07P004_五十嵐 久登

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ
論文題目
OLETF ラット(2 型糖尿病ラット)における
桑葉の糖代謝への影響と抗酸化作用
Influence on glycometabolism and antioxidative effect
of mulberry leaves in the OLETF rats.
臨床薬理学研究室 6 年
07P004
五十嵐 久登
(指導教員:渡辺 賢一)
要 旨
糖尿病患者は世界規模で年々増加しており、深刻な社会問題となっている。 糖尿病で
は糖尿病性腎症、網膜症、神経障害をはじめとする種々の合併症の誘発があり、これらの
発症を防止することが糖尿病治療の目的となっている。 近年では合併症の発症には慢性
的な高血糖状態の持続による、体内の酸化ストレスの増大が関与していることが明らかにな
ってきている。
桑とは、クワ科クワ属の総称で、葉は蚕の飼料として用いられ、糖尿病の予防や治療に生
薬として用いられてきた。 含有成分のクエセチンに抗酸化作用があると言われており、摂取
により抗酸化酵素の活性が上昇したという報告がある。
本研究では飼料として桑葉の粉末を与えた 2 型糖尿病ラットの心臓組織と腎臓組織を用
い、 桑葉の糖代謝への影響とし て glucose transporter-4、 AMP-activated protein
kinase α、phospho-AMP-activated protein kinase αの 3 種類の蛋白発現量、抗酸
化作用の効果の指標として各臓器の thioredoxin reductase、NADPH oxidase-4 の 2 種
類の蛋白発現量を検討した。
方法として、2 型糖尿病モデルラットである OLETF ラットを無治療群、桑葉 2.5%投与群、
桑葉 25%投与群の 3 群に分けた。さらに健常モデルである LETO ラットに通常飼料または
桑葉含有飼料を 8 週間与えた後、それぞれの心臓組織と腎臓組織を摘出し、Western
blotting により上記蛋白の発現量を調べた。
結果として、桑葉投与群では無治療群と比較して糖代謝能の改善傾向と酸化ストレスの
減少傾向が見られ、桑葉が糖尿病治療に有効である可能性が示唆された。
キーワード
1.2 型糖尿病
2.桑葉
3.酸化ストレス
4.OLETF
5.GLUT-4
6.AMPKα
7.P-AMPKα
8.TrxR
9.NOX-4
10.Western blotting
略語一覧
OLETF : Otuka Long-Evans Tokushima Fatty、2 型糖尿病モデルラット
GLUT-4 : glucose transporter-4、グルコーストランスポーター-4
AMPKα : AMP-activated protein kinase α、AMP 活性化プロテインキナーゼα
P-AMPKα : phospho-AMP-activated protein kinase α、
リン酸-AMP 活性化プロテインキナーゼα
TrxR : thioredoxin reductase、チオレドキシン還元酵素
NOX-4 : NADPH oxidase-4、NADPH 酸化酵素-4
LETO : Long-Evans Tokushima Otuka、OLETF のコントロールモデルラット
目 次
1.はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
2.方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
3.結果
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
4.考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
5.おわりに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7
謝辞
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
8
引用文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9
論 文
1. はじめに
糖尿病患者は世界規模で年々増加しており、深刻な社会問題となっている。 糖尿病
において最も恐ろしいのは糖尿病性腎症、網膜症、神経障害をはじめとする種々の合併
症の誘発であり、これらの発症を防止することが糖尿病治療の目的となっている。 近年
では合併症の発症には慢性的な高血糖状態の持続による、体内の酸化ストレスの増大
が関与していることが明らかになってきている 1)。
桑とは、クワ科クワ属の総称で、葉は蚕の飼料として用いられ、糖尿病の予防や治療に
生薬として用いられてきた
2)。
含有成分のクエセチンに抗酸化作用があると言われてお
り、摂取により抗酸化酵素の活性が上昇したという報告がある 3)。
一方、glucose transporter-4(GLUT-4)は細胞内のミクロソーム分画に存在するイン
スリン感受性の糖輸送担体であり、インスリン存在時に細胞膜表面へトランスロケーション
することで糖取り込みを行っている 5)。 このことから GLUT-4 は、発現量に比例して血糖
降下作用が増強されていることを示している。 AMP-activated protein kinase α
(AMPK α ) と そ の 活 性 体 で あ る phospho-AMP-activated protein kinase α
(P-AMPKα)は運動による筋収縮後の骨格筋への糖取り込みに関与していると言われ
ており、近年の研究ではインスリンとは異なる機序で GLUT-4 を発現させる酵素であると
考えられている 6)。 thioredoxin reductase(TrxR)は抗酸化ストレス蛋白であり、増加に
よ り 体 内 の 抗 酸 化 作 用 が 増 強 さ れ て い る こ と を 示 し て い る 。 NADPH oxidase-4
(NOX-4)は酸化ストレスマーカーであり、酸化ストレスの増加により発現量が増えるという
性質を持つ蛋白である。
そこで本研究では飼料として桑葉の粉末を与えた 2 型糖尿病モデルラットである
Otuka Long-Evans Tokushima Fatty(OLETF)ラット 4) の心臓組織と腎臓組織を用
いて、桑葉の糖代謝および抗酸化作用への影響を調べた。 糖代謝への影響の指標とし
て各臓器の GLUT-4、AMPKα、P-AMPKαの 3 種類の蛋白発現量を、抗酸化作用の
効果の指標として各臓器の TrxR、NOX-4 の 2 種類の蛋白発現量を調べて検討を行っ
た。
1
2. 方法
2-1. 使用動物
糖尿病を発症し た 46 週齢の OLETF ラットと、 その 対照群とし て 46 週齢の
Long-Evans Tokushima Otuka(LETO:OLETF の糖尿病非発症モデル)ラットを用
い た 。 OLETF ラ ッ ト は 通常 の 粉 末飼 料 を 与 え る コ ン ト ロ ー ル グ ル ープ (OLETF
Control:OC)、桑葉の粉末を 2.5%混ぜた粉末飼料を与えるグループ(Mulberry 2.5%:
MB2.5) 、 桑葉の粉末を 25% 混 ぜた粉末飼料を与える グル ープ (Mulberry 25% :
MB25)の 3 群に分けてそれぞれ 8 週間飼育した。 また LETO ラットは通常の粉末飼料
を与えるグループ(LETO Control:LC)のみを設定し 8 週間飼育した(表 1)。
【表 1】
グループ名
飼料内容(8 週間)
LC(健常群)
粉末飼料
OC(無治療群)
粉末飼料
MB2.5(桑葉 2.5%投与群)
粉末飼料+桑葉粉末 2.5%
MB25(桑葉 25%投与群)
粉末飼料+桑葉粉末 25%
2-2. Western blotting による蛋白発現量の測定
実験開始から 8 週後に麻酔下でラットの解剖を行い、心臓および腎臓を摘出した。
摘 出 し た 心 臓 お よ び 腎 臓 か ら 0.1g の 組 織 切 片 を 取 り 、 ホ モ ジ ナ イ ズ し た 後 、
bicinchoninic acid(BCA)法によって蛋白定量を行い、Western blotting に用いた。
摘出した組織からの蛋白抽出物を 10% sodium dodecul sulfate-polyacrylamide
gel electrophoresis (SDS-PAGE) ゲルで電気泳動を行い、ニトロセルロース膜上に転
写した。 ニトロセルロース膜は 5%スキムミルクでブロッキングを行い、その後一次抗体を
添加して 4℃で一晩インキュベーションを行った。 次に、2 次抗体を添加して室温で 1 時
間インキュベートを行った後、ECL plus による化学発光を X 線フィルムに感光させた。
感光したバンドは、Scion Image を用いて数量化評価した。 なお添加した 1 次抗体の量
は glyceraldehydes-3-phosphate dehydrogenase (GAPDH) (1:1000) 、 GLUT-4
(1:500)、AMPKα (1:500)、P-AMPKα (1:500)、TrxR (1:500)、NOX-4 (1:500)とし
た。 また 2 次抗体の量は GAPDH (1:5000)、GLUT-4 (1:2000)、AMPKα (1:5000)、
P-AMPKα (1:5000)、TrxR (1:5000)、NOX-4 (1:5000)とした。 2 次抗体は GLUT-4
2
のみ抗マウス抗体を用い、それ以外は抗ウサギ抗体を用いた。 それぞれの蛋白発現量
は、GAPDH によって比較した。
2-3. 統計処理
数値は平均値±標準誤差で表し、統計学的検討には one-way ANOVA、tukey 法、
unpaired t-test 法を用い、p < 0.05 を有意とした。
3.結果
3-1. 心臓での蛋白発現量
GLUT-4 は全グループ中 LC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と
比較すると MB25 で増加傾向が見られた(図 1-A)。
PKαは全グループ中 LC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と
比較すると MB2.5 および MB25 の間で減少傾向が見られた(図 1-B)。
P-AMPKαは全グループ中 MB25 で最も多く発現していることが確認できた。 また
OC と比較して MB2.5 および MB25 で増加傾向が見られた(図 1-C)。
TrxR は全グループ中 MB2.5 で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と
比較して MB2.5 および MB25 で増加傾向が見られた(図 1-D)。
NOX-4 は OC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と比較して MB2.5
および MB25 で減少傾向が見られた(図 1-E)。
Western blotting により検出した各蛋白のバンドの様子は【図 1-F】に示した。
【図 1-A】
【図 1-B】
GLUT-4 (Heart)
AMPKa (Heart)
AMPKa/GAPDH
80
100
50
60
40
20
3
25
B
M
2.
5
M
B
C
O
25
B
M
M
B
C
O
LC
0
2.
5
0
LC
GLUT-4/GAPDH
150
【図 1-C】
【図 1-D】
P-AMPKa (Heart)
TrxR (Heart)
80
TrxR/GAPDH
80
60
40
20
60
40
20
【図 1-E】
25
B
M
2.
5
M
B
C
LC
25
B
M
M
B
O
C
2.
5
0
LC
0
O
P-AMPKa/GAPDH
100
【図 1-F】
NOX-4 (Heart)
NOX-4/GAPDH
60
40
20
25
B
M
2.
5
M
B
C
O
LC
0

図 1 心臓での蛋白発現量

腎臓での蛋白発現量
GLUT-4 は全グループ中 LC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と
比較して MB2.5 および MB25 で増加傾向が見られた(図 2-A)。
PKα は全グループ中 LC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と比
較して MB2.5 で増加傾向が見られた(図 2-B)。
P-AMPKα は全グループ中 LC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と
比較して MB2.5 および MB25 で増加傾向が見られた(図 2-C)。
TrxR は全グループ中 LC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と比較
して MB25 で増加傾向が見られた(図 2-D)。
NOX-4 は全グループ中 LC で最も多く発現していることが確認できた。 また OC と比
較して MB2.5 および MB25 で減少傾向が見られた(図 2-E)。
Western blotting により検出した各蛋白のバンドの様子は【図 2-F】に示した。
4
【図 2-A】
【図 2-B】
GLUT-4 (Kidney)
AMPKa (Kidney)
150
AMPKa/GAPDH
100
50
100
50
【図 2-C】
P-AMPKa (Kidney)
25
M
B
TrxR (Kidney)
100
TrxR/GAPDH
80
100
50
60
40
20
【図 2-E】
150
100
50
25
B
M
M
B
C
2.
5
0
O
図 2 腎臓での蛋白発現量
5
25
B
M
2.
5
M
【図 2-F】
NOX-4 (Kidney)
LC
B
C
LC
25
B
M
M
B
O
C
2.
5
0
LC
0
NOX-4/GAPDH
B
2.
5
C
【図 2-D】
150
P-AMPKa/GAPDH
O
LC
25
B
M
M
M
B
O
C
2.
5
0
LC
0
O
GLUT-4/GAPDH
150
4. 考察
GLUT-4 は心臓組織と腎臓組織のどちらも、OC と比較して MB25 で大きな増加が見
られた。 さらに MB2.5 も腎臓組織では OC と比較して増加が見られた。 これらのことか
ら桑葉の作用により各組織で GLUT-4 蛋白発現が促された可能性が考えられる。 また
心臓組織よりも腎臓組織の方が桑葉の作用が強く 現れる こと 、 桑葉の 量依存的に
GLUT-4 の発現が促されることが考えられる。
AMPKαは腎臓組織の MB2.5 が OC と比較して増加傾向を示しているがそれ以外の
MB グループでは全て OC と比較して減少傾向が見られた。 しかし活性体である
P-AMPKαは心臓組織と腎臓組織のどちらでも MB グループは OC と比べて増加傾向
となっている。 活性体が増加しているということはそれだけ AMPKαの働きが活性化し
ていると考えられる。 さらに特筆すべきは心臓組織における P-AMPKαの量が LC を越
えていることであり、この結果から桑葉は AMPKαの活性化に高い効果を持っていると
考えられる。 また血糖降下に対する作用機序としてもインスリンの増加によるものではな
く、AMPKαの活性化による GLUT-4 の増加と考えられる。
TrxR は心臓組織では OC と比較して MB2.5、MB25 の両グループで増加傾向が見
られるのに対し、腎臓組織では OC と比較して MB25 のみにわずかな増加が見られるだ
けであった。 腎臓組織のみを見れば桑葉に TrxR 増強作用はないと考えられるが、心臓
組織の MB2.5、MB25 の両グループが OC だけでなく LC の発現量も越えていることか
ら、心臓における TrxR 増強作用は強く現れていたと言える。 これらのことから、桑葉の
抗酸化作用は組織によって異なっていることが考えられる。
NOX-4 は心臓組織と腎臓組織のどちらの MB2.5 と MB25 でも OC と比較して減少傾
向が見られることから、桑葉により各臓器の酸化ストレスが軽減していたということが考えら
れる。 またどちらの臓器においても MB2.5 より MB25 の方が大きな減少を見せているこ
とから、桑葉の摂取量に比例して酸化ストレスが軽減されたことが考えられる。
6
5. おわりに
今回の実験で桑葉には GLUT-4 の発現を増加させることによる血糖降下作用、酸化ス
トレス軽減作用が存在する可能性が示された。 特に GLUT-4 の発現に関してはインスリ
ン依存的ではなく AMPKαの活性化を介する経路によると考えられ、インスリン分泌が減
少している糖尿病に対する治療効果は高いと考えられる。
また酸化ストレスに対する作用に関しては、各臓器により効果が異なる傾向が見られた。
さらに桑葉の摂取量を増加させたことで腎臓組織での酸化ストレスが軽減傾向となってい
ることから、酸化ストレスの軽減作用は桑葉の摂取量に依存していることが考えられる。
現在、糖尿病治療薬として様々な医薬品が用いられているが、いずれもインスリン分泌
量を増加させる作用機序に重点が置かれている。 したがって桑葉は AMPKαの活性化
と酸化ストレス軽減という、それらの医薬品とは異なった作用機序による糖尿病治療が可
能であると言える。 そのため既存の糖尿病治療薬との併用によりこれまで以上の治療効
果が臨めると考えられる。今後、作用メカニズムがより詳しく解明されていくことで桑葉が
糖尿病の画期的な治療法となることに期待したい。
7
謝 辞
実験、論文作成についてご指導を賜りました臨床薬理学研究室の渡辺賢一教授、張
馬梅蕾助手、助力いただきました水戸沙耶佳氏に御礼を申し上げます。
8
引 用 文 献
1) Baynes J. Role of oxidative stress in development of complications in
diabetes. Diabetes. 1991, 40; 405-412.
2) 松浦寿喜、吉川友佳子、升井洋至、佐野満昭。 各種健康茶のラットにおける糖質吸
収抑制作用。 薬学雑誌。 2004, 124; 217-223。
3) Melhem MF, Craven PA, Derubertis FR. Effects of dietary supplementation
of alpha-lipoic acid on early glomerular injury in diabetes mellitus. J. Am.
Soc. Nephrol. 2001, 12; 124-133.
4) Kawano K, Hirashima T, Mori S, Saitoh Y, Kurosumi M, Natori T.
Spontaneous Long-Term Hyperglycemic Rat With Diabetic Complications
Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty (OLETF) Strain. Diabetes. 1992, 41;
1422-1428.
5) Katz EB et al. Cardiac and adipose tissue abnormalities but not in diabetes
in mice dificient in GLUT-4. Nature. 1996. 377; 151-155.
6) 林達也、豊田太郎、中尾一和。 運動による骨格筋 5’AMP-activated protein
kinase 活性化と糖取り込みの促進。 Gout and Nucleic Acid Metabolism.
2002, 26; No.2.
9