法と経済学2(file 2) 事前と事後、正義・公正・公平と効 率性 今日の講義の目的 (1)経済学及び経済学者の基本的な発想を学ぶ (2)ありえる経済学に対する誤解を払拭する (3)事前と事後の違いを理解する 法科大学院法と経済学 file 2 1 (1)経済学者はなぜやたらとモデルを使 いたがるのか? (2)経済学者のおく仮定はなぜ非現実 的なのか? (3)経済学者はなぜやたらと数式を使い たがるのか? 法科大学院法と経済学 file 2 2 モデル分析 モデルを使った分析 仮定→結果 ・複雑な現実をモデルを使って抽象化して、ルールの 変化が社会にどんな影響を及ぼすのかを予想する ・現実はあまりにも複雑で、何らかの抽象化をしなけれ ば予想は全く不可能 ・本質的な部分を見抜き、それ以外は大胆に簡略化す る 法科大学院法と経済学 file 2 3 仮定が非現実的? ・現実をそのままモデル化することは不可能だし、 仮にできたとしても複雑すぎて予想・分析の道具と して役に立たない →だからモデルとして抽象化・簡単化して、その上 でルールの変化の影響を予想し評価する ⇒モデルの仮定が非現実的なのは当たり前(現実との 齟齬が全くないモデルはできないか、できたとして も使えない) ⇒仮定が非現実的だというのはどんな馬鹿な人間にで もできる非生産的な批判 法科大学院法と経済学 file 2 4 仮定が非現実的と批判してはいけな いのか? モデル1:仮定A→結果B⇒ルール1がより効率的 モデル2:仮定C→結果D⇒ルール2がより効率的 仮定Cの下で作られるモデル2は仮定Aの下で作られ るモデル1よりも現実的でかつ同じぐらいtractable 「仮定Aより仮定Cの方が現実的」という批判は、単に 「仮定Aは非現実的」と批判するのと全く異なる 法科大学院法と経済学 file 2 5 どんな仮定がよい仮定か? ・簡単(tractable)~本質的な部分を見抜き、それ以外 は大胆に簡略化されたもの ・現実的~現実の説明力が高い ⇒何が良い仮定かは分析目的によって変わる どんな縮尺の地図がよいかは分析目的に依存するの と同じ。 法科大学院法と経済学 file 2 6 数式は不可欠? モデルを使った分析 仮定→結果 ・このプロセスをすべて自然言語で語り、すべての人が 内容を正確に理解し、全ての人が(仮に賛成ではない としても)納得するのが理想。 →これが常にできれば数式はいらない。 しかし込み入った話になるとこれは難しい。 法科大学院法と経済学 file 2 7 数式を使わないデメリット 仮定→結果のプロセスが全て自然言語で書かれる。 ・論理が破綻している(その仮定からその結果は出て こない)のにもかかわらず、本人がそのことを理解で きないことがある。 ・論理が破綻しているのにもかかわらず、巧みなレト リックで聞いている人がみんな騙されることがある。 ・論理が破綻していないのにもかかわらず、いつまで たってもそれを理解できない人がいる。 法科大学院法と経済学 file 2 8 数式を使うメリット 仮定→結果のプロセスが全て数学言語で書かれる。 ⇒基本的には結果が正しいか否かを客観的に確認 できる ⇒仮定が妥当か、結果をどう解釈すべきか、と いったより本質的な問題に議論を集中できる 法科大学院法と経済学 file 2 9 多くの(応用系の)経済学の論文 のスタイル ・論理的な破綻がない、誤りがないことを示すために数 式でモデルを記述し、結果をformalに証明する ・数学的な証明がなくても、なぜその結果が得られるの か理解できるように、自然言語で直観を説明する ・自然言語による説明だけで論文の全体像が分かるよう になっているのが本来の良い論文の姿 ⇒数学の素養がある方が有利なのは間違いないが、な くても理解できるように論文は書かれている(はず)。 法科大学院法と経済学 file 2 10 (4)経済学者はなぜ安易に人間の 合理性を仮定するのか? 合理的な意思決定という仮定 ⇒非現実的?人間はそんなに合理的ではないのでは? なぜ合理性を仮定するか? ・simple and tractableだから ・多くの人が誤解している程には非合理的ではないから ・間違って非合理的な行動をしても徐々に修正するはず ・benchmarkとして重要だから 法科大学院法と経済学 file 2 11 合理性の仮定 人間は合理的である⇒合理的な人間の行動はピンポイン トで予測しやすい 人間は非合理的である⇒人間のおよそどんな行動もこの 仮定とコンシステント⇒なんでもありで、予想可能性が ほとんどない 大人の体重を70kgと仮定する⇒大人が5人乗るとして3 50kgの負荷がかかる。。。。 大人の体重は70kgではないと仮定⇒この仮定は確率1 で正しいが、しかし分析の出発点としては全く無意味 人間は合理的でないという批判はどんな馬鹿な人でもで きる批判。それだけでは全く無意味。 法科大学院法と経済学 file 2 12 限定合理性と非合理性 限定合理性:人間は概ね合理的だがその合理性は限 定されており、◯◯に関しては合理的な行動を取ら ない(ある種の非合理性)。 (1)記憶力、認識能力、計算能力の点で完全でない ⇒この議論は極めて重要ではあるが、本当の意味で の非合理性の議論ではない。合理的な人間はこれ らの能力が完全でないことを合理的に考慮に入れ た上で、自分にとって最適な意思決定をする。 法科大学院法と経済学 file 2 13 限定合理性と非合理性 限定合理性:人間は概ね合理的だがその合理性は限 定されており、◯◯に関しては合理的な行動を取らな い(ある種の非合理性)。 (2)特定の問題で一貫した合理性からのずれ(癖)があ る、自分で認識していない特定の認識誤差のパター ンがある ⇒合理的な人間の行動をbenchmarkとして活用できる。 法科大学院法と経済学 file 2 14 非合理的な行動の例(?) 商品1:価格は100円、環境与えるダメージ100 商品2:価格は150円、環境に与えるダメージ50 環境に悪い製品を使っても罰金等を払う必要はないの に商品2を選ぶ?これは非合理的な行動か? どちらの製品を選ぶのかは選好の問題。環境に優しい 製品を使いたがるのは必ずしも非合理的な行動では ない。 自分が環境を悪化させることに関して不効用を感じる合 理的な経済主体を分析することは可能。 法科大学院法と経済学 file 2 15 非合理的な行動の例(?) 選択肢1:自分もパートナーも100の利益 選択肢2:自分の利益120だがパートナーの利益20 選択肢2をとってもパートナーから将来仕返しされることは ないのに選択肢1を選ぶ?これは非合理的な行動か? 他人がうれしければ自分もうれしいと考えるか、他人がう れしければ自分は悲しいと考えるかは、他人のことはど うでもいいと考えるかは選好の問題。他人を思いやる行 動は必ずしも非合理的な行動ではない。 利他主義を組み込んだ効用関数を使って合理的な人間 の行動を分析することは可能(でも経済学者はこれで物 事を説明するのを嫌う傾向がある:シート25-29参照)。 法科大学院法と経済学 file 2 16 非合理的な行動(選択)の例 商品1:価格は100円、環境与えるダメージ100 商品2:価格は150円、環境に与えるダメージ50 商品3:価格は200円、環境に与えるダメージ20 商品1と商品2のどちらがいいか→商品2 商品2と商品3のどちらがいいか→商品3 商品1と商品3のどちらがいいか→商品1 ありがちな行動だが合理的な人間を仮定して分析す るのが極めて難しく、合理性の仮定に無理がある。 法科大学院法と経済学 file 2 17 効用関数、効用最大化 選択肢1と選択肢2のどちらがいいか→選択肢2 選択肢2と選択肢3のどちらがいいか→選択肢3 選択肢1と選択肢3のどちらがいいか→選択肢3 選択肢1に最小、選択肢3に最大、選択肢2にそ の間の数を割り当てる関数→効用関数 効用最大化:定理であって仮説ではない 効用を最大化しているものとして選択行動を記述 できるような関数が存在する。 法科大学院法と経済学 file 2 18 限定合理的な行動の例 株価:2年前100万円、1年前50万円、現在75万円 2年前に株を買ってまだ株を持っている人が今年売る 確率よりも1年前に株を買ってまだ株を持っている 人が今年売る確率の方が高い ⇒最終的に損失が出る取り引きを嫌がる By gone is by goneだから合理的な人間なら2つの状 況に差がないはず。なぜ差が出るのか? 税効果・情報の偏在等で説明できるなら合理性の仮定 と矛盾しない。これでできるかどうかを突き詰める。 ⇒うまく説明できない⇒限定合理性の受け入れ 法科大学院法と経済学 file 2 19 By gone is by goneの例 機械を1000万円で購入した企業A。その後機械の価格 が急落して同じ機械を10万円で購入した企業B。両 企業とも財1単位当たり10万円の変動費用(可変費 用)がかかる。機械は1年で使えなくなる。 企業Cは1個15万円の価格で20個発注。これ以外 の企業の発注なし。企業Aないし企業Bは発注を受 けるか? 企業A 発注受けると900万円の赤字、受けないと1000 万円の赤字⇒発注受ける 企業B 発注受けると90万円の黒字、受けないと10万円 の赤字⇒発注受ける~これが本来の合理的な行動 法科大学院法と経済学 file 2 20 限定合理性の例:フレーミング効果 人口600人の村で防疫策を考える 選択肢1→400人死亡する 選択肢2→確率1/3で死者ゼロ、確率2/3で全員死亡 選択肢2を選ぶ 選択肢1→200人生存する 選択肢2→確率1/3で600人生存、確率2/3で全員死亡 選択肢1を選ぶ 法科大学院法と経済学 file 2 21 限定合理性の例:目先の利益に拘る 今日の利益を明日の利益に比べて極端に重視。 →割引率が極端に高い人(将来を軽視する人)と考え れば必ずしも非合理とは言えず、単なる選好の問題。 しかし10年後の利益と10年と1日後の利益は殆ど 無差別。→ある意味inconsistentな選好 法科大学院法と経済学 file 2 22 限定合理性の例:自信過剰 ・自分の能力をシステマチックに過大評価。 「あなたの運転能力は1から10の数字で表現すると いくつになりますか?世の中の平均値を5とします →回答の平均値は有意に5を超える 不都合な情報→自分以外の原因と思い込む 都合のいい情報→自分の能力と過信する 法科大学院法と経済学 file 2 23 限定合理性vs合理性 実際には必ずしも限定合理的な行動が支配するわけで はない。 自分がつい限定合理的な行動を取るとわかっていて、 あらかじめ対策を講じる。 (例)財布にお金が入っているとつい使ってしまって 後で後悔する→財布にあまりお金を入れすぎないよ うあらかじめ注意する。 (例)人に頼まれるとNOと言えず後で苦しむ→引き 受ける仕事の上限を機械的に決めておく。 法科大学院法と経済学 file 2 24 (5)経済学者はなぜ普遍性にこだ わり、文化的・歴史的背景を軽視す るのか? ・経済学者は歴史的背景を無視しているわけではない ⇒経済史の研究が経済理論に影響を与えた例は多い ・経済学者は相対的に「文化」や「歴史」の違いで現実 を説明するのを好まない。←文化を使った多くの(全 てではない)説明が単なるトートロジーだから。 法科大学院法と経済学 file 2 25 研究の発展 ・stylized fact 多くの人が事実と認識していること (例)米国の訴訟率は日本のそれよりも大きい これを出発点にして起こる典型的な研究の発展 (a) これが本当に事実かデータを使って検証する (b) 米国や日本以外がどうなっているのか周辺の事実 をデータで探る (c) なぜ訴訟率に差が出るのかの理由を探る 法科大学院法と経済学 file 2 26 なぜ米国は日本より訴訟率が高い? (1)日本と米国では文化が違うから(文化説)。日本人は 争いごとが嫌いだから。 仮に21世紀に日本の訴訟率が急上昇したとする⇒日本 人の文化が変わったからと説明できる。 文化が違うという説明は、一見事実を説明できているよう に見えるが、文化による事実の説明は、事後的にどん な事実でも説明できる単なるトートロジーにすぎない ⇒経済学者はこの手の安直な説明をすごく嫌う 法科大学院法と経済学 file 2 27 なぜ米国は日本より訴訟率が高い? (2)日本の訴訟費用が高いから(費用説)。訴えるべき人 が訴訟費用の高さのために泣寝入している。 ⇒訴訟費用負担ルールを変えようとする動きの背景 (3)日本の訴訟の方が結果をたやすく予想でき、費用の かかる訴訟を避けやすい(予見可能説) ⇒日本の訴訟制度の方が遙かに効率的で望ましい。訴え るべき人の権利侵害もあまり起こっていない。 (2)、(3)も理論的にはどちらも同程度にコンシステントで、 どちらが正しいか決着を付けられない。 ⇒理論モデルから導かれる結果をデータで検証 法科大学院法と経済学 file 2 28 (6)経済学者はなぜ経済効率性を 重視して、正義を軽視するのか? ・経済学は、ルールの変更に関する事前の問題の分析に 比較優位を持つ(法学は事後の問題に) ⇒事前の問題を考えてはじめて意味を持つ効率性の分 析に比較優位を持つ ⇒経済効率性を重視 ・事前の問題の分析で正義について分析することも可能。 法科大学院法と経済学 file 2 29 効率性 パレート改善:少なくとも1人の人の経済厚生が改善し、 経済厚生が悪化した人は1人もいない パレート改善の余地のない資源配分:パレート効率的 ⇒パレート改善の余地のあるルールは非効率的 ⇒パレート改善の余地のある状況は望ましくない ⇒そのようなルールは変更されるべき 法科大学院法と経済学 file 2 30 事前の問題・事後の問題 行動→紛争→裁判→判決=ルール化→行動 法律・判例・ルールの変更 →経済主体の(将来の)行動が変化 → 経済厚生の変化 事前:判例変更がその後に人々の行動に与える影響 に注目 事後:行動の結果起こった紛争に関してその時点での 紛争当事者間の問題に注目 法科大学院法と経済学 file 2 31 例1:失火責任 行動→紛争→裁判→判決=ルール化→行動 甲が寝たばこを吸う(行動) →火事になり隣の乙の家を焼く →乙が甲に損害賠償を請求(紛争) 甲を勝たせるべきか乙を勝たせるべきか~事後の問題 →従来の判例を変更し、甲の重大な過失を認め損害賠 償を認める(ルール化) →寝たばこを吸う人が減る(行動) このルールの変更が良かったのか悪かったのか~事前 の問題 法科大学院法と経済学 file 2 32 事前の問題・事後と効率性 事後を考える限り効率性の議論をする余地がない 。 被告勝訴のルールを原告勝訴のルールに変えたら被 告から原告への所得移転が起こるだけ(パレート改善 の余地無し)。 法学が公正の重視← 事後重視の必然的な結果 事前の問題→ルールの変更が全体の厚生を改善する 可能性→事前の問題を考えてはじめて効率性を考え る意味がでる。 事前の問題を長年にわたってシステマチックに分析し てきた経済学に比較優位~効率性を重視するのは事 前問題を考えることの結果 法科大学院法と経済学 file 2 33 事前の正義・事後の正義 行動→紛争→判決 事後の正義:この判決の結果決まる負担配分が正 義にかなうか? 裁判→判決=ルール化→行動 事前の正義:この判例がルール化された後で実現さ れる資源配分が正義にかなうか? 法科大学院法と経済学 file 2 34 例2:酒酔い運転 行動→紛争→裁判→判決=ルール化→行動 甲が乙をホームパーティに招き酒を飲ませる(行動)。 →乙が酒酔い運転で事故を起し丙に損害を与えるが、乙 の資力が足りない →丙が甲に損害賠償を請求(紛争) 甲を勝たせるべきか丙を勝たせるべきか~事後の問題 →従来の判例を変更し、甲の過失と損害の予見可能性を 認め損害賠償を認める(ルール化) →ホームパーティのホストは自動車で来た客への酒の提 供により慎重になる。運転をさせないよう努力する(行動) このルールの変更が良かったのか悪かったのか~事前 の問題 法科大学院法と経済学 file 2 35 例2:酒酔い運転における正義 事後の正義:ホームパーティで酒を出すというごく普通の 行動をした甲に賠償義務に強いるのが正義か、何の過 失もないのに酒酔い運転の被害を受けた丙に不十分な 救済で我慢させるのが正義か。 事前の正義:ルールの変更のせいで、気軽にホームパー ティが開けなくなってしまう状況を強いるのが正義か、 酒酔い運転が少しでも減る状態が正義か。 法科大学院法と経済学 file 2 36 例3:前借金無効 普通の国では人身売買は禁止されている。 しかし、法の抜け道を探すやり方は昔から存在する (例)親(甲1)が娘(甲2)を酌婦として乙に売る。人身 売買の契約書ではなく、金銭消費貸借契約と労働 契約をセットにする。 甲の借金を乙から甲への賃金支払いで返済する契約。 →実質的な人身売買なので、こんな契約は正義の観 点から認められない(公序良俗に反して無効) (論点)借金の契約も無効か、借金の契約は有効か? ⇒昭和30年の最高裁判決で大審院判例を変更、前借 金を公序良俗に反して無効とした 法科大学院法と経済学 file 2 37 前借金無効と事前・事後の正義 判例の変更⇒乙から甲への所得移転 娘を売るような親が得をするのが正義か? (事後の正義) 人身売買を抑制するのが正義 判例変更は人身売買を抑制するか?促進するか?⇒ 促進するなら正義に反する (事前の正義) 法科大学院法と経済学 file 2 38 前借金無効と人身売買抑制効果 (主張1)甲に利益を与える判例変更は同様に娘を売ろ うとする親を増加させ、人身売買を促進してしまう ←この主張は買手がいないと売買が成立しないという 基本的な事実を忘れている。判例変更は買手の意欲 を減退させ売買を抑制するかもしれない (仮定1)潜在的な買手は判例の変更に疎いが売手は 法律に強い→主張1は正しい (仮定1は成り立たない) →主張1は正しくない ・事前の観点は正義を論じる際にも役に立つ ・事前の観点を体系的に分析した経済学の手法は正義 の問題を論じる際にも有効なはず 法科大学院法と経済学 file 2 39 事前と事後再考 ケースによってはこのようにきれいに事前と事後は分か れない。~単なる金銭賠償ではないケース (例)差し止め請求、特定履行、履行命令 判決によって当該紛争当事者の行動が変わる ~判決が直接当該当事者の行動を変え経済効率性に 影響する(紛争以降の事後の問題と経済効率性が関 係している)←しかしここだけを見てはいけない 判例=ルール化 ~ルール化以降の人々の行動が変わる →影響を受ける人は圧倒的に多い ⇒ここまで考えなければcompleteな分析ではない。 法科大学院法と経済学 file 2 40 例4:差止請求 (例)甲は乙に自社の信託部門を売却すると約束した が、気が変わって丙に信託以外の部門もまとめて売 却することにした。 ⇒乙は甲が丙に全部門を売却するのを差し止め、信託 部門をあくまで乙に売却するよう訴えた ⇒これは経済学的には金銭賠償ではなく特定履行を 求めたのと同じ意味を持つ 法科大学院法と経済学 file 2 41 差し止め請求の事前と事後 (事後の発想)甲と乙が統合する社会的な利益と甲と丙が 統合する社会的な利益を比べて後者が十分に大きけれ ば、差し止めを認めるのは非効率的。差し止めは認めな いで金銭賠償で乙が被った損失を補填してやればよい。 ⇒「経済効率性を比べているのだから、これが法と経済学的 な分析だ」と勘違いしている人は多い。 (事前の発想) 差し止め請求が認められない。 ⇒今後の類似ケースでの交渉に影響を与え、行動を変化さ せる。この判例を読み込んだ上であらかじめ契約を作る ここまで考えないとcompleteな分析とはいえない。 法科大学院法と経済学 file 2 42 経済効率性と経済学の有効性 「ルール1からルール2への変更は経済厚生を改善する (あるいは総余剰を増加させる)ので望ましい」 このstatementの背後には ルール1の下で何が起こり、ルール2に変えると何がどう変 わるか、という経済学的な分析があるはず。 →仮に「経済厚生を改善するので望ましい」という結果・価 値判断を受け入れないとしても、経済学的な分析は有用。 ⇒評価と分析は分離できる~経済効率性のみで評価する ことへの違和感と、経済学の道具そのものへの不信感を 混同してはならない。 法科大学院法と経済学 file 2 43 (8)なぜ多くの法と経済学の論文 は現状肯定的な論文が多いのか? ・ 存在する判例・ルールが全て合理的で効率的と頭か ら決めつけたら法と経済学が存在する意味がない ・ 一見変に見える判例・ルールも合理的な根拠がある かもしれない →まずこの合理的な根拠を探る →その上で代替案との比較を考える 合理的な根拠を探る段階の論文が多いので、法と経済 学の多くの学術論文は保守的に見えるだけ 法科大学院法と経済学 file 2 44 ルールとして定着し機能している判 例の多くは経済学的に見て正当化で きる効率的なものである (1)裁判官は経済学をよく学び、経済学の道具を使いこな して判決を書いている?????? (2)非効率的なおかしな判例は多くの紛争と裁判を誘発す る→判例変更へのプレッシャーがかかる (3)非効率的な判例は法改正への誘因を増す (4)弊害の大きな判例は、その判例が適用されないような 契約のイノベーションを促す。 →判例が無力化され影響力がなくなる 法科大学院法と経済学 file 2 45 淘汰 vs 逆淘汰 ルールは原理的に複数存在しうるし、実際に存在する →ルール間の競争が起こりえる。 (例)会社法(どの州法を選ぶか)、上場ルール(どの市場 に上場するか)、貿易ルール(WTOでらちがあかなけれ ばFTAに重点を切り替える) 伝統的な2つの見方(上場ルールの例) (1)競争が企業に有利で投資家に不利な悪い規制体系を 生み出す(保護の水準が切り下がる:逆淘汰) (2)競争が企業・投資家双方にとって効率的な良い規制 体系を生み出す(悪い市場は淘汰される) 法科大学院法と経済学 file 2 46 淘汰の優位性 逆淘汰の見方 →約款が消費者に取って最悪の条項ばかりを含むように なるという見方と同じメカニズム(約款・消費者保護法制 に関してはfile3で詳しく議論する) ~投資家は規則に無関心で企業がそれをよく知っていれ ば自然とそうなる しかし、現実には規則に敏感な機関投資家やアナリストが 存在する。 ⇒逆淘汰の見方は相対的に成立しにくい 法科大学院法と経済学 file 2 47 ネットワーク外部性 ネットワーク外部性 ~ネットワークに属する者の数が増えるとネットワークに属す る者の利益が増える (例)電話、FAX、電子メール・インターネット 同様にネットワークと直接関係なくても使う人が増えるとそ の使用利益が上がるもの 言語、計量単位、ゲームソフト・ビデオの規格、パソコンの OS、パソコンソフト、ルール 株式市場も同様の性質 法科大学院法と経済学 file 2 48 競争で効率的な市場が生き残る? 多くの企業が上場 ⇒多くの投資家が注目し流動性が高まる ⇒その市場に上場するメリットが高まる ネットワーク外部性のある市場の特徴 ⇒最も効率的な者が生き残るとは限らない。偶然や歴 史的経緯によって決まることも~生き残る株式市場 が最も効率的という保証はない。 法科大学院法と経済学 file 2 49 現存のルールの根拠を探る ・一見変に見える判例・ルールも存続していると いうことは合理的な根拠があると推定 →法の果たしている機能を分析し、この合理的な 根拠を探る(あくまでfirst step) ・非効率的なルールが存続する可能性があること は十分に承知している →代替案との比較を考え、本当に効率的かどうか を考える 法科大学院法と経済学 file 2 50
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