英国法とEU法における 債務者財産の透明化 高橋宏司(同志社大学教授) 日弁連民事裁判手続に関する委員会勉強会報告 (2014年3月27日) 本報告の構成 • 英国の制度 – ①財産凍結命令に付随する財産開示命令 • 判決前や提訴前の申立てが可能 • 詳しくは、拙稿「英国の財産凍結(資産凍結)命令(マ リーバ・インジャンクション)と財産開示命令」同志社法 学(2012) – ②判決後の財産開示命令 – ③判決後の第三者に対する財産照会制度 • ④EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動 き 財産凍結命令(freezing injunction) • かつて、Mareva injunctionと呼ばれていた。 • 金銭債権の保全命令 • 仮差押命令との違い – 財産処分禁止を内容とする債務者に対する命令 – 申立てに際し、対象財産の特定は不要 – 少額事件での申立ては認められにくい。 – 実効性担保の制度 • 裁判所侮辱に対する制裁と威嚇 • 財産開示命令 財産凍結命令 発布要件と内容 • 広い裁量 (1981年上級裁判所法第37条) – 要件 “just and convenient (正当で便宜)” – 内容 “just (正当な)” – 第一審の裁量判断を上級審は原則として尊重。 • 具体化 – 判例の蓄積 • 本案請求についての議論し得る根拠(good arguable case) と判決執行の不奏功の現実の危険が要件。 – 内容について、雛形(民事訴訟規則の実務指針第 25A章の補則) 財産凍結命令 雛形 • 対象財産を英国所在のものに限定する場合と、 所在地を問わない場合がある。 • 請求額(及び利息・費用)に対応する上限額が 設定され、超過額分の財産処分は制約されな い。 • 通常の生活費・営業活動や弁護士費用のため の財産処分は、制約されない。 • 財産開示命令(9条) • 被申立人は、折々の事情に合わせて、いつでも 取消・変更を申請できる。 財産開示命令 • 財産凍結命令の付随命令 – 財産の模索的探知のための独立の開示命令申立て はできない。 • 通常、一定額以上の単位の財産の全ての開示 が命ぜられる。 • 命令送達後直ちに、または指定時間内に、申立 人の弁護士に対して、開示する最善の努力義 務。 • 命令送達後の指定日数内に、申立人の弁護士 に対して、宣誓供述書によって、開示する義務。 • 証拠開示とは別。事件管理の打合せ以後に行 われる証拠開示よりも前の時点で発令され得 る。 財産凍結・開示命令 発令および取消・変更の手続 • 訴え提起前に申し立てられることが多い。 • 非対審手続で発令。申立人は、宣誓供述書によ り、全ての重要事項(申立てに不利な事項を含 む)について、完全かつ率直に開示する義務。 • 発令後の対審手続期日において、命令の取消・ 変更の可能性がある。 • 被申立人は、折々の事情に合わせて、いつでも 取消・変更を申請できる。 – 財産の隠匿・散逸の可能性がないことを理由とする 取消・変更の申請は、財産の開示がなければ認めら れにくい。 財産凍結命令 実効性を担保する制度 • 裁判所侮辱に対する制裁と威嚇 – 罰金、拘禁、財産の差押えなど • 本案審理における防御権剥奪の制裁 • 第三者(債務者の預金受入れ銀行など)への命令の通 知: 命令を知りつつ、被申立人の違反を故意に幇助又 は許可した者は、裁判所侮辱となる。 • 付随的に発布される財産開示命令 – 債務者の財産を占有する第三者が判明すると、凍結命令 を通知できる。 – 外国の財産所在が明らかになれば、所在地において仮 差押命令を申し立てることができる。 財産開示命令 実効性を担保する制度 • 宣誓供述書により虚偽の陳述がなされれば、偽証 罪。 – 実際には、検察は、その資源投入に見合う重大性がなけ れば起訴しない。 • 裁判所侮辱に対する制裁と威嚇 – 債務者が国外に居住しており、国内に所在が知られた財 産を有していなければ、功を奏しない。 • 本案審理における防御権剥奪の制裁 – 債務者が本案での敗訴を厭わなければ、功を奏しない。 • 開示不履行や開示内容に矛盾や疑義がある場合、尋 問手続への出頭命令 – 出国禁止命令・パスポート提出命令の可能性も。 第三者に対する債務者財産の開示命令 • 債務者が受益者となっている財産を占有又は支配している、債務 者と密接な関係に立つ第三者(e.g. 債務者の支配会社や配偶者) を名宛人とする財産凍結・開示命令 – 申立ての積み重ねもありうるが、費用が嵩む弊害。 • Norwich Pharmacal法理: 他人の不法行為に巻き込まれ、その不 法行為を容易にした者は、帰責事由がなく、当該不法行為に関し て責任を負わなくとも、被害者に対して全ての情報を開示し助力 する義務を負う。 – 責任財産の保全目的の申立ての場合、保全に現実的につな がる場合にのみ認められる。 • 債務者の弁護士に対する開示命令 – Norwich Pharmacal法理、「裁判所の固有の権限」を含む様々 な根拠 – 弁護士・依頼者間の秘匿特権が障害となり、発令されにくい。 財産凍結命令 商事事件や違法性の高い事件(詐欺・横領・背任など)が中心 • 少額事件を扱う県裁判所は、財産凍結命令については、 判決取得後などを除いて原則として発令権限を有しない。 県裁判所に本案管轄があるが財産凍結命令の発令権限 がない事件では、高等法院に財産凍結命令の発令権限 が認められている。(2014年4月まで(予定)) • Schmidt v. Wong (2005年控訴院判決) – 財産凍結命令によって被申立人と第三者が被る不利益と不便 に鑑み、本案の係争額が低い場合には、発令に一層の慎重さ が求められる。 – 高等法院での申立てには、より大きな手間と費用がかかるの で、申立てを躊躇させるという望ましい効果がある。 • 県裁判所の事項管轄 – £25,000(2014年4月からは、 £100,000に引き上げられる)以下 (但し、人身傷害については、£50,000 以下)の事件 – 2014年4月から、県裁判所においても、財産凍結命令の発令 権限が上級裁判官(Circuit Judge)に限って、認められる(予定)。 日本の立法論への示唆 • 法政策面 – 日本 「①支払義務が適正手続を経て確定した+②それにもかかわ らず債務者は任意に支払わない=法治国家の要請から,債務者は,自 己のプライバシーに属する財産状況を開示しなければならない。」と いう理論構造(小柳339頁) – 英国 判決前や提訴前であっても、債務者の財産透明化の必要性 が大きい事件があり、債務者保護にも配慮しつつ、開示を求めるの が妥当との認識。即時の送金手段の発達などにより、国際的な財産 の隠匿・散逸が容易になっている現状にも対応。 • 法技術面 – 日本 成文法で明確な要件を定立しようとしている。 – 英国 経験豊かな裁判官の裁量への依存と信頼。日本に存在しな い法理と制度(申立人の完全かつ率直な開示義務、裁判所のオフィ サーとしての弁護士の役割、裁判所侮辱、申立人の裁判所に対する 約束(undertaking))にも支えられている。 英国の財産凍結・開示命令の「借用」 • 外国本案手続の援助のための財産凍結・開示命令 本案管轄がないことによって「不適切(inexpedient)」と ならない場合に管轄を行使できる(1982年民事管轄・ 判決法25条)。 – 英国に債務者が居住しているか、財産を有しているか。 – 本案裁判所の類似の命令と重複・矛盾しないか。 – 国際的な協力の必要度が高い事案か。 • オーストラリア、カナダ、シンガポール、香港などの他 の英法圏諸国の類似の制度も利用できる可能性あ り。 • 国際的な巨額の財産隠匿・散逸事件では、一考の価 値あり。 判決後の財産開示手続 • 民事訴訟規則71章 • 尋問への裁判所出頭命令 – 判決後は、いつでも申立て可能(英国では、判決は、上訴され ていても執行可能)。 – 原則として、裁判所職員により、書面審査で発令される。 – 漸減傾向(2000 年に61,247件、2011年には22,693件の発令) – 債務者が団体の場合は、その役員が開示義務者。 – 開示義務者に対する直接交付による送達が必要。 – 期日において、裁判所職員が「尋問記録」の記載に従って(資 産・負債や収入・支出についての)質問を発する。例外的に、説 得力ある理由が示されれば、裁判官の面前で債権者が、「尋 問記録」の記載に拘束されず、質問を発することが認められ る。 – 開示義務者は、宣誓して質問に答え、命令で指定された証拠 文書(給与や口座の明細)を提示しなければならない。 判決後の財産開示手続 • 送達を受けた開示義務者が、期日に出頭しないか、期日 において宣誓または陳述を拒むなどの態様で、命令に反 抗的に違反した場合、裁判官は、拘禁命令を発布すること ができる。 – 違反の態様で最も多いのは、不出頭: White Book – 反抗的な違反であることにつき、合理的疑いを超える証明が 必要。 – 拘禁命令の発布に慎重さを求める控訴院判決: Islamic Investment Company v. Symphony Gems (2008年); Broomleigh Housing v Okonkwo (2010年) – 否定例 債務者が所在しているインドの裁判所の命令によって、 英国の財産開示期日にインドから出国できなかった。Islamic Investment Company – 期日を再指定した出頭命令が繰り返されることもある。 • 虚偽の陳述では、拘禁命令は発布できない。偽証罪とな る可能性はあるが、実際の起訴は、稀。 判決後の財産開示手続 • 拘禁命令の執行は、送達を受けた開示義務者 が再指定された期日に出頭して尋問を受けるこ とを条件として、停止されなければならない。 • 執行停止条件の違反があれば、令状が発布さ れて開示義務者は裁判官の面前に引致され、 拘禁命令を解くべきかの判断がなされる。 – 実務上は、この段階まで進むと、ほぼ例外なく (invariably)開示義務者はその場で尋問に応じるので、 財産開示手続は完結する: White Book – 拘禁命令が解かれなければ、直ちに拘禁令状が発 布され、債務者は拘禁される。 判決後の財産開示手続 • 欧州人権条約8条(私生活および家庭生活の尊 重についての権利) – 「他の者の権 利及び自由の保護のため民主的社会 において必要な」干渉を例外的に許容。 • 例 債務者が債務の分割払いを命じた判決を遅 滞なく履行していたにもかかわらず、財産開示 手続への出頭命令が発布された場合 • Jarvis and Lafferty, Commercial Enforcement (2nd 2008) para 2.253より – 債務者の履行遅滞や支払拒絶は、発令要件とされて いない。 判決後の第三者に対する財産照会 • 2007年審判所・裁判所・執行法第4編(未施行) • 適切な執行方法(動産執行、債権差押え、給与天引きなど)が何か について債権者から情報提供の申立てがあれば、裁判所は、有 益と判断するならば、公的機関と民間業者に対し、債務者に関す る財産その他の情報について照会できる。 – 照会先(国税庁、銀行や信用調査会社などを想定)と照会内容の具体 化は施行規則に委ねられている。 • 照会前に債務者に予告しなければならない。 – 不服申立ての機会を保障: 公式注釈 • 裁判所は、取得した情報(債務者の雇用主名など)自体を債権者に 伝えることはしない。 • 2009年政府発表: 施行規則を作成しない。 – 理由は不開示。 – その後、政権交代。将来の方針転換の可能性は残されている。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き 「欧州口座保全命令規則」 • 早ければ2014年6月に採択の見込み。 • 欧州口座保全命令(EAPO)の創設。 – 国際的事案(保全対象口座の所在する構成国が EAPOの申し立てられる構成国や債権者の住所の所 在する構成国と異なる事案)のみで申立てが可能。 – 各構成国の国内法上の保全命令とは別のEU独自の 命令。 – 英国の財産凍結命令と法的性格が異なり、債務者に 対する命令ではない。債務者が口座を保有する銀行 に送達され、銀行に保全義務が生ずる。 • 付随する共助手続として、口座情報取得の嘱託 手続創設。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き • EAPOの申立てに際して、債権者は、債務者が口座を 保有する銀行を特定しなければならない。それに必要 な情報を有しない債権者は、EAPOの申立てに際し、 特定の構成国に債務者の口座が所在すると信ずる十 分な根拠を示すことにより、債務者の口座および口座 保有銀行の特定に必要な情報の取得を当該構成国 の指定情報当局に対して嘱託するよう、EAPOを申し 立てる裁判所に請求することができる。 • 口座情報取得の嘱託は、執行可能な本案判決取得 後のEAPO申立ての際に限って可能。 – EAPOは、判決前や提訴前にも申立て可能。 • 判決取得後は、判決国にEAPOの発布管轄あり。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き • EAPOの申し立てを受けた裁判所は、 – 債務者の口座保有銀行の特定を除く、EAPOの発布 要件がみたされていれば、口座情報取得の嘱託を行 う。 • 債権者は、執行が妨げられたり、著しく困難になる現実の 危険があるため、緊急にEAPOによる保全が必要であること の十分な証拠を提出しなければならない。 • 債権者は、判決が未履行であることを宣言しなければなら ない。 – 債権者は、故意に虚偽または不完全な陳述をすれば、申立国 法の定める制裁を受ける。 – (判決後の申立ての場合には)必要かつ適当と考える ときにかぎり、債権者に担保の提供を求めることがで きる。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き • 各構成国は、口座情報取得のために、次のいずれか の方法を用意しなければならない。 – 指定情報当局の照会に応じ、特定の債務者が自行に口 座を保有しているかを開示する義務を自国の全ての銀行 に課す。 – 特定の債務者が口座を保有している銀行および当該口 座を特定するのに必要な情報を公的機関等が保有して いる場合、指定情報当局が当該情報にアクセスできるよ うにする。 – 財産凍結命令が伴う開示命令によって、債務者に、自ら が口座を保有する銀行を開示する義務を負わせる。 – その他の実効的かつ効率的な情報取得方法で、必要な 費用および時間に照らして均衡を欠かないもの。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き • 嘱託を受けた指定情報当局は、当該構成国 で用意された上記の方法を用いて情報を取 得する。 • 指定情報当局は、得られた情報、または情報 が取得できなかったことのいずれかを嘱託裁 判所に伝えなければならない。 • 銀行は、情報が開示されたことを30日間は債 務者に通知してはならない。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き 立法の経緯 • 委員会緑書「債務者財産の透明化」 (2008年) • 欧州議会決議(2011年) 債務者財産の凍結・開 示のための暫定措置について提案を行うよう委 員会に勧告 – 「判決前の段階でも開示命令の発布を可能とすべき かを委員会は検討すべきである。」 • 「欧州口座保全命令規則」委員会提案(2011年) • 理事会による修正(2013年12月) – 口座情報取得の嘱託手続は、執行可能な本案判決 取得後に限定。その結果、提訴前や本案手続中の EAPOの申立て可能性が事実上、狭まった。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き 日本法への示唆 • 外国の口座保全命令を日本で執行する場面 – 現行法では、外国の保全命令は、確定判決ではない ので、執行されない(民訴法118条、民執法24条3 項)。 – 現行法では、口座情報取得のための方法が用意さ れていない。 • 日本の仮差押命令を外国で執行する場面 – 日本に本案管轄があれば、仮差押命令管轄も認め られる(民事保全法6条)。 – 日本の仮差押命令の執行可能性は、執行申立国法 による。 – 口座情報取得の嘱託は、条約により制度化されない かぎり、非現実的。条約ならば双務的になるであろ う。 EUの口座情報取得の嘱託手続創設の動き 連合王国の参加の有無 • 連合王国は、不参加を決定した(2011年)。しかし、理 由とされた懸念事項は、ほぼすべてその後の提案改 訂で手当てされている。 • 不参加は、連合王国の債権者にとって不利となる。 – 債権者の住所および保全対象口座の所在地がいずれか の構成国に所在しなければ、 EAPOは利用できない。 – 構成国(例 フランス)に口座を有する債務者は、連合王国 に住所を有する債権者よりも、他の構成国(例 ドイツ)の 債権者に優先して弁済する動機を持つ。 • 将来の参加の可能性は残されている。
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