スピントロニクスセミナー 2002.12.09 磁性入門 農工大工 佐藤勝昭 (応用物理学会スピンエレクトロニクス 研究会代表幹事) はじめに • このセミナーを開催した趣旨 • このセミナーで学ぶこと • 「磁性入門」の趣旨 – 磁性の業界用語になれてもらう – 半導体との比較で磁性の本質を知ってもらう 半導体と磁性体の対比 • 半導体 – 電子物性パラメータは基本的 にバンド構造で決まる.キャリ ア密度は人為的に制御され る – 量子構造を考えない限り電子 を古典粒子として有効質量近 似で扱える – 応用されるのは電子構造で 決まる移動度などのミクロな 電子物性である – 電子物性が寸法、方位、形状 にほとんど依存しない – 単位系は、CGSをもとにした 実用単位系が使われる。 • 磁性体 – 金属磁性体の磁性はスピン 偏極バンド構造で決まるが、 非金属磁性体の磁性は局在 多電子系のフント則で決まる – 交換相互作用、スピン軌道相 互作用など量子力学が基本 – 応用されるのは磁区により生 じるヒステリシスに関連したマ クロ磁気物性である – 磁性は磁気異方性の影響を 受け、寸法、方位、形状によ り大幅に変化する。 – 単位系が複雑で、CGSとSI が混在して使われている バンド構造で決まる半導体物性 • バンドギャップ • 有効質量m* E m* 2 k 2 2 移動度 q m* 1 磁性体のスピン偏極バンド構造 ↑スピンバンド ↓スピンバンド ↑スピンバンドと↓ スピンバンドの 占有状態密度の 差によって 磁気モーメント が決まる Callaway, Wang, Phys. Rev. B16(‘97)2095 磁性体と誘電体の対比 • 磁性体 – 磁気モーメント μ(軸性ベクトル) – 磁化M – 自発磁化Ms – 反磁界 – 磁気ヒステリシス • 飽和磁化、残留磁化、保磁力 – 磁区(ドメイン) – キュリー温度 • 誘電体 – 電気双極子 qr(極性ベクトル) – 電気分極P – 自発分極Ps – 反電界 – 誘電ヒステリシス • 飽和分極、残留分極、抗電界 – 分域(ドメイン) – キュリー温度 磁化とは? • 物質に磁界を加えた とき、物質の表面に 磁極が生じ、一時的 に磁石のようになる が、そのとき物質が 磁化されたという。 (a) (b) (高梨:初等磁気工学講座)より 磁化の定義 • K番目の原子の1原子あ たりの磁気モーメントをk とするとき、その単位体積 についての総和kを磁 化Mと定義する。 M= k • 磁気モーメントの単位は Wbmであるから磁化の 単位はWb/m2となる。 常磁性 (高梨:初等磁気工学講座)より 磁気モーメント +q [Wb] r 磁気モーメント m=qr [Wbm] rsin 磁気モーメントの 量子的起源 軌道角運動量 スピン角運動量 -q [Wb] • 一様な磁界B中の磁気モーメントに働くトルクTは T=qB r sin=mB sin • 磁気モーメントのもつポテンシャルEは E=Td= mB sin d=1-mBcos E=-mB 単位:E[J]=-m[Wbm] B[Wb/m2]; [J]=[Wb2/m] (高梨:初等磁気工学講座)より 戻る 磁気モーメントの量子的起源 • 電子の周回運動 -e[C]の電荷が半径a[m]の円周上を線速度v[m/s]で周回→ 1周の時間は2a/v[s] →電流は-ev/2πa[A]。 • これに円の面積 a2をかけて、磁気モーメントは=-eav/2とな る。これを角運動量=mav を使って表すと、=-(e/2m) とな -e る。 • 量子力学における角運動量の記述 ボーア磁子 軌道角運動量l=L 軌道磁気モーメントl=-(e/2m)L=- BL • スピン角運動量s=S • スピン磁気モーメントはs=-(e/m)sと表される。 • 従って、s=-(e/m)S=- 2BS スピン磁気モーメントs=- gBS B=e/2m =9.2710-24[J/T] 単位: [J/T]=[Wb2/m]/[Wb/m2] =[Wbm] 前に 常磁性の説明 • 常磁性というのは英語のparamagnetismの和訳*である。 • ランジェバンの常磁性 磁界を加えないと、原子磁気モーメントはバラバラな向き を向いているが、磁界を加えると、Fig.3(b)のように磁気 モーメントの向きが磁界に平行(parallel)になろうとして 回転し、全体として正味の磁化を生じる現象である。 • パウリの常磁性 スピン常磁性は、非磁性金属において↑スピンのバンドと ↓スピンバンドが分裂することによって生じる磁性で、フェ ルミ縮退のある系では磁化率の温度変化がほとんどな いような常磁性を示す。 *磁界を加えて初めて磁化が生じるので、この和訳はmisleading Q&A 超常磁性 ランジェバンの常磁性 (佐藤・越田:応用電子物性工学) M ( y ) NJg B B J y y Jg B 0 H / kT Brillouin関数: BJ ( y ) 2J 1 2J 1 1 y coth y coth 2J 2 J 2 J 2 J 常磁性塩の磁気モーメント のH/T依存性 (Henry:PR 88 (’52) 559) 強磁界、低温では常磁性 磁化は飽和する キュリーの法則=C/Tの例 CuSO4K2SO46H2O (中村伝:磁性より) 戻る パウリのスピン常磁性の説明図 山田、佐藤、伊藤、佐宗、沢田著 機能材料のための量子工学 縮退系 非縮退系:Curie law 戻る (永宮・久保「固体物理学」より) 弱磁性 Q1:超常磁性は常磁性とどう違うのですか • A: 常磁性:相互作用のない原子磁石の示す弱い磁性 強磁界または極低温でないと磁気飽和しない 飽和磁気モーメントの値は小さい 超常磁性:強磁性体微粒子が示す強い磁性 低い磁界で飽和 常磁性体の100-100000倍の大きな磁気モーメント 磁気ヒステリシスを示さない 残留磁化がない 強磁性 強磁性(Ferromagnetism) • Ferroというのは「鉄の」という意味で鉄に代表されるよう な磁気的性質という意味である。 • 鉄に代表される性質とは、外部磁界を加えなくても磁化 Q&A をもつ、即ち、自発磁化をもつことである。 自発磁化 • 強磁性体の例: 遷移金属 Fe, Co, Ni, 遷移金属合金:Fe1-xNix, Fe1-xCox, Co1-xCrx, Co1-xPtx, Sm1-xCox 金属間化合物:PtMnSb, MnBi, NdFe2B14 酸化物・カルコゲナイド・ニクタイド、ハライド: La1-xSrxMnO3, CrO2, CdCr2S4, Cr3Te4, MnP, CrBr3 Q&A 弱磁性 Q2:強磁性があるなら弱磁性もあるか • 強磁性は必ずしも「強い」磁性を示すとは限らない – ZrZn2(Tc=27K)の飽和磁気モーメントは鉄の1/7 (weak itinerant ferromagnetism弱い遍歴強磁性) • 弱磁性という言葉はほとんど使われないが、通常 金属の示す弱い磁性のことを指す(永宮:固体物理学) – パウリのスピン常磁性(Pauli’s spin paramagnetism) 自由電子のバンドが↑スピンと↓スピンに分裂 – 反磁性(diamagnetism) 磁界中の電子の螺旋運動によるLenzの法則に起因 Landau準位に量子化されることが必要 戻る Q3:なぜ強磁性体で自発磁化が生じるか Heff Heff=H+AM A=2zJex/N(gB)2 M=M0BJ(gBHeffJ/kT) Heff • 1つの磁気モーメントを取り出し、その周 りにあるすべての磁気モーメントから生 じた有効磁界によって、考えている磁気 モーメントが常磁性的に分極するならば 自己完結的に強磁性が説明できる • これを分子場理論、有効磁界を分子磁 界または分子場(molecular field)と呼ぶ。 • 磁化Mをもつ磁性体に外部磁界Hが加 わったときの有効磁界はHeff=H+AMと 表される。Aを分子場係数と呼ぶ。 • AはJexを交換相互作用係数として A=2zJex/N(gB)2で与えられる。 • この磁界によって生じる常磁性磁化Mは、 M=M0BJ(gBHeffJ/kT)という式で表される。 – M0=NgBJはすべての磁気モーメン トが整列したときに期待される磁化。 分子場近似による自発磁化の求め方。 y=M/M0 y= BJ(x) y= (kT /2zJexJ2) x 横軸はkTで規格化した磁化。 曲線はブリルアン関数 y x=(2zJexJ2/kT)(M/M0) • H=0のときHeff=AMなので自発磁化が生じるには、 M/M0=BJ(gBAMJ/kT)= BJ(2zJexgBMJ/ N(gB)2kT)= BJ(2zJexMJ2/NgBJkT)= BJ((2zJexJ2/kT) M/M0) が成立しなければならない。 x 自発磁化の温度変化 ×は鉄、●はニッケル、○はコバルトの実測値、 実線はJとしてスピンS=1/2,1,∞をとったときの計算値 強磁性体の磁化曲線(ヒステリシス) • • • • O→B→C:初磁化曲線 C→D: 残留磁化 D→E: 保磁力 C→D→E→F→G→C: ヒステリシスループ 残留磁化 飽和磁化 保磁力 初磁化曲線 初磁化状態 Hcによる磁性体の分類 Hc小:軟質磁性体 Hc中:半硬質磁性体 Hc大:硬質磁性体 マイナーループ (高梨:初等磁気工学講座テキスト) Hcによる磁性体の分類 • Hc小:軟質磁性体 – 磁気ヘッド、変圧器鉄 心、磁気シールド • Hc中:半硬質磁性体 – 磁気記録媒体 • Hc大:硬質磁性体 – 永久磁石 1Oe=80A/m 1T=8x105A/m →105A/m=1.3kG 佐藤編著:応用物性(オーム社)より 磁化と磁極 • 磁性体表面の法線方向の磁化成分を Mn とすると、表面には単位面積あたり = Mnという大きさの磁極(Wb/m2)が 生じる。 • 磁極からはガウスの定理によってトータ ルで /μ0の磁力線がわき出す。このう ち /2μ0の磁力線は外へ向かっており、 のこりの /2μ0は内側に向かっている。 すなわち棒磁石の内部では、Mの向き と逆むきの反磁界が存在する。 • 反磁界の大きさHdは磁化Mに比例する が、比例係数を反磁界係数と呼びNで 表す。Nは磁性体の形状のみによる無 次元量で方位によって異なる。 - M + (a)磁化と磁極 反磁界 S N (b) 棒磁石からの磁力線 反磁界補正 • Nのx, y, z成分をNx, Ny, Nzとする と、Hdi=-NiMi/0 (i=x,y,z)と表さ れ、Nx, Ny, Nzの間には、Nx+ Ny+ Nz=1が成立する。 • 球形:Nx= Ny= Nz=1/3 • z方向に無限に長い円柱:Nx= Ny= 1/2、Nz=0 • 無限に広い薄膜の場合:Nx= Ny= 0、Nz=1となる。 • 実効磁界Heff=Hex-NM/0 : (近角強磁性体の物理より) Q4.強磁性体の初磁化状態の磁化は なぜゼロなのですか • 磁化が特定の方向を向くとすると、N極からS極に向かっ て磁力線が生じます。この磁力線は考えている試料の 外を通っているだけでなく、磁性体の内部も貫いていま す。この磁力線を反磁界といいます。反磁界の向きは、 磁化の向きとは反対向きなので、磁化は回転する静磁 力を受けて不安定となります。 • 磁化の方向が逆方向の縞状の磁区と呼ばれる領域に分 かれるならば、反磁界がうち消し合って静磁エネルギー が低下して安定するのです 円板磁性体の磁区構造 • 全体が磁区に分かれることにより、 全体の磁化がなくなっている。これ が初磁化状態である。 • 磁区の内部では磁化は任意の方向 をランダムに向いている訳ではない。 • 磁化は、結晶の方位と無関係な方 向を向くことはできない。磁性体に は磁気異方性という性質があり、磁 化が特定の結晶軸方位(たとえばFe では[001]方向および等価な方向)を 向く性質がある。このため、図のよう に[100][010][-100][0-10]の4つの方 向を向く。 (a) (b) (近角:強磁性体の物理) Q5.磁区は見えるか 珪素鋼(4%SiFe)の磁区像の ビッターパターン 近角:強磁性体の物理 MFMで見たパーマロイ蒸着膜 のメーズ磁区パターン Q6.ヒステリシスは磁区によって どのように説明できますか 残留磁化状態 逆磁区の発生と成長 Q7:磁性体は半導体と違って形状・寸法・結晶方位 とか磁化の方位などによって物性が大きく変化する のはなぜですか。 • 1つの原因は上に述べた反磁界係数で、形状磁気異方性と呼ば れます。反磁界によるエネルギーの損を最小化することが原因で す。 • このほかの原因として重要なのが結晶磁気異方性です。結晶磁 気異方性というのは、磁界を結晶のどの方位に加えるかで磁化曲 線が変化する性質です。 • 電子軌道は結晶軸に結びついているので、磁気的性質と電子軌 道との結びつき(スピン軌道相互作用)を通じて、磁性が結晶軸と 結びつくのです。半導体にも、詳しい測定をすると異方性を見るこ とができますが、一般に半導体の電子軌道は結晶全体に広がっ ているので、平均化されて結晶軸に依存する物性が見えにくいの です。 磁化率 • 外から加えた磁界Hに対して物質に磁化Mが誘起される としよう。Mは、Hの小さい間はMはHに比例するので、そ の比率をとってM/Hを磁化率または帯磁率と呼び、(カ イ)というギリシャ文字で表す。=M/Hである。 • 強磁性体では、MとHは単純な比例関係にはない。 • 初磁化曲線においてH=0付近での微分磁化率 i=(dM/dHt)H0を初磁化率という。また、ヒステリシス曲 線の変曲点付近のM/Hが最大になるところでのm=M/H を最大磁化率という。 キュリーの法則と キュリーワイスの法則 • 常磁性体の磁化率の温度変 化はキュリーの法則に従い、 =C/Tで与えられる。Fig. 14 に示すように1/をTに対して プロットして原点を通れば常 磁性である。Cはキュリー定数 と呼ばれる。 • 強磁性体のキュリー温度以上 では、磁気モーメントがランダ ムになり常磁性になる。このと きの磁化率は、キュリーワイ スの法則=C/(T-p)で与えら れる。 磁 化 率 の 逆 数 1/ Curie law Curie Weiss law p 温度T (K) 磁束密度 • 磁束密度Bが外部から加えた磁界H に比例するとき、その比例係数を透 磁率で表す。 • 真空中では磁束密度Bは外部磁界 Hに比例しB=μ0H (μ0は真空の透磁 率)という関係が成り立つ • 磁化した物質があるときの磁束密度 はμ0Hに物質の持つ磁化Mがもたら す磁束密度が加わるので B=μ0H+M(SI単位系、EH対応)と書 き表される • EB対応単位系ではB=0H+0Mと表 される。CGSガウス系では B=H+4Mとなる。 M-HループとB-Hループ (初等磁気工学講座より) 反強磁性における磁気モーメントの様子 • 隣り合う原子の磁気モーメントが互いに逆方向にそろえあって打 ち消していて全体としては自発磁化を生じないような磁性を反強 磁性という。 • 1つの方向の磁気モーメントだけを取り出すと強磁性のようにそ ろっている。これを副格子(sublattice)と呼ぶ。副格子の自発磁気 モーメントは、強磁性体の自発磁化と同様の温度変化をする。 Q8.反強磁性と反磁性とは、どう違うの ですか。 • • 日本語では紛らわしいのですが英語では反磁 性はdiamagnetism、反強磁性は antiferromagnetismでまったく違った現象です。 反磁性は、まえにも述べたように非磁性物質に おいて、磁界によって電子軌道の螺旋運動が生 じて、量子化されることによって磁界と逆向きの 磁化が生じる効果です。 Q9: スピンバルブでの反強磁性の役割 は何ですか。 • スピンバルブでは、電気抵抗が2つの磁性層の磁化の 向きのなす角AにR = R0 + R+ * (1 - cos(A)) / 2のように 依存します。従って、一方の磁性層(フリー層)の磁化は 外部磁界に追従して容易に回転するようにし、もう一方 の層(ピン層)の磁化は外部磁界に対して動かないように する必要があります。この方法としてピン層の裏に反強 磁性層を置く方法があります。反強磁性の副格子磁化 の向きは外部磁界によって容易に回転しないので、強磁 性体と交換結合させれば、磁気モーメントの回転をピン 止めできます。これによりヒステリシスループを左右にシ フトすることができます。 フェリ磁性とフェライトの副格子磁化 交換相互作用: • ハイゼンベルグ模型 Hex =-2J12S1S2 • Jが正であれば相互作用は強磁性的、負であれば反強 磁性的 • 交換積分の起源 – 隣接原子のスピン間の直接交換(direct exchange) – 酸素などのアニオンのp電子軌道との混成を通してスピン同士 がそろえあう超交換(superexchange) – 伝導電子との相互作用を通じてそろえあう間接交換(indirect exchange) – 電子の移動と磁性とが強く結びついている二重交換相互作用 (double exchange) 強磁性金属のバンド磁性 • 多数(↑)スピンのバンドと少数 (↓)スピンのバンドが電子間の 直接交換相互作用のために 分裂し、熱平衡においては フェルミエネルギーをそろえる ため↓スピンバンドから↑スピン バンドへと電子が移動し、両 スピンバンドの占有数に差が 生じて強磁性が生じる。 • 磁気モーメントMは、M=( n↑n↓)Bで表される。このため原 子あたりの磁気モーメントは 非整数となる。 非磁性半導体との 比較 超交換相互作用 • 酸化物磁性体では、局在電子系の磁気モーメン トの間に働く相互作用は、遷移金属の3d電子どう しの重なりで生じるのではなく、配位子のp電子が 遷移金属イオンの3d軌道に仮想的に遷移した中 間状態を介して相互作用する。これを、超交換相 互作用と称する。主として反強磁性的に働く。 酸素イオン 遷移金属イオン 間接交換(RKKY)相互作用 • 希土類金属の磁性は4f電子が担うが、伝導電子である5d 電子が4f電子と原子内交換相互作用することによってス ピン偏極を受け、これが隣接の希土類原子のf電子と相互 作用するという形の間接的な交換相互作用を行っている と考えられている。 • これをRKKY (Rudermann, Kittel, Kasuya, Yoshida)相 互作用という。 • 伝導電子を介した局在スピン間の磁気的相互作用は、距 離に対して余弦関数的に振動し、その周期は伝導電子の フェルミ波数で決められる。 二重交換相互作用 • LaMnO3では、すべてのMn原子は3価なので egバンドに は1個の電子が存在し、この電子が隣接Mn原子のeg軌 道に移動しようとすると電子相関エネルギーUだけのエネ ルギーが必要であるため電子移動は起きずモット絶縁体 となっている。 • LaをSrで置き換え4価のMnが生じると、Mn4+のeg軌道は 空であるから、他のMn3+から電子が移ることができ金属 的な導電性を生じる。 • このとき隣接するMn原子の磁気モーメントのなす角とす ると、eg電子の飛び移りの確率はcos( /2)に比例する。 =0(スピンが平行)のとき飛び移りが最も起きやすく、運 動エネルギーの分だけエネルギーが下がるので強磁性と なる。 Q10: 原子磁気モーメントとバンドモデル の関係がよくわからないのですが。 • 遍歴電子といっても平面波で表されるような一様なもの ではなく、原子核付近では電子密度が高く、原子間では 電子密度が低い状態で表されるので、実際には、スピン 密度も原子付近で大きくなっていると考えられます。 • 3d電子のなかでも比較的原子付近にいる電子dlと、動き 回っている電子diに分け、diがdlの磁気モーメントをそろ えて回っているというRKKY交換相互作用で解釈する考 えもあります。 • バンド計算では、いろいろな相互作用がひとりでにとりこ まれているので、特定の相互作用に切り分けて説明する のは容易ではないのです。 Q11: 第1原理のバンド計算でどんな磁 性体の磁性も説明できるのですか。 • 遍歴磁性モデルが適用できるのは、金属磁性体に限られ ます。 • 絶縁性の磁性体を単純にバンド計算すると金属になってし まいます。絶縁体になるのは、電子相関が働くからです。 • 電子相関とは、フントの規則のように電子同士のクーロン 相互作用がスピンに依存することから生じます。つまり、逆 向きスピンの2つの電子は同じ軌道を運動できるのでクー ロン相互作用が強くなって、エネルギー的に不安定になる ため、電子の移動を妨げる効果です。 • このエネルギーはUと表され、数eVのオーダーです。最近 では、このUをパラメータとして取り込むことによって絶縁性 の局在電子系磁性体の磁性を計算する試みが行われて います。 Q12: 最近ハーフメタルという言葉を耳にしま す。半金属とは違うのですか。 • 半金属はsemimetal。伝導帯と価電子帯がエネルギー的に重なってい るがk空間では離れている場合をいいます。 • 一方、ハーフメタルは英語でhalf metalでスピン的に半分金属であること を表しています。バンド計算の結果、上向きスピンは金属であってフェル ミ面があるが、下向きスピンは半導体のようにバンドギャップがあり、フェ ルミ準位がギャップ中にあるような物質をそう呼んでいます。そう、金属 と半導体が半々なのです。 • ハーフメタルでは、フェルミ準位付近に重なりがないので、伝導に与る電 子は100%スピン偏極しています。 Half metalの典型例とされるPtMnSbのバンド構造 おわりに • 磁性特有のテクニカルタームがあるが、慣れれば それほど難しいものではない。 • 大部分の話は、量子力学なしでも理解できる。電 磁気学の知識があればよい。 • 応用につながるのは、磁区、磁壁の物理である。 • メゾスコピック系では、量子的な現象が現れる。こ れが、得意なスピン依存伝導現象をもたらす。こ れについては、高梨先生の講演に譲りたい。 参考書 • • • • • • • • • • 中村 伝:「磁性」、槙書店(1965) 金森順次郎:「新物理学シリーズ 磁性」、培風館(1969) 芳田 奎:「物性物理学シリーズ 磁性I, II」、朝倉書店(1972) 太田恵造:「磁気工学の基礎I, II」、共立全書(1973) 近角聡信編:「磁性体ハンドブック」、朝倉書店(1975) 近角聡信:「強磁性体の物理(上・下)」、裳華房(1977, 1984) 芳田 奎:「磁性」、岩波書店(1991) 高梨弘毅:「初等磁気工学講座」、日本応用磁気学会(1996) 川西健次郎編:「磁気工学ハンドブック」、朝倉書店(1999) 近桂一郎、安岡弘志編:「実験物理学講座6 磁気測定I」、丸善(2000)
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