連帯債務 名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂 1 設例 店を並べてレストランを経営するY1(海鮮料理),Y2(ス テーキ),Y3(玄米・有機野菜)は,店内改装等のため,X から融資を受けるための交渉をした。 Y1 , Y2 , Y3の借入額は,それぞれ,300万円,200万, 100万円である。しかし,Xが3人に連帯してほしいと強く 望んだため, 3人は,連帯してXから600万円の融資を受 けることにした。 XがY1 , Y2 , Y3 ,に連帯を望んだのは,海洋汚染,狂 牛病,農薬汚染の問題が生じるたびに, Y1 , Y2 , Y3の レストランが打撃を受けてきたのを知っており,返済不能 の危険を分散したいと考えたからである。 2 連帯債務の定義 民法432条〔連帯債務者に対する請求〕 数人カ連帯債務ヲ負担スルトキハ債権者ハ其債務者 ノ一人ニ対シ又ハ同時若クハ順次ニ総債務者ニ対シ テ全部又ハ一部ノ履行ヲ請求スルコトヲ得 連帯債務とは,数人の債務者が,同一の給付に ついて,各自が独立に全部の給付をなすべき債 務を負担し,しかもそのうちの一人の給付があれ ば他の債務者も債務を免れる多数当事者の債 務である。 我妻栄『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』岩波書店 (1954)401頁 3 連帯債務の定義の疑問点 各債務者が独立に全部の給付をなすべき債務を負担す るのであれば,債権者は複数倍の給付を得られることに なるはずである。また,独立というのであれば,債務者の 一人が全額を支払っても,それは,他の債務者には影響 を与えないはずである。 一人の債務者が全額を支払うと,他の債務者が本当に 債務を免れるのであれば,その関係は,独立に全部の債 務を負うということと矛盾する。しかも,全額を支払った債 務者が他の債務者に求償できるとすれば,結局のところ, 各債務者は,全額の債務を負担せず,一部の債務を負 担していたに過ぎないことになる。 4 連帯債務の性質 単一債務的性質 複数債務的性質 1.各債務者の債務は全部の給付を内容とする。 2.債務者のうちの誰か一人の給付があれば全部の 債務は消滅する。 3.連帯債務は債務者の数に応じた数個の債務であり, 各債務者の債務が態様を異にすることも妨げない。 複数債務・相互関連的性質 4.債務者の一人について生じた事由は,一定の範囲 において,他の者にも影響を及ぼす。 5.各債務者の負担部分が定まり,互いに共同して出 捐を負担すべきものとされる。 5 従来の通説の説明の破綻 従来の通説は,連帯債務の多数性・独立性と, 連帯債務の従属性とを矛盾なく説明することが できない。 多数債務性 独立性 連帯債務は債務者の数に応じた数個の債務であり,各債務 者の債務が態様を異にすることも妨げない(民法433条)。 連帯債務者の一人について生じた事由は他の債務者に影 響を与えない(民法440条) 従属性 一人の債務者が負担部分を超えて支払ったときに,他の債 務者がそれに影響される(民法434条~439条) 6 新しいモデルとしての 相互保証理論 連帯債務とは,固有の債務(負担部分)と 他の債務者に対する連帯保証(保証部分 または連帯部分)との結合である。 山中康雄「連帯債務の本質」『私法学の諸問 題』有斐閣(1955)所収 浜上則雄「連帯債務の本質と免除」法学セミ ナー1972年8月号) 於保不二雄『債権総論(新版)有斐閣(1972) 234頁参照) 7 相互保証モデルによる連帯 債務の性質の図解 Y3 Y2 Y1 Y1 Y3 Y1 Y1 Y2 Y2 Y2 Y3 Y3 X 8 相互保証モデルによる全額 弁済(民法432条)の図解 Y3 Y2 Y1 付従性による 消滅 Y1 付従性による 消滅 Y3 Y1 Y1 Y1の全額弁済による Xへの代位 Y2 Y2 Y3 Y2 求償 Y3 求償 Y1 9 相互保証モデルによる免除 (民法437条)の図解 Y3 Y2 Y1 付従性による 消滅 Y3 Y1 Y1 Y2 Y2 Y1 付従性による 消滅 Y2 Y3 Y3 全額免除 (Y1の負担部分の免除 と連帯の免除) X 10 保証と連帯債務との差異? -通説の見解 保証 負担部分を越える弁済のみが求償の対象となる。 民法465条〔共同保証人間の求償権〕 (1) 数人ノ保証人アル場合ニ於テ主タル債務カ不可分ナル為メ又 ハ各保証人カ全額ヲ弁済スヘキ特約アル為メ一人ノ保証人カ全額 其他自己ノ負担部分ヲ超ユル額ヲ弁済シタルトキハ第442条乃至第 444条〔弁済した連帯債務者の求償権〕ノ規定ヲ準用ス 連帯債務 負担部分を越えない弁済も求償の対象となる。 民法442条〔連帯債務者間の求償〕 (1) 連帯債務者ノ一人カ債務ヲ弁済シ其他自己ノ出捐ヲ以テ共同ノ 免責ヲ得タルトキハ他ノ債務者ニ対シ其各自ノ負担部分ニ付キ求 償権ヲ有ス 11 保証と連帯債務との差異? -立法理由の探索 旧民法では,保証の規定が先にあり,次に連帯債務が規定 されていた。 旧民法の起草者ボワソナードは,相互保証理論の立場に立っていた。 旧民法は,次のような条文構造をとっていた。 現行民法は,このボワソナードの条文の趣旨を変える意図は なかった。 1.保証の場合には,負担部分を超える弁済のみが求償の対象となる。 2.連帯債務の場合には,求償については,保証の規定を準用する。 単に,多数当事者の債権関係というタイトルにしたがって,まず,連帯 債務を規定し,次に,保証債務を規定しただけである。 そうだとすると,保証の規定を連帯債務の規定でも準用する というのが適切だということになるはずではないだろうか。 12 保証と連帯債務との差異? -結論 相互保証理論 連帯債務者の一人について生じた事由 負担部分に関する事由 → 絶対的効力 保証部分に関する事由 → 相対的効力 連帯債務者の求償関係 固有の債務(負担部分)と連帯保証(保証部分)との結合と考 える。 すべて保証部分の弁済の効果として生じる。 連帯債務と保証との差異は,負担部分に関する 点で生じるのみ。保証部分に関する点では,差 異は生じない。 13 相互保証理論に対する批判 -モデル懐疑論 (相互保証)説は,きわめて明快であり,連帯債 務を対人担保の側面において理解しようとする 本章の立場の理論的根拠となるものではあるけ れども,負担部分を基礎とした効果を生じる場合 以外の場合(435条,438条)についての説明に 窮する。 こう考えると,連帯債務の性質を一義的に定め, そこから連帯債務の要件・効果を導くための前 提を論理的・演繹的に導き出すことは困難である。 平井宜雄『債権総論』〔第2版〕弘文堂(1994)329-330 頁。 14 相互保証理論からの再批判 (1/2) 第435条〔更改の絶対効〕 連帯債務者ノ一人ト債権者トノ間ニ更改アリタルトキ ハ債権ハ総債務者ノ利益ノ為メニ消滅ス 批判に対する再批判 連帯債務者の一人と債権者との間に更改がなされた場合, 例えば,XとY1との間に1,200万円全額の弁済に代えて 1,200万円の不動産を引き渡す旨の合意が更改に当たる 場合には,Y2,Y3ともに連帯債務を免れる。 この場合,更改によって連帯債務全体が消滅するのは, 新債務が代物弁済と同様の意味を有すると解されるから である。 総債務の弁済があれば債務が消滅することは,相互保証 理論が最も容易に説明しうる。 15 相互保証理論からの再批判 (2/2) 第438条〔混同の絶対効〕 連帯債務者ノ一人ト債権者トノ間ニ混同アリタルトキハ其債 務者ハ弁済ヲ為シタルモノト看做ス 批判に対する再批判 連帯債務者の一人と債権者との間に混同があった場合,例えば,Y1 がXから1,200万円の債権の譲渡を受けた場合,一種の相殺適状の 状態が生じる。 その場合に,債務者Y1が相殺を援用すると民法436条によって連帯 債務は総債務者の利益のために消滅する。つまり,相殺は,弁済と 同様の効果が与えられている。 民法438条は,立法者が,混同の場合も,相殺と同じく,弁済と同じ効 力を認めることを宣言したものであり,総債務の弁済があれば債務が 消滅することは,相互保証理論が最も容易に説明しうる。 16 相互保証理論への批判 に対する再批判 平井(債権総論330頁)は,「連帯債務の性質を一義的に定 め,そこから連帯債務の要件・効果を導くための前提を論理 的・演繹的に導き出すことは困難である。」と述べている。 しかし,連帯債務の要件と効果を導くための仮説モデルを 設計し,モデルにしたがったシミュレーションを行ないながら, そのモデルによってすべての効果が説明できるようにモデ ルの修正・発展を行なうことは重要な研究課題となりうる。 従来の通説が,連帯債務の性質を導く理論を構築できな かったからといって,連帯債務の要件・効果を論理的・演繹 的に導き得るモデルの構築を否定することは正当とはいえ ないであろう。 17 練習問題1 広義の保証が,以下のように,保証と連帯 債務であると定義されている理由を簡潔に 述べなさい。 人的担保(広義の保証) 保証 連帯債務 物的担保(担保物権) 法定担保(留置権,先取特権) 約定担保(質権,抵当権,その他の非典型担保) 18 練習問題2 Y1 , Y2 , Y3が,Xに対して連帯債務を負 い,負担部分は,それぞれ,300万円,200 万,100万円である。 Y1 が,Xに150万円の弁済を行った場合, Y1 は,他の連帯債務者に対して求償をす ることができるだろうか。 できるとしたら,いくらの額を求償できるか。 19 練習問題3 Xは, Y1 , Y2 , Y3が連帯して債務を弁済 することを条件に,それぞれに,300万円, 200万,100万円を貸し付けた。 その後,Y1 の経営が不振となったため,気 の毒に思ったXは,Y1 に対して,連帯債務 の半額を免除することにした。 Xは, Y2 , Y3に対して,それぞれ,何万円 の弁済を請求をすることができるか。 20 練習問題4 妻Y1と男性Y2とが不倫したため、婚姻関係が破 綻し、夫Xと妻Y1とは離婚した。そして、Xは、妻Y1 と男性Y2とを相手取って、連帯して慰謝料100万 円を支払えとの損害賠償請求を行った後、妻に 対しては、損害額を半額に免除するとの通知を 行った。 その場合、Xは男性Y2に対して、100万円の損害 賠償全額を請求した。この場合,Xの請求はどの 範囲で認められるか。 21
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