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シンプレクティック法を用いた
多体問題の初期値依存性解析
Q06-064
鈴木 隆
目的
シンプレクティック法を用いて運動方程式を
解き、多体問題における三体の8の字解とい
う周期解の初期値依存性を考察する。
シンプレクティック法とルンゲクッタ法の精度
および速度の比較を行う。
シンプレクティック法について
シンプレクティック法とは、1990年頃に発見された
比較的新しい数値解析の手法である。ハミルトン力学
系において、ハミルトニアン H が
と変数分離出来るときに使用できる数値解析手法で
ある。ここで、qは一般化座標、pは一般化運動量、K
は運動エネルギー、Uはポテンシャルエネルギーであ
る。天体力学の問題ではこの分解が成り立つ。
系の全エネルギーが保存することを前提に開発され
た方法であり、本研究で扱うような天体力学系では特
に有用な方法である。
一般化座標の初期値をq0、一般化運動量の初期値をp0とし、
時間Δt後の一般化座標をqk、一般座運動量をpkとすると、以下の式で
表すことが出来る。
…,
8次のシンプレクティック法の場合
吉田春夫の論文中の係数表
で与えられている8次の場合
そのwより、cとdを導き出す方法は以下のと
おり。
のwは以下のとおり。
…,
…,
三体の8の字解とは
Richard Montgomeryらによって2000年に
発見された周期解。
万有引力で互いに引き合う同質量の平面三
体問題について、8の字の形をした曲線軌道
上を質点が互いに追いかけあうように運動す
る周期解である。
三体の8の字解
ルンゲクッタ法とシンプレクティック法の精度比較方法
三体の8の字解をそれぞれの方法で1周期と100
周期を回し、初期位置が原点の天体が原点の戻っ
てきた際のy切片の数値を誤差の指標として比較し
た。
精度が足りず、8の字軌道を描かないものに関して
は測定不能とした。
精度比較(1周期)
Δt
RK4
Symplectic6次
Symplectic8次
0.1
測定不能
-1.09E-4
-1.08E-4
0.01
2.44E-2
5.31E-8
5.25E-8
0.001
2.99E-3
3.16E-11
3.16E-11
0.0001
3.09E-4
-4.59E-11
-4.57E-11
0.00001
3.10E-5
-4.52E-11
-4.56E-11
精度比較(100周期)
Δt
RK4
Symplectic6次
Symplectic8次
0.1
測定不能
7.43E-05
1.08E-04
0.01
測定不能
-1.06E-07
-9.54E-08
0.001
測定不能
-3.11E-09
-3.14E-09
0.0001
測定不能
-3.08E-09
-3.17E-09
0.00001
5.07E-05
-3.28E-09
-2.97E-09
精度比較の結果
ルンゲクッタ法と比べるとシンプレクティック法はy
切片の誤差は小さく、その精度は明らかに高いと言
える。また、同程度の精度を出すとした場合、シンプ
レクティック法はその刻み幅を1000倍以上小さく出
来るため、シンプレクティック法は速度においても優
秀であることが分かる。
以下の初期値依存性の調査においては精度と速
度の両面から総合的に判断し、6次のシンプレク
ティック法のΔt=0.001を使用することとする。
どうしてシンプレクティック法が優秀なのか
ルンゲクッタ法のような数値解析手法は、本来無限小操作
である積分を有限回で近似することで打切り誤差が発生す
る。この誤差の集積が原因となって、エネルギーの励起・減
衰が起こってしまう。
その結果、特に長時間の数値積分の結果の信頼性が失わ
れてしまうことになる。
一方でシンプレクティック法は、系全体のエネルギーを厳密
に保存するという前提で開発された数値解析手法である。そ
れによってエネルギーの励起・減衰は起こらない。
今回の実験のように長時間の数値積分を行うには適した
数値解析手法であるといえる。
ルンゲクッタ法における一体のエネルギーの変移
シンプレクティック法の一体のエネルギーの変移
精度を高めた場合のルンゲクッタ法のエネルギーの変移
シンプレクティック法のエネルギーの変移
8の字解の初期値依存性
8の字解において中央の原点
に置かれている天体の初期位
置(x方向、y方向、z方向)、初
速度( x方向、y方向、z方向)、
質量の計7パラメーターを一つ
ずつわずかにずらして時間発
展させた。
右の図はそのうち、初期位置
をx方向に+0.05ずらした場合
の軌道である。
8の字軌道全体が角速度を
持って回転するような軌道を描
いた。
右の図はz方向に初速度を+0.05し
たものである。xy平面上では8の字軌
道を維持しながらも、徐々にz方向に
軌道全体がずれていくような軌道を
描いた。
下の図はxy平面でこの軌道を見た
ものである。
このように、x方向およびz方向のず
れに関しては初期位置および初速度
ともに100周期の間では系の発散は
確認できなかった。
一方で質量の1%の増減および、初
期位置、初速度のy方向への+0.05の
ずれに関しては非常に鋭敏に不安定
性を示すことが分かった。
三体以上の周期解について
三体以上の周期解についても初期値依存
性を調査を試みた。
右上の図は四体の
3-chain解と呼ばれる
周期解である。しかし
これに関しては2周
期目ですでに安定を
保てなかった。
そのため初期値依
存性の調査は行うこ
とが出来なかった。
まとめ
• シンプレクティック法は、ルンゲクッタ法と比べて精
度が高く、高速であり、また系のエネルギーを保存
するため天体力学などにおいて長時間の数値積分
を行う場合には特に有用である。
• 三体の8の字解の初期値依存性に関して、質量お
よびy方向のずれには鋭敏に不安定性を示す。
• x方向およびz方向のずれに関しては少なくとも100
周期の間には軌道の発散が確認出来なかった。
• 四体以上の初期値依存性の調査には、精度保証付
き数値計算などを用いる必要があると考えられる。