東京大学公共政策大学院教材

事例研究(ミクロ経済政策・問題分析 III)
- 規制産業と料金・価格制度 (冬学期第4回 – 事例(5) 卸電力取引の経済
厚生評価)
2012年 10月 30日
戒能一成
0. 本講の目的
(手法面)
- 価格・数量と費用に関する時系列データから、
経済厚生を評価する簡易的な手法を理解する
- 特に計量分析を用いた需要線・供給線の特定と
実績価格からの「市場支配力」の程度を近似評価
する手法を理解する
(内容面)
- 卸電力取引所における大口電力取引の経済
厚生評価結果を理解する
2
1–背 景
- 開発動機
「卸電力市場の経済厚生を定量的に評価する
ためにはどうしたらよいか?」
→ 日本卸電力取引所の設立目的 (2005年4月)
(部分自由化対象の産業用大口電力を取引)
- 発電設備整備のための指標価格の形成
- 卸電力の調達手段の確保
→ 経済産業省の政策上の要請
- 日本卸電力取引所の経済厚生監視
- 電力部分自由化の政策評価
1–背 景
- 部分自由化後の卸電力市場を巡る問題点
- 2005年4月の規制変更後新たな卸電力市場
体制がスタートしたが、なお問題が・・・・
- 新規参入者のシェアが数%程度と小さい
- なお規制料金となっている託送送電料金、
インバランス料金などが「高い」
- 電力のCO2排出原単位評価の問題が
整理されていない (← 2010年度に措置済)
- 特に卸電力取引所についての論点は 2つ;
- 取引数量が過小で価格変動が大
- 実効ある市場監視がない
1–背 景
- 卸電力取引所を巡る新規参入者側の批判
(2006 総合資源エネルギー調査会制度評価小委)
批判(1) - 取引量が過小で価格変動が大
→ 実際に価格変動が大きいか?
→ このような現象が起きるのは何故か?
批判(2) - 実効ある市場監視がない
→ では、一体どのような監視を行えば
実効ある監視と言えるか?
→ これらの問題を客観的に検証するには
卸電力市場の定量的分析が必要。
2 – 定量的評価の方法論 -1
1) 卸電力取引市場の市場構造
日本の卸電力取引市場は、以下の 2つの取引
形態から構成されている。
- 相対取引 OTC; Over the Table Contract
- 月極固定価格 (通常は平均費用基準)
- 取引数量・価格は非公開
- 卸電力取引所スポット取引 SPC; Spot Price C.
- 基本は 30分毎の単一価格オークション
(前日に一括入札) 他に各種先物あり
- 取引数量・価格は公開(一部有償)
2 – 定量的評価の方法論 -1
1) 卸電力取引の市場構造
売 手: 発電会社
↓ 毎月の価格を決定
↓ 毎日の価格・数量を決定
月極価格
価格・数量
相対取引市場
-月極固定価格
- 価格・数量非公開
卸電力取引所
(単一価格オークション)
- 前日に30分毎で入札
- 価格・数量は公開
購入数量
価格・数量
← 毎日の価格・数量を決定 →
買 手: 電力小売会社
卸取引所
価格情報
2 – 定量的評価の方法論 -1
2) 相対取引市場価格
多くの場合、発電会社の相対取引は時間帯
・季節による「多段階価格」が用いられている。
各段階の価格は平均費用を基礎としている。
価格・費用
価格・費用
昼間価格 \10~
数 量
夜間価格 \ 4~6
00
04
08
12
16
18
24
時 間
2 – 定量的評価の方法論 -1
3) 卸電力取引所価格 (理論価格)
卸電力取引所ではシングルプライスオークショ
ンが採用されているため、十分に競争的な環境
にあれば価格は限界費用を基礎として決まる。
限界費用
価格・費用
価格・費用
卸電力取
引所価格
数 量
00
04
08
12
16
18
24
時 間
2 – 定量的評価の方法論 -1
4) 相対取引-取引所の競争的均衡価格
従って、実際の卸電力取引所の価格は、十分
競争的な環境下では限界費用・平均費用の間
を推移すると考えられる。
価格・費用
限界費用
需 要
卸取引所価格
平均費用
限界費用
MWh
数 量
2 – 定量的評価の方法論 -1
4) 相対取引-取引所の競争的均衡価格
従って、実際の卸電力取引所の価格は、十分
競争的な環境下では限界費用・平均費用の間
を推移すると考えられる。
価格・費用
限界費用
需 要
卸取引所価格
固定費回収部分
平均費用
可変費回収部分
MWh
数 量
2 – 定量的評価の方法論 -1
5) 独占・寡占価格
仮に市場支配力が存在した場合、卸電力取引
所価格は当該特定の時間帯・地域において徐々
に独占価格に近づいていくはずである。
価格・費用
取引所価格’
需 要
限界費用
取引所価格
独占価格
平均費用
MWh
数 量
2 – 定量的評価の方法論 -1
6) 独占力指数 “M”
独占力指数 “M” は以下のように定義される;
M(t) = (P(t) - MC(t)) / (PM(t) – MC(t))
PM; 独占価格, MC; 限界費用(完全競争価格)
価格・費用
需 要
取引所価格’
1.00
限界費用
独占価格
0.00
限界費用
(=完全競争
価格)
MWh
数 量
2 – 定量的評価の方法論 -1
6+) 独占力の一般的指標: Lerner Index L
Lerner Index “L” は以下のように定義される;
L(t) = (P(t) - MC(t)) / MC(t)
(= 限界費用の何倍か?) MC; 限界費用
価格・費用
需 要
取引所価格’
?.??
限界費用
(独占価格)
0.00
限界費用
(=完全競争
価格)
MWh
数 量
2 – 定量的評価の方法論 -1
7) 固定費回収度指数; “K”
固定費回収度指数“K”は以下のように定義される;
K(t) = RFC(t) / TFC(t)
RFC/TFC; 回収された固定費用/総固定費用
限界費用
需 要
価格・費用
卸取引所価格
平均費用
固定費回収部分
可変費回収部分
MWh
数 量
2 – 定量的評価の方法論 -1
8) 経済厚生指標 “M”, “L” & “K”
- 独占力指数 “M”, “L”
M(t) = (P(t) - MC(t)) / (PM(t) – MC(t))
L(t) = (P(t) - MC(t)) / MC(t)
P(t);
卸電力取引所時間帯・地域別価格
PM(t); 時間帯・地域別独占価格
MC(t); 同 限界費用(=完全競争価格)
- 固定費用回収度指数; “K”
K(t) = RFC(t) / TFC(t)
RFC(t); 回収された固定費用
TFC(t); 時間帯・地域別総固定費用
3 – 定量的評価の方法論 -2
1) 最適電源構成モデルの基礎
- 最適電源構成モデルとは、与えられた日負荷
曲線と各種発電技術の与件の下で、線形計画法
により最適な電源構成を時間帯別に求めるシミュ
レーションモデルである。
- モデルにより、費用最小となる各時間帯の
電源構成が解として得られ、原子力発電、
石炭・天然ガス・石油火力発電や水力発電
の費用構成から限界費用・平均費用などを推計。
← 「供給曲線」を技術モデルにより推定
3 – 定量的評価の方法論 -2
2) 最適電源構成モデルのパラメータ計測
- モデルにおける各発電技術のパラメータは
以下の情報を基礎に発電所毎に計測している;
- 固定費用 10電力会社の過去20年程度の
財務諸表の推移から、発電技術別の
平均固定費用を発電所毎に推計。
- 可変費用
燃料費; 日本貿易統計
発電効率; 電力調査統計(‘03)
廃棄物処理費等; (固定費用に同じ)
3 – 定量的評価の方法論 -2
3) モデルの前提条件
- モデルは、与えられた日負荷曲線の下で
最適な各時間帯の電源構成を全部(約200)の
発電所の発電効率から計算された燃料費用と
平均的な廃棄物処理費用などの限界費用順
に電源運用を決定する。
- 日負荷曲線については、電力調査統計
の月次情報から推計する。
- モデルにおいては、揚水発電の最適運用
(= 積分方程式の解)を自動で計算処理する。
3 – 定量的評価の方法論 -2
3+) 工学モデルを使わなくても・・・
- 本事例では、供給曲線は原理的に工学モデル
で正確に記述できるため、工学モデルを適用。
- 一般には、工学モデルを使わなくても、取引の
約定価格・出来高(取引数量)から直接的に需要
曲線・供給曲線を同時推計する方法あり。
← 価格・数量以外の説明変数を外生変数とした
VAR分析など
3 – 定量的評価の方法論 -2
Japanese Electirc Power Grid Capacity (as of 2006FY)
北海道 Hokkaido
Demand 5291MW
Capacity 6584MW
西日本 60Hz
東日本
北 陸 Hokuriku
Demand 5389MW
Capacity 6754MW
中 国 Chugoku
Demand 11576MW
Capacity 12205MW
四 国
Shikoku
6 0 0 0 MW
九 州 Kyushu
Demand 16710MW
Capacity 19422MW
5570MW
関 西
KANSAI
2 4 0 0 MW
(J - p o we r)
九 州
Kyushu
中 国
Chugoku
東 北 Tohoku
Demand 14552MW
Capacity 15515MW
東 京
Tokyo
5570MW
1400MW(JP)
四 国 Shikoku
Demand 5686MW
Capacity 6861MW
東 北
Tohoku
300MW
5570MW
(J-power)
50Hz
北 陸
Hokuriku
16600MW
(5570MW
J-power)
6 0 0 MW
(J - p o we r)
Blue: 50Hz zone
Green: 60Hz zone
Yellow: DC Grid
Red: FC
北海道
Hokkaido
中 部
Chubu
関 西 Kansai
Demand 30470MW
Capacity 35761MW
1200MW
300MW(J-power)
600MW(Tokyo)
(100(300)MW
(Chubu)*)
中 部 Chuby
Deman d 26426MW
Capacity 32585MW
* Frequency Change Facility (300MW) are already established, but opeates at 100MW tantatively.
東 京 Tokyo
Demand 61499MW
Capacity 62875MW
3 – 定量的評価の方法論 -2
4) 最適電源構成モデルの出力例(東・西)
東 日 本 ( 5 0H z ) 地 域 電 源 別 時 間 帯別 出 力
2007年3月 月~金平 均
120000
推定日負荷曲線
西 日 本 ( 6 0H z ) 地 域 電 源 別 時 間 帯別 出 力
2007年3月 月~金平 均
MW
運用可能発電容量
130000
120000
110000
100000
流水
他火
原子
石炭
天複
天在
石油
貯水
揚水
需要
容量
90000
80000
70000
60000
50000
40000
30000
20000
10000
110000
100000
90000
80000
70000
揚水(出力)
LNG 複合火力
60000
50000
石炭火力
40000
30000
原子力
20000
10000
0
0
-10000
-10000
-20000
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
-20000
揚水(入力)
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
MW
流水
他火
原子
石炭
天複
天在
石油
貯水
揚水
需要
容量
3 – 定量的評価の方法論 -2
5) 独占価格の推計
- 独占価格については、各月の 3時間帯毎の
需要曲線を卸電力取引所スポット価格・数量から
地域別・時間帯別・平日/休日別に推計し、
収益最大化価格を計算して推定。
- 需要曲線は、3時間帯毎にパネルデータ
による回帰分析により推計。
- 独占価格は、3時間帯毎の需要曲線と
限界費用曲線を推計し、収益最大となる
価格を推計。
3 – 定量的評価の手法 -2
5) 需要曲線の推計 (各時間帯で供給側不変と仮定)
\/kWh
価 格
東日本 夏期 2 1 - 2 2 時 帯
12.0
卸取引所価格・数量
10.0
8.0
推定需要曲線
6.0
4.0
2.0
0.0
0
50
100
150
200
10^3 kWh
250
300
350
400
数 量
3 – 定量的評価の方法論 -2
6) 最適電源構成モデルの費用出力例(東・西)
独占価格
\/kWh
送 電 端 費 用 -卸 取 引 所価 格 比 較
2007年3月 月~金 東日本
MW
40.0
\/kWh
1200
40.0
36.0
1200
36.0
1000
32.0
短期限界
卸取引所価格
800
24.0
20.0
600
長期限界
独占価格
取引価格
16.0
400
12.0
8.0
1000
32.0
買約定高
28.0
800
24.0
20.0
600
400
12.0
8.0
4.0
200
4.0
0
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
0.0
限界費用
0.0
卸取引所取引高
独占価格
取引価格
16.0
200
短期限界
長期限界
0
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
28.0
送 電 端 費 用 -卸 取 引 所価 格 比 較
2007年3月 月~金 西日本
MW
買約定高
4– 評価結果と結論
1) 2005年度冬期の例 (平日)
→ 2005年度冬期における市場環境に疑問あり。
\/kWh
送 電 端 費 用 -卸 取 引 所価 格 比 較
2006年1月 月~金 東日本
MW
40.0
\/kWh
1200
送 電 端 費 用 -卸 取 引 所価 格 比 較
2006年1月 月~金 西日本
MW
40.0
36.0
1200
36.0
1000
32.0
短期限界
28.0
800
24.0
20.0
600
長期限界
独占価格
取引価格
16.0
400
12.0
8.0
200
1000
32.0
買約定高
28.0
800
24.0
長期限界
20.0
600
400
12.0
8.0
200
0.0
0
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
0
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
0.0
独占価格
取引価格
16.0
4.0
4.0
短期限界
買約定高
4– 評価結果と結論
3) 独占力指数 “M”
→ 2005年度冬期以外は非常に低い値で推移。
独占的状態
↑ M = 0.50
独 占 力 指 数 "M" 推 移
"M"index
0.45
独占力指数
最大値 0.43
0.40
0.35
0.30
東 日 本/平日
0.25
西 日 本/平日
東 日 本/休日
0.20
西 日 本/休日
0.15
2007JAN
2006OCT
2006JUN
2006APR
0.00
2006JAN
完全競争状態
2005OCT
0.05
2005JUN
↓ M = 0.00
2005APR
0.10
4– 評価結果と結論
4) 固定費回収度指数 “K”
→ 固定費回収度は 2005-2006年で約 65%程度。
固 定 費 回 収 度 指 数 "K" 推 移
"K"index
1.20
固定費回収度
高
↑ K = 1.00
全固定費回収水準
(K=1.00)
1.10
1.00
0.90
0.80
東 日 本/平日
0.70
西 日 本/平日
0.60
東 日 本/休日
0.50
西 日 本/休日
0.40
0.30
0.10
2007JAN
2006OCT
2006JUN
2006APR
2006JAN
2005OCT
0.00
2005JUN
固定費回収度
低
0.20
2005APR
↓ K = 0.00
4– 評価結果と結論
5) 何故固定費回収度指数“K”が低いのか?
→ 昼間においては常時バックアップなどの相対
取引価格が相対的に低くなるため、卸電力取引
所の取引が買手により迂回されている可能性大
価格・費用
相対取引価格 ?
00
04
08
12
16
18
24
時 間
4– 評価結果と結論
6) 何故固定費回収度指数“K”が低いのか?
→ 事実、卸電力取引所の夏期・昼間の取引など
で不自然な出来高の減少が観察される。
\/kWh
送 電 端 費 用 -卸 取 引 所価 格 比 較
2006年8月 月~金 東日本 MW
40.0
\/kWh
1200
送 電 端 費 用 -卸 取 引 所価 格 比 較
2006年8月 月~金 西日本
MW
40.0
36.0
1200
36.0
1000
32.0
短期限界
28.0
800
24.0
20.0
600
長期限界
独占価格
取引価格
16.0
400
12.0
8.0
200
4.0
1000
32.0
買約定高
28.0
800
24.0
長期限界
20.0
600
16.0
12.0
8.0
200
0.0
0
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
00-01
01-02
02-03
03-04
04-05
05-06
06-07
07-08
08-09
09-10
10-11
11-12
12-13
13-14
14-15
15-16
16-17
17-18
18-19
19-20
20-21
21-22
22-23
23-00
00-01
0
独占価格
取引価格
400
4.0
0.0
短期限界
買約定高
4– 評価結果と結論
7) 方法論としての課題
→ モデルの推計精度を決定づけるのは
- 日負荷曲線の精度
- 発電容量・技術のパラメータの正確性
- モデルの計算方法(負荷追従限度など)
であり、特に前2つが非常に重要である。
→ しかし、現状では
- 系統利用協議会(ESCJ)が日負荷曲線を秘匿
- 新規参入者が発電容量・技術の開示を拒否
しており、「有効な市場監視」のための
精度が十分確保できていない。
4– 評価結果と結論
8) 結 論
→ 日本の卸電力取引市場については、2005年4月
から 2007年3月迄の 2年間において、市場環境
は極端な異常気象にあった2005年度冬期を除き
概ね競争的環境にあったと評価される。
→ 現状では、売手側が使用した固定費用のうち
約65%程度しか回収されていないと推定される。
従って、今後卸電力市場では売手側の
退出や発電設備容量の下方修正により、
価格が上昇し必要な固定費用の回収が
行われると推察される。