大学院物理システム工学専攻2004年度 固体材料物性第3回 佐藤勝昭 ナノ未来科学研究拠点 フントの規則 原子が基底状態にあるときのL, Sを決める規則 1. 原子内の同一の状態(n, l, ml, msで指定される状態) には1個の電子しか占有できない。(Pauli排他律) 2. 基底状態では、可能な限り大きなSと、可能な限り大 きなLを作るように、sとlを配置する。(Hundの規則1) 3. 上の条件が満たされないときは、Sの値を大きくする ことを優先する。(Hundの規則2) 4. 基底状態の全角運動量Jは、less than halfでは J=|L-S| 、more than halfではJ=L+Sをとる。 多重項の表現 左肩の数字 2S+1 (スピン多重度) S=0, 1/2, 1, 3/2, 2, 5/2に対応して、1, 2, 3, 4, 5, 6 読み方singlet, doublet, triplet, quartet, quintet, sextet 中心の文字 Lに相当する記号 L=0, 1, 2, 3, 4, 5, 6に対応してS, P, D, F, G, H, I・・・ 右下の数字 Jz 例:Mn2+(3d5) S=5/2 (2S+1=6), L=0 (→記号:S) 6S 5/2 遷移金属イオンの電子配置 -2 -1 0 1 2 3d1 3d2 3d6 3d7 3d3 3d4 3d5 3d9 3d10 -2 -1 0 1 2 3d8 演習コーナー 3価遷移金属イオンのL,S,Jを求め多重項の 表現を記せ イオン 電子配置 L Ti3+ [Ar]3d1 V3+ [Ar]3d2 Cr3+ [Ar]3d3 Mn3+ [Ar]3d4 Fe3+ [Ar]3d5 Co3+ [Ar]3d6 Ni3+ [Ar]3d7 S J 多重項 3d遷移金属イオンの角運動量 3価遷移金属イオンの軌道、スピン、全角運動量 イオン Ti3+ V3+ Cr3+ Mn3+ Fe3+ Co3+ Ni3+ 電子配置 [Ar]3d1 [Ar]3d2 [Ar]3d3 [Ar]3d4 [Ar]3d5 [Ar]3d6 [Ar]3d7 L 2 3 3 2 0 2 3 S 1/2 1 3/2 2 5/2 2 3/2 J 3/2 2 3/2 0 5/2 4 9/2 多重項 2D 3/2 3F 2 4F 3/2 5D 0 6S 5/2 5D 4 4F 9/2 常磁性 ランジェバン(Langevin)の常磁性 パウリ(Pauli)の常磁性 バンブレック(VanVleck)の常磁性 キュリーの法則 ピエールキュリーは「種々の温度に おける物体の磁気的性質」(1895) で、多くの金属、無機物、気体の磁 性を調べて論じた。 キュリーの法則とは、「物質の磁化 率が絶対温度に反比例する」という 法則である。(これは「常磁性物質」 において磁界が小さい場合に成り 立つ) χ=M/H=C/T キュリーの法則=C/Tの例 CuSO4K2SO46H2O (中村伝:磁性より) ランジェバンの常磁性 (佐藤・越田:応用電子物性工学) ランジェバンの理論 原子(あるいはイオン)が磁気モーメントをもち、互いに 相互作用がないとする。 磁界Hの中に置かれると、そのエネルギーは E=- ・Hで与えられるので、平行になろうとトルクが働く が、これを妨げるのが熱運動kTである。両者のせめぎ合 いで原子磁気モーメントの向きが決まる 統計力学によると磁界方向に極軸をとって、θとθ+Δθの 間にベクトルを見出す確率は P( ) 2 exp(H cos / kT)d (cos ) 1 2 1exp(H cos / kT)d (cos ) ランジェバンの理論つづき 従って、磁界方向のの平均値は次式で与えられる。 cos 11cosP ( ) 1 1 cos exp(H cos / kT ) d (cos ) 1 1 exp(H cos / kT )d (cos ) L ( H kT ) ここにL(x)はランジェバン関数と呼ばれ、次式で表される 1 x x3 L( x) coth(x) x 3 45 ランジェバン理論により キュリー則を導く x=H/kTが小さいとして、展開の第1項のみをとると、1モ ルの原子数Nとして M=N・(H/3kT)=(N2/3kT)H が得られる。 これを磁化率の定義式χ=M/Hに代入すると、χ=N2/3kT が得られ、キュリーの式 χ=C/Tが得られた。 ここにキュリー定数はC=N2/3kである。 =neffBとおく。ここにneffはボーア磁子を単位にしたとき の原子磁気モーメントの大きさを表し、有効ボーア磁子 数と呼ばれる。 C=(NB2/3k) neff2 量子論による ランジェバンの式 外部磁界のもとで、相互作用-・Hによって、MJ=J-1, J-2,…-J+1,-J の縮退した状態は2J+1個に分裂する。温度Tでこれらの準位にど のように分布するかを考慮して平均の磁気モーメントを計算する。 結果を先に書いておくと、磁界が小さいとき、近似的に次式で表さ れる。 Ng J J 1 3kT 2 2 B 古典的ランジェバンの式と比較し て、有効ボーア磁子数は 右のように得られる。 neff g J ( J 1) 量子論によるランジェバンの式の導出 温度TにおいてMJが 2J+1個の状態のうち1つを とる確率は次式のようになる。 磁界方向の平均の磁気モーメントは、gBMJに P(MJ)をかけてMJについて和をとれば良く下記の ようになる。 ちょっと面倒な数学的手続きによって、<J>は次 のように求められる。 J g B M J P( M J ) g B MJ M J exp( g B M J H / kT ) MJ exp( g B M J H / kT ) MJ 量子論によるランジェバンの式の導出続き 2J 1 2 J 1 Jg B H 1 Jg B H J Jg B coth coth 2 JkT 2 J 2 J kT 2 J Jg B H Jg B BJ kT • ここにBJ(x)はブリルアン関数と呼ばれ、xの増加 とともにはじめは1次関数的に増大し、xの大きな 極限では1に飽和する非線形な関数である。xの 小さな時次のように展開できる。 ブリルアン関数 常磁性塩の磁気 モーメントのH/T依存 性 (Henry:PR 88 (’52) 559) 強磁界、 低温では常磁性磁 化は飽和する 3d遷移金属イオンの角運動量と磁性 実測した常磁性磁化率から得られた有効ボーア 磁子数neffは、全角運動量Jから理論的に求めた 値 を使ってうまく説明できず、JではなくSを使って説 明できる。 4f希土類イオンの角運動量と磁性 希土類イオンの有効ボーア磁子数は(Sm, Euを のぞき) Jによってよく説明できる。 3価遷移金属イオンの磁気モーメント ここではスピン、軌道ともに寄与するものとせよ。 (固体中に置かれたときは、軌道の寄与は消滅 する) 磁気モーメント=-(L+gS) B-(L+2S) B 軌道:l=-(e/2m)L=- BL スピン:s=- gBs total =- BL- gBs =-(L+gS)B-(L+2S) B=-gJ BJ J 2 S 2 L2 ここにJは全角運動量、gJはLandeのg因子 g J 1 2J 2 2 4 例:Cr +(3d ); L=2, S=2, J=0; total =0 Fe2+; L=2, S=2, J=4; gJ=3/2; total =-3 B 軌道角運動量とスピン角運動量の寄与 3d遷移イオン:磁気モーメントの実験値:スピンのみの値 に一致(軌道角運動量の消滅) 4f希土類イオン:磁気モーメントの実験値:全角運動量に よる値と一致 Pauliの常磁性 H=0ではup spin bandとdown spin bandは縮退 H0では、ゼーマン分裂がおきる。 Fermi level (Ef)における状態密度に差→磁化 Pauli常磁性 縮退電子系では温度に依存しない常磁性磁化率を与え る。非縮退系ではキュリー則を与える。 Ef Ef E=gBH H=0 H0 Zeeman分裂 Van Vleckの常磁性 バンブレックの常磁性は、基底状態で磁気モーメントを 持たないような場合に見られる常磁性である。たとえば Eu3+イオンの場合4f6電子配置なので基底状態は7F0、 従って、全角運動量Jは0であるから本来磁気モーメント を持たないはずであるが、実験では イオンは3.4 の 磁気モーメントを示す。これは、外部磁界による摂動を受 けて、基底状態にJ0の励起状態が混ざることで磁化が 生じるもので、磁化率χは次式で与えられる。 2N 0 i i z 0 Ei E0 2 Van Vleckの常磁性 続き このような常磁性をバンブレックの常磁性、または、軌道 常磁性と呼ぶ。磁化率は基底状態と励起状態の間の磁 気モーメント演算子の行列要素の2乗に比例し、基底状 態と励起状態とのエネルギー差に反比例する。このエネ ルギー差がkTより十分大きければ、この式は温度に依 存しない正の磁化率を与える。この式は電界により誘起 される電気分極の表式と全く同じ形をもち、磁界によって 誘起された磁気分極と見られることから磁気分極効果と も呼ばれる。この磁性は、まさに量子効果によって生じて いるのである。 秩序磁性と交換相互作用: ハイゼンベルグ模型 Hex =-2J12S1S2 Jが正であれば相互作用は強磁性的、負であれば反強 磁性的 交換積分の起源 隣接原子のスピン間の直接交換(direct exchange) 酸素などのアニオンのp電子軌道との混成を通してスピン同士 がそろえあう超交換(superexchange) 伝導電子との相互作用を通じてそろえあう間接交換(indirect exchange) 電子の移動と磁性とが強く結びついている二重交換相互作用 (double exchange) 強磁性はなぜおきる 常磁性体に誘起される平均の磁気モーメントは 室温でB=100mTの磁界のもとでも10-2emu/cc程 度の小さな量である。 これに対して、強磁性体では、磁界を印加しなく ても103emu/ccという大きな自発磁気モーメントを 持っている。 ワイスは、原子の磁気モーメントが周りの磁気 モーメントからの場(分子場)を受けて整列してい るというモデルを立てて、強磁性体の自発磁化を 説明した。 ワイスの分子場理論 1つの磁気モーメントを取り出し、その周りにあるすべて の磁気モーメントから生じた有効磁界によって、考えて いる磁気モーメントが常磁性的に分極するならば自己 完結的に強磁性が説明できる これを分子場理論、有効磁界を分子磁界または分子場 (molecular field)と呼ぶ。 Heff 磁化M 周りからの磁場Heff=H+AMが働く 分子場理論 分子場係数 磁化Mをもつ磁性体に外部磁界Hが加わったとき の有効磁界はHeff=H+AMと表される。Aを分子場 係数と呼ぶ。 分子場係数AはJexを交換相互作用係数、zを配位 数としてA=2zJex/N(gB)2で与えられる。 この磁界によって生じる常磁性磁化Mは、 M=M0BJ(gBHeffJ/kT)という式で表される。 M0=NgBJはすべての磁気モーメントが整列し たときに期待される磁化。 分子場理論 自発磁化が生じる条件を求める Heff=H+AMであるから、H=0のときHeff=AM 自発磁化が生じるにはHeff=AMを M=M0BJ(gBHeffJ/kT)に代入して M/M0=BJ(gBJHeff/kT)=BJ(gBJAM/kT) が成立しなければならない。 Aに分子場係数の式A=2zJex/N(gB)2 を代入して M/M0= BJ(2zJexgBMJ/ N(gB)2kT) ここでM0=NgBJを使って書き直すと M/M0= BJ((2zJexJ2/kT) M/M0)を得る。 M/M0= BJ((2zJexJ2/kT) M/M0)を解く y=M/M0、x=(2zJexJ2/kT) M/M0とすると、上の方程式を解 くことは、曲線y=BJ(x)と直線 (2zJexJ2/kT) y=xを連立して 解くことと同じである。 温度が上がると 1.0 y=M/M0 キュリー温度においては 直線はブリルアン関数の接線 J=5/2のブリルアン関数 (2zJexJ2/kT) y=x;Tが大きいとき 解が存在しない:自発磁化なし 0.0 (2zJexJ2/kT) y=x;Tが小さいとき 解が存在する:自発磁化あり 0 1.0 2.0 3.0 x=gBJH/kT 4.0 5.0 分子場理論 キュリー温度 温度が低いとき、直線の傾斜はゆるく、ブリルア ン曲線と直線ははy=M/M0 =1付近で交わる。 温度が上昇するとyの小さいところ交わる。 高温になると、0以外に交点を持たなくなる (2zJexJ2/kT) y=xの勾配とy=BJ(x)の接線の勾配が 等しいときがキュリー温度を与える。 x=0付近ではyx/3であるから、3y=xと書ける。 従って、Tcは2zJexJ2/kTc=3によってきまる。即ち Tc=2zJexJ2/3kとなる。 分子場理論 自発磁化の温度変化 さまざまなJについ て、分子場理論で 交点のM/M0をTに 対してプロットする と磁化の温度変化 を求めることができ る。ニッケルの磁 化温度曲線は J=1/2でよく説明さ れる。 ×は鉄、●はニッケル、○はコバルトの実測 値、実線はJとしてスピンS=1/2,1,∞をとったと きの計算値 分子場理論 キュリーワイスの法則 キュリー温度Tc以上では、磁気モーメントはバラバラの 方向を向き、常磁性になる。分子場理論によれば、この ときの磁化率は次式で与えられる。 C T p この式をキュリーワイスの法則という。 Cはワイス定数、pは常磁性キュリー温度という 1/をTに対してプロットすると1/=(T- p)/Cとなり、横軸 を横切る温度がpである。 分子場理論 キュリーワイスの法則を導く Heff=H+AM M/Heff=C/T (MとHeffの間にキュリーの法則が成 立すると仮定する) M/(H+AM)=C/T→MT=C(H+AM) 従って、M(T-CA)=CHより =M/H=C/(T-CA)となる。CA=pと置けば キュリーワイスの法則が導かれる。すなわち =C/(T- p) 演習コーナー ブリルアン関数を使って強磁性体のM-T曲線 を求めよ J=1/2のブリルアン関数を用い、各Tにおいて自 発磁化の大きさを求め、Tに対してプロットせよ。 BJ(x) J=1/2 1.2 1 0.8 y BJ(x) 0.6 0.4 0.2 0 0 1 2 3 4 x 5 6 7 局在電子磁性と遍歴電子(バンド)磁性 絶縁性磁性体:3d電子は電子相関により格子位置 に局在→格子位置に原子の磁気モーメント→交換 相互作用でそろえ合うと強磁性が発現 金属性磁性体:3d電子は混成して結晶全体に広が りバンドをつくる(遍歴電子という) 多数スピンバンドと少数スピンバンドが交換分裂で相対的 にずれ→フェルミ面以下の電子数の差が磁気モーメントを 作る ハーフメタル磁性体:多数スピンは金属、小数スピン は半導体→フェルミ面付近のエネルギーの電子は 100%スピン偏極 局在磁性モデル 常磁性 J>0 強磁性 J<0 反強磁性 交換相互作用 H=-JS1S2 強磁性金属のバンド磁性 多数(↑)スピンのバンドと少数 (↓)スピンのバンドが電子間の 直接交換相互作用のために 分裂し、熱平衡においては フェルミエネルギーをそろえる ため↓スピンバンドから↑スピン バンドへと電子が移動し、両 スピンバンドの占有数に差が 生じて強磁性が生じる。 磁気モーメントMは、M=( n↑n↓)Bで表される。このため原 子あたりの磁気モーメントは 非整数となる。 非磁性半導体との 比較 バンドと磁性 Ef Ef Ef 交換分裂 通常金属 強磁性金属 ハーフメタル 超交換相互作用 酸化物磁性体では、局在電子系の磁気モーメン トの間に働く相互作用は、遷移金属の3d電子どう しの重なりで生じるのではなく、配位子のp電子が 遷移金属イオンの3d軌道に仮想的に遷移した中 間状態を介して相互作用する。これを、超交換相 互作用と称する。主として反強磁性的に働く。 酸素イオン 遷移金属イオン 間接交換(RKKY)相互作用 希土類金属の磁性は4f電子が担うが、伝導電子である5d 電子が4f電子と原子内交換相互作用することによってス ピン偏極を受け、これが隣接の希土類原子のf電子と相互 作用するという形の間接的な交換相互作用を行っている と考えられている。 これをRKKY (Rudermann, Kittel, Kasuya, Yoshida)相 互作用という。 伝導電子を介した局在スピン間の磁気的相互作用は、距 離に対して余弦関数的に振動し、その周期は伝導電子の フェルミ波数で決められる。 二重交換相互作用 LaMnO3では、すべてのMn原子は3価なので egバンドに は1個の電子が存在し、この電子が隣接Mn原子のeg軌 道に移動しようとすると電子相関エネルギーUだけのエネ ルギーが必要であるため電子移動は起きずモット絶縁体 となっている。 LaをSrで置き換え4価のMnが生じると、Mn4+のeg軌道は 空であるから、他のMn3+から電子が移ることができ金属 的な導電性を生じる。 このとき隣接するMn原子の磁気モーメントのなす角とす ると、eg電子の飛び移りの確率はcos( /2)に比例する。 =0(スピンが平行)のとき飛び移りが最も起きやすく、運 動エネルギーの分だけエネルギーが下がるので強磁性と なる。
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