消費
削減・供給分散化の促進策ともなる電力
消費への課税も対象に
共鳴することで、事態が動く可能性もある。気候変動
問題への対応と化石燃料価格の高騰を受けた低炭素化
の潮流は、震災前から、分散型を含む再生可能エネル
ギーの開発・導入の大きな促進要因となっていた。ま
復興後をめぐる議論は、人々の「生活」、生産活動
の担い手としての「産業」
、それらを支える「政策」の
ここで挙げた種々の論点において、それぞれに想定
可能性もある。
さらに、より大きな課題としては、人口や経済活動、
企業の本社機能、行政機能が極端に集中、集約されて
いる首都圏の防災態勢の整備が挙げられる。今回のよう
三つの視点から提起されてきている。右ページの図は、
それら三つの視点ごとに主要な論点をピックアップし、
その関係を整理したものである。図の中央に記した
「エネルギー」や「都市」などの論点は、生活と産業、
政策のいずれの視点からも議論が提起されている。
「就
される動きを整理すると、その多くに共通するキーワ
ードが「分散」である。一般に、平時における効率性、
安定性の面では「集約」のメリットが大きいが、非常
時における安全性の面では、すべてを失う最悪の事態
を回避するための「分散」の意義が大きい。これは、
な大規模な地震、津波が首都圏で発生する事態を想定す
ると、住宅やオフィスビル、公共施設等の耐震性能の
向上に加えて、東京への一極集中の状況を緩和し、分
散の方向に向かわせることも検討の対象となるだろう。
その一方で、財源に限りがあるなかで被災地の復興
た、近時の円高の定着や新興国市場の高成長、さらに
は日本の政治に対する不安感の高まりは、多くの日本
企業にとって、生産拠点や本社機能の国外シフトを真
剣に検討せざるを得ない環境をもたらしていた。コン
パクトシティの構築は、地方における高齢化対応とし
労形態」や「通勤」については産業と生活の双方から、
「災害時の連携態勢」は産業と政策の共通の論点とし
て、そして、生活と政策に重なる論点としては、被災
者の支援と生活再建のカギとなる「コミュニティ」や
人口分布や経済活動にも、行政機能や企業の本社機能、
生産拠点の配置や電力供給、情報網・メディアの態勢
にも当てはまる。今回の震災を踏まえて、備えるべき
災害の規模と影響度の想定が大幅に上方修正されるこ
や地方都市の防災態勢の整備を進めるうえでは、分散
していた人口をある程度は集約し、公共サービスの提
供や各種インフラの構築を効率化しようという、いわ
ゆるコンパクトシティの考え方に立って、各種建築物
て浮上してきていた考え方であるし、被災地の復興に
加えて全国的な防災態勢を拡充するための財源確保を
めぐる議論は、従来からの財政再建に向けた増税論と
連動してくることが考えられる。
「自治」といった論点が挙げられている。さらに、産業
の視点からは震災を前提とした「拠点配置」と「調達
網」
、生活の視点からは災害のリスクを低減するための
「住居選択」や「モラル」の問題、政策の視点からは、
とで、多くの領域で、集約による平時の効率性・安定
性と、分散による非常時への備えのバランスが、分散
の方向に修正されることが想定される。
既に切迫した状況が生じている電力供給の面では、
の耐震化や避難所や堤防の建設などを一定の範囲に集
中して実施していくことが効果的であると考えられる。
全体としては分散の方向に向かうとしても、分野によっ
ては集約の方向性が必要なケースもあるということだ。
こうした時代潮流との共鳴を前提にすると、自家発
電の導入による電力供給源の分散と、企業の事業拠点
の海外展開を含む再配置に関しては、相応の規模感、
スピード感をもって進む可能性は十分ある。それに対
防災態勢整備のための「財源」と「組織」の問題が注
目されている。
図に記した論点のうち、現状で抱えている問題が特
に大きく、対応が迫られている「エネルギー」
、
「都市」
など五つの論点に関しては、議論の内容と想定される
深刻な事故によって原子力への逆風が強まる一方で、
化石燃料の価格高騰、供給不安の問題を抱える火力へ
の依存にも限界がある。そのなかで、首都圏で大規模
停電の可能性が示唆され、実際に計画停電を経験した
ことで、企業、地域、住宅のいずれにおいても、省エネ
ここで挙げた動きは、震災から1カ月しか経ってい
ない現段階では議論の域を出ていない。当面はすべて
に優先して、原子力発電所の事態の安定化と被災者の
して、都市をめぐる問題、取り分け東京一極集中の是
正については、難航が予想される。それは、サービス
産業を主力とする現代の経済においては、人口の集積
は事業機会を生み、それが一層の人口の流入を呼ぶと
いうスパイラルが、人口を集中させる強力な圧力とな
展開を囲みの形で記載した。このほかの論点にも簡単
に触れておくと、「交通・物流」については、震災に
際しては常に問題となるが、今回に関しては、震災直
後には機能不全の懸念が広がったものの、比較的早期
ルギーの一層の推進と並んで、太陽光をはじめとする
再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせた分散型電
力供給システムを導入する機運が高まってきつつある。
また企業においては、本社機能や生産拠点、原材料
生活の再建に取り組む必要がある。そして、その局面
を抜けても、必ずしも分散を基調とする防災に向けた
動きが現実のものとなるとは限らない。分散の方向性
は、平時の効率性と安定性を犠牲にしなければならず、
っているからだ。その圧力に抗って東京への一極集中
を是正するうえでの障害とコストは、極めて巨大なも
のになる。しかし、東京一極集中の是正は、日本全体
の防災を考えるうえで避けて通れない課題である。今
に復旧し、大きな議論にはなっていない。被災地にお
ける人々の「モラル」の高さや「自治」と「コミュニ
ティ」の枠組みに関しては、震災後の混乱を最小限に
抑えるうえで重要な役割を果たしたと評価されている。
の調達先の分散を進める動きが目立ってきている。今
後は、近年の円高の進行や、予想される電力料金の上
昇、防災コストの増大を勘案して、製造拠点や、場合
によっては本社機能を海外に移転する動きが加速する
コストも含めて痛みが大きいからだ。加えて、復興の
段階を抜けて日常の活動が戻るにつれて、防災に向け
た意識と覚悟が薄らいでいくことも考えられる。
しかし今回は、震災以前から動いていた時代潮流と
後、防災に向けた動きが、この課題への取り組みにま
で行き着くか否かは、震災に見舞われた日本が、それ
と正面から向き合い、乗り越えていけるかの試金石と
なるだろう。
三つの視点から「復興後」を考える
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