トランジット惑星をめぐる 研究の現状と今後の展望 国立天文台 光赤外研究部 太陽系外惑星探査プロジェクト室 成田 憲保 目次 背景:トランジットの発見と求まる惑星パラメータ トランジット惑星で探る惑星軌道分布の起源 トランジット惑星系の新たな惑星探し トランジット惑星の大気分光観測 今後の展望:SPICAでのサイエンス トランジットとは 太陽系でのトランジット 太陽系外では空間的に 分解できない 少しだけ減光する 2006年11月9日 「ひので」撮影 水星のトランジット 最初のトランジット発見 Charbonneau et al. (2000) HD209458bの発見 トランジットサーベイとその成果 最近では主要な惑星探しの方法となっている トランジット光度曲線からわかること 主星の半径, 軌道傾斜角, トランジット中心時刻 主星と惑星の 半径比 惑星半径 主星の周辺減光係数 Mandel & Agol (2002), Gimenez (2006), Ohta et al. (2009) 視線速度観測と合わせてわかること 視線速度観測から minimum mass: Mp sin I トランジット観測から planetary radius: Rp orbital inclination: I 合わせた情報から planet mass: Mp planet density: ρ 惑星に関する主要なパラメータが決定できる 惑星サイズの多様性 木星型惑星の内部構造の理論研究が進んでいる (too inflated) HAT-P-3 b (heavy core) TrES-4 b, etc Charbonneau et al. (2006) トランジット惑星で探る 惑星軌道分布の起源 系外惑星の軌道長半径分布 Snow line Jupiter 惑星形成初期の惑星移動理論(migration models)が必要 標準的な惑星移動モデル Type I & II migration models 原始惑星系円盤と原始惑星の重力相互作用による移動 Type I: 10 地球質量以下の軽い原始惑星の場合 Type II: 重い原始惑星で円盤にgapができる場合 軌道長半径の分布をよく説明できている e.g., a series of Ida & Lin papers このモデルで移動した惑星は小さな軌道離心率を持つ 惑星の公転軸は主星の自転軸とほぼ揃う 系外惑星の軌道離心率分布 Eccentric Planets Jupiter Type I & II migration では説明ができない! Eccentric Planets の惑星移動モデル 原始惑星系円盤以外のものとの重力相互作用を考える 惑星同士 (惑星散乱モデル/Jumping Jupiterモデル) 連星系の伴星 (古在移動モデル) 惑星の軌道離心率分布を説明しうる e.g., Nagasawa+ 2008, Chatterjee+ 2008 このモデルで移動した惑星は多様な離心率を持つ さらに、ある程度の割合で惑星の公転軸が主星の自転軸 から大きく(~20度以上)ずれる (→ 割合はモデルによる) 惑星散乱モデルによる惑星の傾き分布 0 30 60 90 120 150 180 度 Nagasawa, Ida, & Bessho (2008) どうすればこうした理論を観測から検証できるだろう? トランジット惑星系でのロシター効果 惑星が主星の自転を隠すと トランジット中の見かけの視線速度にずれが生じる star planet 近づく側を隠す → 遠ざかって見える planet 遠ざかる側を隠す → 近づいて見える Ohta et al. (2005) などで解析表式が与えられている ロシター効果からわかること ロシター効果の形は惑星の通った経路を反映している well aligned misaligned トランジット中の視線速度 = ケプラー運動 + ロシター効果 Gaudi & Winn (2007) ロシター効果の観測量 λ: 天球面上に射影した 主星の自転軸に対する惑星の公転軸の傾き (e.g., Ohta et al. 2005, Gimentz 2006, Gaudi & Winn 2007) すばるでの観測 これまでの観測ターゲット S06A-029: TrES-1 S07A-007: TrES-4 S07B-091: TrES-3, WASP-1, WASP-2, HAT-P-1 S08A-021: XO-2, HAT-P-7 S08B-086: XO-3 S08B-087: HD17156 Blue: Planets in Binary System / Green: Eccentric Planets TrES-1b: 自転が遅く、暗いターゲット すばる/HDS での最初の観測例 NN et al. (2007) すばるの大口径のおかげでロシター効果の検出に成功 惑星が順行して公転していることを確認(世界で3例目) TrES-4b: 連星系のトランジット惑星 ロシター効果がケプラー運動の振幅より大きい! NN et al. in prep. 連星系だが2つの軸は4度程度で非常によく揃っている HD17156b: 大離心率惑星 公転周期: 21.2 日 離心率: 0.68 質量: 3木星質量 NN et al. (2009) 離心率は大きいが2つの軸は10度程度で揃っている すばるの観測結果 これまでに検出が成功した全ての系でずれは小さい 円盤との相互作用モデルを支持 惑星散乱や古在移動が起きてもあまりずれない? 離心率を持つ惑星や連星系の惑星の観測数は少ない サンプル数増加が重要だが、こうした惑星は非常にレア 理論を強く制限する統計的議論はまだできていない すばる以外の観測結果は? XO-3b:大きく傾いた惑星? Hebrard et al. (2008) λ = 70 ± 15 deg 2つのチームによって 大きなずれが報告された (ただし結果が2σ異なる) Winn et al. (2009) λ = 37.3 ± 3.7 deg すばるでは3回採択さ れたものの、諸事情で 観測できていない これまでの全観測例 HD209458 Queloz et al. 2000, Winn et al. 2005 HD189733 Winn et al. 2006 TrES-1 NN+ 2007 HAT-P-2 Winn et al. 2007, Loeillet et al. 2008 HD149026 Wolf et al. 2007 HD17156 NN+ 2008,2009, Cochran+ 2008, Barbieri+ 2009 TrES-2 Winn et al. 2008 CoRoT-Exo-2 Bouchy et al. 2008 Blue: OAO, Subaru など Red: Keck HAT-P-1 Johnson et al. 2008 XO-3 Hebrard et al. 2008, Winn et al. 2009 WASP-14 Joshi et al. 2008 (TrES-3, 4, WASP-1, 2, HAT-P-7, XO-2 NN+ in prep.) 小まとめ トランジット惑星系では主星の自転軸と惑星の公転軸の 傾きが測定できる 観測されたほとんどの惑星系で2つの軸のずれは小さい 特に離心率の小さい系では全て揃っている 円盤との相互作用による惑星移動モデルを支持 唯一ずれているXO-3は今後追観測が必要 離心率を持つ惑星や連星系の惑星の観測数は少ない 今後はこうした惑星を重点的に観測することで惑星散乱 モデルや古在移動モデルを検証することができる トランジット惑星系の 新たな惑星探し トランジットによる惑星探査の弊害 トランジット惑星は発見の際に少ししか視線速度が測定されない Mandushev et al. (2007) Butler et al. (1999) TrES-4bの発見論文 upsilon And. b,c,dの発見論文 そのためトランジット惑星系では 複数惑星系がひとつも発見されていない 複数惑星の探し方 視線速度データをたくさん取る ロシター効果の観測データが流用できる すばるはかなりアドバンテージを持っている Transit Timing Variation (TTV) を探す トランジット惑星系でのみ可能 中小口径望遠鏡でもできる新しい探し方 歴史的な教訓 普通、最初は1つだけの 惑星を仮定する Butler et al. (1997) upsilon And. bの発見論文 1つの惑星で説明できない大きな残差が複数惑星のサイン その後の追加観測で複数惑星系が発見されてきた 有力候補:WASP-2 Cameron et al. (2007) WASP-2の発見論文 トランジット中に 50 m/s 以上の残差(ロシター効果?) すばるでの観測結果 15日離れたトランジットを2回観測 ロシター効果はほとんど見えない (→主星の自転速度が遅い?) NN et al. in prep. 青線は発見論文をもとにした視線速度 追加観測の困難な点 さまざまな位相で視線速度観測が必要 時間を自由にできる望遠鏡でないと厳しい すばる単独で発見まで至るのは難しい? 他に惑星探索の方法はないか? Transit Timing Variations の探索 Transit Timing Variation (TTV) とは トランジット周期は一定 周期が一定にならない 別の惑星によるTTVの大きさ Agol et al. (2005) / Holman & Murray (2005) 近似解 (添え字:トランジット惑星が1, 摂動惑星が2) トランジット惑星の公転周期が長い時 摂動惑星の質量・離心率が大きい時 主星が軽い時にTTVは大きくなる 特に摂動惑星が1:2の共鳴軌道にある時に最大になり M1=1木星質量、M2=1地球質量 P=3日とすると~3分 WASP-2のTTVの見積り すばるでの視線速度の残差から 周期は15日以上 質量は 0.3 木星質量以上 TTV の大きさは数十秒程度以下 トランジット中心時刻の精度は~十秒が必要 国内の望遠鏡の精度ではほぼ不可能 この夏UH2.2m望遠鏡で観測予定(PI:平野照幸) 新たな惑星の周期や質量に制限をつけられる 新たな惑星発見を目指して 過去のロシター効果のデータから視線速度の残差を探す WASP-2, TrES-3, TrES-4, XO-3 で大きな残差あり すばるなどで追加観測ができればよいが… TTVの探索による別の惑星への制限 TTV の検出ができれば非常に有力な証拠となる TTV の制限ができれば惑星の周期や質量に制限をつけら れる TTV で成果を出してすばるなどに再チャレンジ予定 小まとめ トランジット惑星系では複数惑星系が発見されていない 視線速度観測と測光観測から新たな惑星を探索できる 視線速度観測から残差を探す Transit Timing Variations を探す このテーマの研究はまだ始まったばかり 最初の発見を目指して世界で競争中 トランジット惑星の 大気分光観測 惑星大気分光観測のサイエンス 惑星の大気成分の検出 惑星ごとの大気モデル(雲の有無や温度など)の検証 将来的には地球型惑星の生命由来分子の探索など 惑星の天気変化の探索 我々が提案したい新しいサイエンス トランジットごとの追加吸収量の変化を調べる 惑星大気のダイナミクスを検証 最も強いナトリウム吸収の観測が最適 Transmission Spectroscopy star planet stellar line upper atmosphere dimming with excess absorption トランジット中に一部の主星の光が惑星の大気を透過してくる 理論的背景 雲がないホットジュピターに対する透過光モデル -1.47% (base) -1.53% (base) -1.70% (peak) Seager & Sasselov (2000) -1.71% (peak) Brown (2001) 特に可視領域のナトリウム線や赤外の分子吸収バンドで 強い追加吸収が予想される 惑星大気成分の最初の検出例 HD209458bのトランジットをHST/STISで4回観測 ナトリウムで0.0232%の追加吸収が報告された in transit out of transit Charbonneau et al. 2002 赤外領域で検出された成分 • Vapor: Barman (2007), Tinetti+ (2007) • CH4: Swain+ (2008) • CO, CO2: Swain+ (2009) ▲:HST/NICMOS observation red:model with methane+vapor blue:model with only vapor Swain et al. (2008) 地上での検出の試み HD209458bの地上観測 Bundy & Marcy (2000): Keck/HIRES ~3% (3σ)の精度 Moutou et al. (2001): VLT/UVES ~1% の精度 NN+ (2005): Subaru/HDS ~0.1% の精度 1晩で達成された当時の地上最高精度 地上検出は困難かと思っていた 最近の地上からの検出例 Redfield et al. (2008): HET/HRS HD189733を36晩観測 Snellen et al. (2008): Subaru/HDS NN+ (2005) のHD209458データを再解析 Redfield et al. (2008) Snellen et al. 2008 すばるでの観測 S07A-007 HD189733を1晩観測 (トランジットは半分だけ観測) ナトリウムのまわりでSNR ~ 1000/pix を取得 non-linearity の補正を実施 ~3σでナトリウムが 検出できている NN+ in prep. すばるでの今後の観測 観測ターゲット S09A-096: HD189733 x 2晩 S09A-097: HD149026 x 2晩 + HAT-P-2 x 1晩 S09B-088: HD17156 x 1晩 + HD80606 x 1晩 惑星大気のナトリウム吸収量を測定し 惑星ごとの多様性や天気の変動性を調べる 小まとめ トランジット惑星は大気の透過光を分光できる 宇宙望遠鏡の観測でいくつかの成分が検出されている 地上からも高分散分光観測でナトリウムが検出された 明るいターゲットならすばるの1晩の観測で検出が可能 今後すばるでできる系外惑星大気の研究 さまざまな惑星で吸収量の大きさを比べる 惑星大気モデルへの制限 それぞれの惑星でトランジットごとの吸収量の変化を調べる 惑星の天気変動への制限 トランジット惑星研究の展望 スペーストランジットサーベイ計画 COROT Kepler TESS 打ち上げ 2006年12月 2009年3月 2012年予定 観測視野 ターゲット 2.82 deg2(銀河中心) 7 < mV < 15 ~1.2 * 105 個 102 deg2(オリオン腕) 9 < mV < 15 ~1.3 * 105 個 3 * 104 deg2 (全天) 7 < mV < 12 ~ 106 個 検出目標 近傍の明るい星 super-Earth 数個 mV ~ 12 のG型星 Earth-like planet ~50個 mV ~10 の M型星 Earth-like planet 短周期のもの 数個 観測期間 2.5 年 4年 2年 コスト ~260億円 ~600億円 - これからは地球型、特にハビタブルな惑星が探される 視線速度フォローアップ HARPS-NEF 2009年以降稼働 スペイン・カナリア諸島 4.2m 望遠鏡 ~ 数 cm/s の視線速度精度 欧米の共同研究 Kepler, TESSで発見された惑 William Herschel Telescope 星の質量を決定する装置 ハビタブル惑星の大気分光 James Webb Space Telescope SPICA 主要な分子の検出可能性を山下さんと共に検討中 地球型惑星のスペクトル • Atmospheric spectral features – CO2: 1.06μm (weak), 4.7μm, 15μm (strong and wide) – CH4: 0.88μm, 1.66μm, 3.3μm, 7.66μm – H2O: many features at NIR-MIR – O2:0.76μm – O3:0.45 - 0.74μm, 9.6μm • Which wavelength is important ? – MIR (strong O3 ,CO2 ) – NIR also contains important features (CO2, CH4 ) – Need optical wavelengths for oxygen detection Darwin proposal SPICAでのオゾンの検出可能性 • If a transiting terrestrial planet in HZ around a M5V star at 5pc is discovered – Total number of stars at d < 5pc = 74 (44 for M type stars) – Host star: 5.3mag at 10μm (near O3 band) – Transit spectroscopy (R=20) • Depth of excess absorption: 5.2 μJy (1.6×10-5), S/N = 0.7/hr – Secondary Eclipse Spectroscopy (R=20) • Thermal emission of Super Earth: 8.8 μJy, (2.8×10-5), S/N = 1.1/hr – a = 0.1 AU, Period: 25.2 days, Transit duration: 2.3 hr – Observable time: 35 hr/yr → 105 hr/3yr → S/N ratio ~ 10x • Marginal, even if every chance will be observed for 3 years まとめ トランジット惑星はさまざまな情報を与えてくれる 今後のスペースサーベイで地球型惑星の発見が期待される これまでの研究は地球型惑星に応用が可能 大気分光が特に面白いテーマだが、かなり難しい その他の研究についてはSPICA WSの集録をご覧ください
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