経済発展を支える制度とは何か わが国援助政策への含意 東京大学 公共政策 2005年4月18日 財務省国際局参事官 石井菜穂子 持続的成長軌道への決定要因 • 世界が直面する圧倒的な貧困格差とその 拡大 – サブサハラ・アフリカとアジアの成長パフォー マンス – 南アジアと東アジアの成長パフォーマンス • 持続的成長軌道に乗れる国とそうでない 国を分けたものは何か これまでの分析枠組み • 新古典派成長論 – Solow-Swanモデル:条件付収斂 – 内生的成長論 – 成長モデルが機能する制度・政策枠組みを前提 • 制度論の枠組みからみた経済発展 – 取引コスト(North)-制度を作る便益>費用 – 市場メカニズムを機能させる非市場の制度(Rodrik) • 私的所有権、市場規制、マクロ経済安定、社会保障 • 対立を管理する制度 – 比較制度分析 • 戦略的補完性、制度的補完性、経路依存性 • 制度の移植効果 長期経済成長の決定要因 • 長期経済成長の決定要因に関する実証研究 – Barro and Sala-i-Martin (1995):初期の所得水準、学校教育の修 学年数、平均余命、教育に対する政府支出、政府消費、外国為替に 関するブラック・マーケット・プレミアム、政治的不安定性、交易条 件。 – Radelet, Sachs and Lee (1997):初期の所得水準と教育水準、自然 資源の賦存と地理的要因(市場への距離、気候)、政策変数(対外 開放度、マクロ安定性、政府制度の質)、人口動学要因(労働力比 率)。 – Easterly and Levine (1997):初等教育水準、金融部門発展度、財政 赤字、外国為替に関するブラック・マーケット・プレミアム、一人当たり 電話回線。 – Burnside and Dollar (1997):制度の質(私的所有権と官僚制度)、財 政赤字、インフレーション、対外開放度、政治的安定性(民族対立と 暗殺)。 新たな分析枠組みの必要性 地理的要因 地政学的要因 成長メカニズムを 機能させる制度 インフラ形成 人的資本育成 技術革新 社会的結合力 ガバナンス 私的所有権 持続的経済成長 持続的成長の鍵となる制度の特定 • 産業革命の勃興と伝播-現代経済成長の過程 – イギリス(18世紀後半) • 一連の技術革新の導入(農業・輸送・エネルギー) • 宗教改革→知的探究心、労働倫理 – ヨーロッパへの伝播(西から東へ、北から南へ) • 産業化に向けての政策(例:長期資金金融制度) • 学校制度(知識と技術修得) • 広域市場創設(運輸インフラと関税撤廃) – 北米VS中南米、日本VS中国 • 土地所有と社会構造 • 経済発展戦略 • 知的探求心 成長メカニズムを機能させる環境条件として の制度--制度の「ミニマム・セット」(1) • 技術革新力ー先端技術の開発に限らず発 展段階に適した技術の吸収・応用の支援 – 知的探求の土壌、知的所有権の保護、研究 開発・産学協力、工業技術院、輸入技術のス ピルオーバー • 人的資本育成の制度ー国の発展段階に 見合った知識・技術の修得のための制度 成長メカニズムを機能させる環境条件として の制度--制度の「ミニマム・セット」(2) • 経済インフラ構築ー政策努力による国際 市場アクセス・取引コストの緩和 – 物的インフラ建設 – 政策的な広域市場の創設 • 私的所有権の保護ー契約執行の担保と投 資活動による成果の保証 – 経済活動(特に契約)の履行のコスト低減 – 市場取引規制、係争解決メカニズム – 法制度移植の困難 成長メカニズムを機能させる環境条件として の制度--制度の「ミニマム・セット」(3) • 社会的結合力ー主体性をもって経済活動 に参加できる国民のシェア – Social capital:社会構成員の間の信認、対立 管理制度、職業間の流動性、社会分裂(民 族・宗教・言語)、社会安定性 • ガバナンスー指導者のリーダーシップ、一 貫した発展戦略、効率的に機能する政府 計測結果ー所得水準 計測結果ー長期成長率 (表2)長期成長率と制度 Source SS Model Residual 0.012547042 0.003974957 7 0.001792435 54 0.000073610 Total 0.016522 61 0.000270852 growth Coef. Std. Err. t innovat infra human property social govern gdp65 _cons 0.0042748 0.0061011 0.0131600 -0.0044377 0.0026934 0.0071657 -0.0264470 0.2328662 0.0020523 0.0016803 0.0024133 0.0032386 0.0034059 0.0037494 0.0022582 0.0179753 2.08 3.63 5.45 -1.37 0.79 1.91 -11.71 12.95 df MS Number of obs F( 7, 54) Prob > F R-squared Adj R-squared Root MSE P>t 0.042 0.001 0.000 0.176 0.433 0.061 0.000 0.000 [95% Conf. 0.0001602 0.0027322 0.0083215 -0.0109308 -0.0041350 -0.0003514 -0.0309744 0.1968278 62 24.35 0 0.7594 0.7282 0.00858 Interval] 0.0083894 0.0094699 0.0179984 0.0020554 0.0095218 0.0146828 -0.0219196 0.2689045 制度のミニマム・セットの六角形 • 持続的成長軌道に乗るためのボトルネック となる制度はどれか。 – 限定された資源(資金的・人的・政治的)を優 先配分すべき制度はどれか – 六角形の丸さ→成長の隘路? – 六角形の大きさ→定常状態のステップアップ – 制度間の相関、制度と所得の内生関係 制度の六角形(1) ベトナム と マレーシア ベトナム ガバナンス マレーシア 私的所有権 1.5 私的所有権 1.5 1.0 1.0 0.5 0.5 0.0 物的インフラ ガバナンス 0.0 -0.5 -0.5 -1.0 -1.0 -1.5 ベトナム -1.5 社会的結合力 人的資本 技術革新力 社会的結合力 物的インフラ 人的資本 技術革新力 制度の六角形(2) アルゼンチン と メキシコ メキシコ アルゼンチン ガバナンス 私的所有権 1.5 私的所有権 1.5 1.0 1.0 0.5 0.5 0.0 ガバナンス 物的インフラ 0.0 -0.5 -0.5 -1.0 -1.0 -1.5 -1.5 アルゼンチン 社会的結合力 人的資本 社会的結合力 技術革新力 物的インフラ 人的資本 技術革新力 援助の有効性に関する実証分析 • 援助と成長の間には、相関は認められず – Riddell (1987):1950年代後半~1980年代半ばに行 われた20の計量分析のサーベイ-inconclusive – Mosley (1987) :統計的に意味のある相関見られず • Harrod=Domar modelの限界 – Easterly (1997), The Ghost of Financing Gap: 援助→ 投資、投資→成長のリンクが機能せず – Riddell (1987):援助→投資 – Pritchett (2000), Easterly and Rebelo (1993):投資→成 長 – Dollar and Easterly (1999):援助→成長 The Gap between Harrod-Domar and Reality in Zambia 20500 Income if Aid for Investment for Growth Model had held 18500 16500 12500 10500 8500 6500 4500 Zambian per capita income 2500 1993 1989 1985 1981 1977 1973 1969 1965 500 1961 1985 Dollars 14500 制度政策環境と援助の有効性 • 制度政策環境が良好であれば、援助は効果を発 揮する – マクロ・レベル • 世界銀行(1998)「Assessing Aid」:援助→成長 • Burnside and Dollar (1998):援助→乳幼児死亡率 • Dollar and Easterly (1999):援助→民間投資 – ミクロ・レベル • 個別プロジェクト評価とマクロ・パフォーマンスの乖離はどこ から生じるのか→個別プロジェクトを取り巻く制度政策環境 援助と資金フロー • 援助が途上国の資金フローに占める割合 – – – – 援助 650億ドル 送金 1000億ドル FDI 1500億ドル(但し上位10国が7割) 貿易障壁のマイナス効果 3500億ドル? • 援助が成長・貧困削減に有効であるため には、制度政策環境の改善を通じたス ケーリング・アップを図る必要 援助に制度政策環境の良し悪しと改善 努力を反映させる試みー世銀の場合 • CPIA(country policy and institutional assessment) • PBA(performance-based allocation) – CPIA + ポートフォリオ・スコア + ガバナンス要因 • Weak performersをどうするか • ガバナンス要因の利かせ方 • 債務持続可能性分析 – CPIAによって融資可能額を判断 • 政策対話と政策誘導型融資 – PRSP(貧困削減戦略文書)とPRSC(貧困削減支援融 資) – 援助チームの現地化とMDG(ミレニアム・ディベロプメン ト・ゴール)の現地化 CPIA:20項目 A経済運営 ①インフレとマクロインバランスの管理 ②財政政策 ③公的債務管理 ④開発計画の管理と持続可能性 B構造調整政策 ⑤貿易政策と外国為替制度 ⑥金融の安定性 ⑦銀行部門の厚み、効率性および資金供給力 ⑧民間企業のための環境整備 ⑨労働・生産市場 ⑩環境面での持続可能性を支える政策と制度 C社会的公平性に関する政策 ⑪ジェンダー ⑫公的資源利用の公平性 ⑬人的資源の育成 ⑭社会保障と労働 ⑮貧困削減動向および政策インパクトに関するモニタリング・分析 D公的部門の管理と制度 ⑯所有権及び「法の支配」に基づくガバナンス ⑰予算・財務管理の質 ⑱歳入確保の効率性 ⑲公務員制度の質 ⑳公的部門における透明性・説明責任・汚職 わが国の援助政策への含意 • 制度政策環境の改善をいかに誘導するか – 「顔の見える援助」から「声の聞こえる援助」へ – 政策対話の強化 • 相手国政府との対話、現地の知識の活用 – 国別フォーカスの強化 • 少数精鋭の国別援助計画 • PRSPへの積極関与と援助プログラムのアラインメント – ODA現地タスクフォースの強化 • 現地援助コミュニティとの協働の強化 – 国内の知的インフラの整備 最近のトピックス • MDG(ミレニアム開発目標)への対応 – 資金かキャパシティか – 重債務国への対応 • 債務全額放棄か債務維持可能性の確保か • ローンかグラントか • 制度政策環境による区別 • アフリカ支援提案 – 民間セクター支援、投資環境整備 – クレジット・カルチャー育成 参考文献 • World Bank (1998) Assessing Aid: Oxford University – 翻訳は、「有効な援助―ファンジビリティと援助政策」として東洋経 済新報社より2000年に出版、小浜裕久他訳 • Burnside, Craig and David Dollar (1997) “Aid, Policies, and Growth,” Policy Research Working Paper # 1777, World Bank; http://wwwwds.worldbank.org/servlet/WDS_IBank_Servlet?pcont=details&eid=000 009265_3971023104021 • Rodrik, Dani (2000) “Institutions for High Quality Growth: What They Are and How to Acquire Them,” NBER Working Paper W7540; http://papers.nber.org/papers/w7540 • 石井菜穂子(2003) 「長期経済発展の実証分析」日本経済新聞社
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