国連平和活動の要員提供の計量分析 ーー死傷者に

国連平和活動の参加人数の計量分析
ー政治体制と死傷者に対する敏感性ー
防衛大学校
久保田徳仁
問題の所在



国連PKOの要員は各国の自由意志に
よって提供される
国家の協力の意思=PKOの制約要因
国家がなぜPKOに要員を提供するのか、
また、それを阻害する要因は何か、を明
らかにすることは今後のPKOの可能性を
論じる際に不可欠な作業
研究の目的


各国がPKOの要員を提供するという行為の性
質を明らかにする
特に、
①各国の政策の慣性と柔軟性

前年度の派遣実績や形態が、翌年の派遣人数にどれほど
の影響力を及ぼすのか?
②政治体制とPKOの参加との関係

民主主義が進めばPKOにより多く要員を提供するのか?
③政治体制と死傷者に対する敏感性の関係

PKOにおいて死傷者が出ることは各政治体制の要員提供
にどのような影響を与えるのか?
先行研究と問題点

James Lebovic (2004) “Uniting For Peace? Democracies and
UN Peace Operations After The Cold War.” Journal of Conflict
Resolution.
– PKOの要員提供を総合的に分析(本研究のモデルはこれに依拠)
– 民主主義と要員提供の相関関係を示す
– 冷戦後(1993~2001年)のみの分析

田辺亮(2005)「国連PKOの参加国・要員提供から見る変遷ーーポ
スト冷戦期を中心に」『国連研究第6号 市民社会と国連』。
– 要員提供数のリストからPKOの時系列的変遷を扱う
– 因果関係の分析は行っていない(サンプル・セレクションの問題)
→冷戦期も含めた実証研究を行う必要→一般理論へ
→「誰が参加しないか」という観点も取り入れた回帰分析の手法を用
いる必要あり
理論① 政策の慣性と柔軟性

Lebovic (2004) では、
– 前年の要員提供数(政策の慣性・漸増主義)
– 非戦闘員の割合(非戦闘員(MO, CivPol)の派遣のほうが容易
である(状況に柔軟に対応しやすい)一方、派遣される人数は
少なくなる)
– 参加ミッションの多様性(一つのミッションに特化する国はその
ミッションの終了時にPKO全体から撤退する可能性が高い)
– 冷戦後の参加経験の有無(PKOに冷戦後に一度も参加したこ
とのない国は国内の準備態勢・世論の支持が整っていない点
などから、参加には消極的)
これらが極めて強い説明力を示した(z=2.8~13.13)
→冷戦期のPKOにも当てはまるのか?
理論① 政策の慣性と柔軟性
仮説:前年度の要員提供数が多ければ多いほど翌年
のPKOへの参加可能性は高くなり要員の提供も多
くなる。
 仮説:前年度の非戦闘員の割合が多いほど翌 年の
PKOへの参加可能性は高くなるが、要員提供数は
少ない。
 仮説:前年度の参加ミッションが多様であるほど翌年
のPKOへの参加可能性は高くなり、 提供数も多く
なる。
 仮説:過去10年間にPKO参加経験がある国はPKO参
加可能性が高く、要員提供数も多い。
→Lebovicによる研究を追試

理論② 政治体制とPKO参加
Lebovic (2004) は1993年~2001年のPKOへの要
員提供を分析した結果、民主主義のレベルが高くなれ
ばなるほど、参加する可能性も高くなり、提供量も多く
なることを示した。
 冷戦後の民主化ブームの影響?
→冷戦期における妥当性の検証が必要

仮説:民主主義のレベルが高まるほどPKOへ参加する確
率が増大する
仮説:民主主義のレベルが上がるほどPKOへ提供する要
員の数が増大する
理論③ 政治体制と死者数へ
の敏感性

PKOで死者が出ると各国はどのような反
応を示すのか?
通説:先進国ほど敏感に反応しやすい
→それほど簡単ではない
死傷者と介入の強度が比例する
 内政干渉の程度が強い国も反発

死者数は別の因果関係を経由して民主主義
以外の政治体制にも影響を及ぼす
理論③ 政治体制と死者数へ
の敏感性
年
死傷者数
年
死傷者数
1984
14
1994
167
1985
16
1995
123
1986
27
1996
51
1987
17
1997
48
1988
33
1998
31
1989
33
1999
25
1990
24
2000
52
1991
15
2001
64
1992
60
2002
64
1993
252
2003
64
これらの数値が翌年のPKOへの要員の提供にどのように影響を及ぼすのかを調べる
理論③ 政治体制と死者数へ
の敏感性
1993年(前年度死者数60)から94年(前年度死者数252)
にかけての各国の態度変化
参加を維持
撤退
新規参加
不参加
計
民主国家(≧7)
36
2
1
19
58
その他
23
2
3
25
53
専制国家(≦-7)
4
4
1
35
44
欠損(データなし)
0
1
0
1
2
63
9
5
計
80 157
むしろ専制国家のほうが反応しているといえる
新規参加はその他(中間的な国)が多い
→これらを統計によって一般性を調べる
理論③ 政治体制と死者数へ
の敏感性
2つの理論
①民主主義の度合いが高まるほど危険な任務に
参加することを自制する

– 自国兵を危険にさらすことに対する国内の反発から
撤退
②専制の度合いが強いほど死傷者が出る活動
に参加することを自制する
– 死傷者←内政干渉の度合いの強い活動
– 国際社会・国内社会を省みずに自由に撤退できる
(観衆費用)
したがって・・・→
理論③ 政治体制と死傷者への
敏感性ーーU字仮説
→①、②から民主主義の度合いが高まって
も、専制の度合いが高まっても死者数に
対して敏感に反応する
仮説:PKOにおいて前年の死者数が増えれ
ば増えるほど、民主主義国、及び専制主
義国は要員の提供を控える
(死者数に対する敏感性のU字仮説)
理論③ 政治体制と死傷者へ
の敏感性――U字仮説
PKOの死傷者に
対する敏感性
専制体制
民主主義
分析モデルとデータ

Heckman Selection Model
– 回帰分析のモデルの一つ
– 意思決定は2段階


①PKOに参加するかしないか(機会)
②どれくらいの要員を提供するか(量)
– 他の応用例--女性の労働時間・車の購入金額

時系列・クロスセクション・データ
–
–
–
–
国際システム上のすべての国家(COWに従う)
但し、政治体制データのない小国は除外
1985年~2003年の各年
N=2893
Heckman Selection model
 z  wi γ  ui
Selection Equation

*
 yi  xi β   i if zi  0
y  0
otherwise
i

Outcome Equations
(ui ,  i ) ~ N 2 0,0,  u ,   ,  
*
i
従属変数

Selection Equation (機会)
– 対象となる国が計測時点で国連PKOに一人以上の
要員を提供している場合を1とする

Outcome Equation (量)
– 対象となる国が計測時点で国連PKOに提供している
人数の常用対数(log10)を取ったもの
– 対数の採用:


外れ値の影響を減らすため
軍隊の要員の特性(MO、歩兵大隊)
独立変数①


各独立変数は1年のラグ
政策の慣性と柔軟性(←Lebovic)
– 1年前の参加人数(log10)
– 1年前の非戦闘員の割合
– 1年前の参加の多様性

Hirschman measure of concentrationをもとに作成
ti  当該ミッションに派遣
された要員の数
t  全ミッションに派遣さ
れた要員の全数
多様性  1  ( [ti t ]2 )
– 過去10年の参加の有無

冷戦後の参加経験→一般化
独立変数②

政治体制①
– 民主主義の度合い(Polityスコア)



Polity IVプロジェクト(Marshall, Jaggers, and Gurr)の指
標(Polity2)を用いた。
民主主義の度合いを-10~10で示す
便宜上以下のように分類する
-7<
-4<
4≦
7≦
Polity2
Polity2
Polity2
Polity2
Polity2
≦-7
≦-4
<4
<7
:専制主義国
:準専制主義国
:その他
:準民主主義国
:民主主義国
独立変数③

政治体制②
– 移行期・変動期

無政府状態や、体制移行期(-77,-88)の国
– 軍事政権

国家元首が軍人である、または表面上文民政府
であるが実権は軍にある国(A. Banksのデータを
利用)
独立変数④

前年の死者数
– 全世界で展開するPKOにおいて、前年何人
の人が亡くなったかを表す。
– 各国の自国の死者数ではない。
– 危険の蓋然性に対する敏感性を計測
– 各政治体制のダミー変数と掛け合わせるこ
とで、政治体制の死者に対する敏感性を計
測できる
– 国内に紛争を抱える国の死者数への敏感性
もモデルに取り込む
コントロール変数①

国力
– 紛争の有無:PKOに要員を送る余裕の存在
– 人口(log10):人口大国の公共財の供給
– 一人当たりGDP:貧しい国が金銭的利益を
求めて参加する
– 軍隊の人数(log10):軍隊の余剰分を外部
に輸出
コントロール変数②

国連における政治的立場
– P5:五大国の責任


P5はほとんどのPKOに参加しており、Selection Equationで個々
の国のダミー変数を入れることはモデル上、適さない
Outcome Equationでは米、英、仏、露、中を別々に扱う
– ミドルパワー:

PKO分担金の支払いがカテゴリーBである国(田辺 2005)
– G4:国連常任理事国を目指す国

地域
– 南北アメリカ・ヨーロッパ・アフリカ・中東・アジア太平洋

年ダミー
– 時系列クロスセクション分析のため計測時点の特異性をコント
ロール
– 多重共線性のため1985年、86年のダミーはあらかじめ排除
欠損値の補完と係数の推定



欠損値はmultiple imputation法によって補完
(ソフトウェアameliaを利用)
係数・標準誤差などの統計量はソフトウェア
®
STATA 9 を利用して計算
原データ、欠損値を補完したデータ、および、
STATAのコマンドリスト(do-file)は論文発表後
ネット上に公開予定
(http://www.geocities.co.jp/kubotan/research.htm)
結果① 政策の慣性と柔軟性
Selection Equation
(機会)
Outcome Equation
(量)
Coefficient
Coefficient
z
z
政策の慣性と柔軟性
一年前の参加人数
0.762 ***
12.13
0.587 ***
20.40
非戦闘員の割合
1.014 ***
7.29
-0.386 ***
-6.83
ミッションの多様性
1.591 ***
4.28
0.294 ***
5.11
過去十年の参加の有無
1.293 ***
9.60
-0.003
-0.02
*p≦0.1. **p≦0.05. ***p≦0.01
•1年前の参加人数に強く影響を受ける (政策の慣性力が強い)
•非戦闘員の割合が高いほど参加はしやすいが、量は増えない
•多様なミッションに参加するほど翌年も機会、量の両面で参加しやすい
•前年派遣していなくても過去の経験は反映される
結果② 政治体制と参加
Selection Equation
(機会)
Coefficient
z
3.40
0.000
-0.03
-0.158
-0.49
-0.591
-1.33
0.107
0.50
-0.049
-0.48
Coefficient
z
Outcome Equation
(量)
政治体制と参加
民主主義の度合い
(Polityスコア)
移行期
軍事政権
0.037 ***
*p≦0.1. **p≦0.05. ***p≦0.01
•民主主義の度合いが高くなればなるほど参加の可能性は高くなる。
•ただし、Lebovicが示した「量も増える」という現象は冷戦期に対象を
広げると当てはまらなくなった
•移行期や軍事政権は有意な値は得られなかった
結果③ 死者に対する敏感性
(*p≦0.1. **p≦0.05. ***p≦0.01)
Selection Equation
Outcome Equation
Coefficient
Coefficient
z
-0.025 ***
-4.62
z
死者に対する敏感性
前年のPKOの死傷者
-0.009
-0.15
×民主主義国
-0.005 **
-2.49
0.000
0.29
×準民主主義国
0.000
-0.12
0.001
0.74
×準専制主義国
-0.003
-1.27
0.001
0.99
×専制主義国
-0.005 **
-2.08
-0.001
-0.89
×移行期国
-0.004
-0.97
0.006
0.68
×軍事政権
0.000
0.00
-0.001
-0.50
×国内に紛争を抱える国
0.000
-0.16
0.000
-0.10
•Selection Eqationで死傷者に対する敏感性は民主主義国、専制主義国
の両方が有意(敏感性のU字型が実証)
•Outcomeは全体的に敏感に反応(政治体制に有意な差は見られず)
結果④ コントロール変数

国力
– 紛争の有無、人口は有意な値

国連における政治的立場
– P5は積極的参加、提供量も多い
– ミドルパワー、G4は有意な値を示さず

地域
– アメリカ大陸諸国は全般的に参加しない傾
向にあり、参加したとしてもその量は少ない
結論①

PKOの要員提供は、前年度の要員提供数、提
供ミッションの多様性、非戦闘員の割合、過去
10年間の実績、といった政策の慣性と柔軟性
の要素が極めて強く反映
– 国内制度のPKOへの適応
– PKO参加の慣例化・「常連」化
→私的利益(訓練機会など)としてのPKO
– 組織過程?
– 待機取り決め(UNSAS)は、国家の参加を自動化す
るものではないが、政策の慣性と柔軟性を促進する
という点では中長期的な観点から有効と考えられる
結論②

冷戦期も含めた分析でも、政治体制は
PKOへの要員提供と因果関係を持つ。
– 民主主義の度合いが高いほどPKOに参加す
る可能性は高くなる
– ただし、先行研究と異なり、提供人数と政治
体制の有意な関係は見出せなかった。
→実態として以上にプレゼンスとしてのPKO参
加の効用?
結論③




死者数に対する敏感性は、民主主義の度合い
が最小(専制体制)か、最大(民主主義体制)で
あるときに最も大きい
ーーU字型の敏感性
よって、民主主義国は全体としてはPKOに参加
する傾向は強いが、死者に対する敏感性も強く、
意外と脆い。
制度の安定の面では、死傷者を伴う介入の程
度の強いPKOには中程度の民主主義国に依存
したほうが安定
但し、要員の質を保証するものではない。「質」
の維持・向上には別の措置が必要