系外惑星の大気透過スペクトル 観測による大気成分の分析 ( Swain et al. 2008 レビュー) 北海道大学 理学部 地球科学科 惑星物理学研究室 学士4年 高橋康人 1 研究目的 将来的な目標: 系外惑星の大気放射スペクトルの数値モデルを構築し、 系外惑星大気の成分分析という観点から系外惑星の 実像に迫る。 講読論文の内容: ホットジュピター型系外惑星 HD189733b の大気透過 スペクトルから、メタンの吸収を表す特徴を検出。 この論文を読む目的: 今後モデルを構築する上で、実際にどのようなスペクト ルが、どのような手法で、どのようなモデルと比較検証 されているかを学んでおくべきである。 2 系外惑星 系外惑星とは? ・太陽系外で、恒星の周りを公転する天体。 発見された系外惑星の特徴 ・主星に近く大型のものが多い。 (ホットジュピター) 発見手法 ・トランジット法 ・ドップラー法 ・その他 発見個数 ・374 個( 2009/09/23 時点) 縦軸:発見個数 横軸:木星質量比 (The Extrasolar Planets Encyclopaedia より) (発見された系外惑星の質量と個数) 3 惑星大気透過スペクトル 惑星大気 1. 食の間は主星の一部が隠されるため 減光する。(トランジット) 2. 惑星大気を通る光は、大気中の分子 によって吸収される特定の波長を除き、 大気を透過する。 3. 結果として、惑星大気における吸収が 起きている波長帯において減光が大き 惑星の公転方向 くなる。 橙色:主星の光 主星 惑星 青色:惑星大気を透過した光 (主星の光のスペクトル - 惑星大気中の分子による 吸収スペクトル) 黒色:完全遮蔽 注:実際の星像はほぼ点となるため、 食の起きている期間と起きていない期 間を比較することで、透過スペクトルの 特徴を検出する。 (透過スペクトル図解:観測者からの視点) 4 Swain et al. 2008 概略 Swain, M. R., Vasisht, G. & Tinetti, G. The presence of methane in the atmosphere of an extrasolar planet. Nature 452, doi:10.1038/nature06823 (2008) 論文要旨 ・課題の提起 系外惑星大気に含まれる分子の種類を知ることは、惑星形 成の過程や大気構造を知る上で最優先の課題である。 ・観測成果の報告 HD189733 のスペクトルからメタンの特徴を検出。 すでに報告があった水蒸気の存在を追確認。 期待されていた一酸化炭素は今回は検出できず。 5 対象系外惑星 HD189733b 基本データ 2005年10月5日 F.Bouchy らが発見 方位: こぎつね座 主星: HD189733 距離: 19.2 pc 質量: 木星質量の1.13倍程度 軌道長半径: 0.031 AU 発見方法 トランジット法による。 惑星種類 ホットジュピターのひとつ (HubbleSite より) (HD189733bのイメージ図) 6 観測機材 使用望遠鏡:HST (Habble Space Telescope: ハッブル宇宙望遠鏡) 使用カメラ:NICMOS (Near Infrared Camera and Multi-Object Spectrometer: (HubbleSite より) (HST外観) 近赤外カメラおよび多天体分光器) ・今回の観測では、カメラのピントをずらすことで系統誤差の 平滑化、および検出素子への負担の減少を図っている。 7 スペクトル分析手順 NICMOSによる、第一食前後のスペクトル分光観測 ・惑星大気透過スペクトルを含む主星のスペクトルを、18の 波長チャンネルについて抽出 HST衛星軌道5周回にわたってデータを蓄積 ・うち、姿勢制御による摂動が見られた最初の一周をのぞく 4周回分を、観測値として使用 正確な惑星大気透過スペクトルを得るため観測値を 各種計算で補正 理論モデルと観測結果の比較 8 補正モデリング 系統誤差補正モデリング フラックスを、複数のパラメータによってモデル化し、 これを食の前後で比較して係数を決定する。 系統誤差のうち、時間依存なものは上記の係数を 与えることで打ち消すことができ、残った波長依存な ものは全チャンネルで平均化し、減算する。 周縁減光等補正モデリング 周縁減光、恒星面上の黒点、そして食の組み合わせに よる波長毎の減光変化をシミュレートし、観測結果に最も 近い光度曲線から補正値を算出する。 9 惑星スペクトルモデル 惑星スペクトルモデル(Tinetti et al. 2007)を利用。 ・圧力-温度プロファイルとしては、昼夜境界の値 (Burrows et al. 2006)を設定。 ・各種吸収係数は各所から引用。 水、メタン、一酸化炭素、アンモニアの混合比を複数 試した。 10 観測結果 上図縦軸:光度変化 下図縦軸:残差 横軸:改ユリウス暦(分) 青:H帯(1.6-1.8μm) 赤:K帯(2.0-2.4μm) 系統誤差のみ補正済み 赤はオフセット済み 2007年5月25日観測 (Swain et al. 2008 より) (各波長帯における光度変化) 第一食はHSTの2周回目で起きている。 食に伴う光度減少は明らかだが、加えて食の間にも周縁減光による 光度変化が見られる。 11 観測結果とモデルの比較 水色:水のみの理論モデル 橙色:水+メタンの理論モデル 黒三角:観測値 (観測とモデルの比較) (Swain et al. 2008 より) 1.5及び1.9μm ・水の特徴 1.7及び2.2μm ・メタンの特徴 さらに少量のアンモニア あるいは一酸化炭素を加えると、一致が改善 12 考察(論文より抜粋) 水蒸気及びメタンの存在はほぼ疑いない。 ・従来の理論モデルでは、ホットジュピターの日面で大量に作ら れる一酸化炭素が、最も豊富な炭素系分子だと考えられてきた。 しかし今回の観測は、それが誤りである可能性を示唆している。 → メタンの観測が、未知の大気構造や光化学反応を知る鍵と なるかもしれない。 大気中の霞による影響は小さい。 ・今回の観測からは、他の観測から示唆された霞の存在が、 赤外域に与える影響は小さいと思われる結果が得られた。 今後の研究課題 ・高温におけるエネルギー遷移の不確定さのため、メタンの量の推定は難しい。 ・メタンの吸収帯は一酸化炭素の特徴を一部隠蔽している可能性がある。 ・主星からの光による光分解などが大気成分比に与える影響を考慮しなければならない。 13 今後の目標 系外惑星探査は、「発見する」段階から「分析する」段階に入って いる。 今回の論文では、すでに系外惑星の分析は進んではいるもの の、まだ吸収係数の値に改善の余地があること等を学んだ。 汎用的に使用できる惑星大気放射スペクトルモデルの構築は、 今後の探査・分析を進める上で極めて有用である。 モデル構築のためには、スペクトル分析手法の理解に加え、循 環を含む大気構造や、惑星表面における光化学反応に関する 知識等も必要となるだろう。 卒論では、まず現在使われているモデルを理解することを目標 とする。 14 参考文献 Swain, M. R., Vasisht, G. & Tinetti, G. The presence of methane in the atmosphere of an extrasolar planet. Nature 452, doi:10.1038/nature06823 (2008) Grillmair, C. J., et al. Strong water absorption in the dayside emission spectrum of the planet HD189733b. Nature 456, doi:10.1038/nature07574 (2008) Tinetti, G., et al. Infrared transmission spectra for extrasolar giant planets. The Astrophysical Journal 654, L99–L102, (2007) Brown, T. M. Transmission spectra as diagnostics of extrasolar giant planet atmosperes. The Astrophysical Journal 553, 1006-1026, (2001) The Extrasolar Planets Encyclopaedia http://exoplanet.eu/ International Astronomical Union http://www.iau.org/ HubbleSite http://hubblesite.org/ European Space Agency http://www.esa.int/ 15
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