言語教育研究法研究部会 「言語教育研究法」研究成果報告会 2006年12月6日(水) 言語教育におけるポートフォリオ ーその理論と研究手法としての可能性ー 東京外国語大学大学院地域文化研究科 博士後期課程2年 井之川睦美 はじめに ・ポートフォリオ “Portfolio” ・ポートフォリオ導入実践事例 ・小学校~成人(生涯)教育まで ・日本の小学校における取り組み ・英語ライティング ・日本語教育 ・多分野、多様な実践 ポートフォリオ “Portfolio”って何? 1.本発表の目的 ◆ポートフォリオはどのようなものか ◆どのようなポートフォリオ実践研究があるか ◆研究手法としてのポートフォリオの可能性は? 2.発表内容 ・ポートフォリオの定義 ・理論的・歴史的背景 ・機能と種類 ・導入の意義 ・ポートフォリオ評価 ・実践事例 ・研究手法としての視点から 3.ポートフォリオの定義 目的のために収集された学生の成果物で、課 題とする領域内での努力、進歩、達成を示すも の A portfolio is a purposeful collection of students’ work that demonstrates to students and others their efforts, progress, and achievements in given areas. Genesee & Upshur(1996) A purposeful collection of work that provides information about someone’s efforts, progress or achievement in a given area. It is a learning as well as assessment tool. Longman Dictionary of Language Teaching & Applied Linguistics (2002) 4.理論的・歴史的背景 4.1.教育一般での普及 (アメリカ) ・学校教育への導入ー1980年代 ・理論的背景 ジョン・デューイ、ピアジェ、ヴィゴツキー等による 学習・認知仮説や教育理論が拠所 ・学習者を学びの主体ととらえる ・体験、振り返り、知識の再構成 ・学習プロセスの重視 ポートフォリオ ⇒ 具体的教育実践 特に算数・音楽・ライティング 4.2.能力に対する新しい見方 (Rippa 1992) ・ multiple intelligence ガードナー(Howard Gardner) ・言語的能力 ・身体的能力 ・音楽的能力 ・対人折衝能力 ・内省的能力 ・自然観察力 ・視覚的・空間的把握力 ・論理的・数学的把握力 ・パフォーマンス評価 4.3.ライティング分野での広がり ライティング(大学レベル、L1ライティング) assessmentへの重圧に対する反発 一回で書かれたものを評価することへの疑問 ↓ ポートフォリオ評価に注目 5.ポートフォリオの機能と種類 5.1.ポートフォリオが実施されている主な機関 初等・中等教育 教員養成プログラム 現職教員 5.2.ポートフォリオの機能 Gottlieb(1995) ・ポートフォリオを連続体として説明 リ ン ク ↑ 記 録 ↑ 評 価 ↑ 振 り 返 り ↑ ↑ 収 集 総 括 評 価 5.3.ポートフォリオの種類 (目的別) 学習を内省、成果物全てを入れる コレクション・ポートフォリオ ワーキング・ポートフォリオ プログレス・ポートフォリオ 他人に提示、学習者が選ぶ ショーケース・ポートフォリオ ベストワーク・ポートフォリオ 学習成果を評価、学習者の内省と教師の考え を入れる アセスメント・ポートフォリオ 5.4.第二言語/外国語教育における分類 (Brown 1998) 言語ポートフォリオ 学習者の言語使用に焦点が当てられ、その長所 や弱点が示される コンテントポートフォリオ 内容に対する理解や分析を示す ライティングポートフォリオ ライティングに関する知識や技能を示す ◆言語ポートフォリオ “The European Language Portfolio(ELP)” (http://www.coe.int/T/DG4/Portfolio) language passport: オーナーの言語的アイデンティティー、履歴(言語に 関わる評価、資格、多文化経験)を記す Can-do statementによる自己評価 language biography: 言語学習の目標設定、言語学習を助ける役割 dossier: オーナー選択による第二言語・外国語能力を提示 5.5. ポートフォリオ導入の意義(教育的) Genesee & Upshur(1996) ■ポートフォリオによってもたらされるもの 言語発達の継続的蓄積の記録 学生自身による学習の総合的見解 個々の学生の上達についての内的見解 学生達と一緒の目標設定と協働評価の機会 両親、教師、学生とシェアできる学習成果 メタ言語を使用する機会 ■ポートフォリオによって促進されるもの 評価へ学生を係わらせる 自己評価への責任を持たせる 教師、親、学生と学習について相互意見交換が できる 学習へのオーナーシップと責任を持たせる 学習への興味を高める 学習について批判的に考える能力を養う 協働的に学習する 5.6. ポートフォリオ学習における概念 学習者 ⇒⇒⇒ 学習 振り返り 自己評価 ピア評価 自律した学習者 Autonomous learner 責任 オーナーシップ 意欲 批判的思考 メタ認知 協働学習 明示的学習 究極の目標 = 学習者の自律 6.ポートフォリオ評価 6.1.ポートフォリオ評価に対する見方 ・代替評価法 (alternative assessments) ◆特徴 Hamayan(1995) ・真正性の高い言語使用 ・Proximity to actual language use and performance ・言語に対する総合的な見方 ・A holistic view of language ・学習に対する統合的な見方 ・An integrative view of learning ・発達の適切性 ・Developmental appropriateness ・多様な参考物 ・Multiple referencing ■ポートフォリオ評価に対する見方の変化 ・評価法のひとつ an alternative in assessments (Brown & Hudson 1998 他) ・評価法へのアプローチのひとつ an alternative approach to assessments (McNamara 2001) ◇他者との比較ではない 個々のパフォーマンスの変化の意識化 6.2.ポートフォリオ評価導入の際の考慮項目 Brown & Hudson(1998) ・評価規準、何を含めるか等をだれが決定するか ・時間と労力、教師トレーニングと能力 ・公正な規準、教師トレーニング、だれもが理解できる評価 報告 ・採点者間信頼性、客観性、採点と評価の標準化、学生のリ ソースへの公平なアクセス保証 ・学生の進歩や能力を示すものの決定の仕方、達成度に影 響を与える変数のコントロール、どのような学生の能 力がどのようなパフォーマンス能力につながるのかの 区別 6.3.信頼性と妥当性 ■2つの主張 ・標準化の否定 →ポートフォリオの存在価値 (Huot & Williamson 1997, Moss1994) ・妥当性・信頼性は必要、追求可能 (Hamp-Lyons & Condon 2000 他) ■提言 ・テスト+ポートフォリオ Brown(1998) ・多様な評価法:triangulation→妥当性を高める “art”、解釈が必要、固有性有 shohamy(2001) ■妥当性へ異なるアプローチ Lynch(2001) ◆Positivist 客観性重視、価値観・主観は障害 ◆Interpretivist ・個々の価値観・事実を分離しない ・採点者間の不同意重要、不同意から同意に達するこ とも妥当性に含む ・真の値(true score)の否定 ⇒ポートフォリオの概念的役割 カリキュラムのプロダクトではなく、カリキュラムと 学習者とのインターアクションを推進するもの 7.実践研究事例 ■研究事例 実践事例A ポートフォリオ実践研究 実践事例B 実践調査研究 実践事例C 仮説・統計の使用⇒仮説検証型実証研究 実践事例D ポートフォリオを枠組みとして用いた質的研究 実践事例A -ポートフォリオ実践研究 ■大学 4年制教員養成プログラム 1年生 ■Christiansen & Laplante (2004) カナダ 9月~4月 目的: 自律学習 活動: ・目標到達の活動、手段を話し合う。 ・“How I lived out my action plan this year.”(エッセイ)を書く。 ・授業内の課題、学習日記、語彙・表現、本やテレビ、映画の要約。う ち一つは、オーディオ、ビデオテープ。各項目に振り返りを付記 結果: <インタビューから> ・ポートフォリオをextra workととらえており、役割を理解していなかった <ポートフォリオの内容分析から> ・弱点・長所・が一般的、目標達成のプランが具体的でない。 考察: ・具体的なゴールの設定、学習成果を示す適切なevidenceの選択を学ぶ必要 有。学習者は期待するような自律学習者ではなく 、guided, supported, encouraged する必要有。 ・ポートフォリオの導入方法は、授業とポートフォリオを関連させる、締め切り を設ける、ポートフォリオを評価する。 ・教師同士が第二言語習得、指導を話し合い考えるチャンスとなる。 実践事例B ー 実践調査研究 ■正規の教科外国語学習 ■Padilla & Aninal & Sung (1996) *教師ではない、幾つかの学校を回る ■小学校と高校 一般的でない外国語学習(中国語、日本語、韓国語、 ロシア語)14プログラム、約1,000人の生徒 目的:四技能能力の成長記録、標準測定できない言語能力の記録 結果: ・内容物に日付が書いてないと成長がわからない ・オーディオ・ビデオテープは一回だけでは成長がわからない ・複数でのグループのパフォーマンスは個々の貢献度がわからない ・外国語の成長を見ることは可能 ・教師が目的とオーディエンスを決定すれば代替評価として有益 示唆: ・最初に簡単な概説をつける ・成長を測るため、日付記入、コース最初のスタートとなるものを含める ・リスニング能力・リーディング・スピーキング能力を見 るものを入 れる ・プロセスがわかるように、ライティングで話や語りのものを入れる。 実践事例C ー 仮説検証型実証研究 ■Kingsborough Community College, 中級・上級のESLプログラム ■Song, August (2002) ■ESL学生 500人 60カ国から 英語9セクション 103名 ポートフォリオ導入クラス、107名 通常(ポートフォリオなし) 2年間 目的: ・ポートフォリオ評価の説明力を縦断的に調査 ・標準テスト合格率にポートフォリオ使用と使用しないセクションで違いがみら れるか。 ・ポートフォリオセクションからのESL学生の成績はテストを使ってパスした人と 違いはあるか? 結果: ・ポートフォリオ評価はテストと同様の説明力を持つ。今まで次のコースでやっ ていける学生がテストによって落とされていた可能性有と考察。 実践事例D ー ポートフォリオを枠組みとして用いた質的研究 ■大学 学部 フランス語コース ■Donato R. Mccormick D ■ピッツバーグ大学 フランス語会話クラス 5期目セメスター(1セメスター) 社会文化アプローチの会話授業 目的:学習ストラテジー使用をみる。目標設定をおこなわず、振り返りをする 活動:ワーキングポートフォリオを書く。3週間に一度Growing language ability Evidenceを示すものを提出する。何を示すかは指定しない。録音されたカ セット、エッセイ、教室外でのレポート、宿題、フランス語の映画のレポートな ど。エントリー理由を記載 分析と結果: 15名中10名の40エントリーが分析対象。テクストアナリシスを実施。2名の レーターによってself-assessment, goal setting, strategy use, reference to evidenceの4つの項目にコーディング。結果、一般的で広範であった記 述から、より明確に絞られた目標設定、ストラテジー使用への変化が観察さ れる。クラスメートとフランス語で話したテープをevidenceとした提出物が増 加。これは教室というコミュニティー内での学習ストラテジーと考えられると 考察。 8.研究手法としての視点から Little(2002)の提言 ポートフォリオ導入の有用性実証研究 ↓ ポートフォリオの枠組みを利用した研究 目標設定、自己評価、学習プロセス、 学習者の態度、意欲、振り返りの様子、 目標言語習得への影響 ■研究手法としての特徴 《本稿のポートフォリオ概観と実践報告から考えられる特徴》 ・真正性の高い言語使用データ ・学習者の内省に関するデータ ・学習に対する考え ・判断プロセス ・指導に対する反応や考え ・個人差要因の解明に有用 ・学習・学習者の変化の継続的記録が可能 ■研究に用いる場合の限界 ・限られたデータ収集範囲: 指導法との関連 ポートフォリオに関連するデータ(自己評価等) ・事例研究 →一般化は困難 ・得られたデータの妥当性・信頼性をどのようにと らえるか 9.今後の課題 ポートフォリオ実践事例をさらに検証 ・日本での取り組み事例 ポートフォリオを実践し、ポートフォリオの可能 性と問題点を探る 言語学習の疑問点、問題点をポートフォリオの 枠組みを用いて検証 〔参考文献(一部)〕 Atkinson, D. (2003). L2 writing in the post-process era: Introduction. Journal of Second Language Writing. 12, 3-15. Brown, J. D. (1998). New Ways of Classroom Assessment. Teachers of English to Speakers of Other Languages, Inc. Brown, J. D. & Hudson T. (1998). The Alternatives in Language Assessment. TESOL QUARTERLY, Vol. 32, (4), 653-675. Christiansen, H. & Laplante, B. (2004). Second Language Pre-service Teachers as Learners: The Language Portfolio Project. The Canadian Modern Language Review 60,(4), 439-455. Donato, R. & McCormick, D. (1994). A Sociocultural Perspective on Language Learning Strategies: The Role of Mediation. The Modern Language Journal. 78. 453-464. Genesee, F. & Upshur, J. A. (1996). Classroom-based Evaluation in Second Language Education. Cambridge University Press. Gottlieb, M. (1995). Nurturing student learning through portfolios, TESOL Journal. 5(1), 12-14. Hamayan, E. V. (1995). Approaches to Alternative Assessment. Annual Review of Applied Linguistics. 15, 212-226. Huerta-Macias, A. (1995). Alternative Assessment: Responses to Commonly Asked Questions. TESOL Journal, 5(1), 8-11. Little, D. (2002). The European Language Portfolio: structure, origins, implementation and challenges. Language Teaching, 35, 182-189. Little, D. (2005). The Common European Framework and the European Language Portfolio: involving learners and their judgements in the assessment process. Language Testing 22, (3), 321-336. Lynch, B. K. (2001). Rethinking assessment from a critical perspective. Language Testing, 18, (4), 351-372. Lynch, B. & Shaw, P. (2005). Portfolios, Power, and Ethics. TESOL Quarterly, Vol. 39. #2, 263-297. McNamara, J. M. & Deane, D. (1995). Self-Assessment Activities: Toward Autonomy in Language Learning. TESOL Journal, 5(1), 17-21. Padilla, M. A. & Aninao, C. J. & Sung, Hyekyung. (1996). Development and Implementation of Student Portfolios in Foreign Language Programs. Foreign Language Annals, 29, No. 3, 429-438. Rippa, S. A (1992) Education in a Free Society – An American History. Longman. Shohamy, E. (2001). Democratic assessment as an alternative. Language Testing, 18, (4), 373-391. Song, B. & August, B. (2002). Using portfolios to assess the writing of ESL students: a powerful alternative? Journal of Second Language Writing. 11, 49-72. Woodward, H. (2000). Portfolios: narratives for learning. Journal of In-Service Eduction, 26(2) 329-348. Yancey, K. B. & Weiser, I. (1997). Situating Portfolios. Utah State University Press. Yang, Nae-Dong. (2003). Integrating portfolios into learning strategy-based instruction for EFL college students. IRAL 41, 293-317. Yokomizo, S. (横溝紳一郎)(1999). 「学習者参加型の評価法」『平成11年 度日本語教育学会秋季大会予稿集』40-47. Yokomzo, S. (横溝紳一郎)(2000). 「ポートフォリオ評価と日本語教 育」 『日本語教育』 107号、105-114. Wade, C. R. & Yarbrough, B. D. (1996). PORTFOLIOS: A TOOL FOR REFLECTIVE THINKING IN TEACHER EDUCATION? Teaching & Teacher Education. Vol. 12, No. 1, 63-79.
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