公共経済学

5.リンダール・メカニズムと公共財の自発的供給
5.1 リンダール・メカニズムとフリーライダー問題
5.2 公共財の自発的供給とフリーライダー問題
5.3 補論**:自発的所得再分配の過小性と効率的な所得再分配
5.1 リンダール・メカニズムとフリーライダー問題
本章では、公共財としては競合性が小さく排除可能性の大きい財(たとえばフェンスに囲
まれた運動場)を考える。また、4 章で導かれた公共財の供給関数や需要関数などを用いて
議論を進める。まず、公共財の供給量 G と公共財の価格 p が満たすべき条件
MC(G)  p
と、(4-16)を G について解いた公共財の供給関数
G  G s ( p)
(4-16)
(4-17)
を用いる。
また、個人 i の効用関数は 4.1 節と同様に、
ui  X i  vi (G)
(4-3)
であるとすれば、個人 i の限界便益関数を MBi  vi (G) [ MBi (G)] と表すことができる
((4-7)を参照)。そして、個人 i の公共財に対する需要量 G と個人 i の租税価格 pi が満たす
べき条件
MBi (G)  pi
と、(4-21)を G について解いた個人 i の公共財に対する需要関数
G  Gid ( pi )
を用いて議論を進める( i  1, 2 )。
(4-21)
(4-22)
<リンダール・メカニズム>
効率的な公共財の水準を達成するためのメカニズムとしてどのようなものがあるだろうか。
本節では、リンダール(Lindahl)が市場メカニズムから類推して考えたメカニズムについ
て検討する。なお、単純化のため、2 人の個人と 1 つの企業からなる経済を考える。
【想定 5-1】政府は個人 i に租税価格 pi をアナウンスし、企業には公共財の価格 p をアナウ
ンスする。
【想定 5-2】個人 i は公共財の需要量 Gid ( pi ) を政府に申告し、企業は公共財の供給量 G s ( p)
を政府に申告(あるいは表明)する。
【想定 5-3】政府(≒「せり人」)は、(i)財政収支が均衡し( p1  p2  p )、(ii)各個人の公
共財の需要量と公共財の供給量が全て一致する( G1 ( p1 )  G2 ( p2 )  G ( p) )よ
d
d
s
うに、
( p1 , p 2 , p )を決定する。
以上の想定のもとで決まる公共財の水準を G L 、個人 i の租税価格を piL ( i  1, 2 )、公共財
の価格を p L と置き、
( G L , p1L , p 2L , p L )を「リンダール均衡」と呼ぶことにする。そのと
き、( G L , p1L , p 2L , p L )は
p1L  p2L  p L
G1d ( p1L )  G2d ( p2L )  G s ( p L )  G L
の条件から求められることになる。
(5-1)
(5-2)
MB1 (G * )  MB2 (G* )  MC(G* )
(4-10)
リンダール均衡における公共財の水準 G L が効率的な公共財の水準 G * と一致することを、
サミュエルソン条件(4-10)を用いて説明しよう。(4-16)、(4-17)、(4-21)、(4-22)を用いれば、
(5-2)より
p1L  MB1 (G L ) 、 p2L  MB2 (G L ) 、 p L  MC(G L )
である。
(5-3)
MC(G)  p
G  G s ( p)
(4-16)
MBi (G)  pi
G  Gid ( pi )
(4-21)
(4-17)
(4-22)
G1d ( p1L )  G2d ( p2L )  G s ( p L )  G L
(5-2)
したがって、(5-1)と(5-3)より、
MB1 (G L )  MB2 (G L )  MC(G L )
(5-4)
が成立する。すなわち、サミュエルソン条件(4-10)より、リンダール均衡における公共財の
L
L
*
*
水準 G は効率的な公共財の水準 G に一致するのである( G  G )。
p1L  p2L  p L
(5-1)
(問題 5-1)リンダール均衡( G L , p1L , p 2L , p L )を図示しなさい。
p1 , p 2 , p
G
(問題 5-1)リンダール均衡 (G L , p L , p1L , p2L ) を図示しなさい。
MB1 (G L )  MB2 (G L )  MC(G L )
(5-4)
p1L  MB1 (G L ) 、 p2L  MB2 (G L ) 、 p L  MC(G L )
(5-3)
p , p1 , p 2
MB  MB1 (G)  MB2 (G) [ MB(G)]
MB , MB1 , MB2 ,
p  MC(G) または MC  MC(G)
p  MC (G )
L
L
p1  MB1 (G) または MB1  MB1 (G)
p1L  MB1 (G L )
p2L  MB2 (G L )
GL
G
p2  MB2 (G) または MB2  MB2 (G)
以下では、生産可能性曲線が直線の X  Y  p s G であるとする。そのとき、公共財の供給
曲線は水平 p  p s (一定)なので、公共財の価格 p は常に p s である。
したがって、企業の利潤   X  p s G は、供給量の組 (G, X ) が生産可能性曲線上にあるこ
とを考慮すれば、常に
  X  p s G  (Y  p s G)  p s G  Y
となる(
「4.3 補論 1」を参照)。
(5-5)
(問題 5-2) G1d ( p1 )  G2d ( p2 ) であるとすれば( p1  p2  p s )、 p1 と p 2 のどちらを増加さ
せることでリンダール均衡を実現できるかを検討しなさい。
G1d ( p1)  G2d ( p2 )
p1
G2d ( p2 ) G2d ( p2L )
p2
G
p2L
p2  MB2 (G) または G  G2d ( p2 )
ps
p1
p2
p1L
p1  MB1 (G) または G  G1d ( p1 )
G1d ( p1L ) G1d ( p1)
=
GL
G
<フリーライダー問題>
フリーライダー(ただ乗り人、free rider)
=公共財の生産費用の負担を避けようとする人
フリーライダー問題
=フリーライダーの存在により公共財の水準が非効率になること
リンダール・メカニズムにおいて「フリーライダー問題」が発生する可能性について検討し
てみよう。
これまでは、個人 i は「真の」需要曲線 G  Gid ( pi ) に基づき、公共財の需要量を政府に申
告(あるいは表明)すると想定してきた( i  1, 2 )。
それに対して、ここでは個人 2 は「真の需要曲線 G  G2d ( p2 ) 」に基づいて公共財の需要量
を政府に申告しているが、個人 1 が自分の「真の需要曲線 G  G1d ( p1 ) 」と異なる「偽りの
需要曲線 p1  0 」に基づいて公共財の需要量を政府に申告することで、個人 1 の効用を高
めることができるケースが存在することを、次の図を用いて説明しよう。
なお、
(5-5)より企業の利潤は Y なので、個人 i の株式保有割合を wi とすれば個人 1 の所
得は w1Y である。そして、個人 1 が偽った需要量を表明するときのリンダール均衡におけ
る公共財の水準を Gˆ L 、個人 i の租税価格を pˆ iL と置くことにする。
(問題 5-3)上の図に、「フリーライダー問題」が発生する場合の需要曲線 G  Gid ( pi ) を
描き加えなさい( i  1, 2 )
。また、そのときの Gˆ L と pˆ iL を図示しなさい。
X1
Xˆ 1L  w1Y
・
・
X 1L
p1 , p 2 , p
X1  w1Y  pˆ1LG
X1  w1Y
X1  w1Y  p1LG
p1L
L
Gˆ L G
X1  v1 (G)  u1L
u1L  X 1L  vi (G L )
G
G  G1d ( p1 )
G  G2d ( p2 )
pˆ 2L  p s
・
L
1
p
p
L
2
pˆ 1L  0
Gˆ
L
p  ps
・
・
GL
p 2L
p1  0
「偽りの需要曲線(逆需要関数)
」
G
<公共財と私的財における過小申告(直感的議論)>
経済主体の数
少数
多数
存在する財
1
公共財(&私的財)
租税価格= 影響あり 租税価格= 影響あり
誘因あり= Yes&No 誘因あり= Yes
3
私的財(だけ)
2
4
価格= 影響あり
価格= ほぼ影響なし
誘因あり= Yes&No 誘因あり= No
(注)誘因あり=メリット>デメリット
5.2 公共財の自発的供給とフリーライダー問題
<公共財の自発的供給(voluntary provision)>
ここまでの議論では、個人が公共財の生産量を選択することはできないという前提で議論
してきた。それに対して、この説では公共財が自発的に生産(供給)されるときに、公共財
の供給水準がどのように決定されるかについて検討しよう。なお、自ら生産できる公共財
の身近な例としては道路や公園の清掃が考えられであろう。
(問題 5-4)自発的に公共財を供給する主体が個人ではなく国であるとして、公共財の自発
的供給の議論が適応できる例を挙げなさい。
個人 i の公共財の生産量を g i 、公共財の経済全体での生産量を G とする( i  1, 2 )。そして、
「各個人の公共財の生産量の和」が「経済全体での公共財の生産量」であるとする。つま
り、
G  g1  g 2
(5-6)
を仮定する。
個人 i の公共財の生産可能性曲線は直線であるとする。すなわち、
X i  p s gi  Yi
(5-7)
と仮定する。ここに、 p s は私的財と公共財の限界変形率(公共財の限界費用)である。そ
して、たとえば定数 Yi が個人 i の利用可能な時間であるとすれば、1 単位の時間を用いて私
的財であれば 1 単位の生産ができるとともに、公共財であれば 1 / p s 単位の生産ができるこ
とになる。
各個人は他の個人の公共財の生産量が与えられたもとで、
「自らの効用を最大化するように
自らの公共財の生産量(すなわち供給量)
」を決定すると想定する。たとえば個人 1 は、 g 2
が与えられたもとで、(4-21)より、
MB1 ( g1  g 2 )  p s
(5-8)
を満たすように、公共財の生産量(供給量) g1 を決定することになる。
(5-8)より、個人 1 の供給量 g1 は g 2 に応じて決まることになり、その関係を「個人 1 の反
応関数」と呼ぶ。すなわち、個人 1 の反応関数は
g1  max(g10  g 2 , 0)
(5-9)
である。ここに、 g i0 は相手の公共財の生産量がゼロのときの、個人 i の公共財の供給量で
あり、
MBi ( g i0 )  p s
より求められる( i  1, 2 )。なお、 g10  g 20 を仮定する。
(5-10)
(問題 5-5)(5-9)で個人 1 の反応関数が求められることを、横軸に G 、縦軸 MB1 を
とった図を用いて説明しなさい。
g1  max(g10  g 2 , 0)
MB1
MB1  MB1 (G)
g2  g10 のケース
ps
g2
g10
g1
G
g1  g10  g 2
(5-8)
同様にして、個人 2 の反応関数は
g 2  max(g 20  g1 , 0)
(5-11)
と求められる。
g1  max(g10  g 2 , 0)
(5-9)
個人 1 と個人 2 の戦略的な行動の結果として、Nash 均衡が実現すると想定する。すなわ
ち、Nash 均衡(における供給量の組み合わせ)を ( g1N , g 2N ) と表すことにすれば、 g 2N が与
えられたもとでの個人 1 の供給量が g 1N であるとともに、 g 1N が与えられたもとでの個人 2
の供給量が g 2N である。
つまり、
g1N  max(g10  g 2N , 0)
g 2N  max(g 20  g1N , 0)
より ( g1N , g 2N ) は求められる。
(5-12)
(5-13)
<フリーライダー問題>
(5-12)と(5-13)と g10  g 20 の仮定より、Nash 均衡は
( g1N , g 2N )  (0, g 20 )
と求められる。
(5-14)
(問題 5-6)個人 1 と個人 2 の反応曲線を、横軸に g1 、縦軸 g 2 をとった図に描きなさい。
そして、Nash 均衡が(5-14)で求められることを、図を用いて説明しなさい。
( g1N , g 2N )  (0, g 20 ) (5-14)
g2
g
・
0
2
( g1N , g 2N )
【仮定】 g10  g 20
g 2  max(g 20  g1 , 0)
(5-11)
g10
g1  max(g10  g 2 , 0)
g10
g 20
(5-9)
g1
(5-14)より、Nash 均衡において、個人 1 は公共財を全く供給しておらず、
個人 2 の公共財供給にただ乗り(フリーライド)していることになる。
Nash 均衡における公共財の供給量が効率的であるかどうかを検討しよう。
s
*
効率的な公共財の水準 G は、公共財の限界費用(限界変形率)が p なので、
サミュエルソン条件(4-10)より、
MB1 (G * )  MB2 (G * )  p s
(5-15)
より求められる。
MBi ( g i0 )  p s
(5-9)
( g1N , g 2N )  (0, g 20 )
(5-13)
(5-10)、(5-14)、(5-15)より、公共財の自発的供給のもとでの供給量は、効
率性の観点から過小供給であることが導かれる。
すなわち、
g1N  g 2N  g 2N  G*
(5-16)
である。なお、(5-16)で等号が成立するのは、MB1 ( g 2 )  0 のときである。
0
(問題 5-7)(5-16)が成立することを、横軸に G 、縦軸 MB1 、 MB2 、 MB をとった図に、
集計限界便益関数 MB  MB1 (G)  MB2 (G) などを描いて説明しなさい。
MB, MB2 , MB1
【 MB1 ( g 20 )  0のケース 】
MB  MB1 (G)  MB2 (G)
MB1 (G * )  MB2 (G * )  p s
(5-15)
MC  p s
MB2  MB2 (G)
ps
MB1 ( g 20 )
MB1  MB1 (G)
g10
g 20
=
g 2N
G*
G
(問題 5-7)(5-16)が成立することを、横軸に G 、縦軸 MB1 、 MB2 、 MB をとった図に、
集計限界便益関数 MB  MB1 (G)  MB2 (G) などを描いて説明しなさい。
MB, MB2 , MB1
【 MB1 ( g 20 )  0のケース 】
MB  MB1 (G)  MB2 (G)
MB1 (G * )  MB2 (G * )  p s
MC  p s
MB2  MB2 (G)
MB1  MB1 (G)
ps
MB1 ( g 20 )
g10
g 20
=
g 2N = G *
G
(5-15)
5.3 補論**:自発的所得再分配の過小性と効率的な所得再分配
他の個人の消費が自らの効用水準に影響を与える場合に、自発的所得再分配(voluntary
redistribution)あるいは寄付金(donation)が過小になることを示すとともに、所得再分
配で効率的な資源配分を実現できることを示そう。
そのために、3 人の個人がおり、その効用関数が
ui  ci  vi (min(c1 , c2 , c3 ))
(5-17)
であるとする。ここに、 ci は個人 i の消費量であり、 vi (  )  0 かつ vi(  )  0 を仮定する。
そのとき、 min(c1 , c2 , c3 ) に関する限界便益関数を MBi  MBi ( ) と表すことができる。な
お、 MBi (  )  vi (  ) である。
このように min(c1 , c2 , c3 ) が個人 i の効用に直接影響を与える理由としては、個人が利他的
(altruistic)であるケースや消費水準の著しく低い個人の存在が社会の治安状態に影響す
るケースなどが考えられる。
個人 i の所得を mi と置いて、個人 3 の所得のみがゼロであるとする。つまり、
min(m1 , m2 )  m3  0
(5-18)
を仮定する。そして、簡単化のため、所得再分配は個人 1 と個人 2 から個人 3 に対するも
のだけであるとして、個人 i から他の個人 3 への所得再分配(寄付金)を d i とおく( i  1, 2 )。
このとき、個人の予算制約式は
ci  d i  mi
c3  d1  d 2
となる( i  1, 2 )。
(5-19)
(5-20)
さらに、簡単化のために、
c i  c3
(5-21)
のケースに議論を限定する( i  1, 2 )。そのとき、
min(c1 , c2 , c3 )  c3
(5-22)
なので、(5-17)、(5-19)、(5-20)、(5-22)より、効用を
ui  mi  d i  vi (d1  d 2 )
u3  d1  d 2  v3 (d1  d 2 )
と表すことができる( i  1, 2 )。
(5-23)
(5-24)
個人 1 と個人 2 が所得再分配 d1 と d 2 を自発的に選択している状況を想定しよう。そして、
di0 を
MBi (d i0 )  1
(5-25)
と定義する((5-10)を参照)。たとえば、 d10 は、個人 2 が全く所得再分配をしていないとき
に、個人 1 だけで行う所得再分配の最適水準である。
MBi ( g i0 )  p s
(5-10)
そして、 d10  d 20 を仮定する。そのとき、Nash 均衡 (d1N , d 2N ) は、
(d1N , d 2N )  (0, d 20 )
(5-26)
と求めることができる((5-14)参照)
。
( g1N , g 2N )  (0, g 20 ) (5-14)
それに対して、
(パレート)効率的な所得再分配を (d1* , d 2* ) 、効率的な個人 3 の消費水準を
c3* と置けば、
c3*  d1*  d 2*
(5-27)
であり、 c3* は、
MB1 (c3* )  MB2 (c3* )  1
(5-28)
を満たすことになる((5-15)を参照)
。そして、
d1N  d 2N  d 20  c3*
(5-29)
が成立する((5-16)を参照)。なお、 (d1* , d 2* ) は(5-27)を満たす範囲で不定である。
MB1 (G * )  MB2 (G * )  p s
g1N  g 2N  g 2N  G*
(5-15)
(5-16)
効率的な (d1* , d 2* ) のもとでの個人 i の効用水準を ui* と置けば、
ui*  mi  d i*  vi (c3* )
u3*  c3*  v3 (c3* )
である( i  1, 2 )。
(5-30)
(5-31)
それに対して、Nash 均衡における個人 i の効用水準を uiN と置けば、
uiN  mi  d iN  vi (d 20 )
u3N  d 20  v3 (d 20 )
(5-32)
(5-33)
である。
そして、 (d1* , d 2* ) を
d i*  vi (c3* )  vi (d 20 )  d iN
(5-34)
を満たすように選択すれば、(5-30)と(5-32)より、
ui*  uiN
(5-35)
が成立する( i  1, 2 )。また、(5-31)と(5-33)より、 u3*  u3N が成り立つ。
以上より、(5-27)と(5-34)を満たすように政府が(強制的に)個人 1 と個人 2 から個人 3 へ
の所得再分配を実施することで、自発的な所得再分配のもとでの資源配分より効率性を改
善(すべての個人の効用水準を高く)できることになる。
5.1 リンダール・メカニズムとフリーライダー問題
5.2 公共財の自発的供給とフリーライダー問題
5.3 補論**:自発的所得再分配の過小性と効率的な所得再分配