心理学概論 第5回:心理学研究法 寺尾 敦 [email protected] Twitter: @aterao 1 今日の学習 • 心理学研究あるいは一般に科学的研究で採 用される研究方法について学習する. – 実験研究と相関研究 • 配布資料:Atkinson & Hilgard’s Introduction to Psychology より,研究法についての記述 (p.19 - p.25). – 心理学で,もっとも有名な概論書のひとつ. 2 How Psychological Research is Done • 研究のステップ 1. 科学的な仮説の生成 2. その仮説の検証 • テキストには上のように書いてあるが,必ずしも 「明確な仮説を立ててから研究」とはならない. 明らかにしたい問題は何か,それはどうすれば 明らかにすることができるか,を考えれば十分だ ろう. 参考:岡田猛(1998)「仮説」をめぐるいくつかの仮説―科学的研究におけ る仮説の役割―.丸野俊一(編)シリーズ心理学の中の論争[1] 認知心 理学における論争.ナカニシヤ出版(Pp.189-208). 3 1. Generating Hypothesis • 研究の最初の一歩は,仮説(hypothesis)の 生成である. • 仮説とは,検証可能な言明である. – 例:幼児期健忘(childhood amnesia)について, 「できことが実際に起こった場所にもどれば,人 生初期のことに関する記憶をよりよく検索する (retrieve)ことができる」という仮説を立てる. 4 • どうやって仮説にたどり着くのか? – ひとつの答えがあるわけではない. – 身の回りに起きていることを鋭く観察できる人は, 仮説の生成において有利かもしれない.例:家 (故郷)に戻ると高校生の時のことをよく思い出す. それならば,... – 関連する科学的文献についてよく知っていること は有利である. 5 • しかしながら,科学的仮説にとって最も重要 な源泉は,科学理論(scientific theory)である. – 科学理論:特定の現象についての,相互に関連 ある命題の集合. – 例:性的動機づけの理論のひとつは,異性愛あ るいは同性愛に向かう遺伝的傾向があることを 主張している.ここから,「一卵性双生児は二卵 性双生児よりも同じ性的方向性を持ちやすい」と いった,検証可能な仮説が生成される. 6 • 対立する理論があるときには,それぞれの理 論から仮説を導き出すことで,理論を戦わせ ることができる.これは科学的知見を進める 強力な方法のひとつである. – それぞれの理論から導かれる予測が異なるよう な材料や状況を考える. – 性的動機づけについての別の理論は,経験(環 境要因)を重視する.これら2つの理論を戦わせ るにはどうすればよい? 7 • 科学的(scientific)という用語の意味:データ を収集する方法に, – バイアスがかかっておらず(一方の仮説に有利と いうことがなく), – 信頼できる(他者が観察を繰り返し,同じ結果を 得ることができる) • テキストには書かれていないが,反証可能性 (falsifiability)も科学の重要な条件. 8 2. Experiments • 最も強力な科学的方法は実験(experiment) である.実験は,原因と結果に関する仮説の, 最も強力な検証を提供する. • 実験者は,条件(condition)を慎重に統制 (control)し,変数間の因果関係を発見するた めに測定(measurement)を行う. – 例:睡眠時間と子どものころの記憶再生成績 • 変数(variable)とは,さまざまな値をとるもの. 9 • 実験のキモ:変数に対する正確な統制 • 例:「よい成績に対してより多くのお金が提示 されるほど.数学の問題での成績がよくなる」 という仮説があるとする. – 参加者(participant)を3つの条件にランダムに割 り当てる:5ユーロ条件,10ユーロ条件,報酬な し条件 – 各条件の成績を測定し,多くのお金を払うほど成 績がよいのかを検討する. 10 • 金額は独立変数(independent variable).数学の問 題での成績は従属変数(dependent variable) – 独立変数は実験者が統制し操作する変数.原因 側の変数. – 従属変数は測定される変数.参加者の行動 (behavior)の測度.結果側の変数. • 変数間の因果関係に言及するのに,「の関数 である(is a function of)」という表現がよく用 いられる. 11 Experiment • 報酬なし条件は統制群(control group),その 他2条件は実験群(experimental group). – 実験群:仮定された原因が存在 – 統制(対照)群:仮定された原因が欠如.ベースラ インとなる. 12 • 実験における重要な特徴のひとつは無作為割り 当て(random assignment). – 等質な群を作る工夫.それぞれの参加者において, どの群(条件)に割り当てられる確率も同じ. • 従属変数の値が群によって異なったとき,その 原因が独立変数の値だけに帰着されるようにす る.無作為割り当てはそのための手段のひとつ. 他にも考慮すべきことは多い. – 例:好きな群を選ばせるとか,他の変数の値が変わ る(実験群は朝,統制群は午後,など)のはだめ. 13 • 実験は実験室の外でも実施可能. – 変数の統制や測定の難易度は上がる • 異なった治療法を用いている2つのクリニックの 治療効果が異なるとき,その原因を治療法に帰 着できるか? – できない.治療法以外にさまざまな変数が異なってい る(スタッフ,場所など).あるいは,それぞれの治療 法は,何か重要な特性(たとえば,医者の指示を守る 程度)が異なるグループに支持されているかもしれな い. 14 • 多変量実験(multivariate experiment):複数 の独立変数を同時に操作する.例えば, – テストへの報酬金額3条件 – 問題の難易度2条件(難・易) – 全部で6条件となる 15 • 二重盲検(double blind):実験に参加してい る参加者と,実験の実施者の双方が,実験 条件についての情報を持たないようにする. – 「自分は実験群にいる」「統制群を相手にしてい る」などの知識が,結果にバイアスをかける可能 性がある.(参考:ホーソン効果,ピグマリオン効 果) 16 Measurement • 実験は変数の値を決めるシステムを必要とす る.測定(measurement)の問題. – 物理的な測定:反応時間,正答率など – 参加者自身あるいは観察者による評定:5件法 (5-point scale)など • 得られた測定値の集まりから結論を引き出す には,統計学(statistics)を用いる. 17 3. Correlation • すべての問題において実験が可能なのでは ない. – 例:「痩せた人は,通常体重の人に比べ,味の変 化に敏感である」という仮説.痩せた人のグルー プと,通常体重のグループに,random assignment を行うことはできない. • こうした場合に変数間の関係を吟味するのは, 相関的方法(correlational method). 18 • 同一測定対象から2つの値を測定. – 原因側として想定する変数の値 – 結果側として想定する変数の値 • 散布図(scatter diagram)値のペアをひとつの 点として,2次元でプロット. • 相関係数(correlation coefficient):2変数の 共変動関係の強さを,-1 から +1 までの数値 で表したもの(「統計入門」で学習済み). 19 Correlation and causation • 実験では,原因側の変数の値を操作するから, それによって結果側の変数の値が変化すれば 因果関係が示されたことになる. • 相関研究では,原因側の変数の値は操作してい ない(あらかじめ決まっている).2変数間に相関 が見出されても,それが因果関係であるとは言 えない(例:共通原因としての,第3の変数).因 果関係があるとしても,その方向は特定できな い(それをしようとする統計的手法は提案されて いるが). 20 社会情報学部での心理学研究 • 社会情報学部で心理学の研究をしたいとき, 実験法と相関研究のいずれも可能. • 相関研究の典型は,質問紙(questionnaire) を用いた調査(survey)であろう.たいてい,多 変量解析の技術を習得することが必要. • 実験の典型は実験室実験.質問紙を用いた 実験も可能.たいてい,分散分析の技術を習 得することが必要. 21 • 観察(observation):生体の行動を自然な状 況でありのままに観察する方法.自然観察, 直接観察と呼ばれる. – 観察状況に人為的になにか仕掛けをすると,実 験的観察と呼ばれる. – 参与観察:調査対象となる人々の場に,観察者も 参加しながら観察を行う.状況論の立場の研究 者はこの方法をしばしば採用する. 22 • モデリング:特に認知的モデリング(cognitive modeling).人間の行動を精緻に予測・説明 するモデルを構成する.モデルはしばしばコ ンピュータ・プログラムとして書かれる. 23 • 脳機能計測:認知神経科学(cognitive neuroscience)での研究法のひとつ.頭皮上 での電位変化を測定する脳波測定や,課題 遂行中の脳の活動部位を特定するfMRI(機 能的磁気共鳴画像法)など. – 配布資料 p.18 参照 24 小テスト • ある研究者は,「海馬(脳の一部)は複雑な思考過程 に関係し,簡単な思考過程には関係がない」という仮 説を立てた.彼はランダムに抽出した20匹のラットの 海馬を切除した.そのうち,ランダムに選んだ10匹に 簡単な迷路を学習させ,残りの10匹には難しい迷路を 学習させた.最初の群は10回以下の試行で間違いな く迷路を抜けられるようになった.第2の群は間違いな く迷路を抜けられるようになるのに30試行以上かかっ た.これにより,彼は自分の仮説が支持されたと結論 を下した. (『心理学実験計画入門』学芸社より.架空の実験) 25 • この実験の問題点は何か?今日学習した用 語を用いて指摘せよ. • どのような実験を行えばよいか? • どのような結果が得られれば,この研究者の 仮説は支持されたことになるか? 26
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