自然」のスクリプト分析

慣習化された表現からの日常概念分析
~事例研究:日本人の自然観~
慶応義塾大学 政策メディア研究科
修士課程2年 桝田晶子
研究概要
 曖昧な日常概念の一つである「自然」という語
が用いられる係り受けのうち、登場頻度の高
いものを、TextImiを用いて新聞の投書から
抽出・助詞別に整理し「自然」の言語使用から
その概念を明らかにする
日常的概念
 慣習的思考や常識化された思考・概念などは、
私たちの日々のコミュニケーションなどをはじ
めとする社会的相互作用を通して形成され継
承・再編成されていく
分析対象となる概念が
どう語られているかから推測
従来の社会研究
 データアベイラビリティの問題
 調査対象が少数・特定の場合が多い
 大量のテクストデータを処理する方法・理論の
問題
 必要に応じて調査対象を不特定多数に拡大
 TextImiの支援により大量のテクストデータを
「人々にとっての意味」を重要視しつつ処理が
可能
データソース
 トピックが指定され
ていたり時事性に
左右されすぎている
データは不適切
 新聞の投書から「自
然」を含むセンテン
スを機械的に抽出
新聞
件数
掲載年月日
朝日新聞
810
2000年7月12日
~2004年12月2日
読売新聞
773
1999年4月10日
~2003年11月21日
毎日新聞
786
1999年8月26日
~2003年11月28日
1997年11月9日
産経新聞 1312
~2005年6月14日
総計
3681
分析手法
 TextImiを用い基礎意味チャンクを抽出・集計
 複数回登場する基礎意味チャンクを人々に共
有されている可能性が強い慣用的表現(スク
リプト)とみなす
 スクリプトを助詞別に集計し考察
従来言われてきた「日本人の自然観」
 西洋的な「自然」概念
physisを語源としキリスト教の影響から自然
は人間と対峙するものという概念が生まれる
 東洋的・日本の「自然」概念
日本語の自然は、中国の「自然」を移入。道家
思想の影響もあり自然と人間は合わせて一
つの有機体という考え。もともとは状態を示す
言葉だが明治期に名詞としての用法が普及。
分析結果1:助詞「は・が」
述部
件数
投書例
ある
23 こんな場所にも小さな自然があったことがとてもうれしかった。
残る
17 そして豊かな自然が残っていました。
失われる
9 何かを造ると自然は失われます。
守る
9 残された東京の自然は、できるだけ守りたい。
壊される
8 今、沖縄の自然が壊されている。
破壊される
7 自然が破壊され、空気が汚れているからだと思います。
いっぱい
7 河川敷はまだまだ、自然がいっぱいだ。
美しい
6 特に今ごろの自然は、ため息が出るほど美しい。
あふれる
5 当時、農村には自然があふれていた。
消える
5 身近な自然が消えてゆくのは、やはりさびしく悲しい。
計156件
助詞「が・は」スクリプト グループ集計グラフ
その他 15%
受動系 18%
他動詞系 12%
形容詞系 13%
自動詞系 42%
受動系(壊される、荒らされる、など)
形容詞系(あふれる、少ない、など)
その他
自動詞系(ある、消える、など)
他動詞(持つ、作る、など)
分析結果2:助詞「を」
述部
件数
投書例
破壊する
34 こんなにも自然を破壊した山に食べ物があると思いますか?
守る
33 豊かな自然を守り、活用し続けていく。
大切にする
23 この自然を大切にしていきたい。
愛する
18 草花の絵を添え、自然を愛し生きる喜びを語る。
残す
16 ありのままの自然を残してほしい。
感じる
16 自然を感じられるようにいろんな花を飾った。
楽しむ
14 誰もが、美しい自然を楽しむ権利がある。
満喫する
14 自然を満喫し、充実した思い出がある。
見る
10 ささやかな自然を、樹上から見るのは楽しいものです。
壊す
10 科学の発達が自然を壊していることが理解できません。
計259件
助詞「を」スクリプト グループ集計グラフ
その他 9%
破壊系19%
親しむ系 36%
保護系 36%
親しむ系(愛する、慈しむ、など)
保護系(守る、保護する、など)
破壊系(破壊する、傷つける、など) その他
分析結果3:助詞「に」
述部
件数 投書例
対する
31 それは自然に対し、敬意を表すること。
触れる
19 そんな自然に触れた後は、さわやかそのものです。
囲まれる
15 確かに、自然に囲まれており、「いい所」です。
親しむ
15 植物を植えて花を楽しみ、親子がともに自然に親しめた。
恵まれる
15 静岡県は海に面し、山も川もあり、豊かな自然に恵まれている。
返す
12 やはり、親鳥から離れた子スズメを自然に返すのは難しい。
感謝する
9 自然に感謝しゆったり生きていくことも重要なことではないだろうか。
逆らう
7 人間は、他面において自然に逆らい破壊して生きている。
戻す
7 干潟をヘドロがたい積した地ではなく、自然に戻そう。
やさしい
7 最近、自然にやさしい自動車が開発されています。
計190件
助詞「に」スクリプト グループ集計グラフ
その他13%
受動系 20%
液体系 5%
帰る系 11%
対面系 19%
接触系 14%
情動系 18%
受動系(
囲まれる、恵まれる、など) 対面系(
対する、向ける、など)
情動系(
感動する、感謝する、など) 接触系(
触れる、接する、など)
帰る系(
戻す、帰る、など)
液体系(
溶け込む、浸る、など)
その他
助詞別スクリプト登場頻度
助詞別スクリプト集計グラフ
300
250
は・が
を
に
で
200
件数 150
100
50
0
は・が
を
に
で
補足
「自然」を修飾する語の集計(一部)
係り
豊か
美しい
雄大
きれい
受け
自然
自然
自然
自然
状態を示す「自然に」
スクリプト集計(一部)
件数
144
34
32
16
大切
自然
8
貴重
自然
8
わずか
自然
8
偉大
自然
8
壮大
自然
8
述部
件数
出る
28
身につく
27
できる
25
覚える
12
学ぶ
12
任せる
10
受け入れる
9
行う
9
考察
「自然」は自律的存在である
人に脅威をもたらすような恐ろしい存在ではなく
身近で親しみのある肯定的存在
しかし一方では対象化・客体視する
スクリプトも多数ある
自然を自律性を持つべきものと捉え
また一体感を感じている一方で
我々は自然を対象化・客体視している
まとめ
 分析結果はこれまでの日本人の自然観に関
し言われてきたものと一致するところはあるも
のの、そうとは言い切れない「自然」を破壊対
象ともみなす現代的意味が抽出された
 人々にとっての意味に直結したデータに基づ
いて論じることが可能
 TextImiを使用したスクリプト分析は日常的文
化研究にもつながる
展望・課題
 分析手法及びデータ・解釈の妥当性の検討
 複数のターゲット語の分析、「自然」概念の拡
張・深化
 他分野との連携を図り、文化研究に手法的新
展開をもたらし包括的な日常的文化研究に向
けた学際的研究を目指す
主な参考文献
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『近代における日本人の自然観-西洋との比較において-』
(「日本人の自然観」伊東俊太郎編収録)
渡辺正雄 河出書房新社1995年
『日本人の自然観』(寺田寅彦随筆集 第五巻収録)
寺田寅彦 岩波文庫1948年
『自然・一語の辞典』伊東俊太郎 三省堂 1999年
『翻訳の思想~自然とnature~』柳父章 平凡社 1977年
『中国思想における自然と人間』栗田直躬 1996年
『日本人の心』相良亨 東京大学出版 1984年
『広辞苑第五版』岩波書店 2002年
『意味づけ論の展開』深谷昌弘・田中茂範 紀伊国屋書店 1998年
『コトバの意味づけ論』深谷昌弘・田中茂範 紀伊国屋書店 1996年