社会統計 第1・2回:社会調査の過程 寺尾 敦 青山学院大学社会情報学部 [email protected] 第1章:社会調査の過程 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 理論とは何か 理論命題と操作仮説 独立変数と従属変数 仮説の否定 操作化 測定 統計的検定 研究サイクルの完成 社会調査での問題意識 • 社会調査の過程は,しばしば,世界に対して 問いを発することから始まる. – どのような人たちが民主党に投票するのか? – 所得の低い人たちは,中程度の人たちに比べて, 子どもの数が多いのか? – いろいろな職業の人たちはどれくらいの所得があ るのか? – カトリック信者やユダヤ教徒に比べてプロテスタ ント信者の方が自殺率が高いのはなぜか? • こうした問いは,職業と収入のように,人々や 集団が持つ特性間の関係に言及している. • 変動(variation)の説明が社会科学の中心的 課題である. – 従属変数の変動を独立変数の変動で説明する. – How do people, groups, communities, or nations differ from one another, and what are the consequences of such variation? (原著第4版, p.3) • 統計学は,特性間の関係を解き明かすための ツールである. – Properly and cautiously applied, social statistics can permit researchers to reach tentative conclusions about the existence and strength of social relationships. (原著第4版,p.4) – Our approach to statistics stems from directly from a conviction that adequately explaining any human behavior is equivalent to showing how variations in that behavior are related to multiple, measured causes. (原著第4版,p.4) • 問いはどこから生まれるのか? – 個人的体験 – これまでの研究成果の蓄積.社会現象に関する 多くの理論や経験的知見. 1.1. 理論とは何か • 命題(proposition):抽象的な概念間の関係 についての言明.暗黙的な If-Then 形式(If 原 因,then 結果)をとるものが多い. – 例1:経済的不安定によって,国家の政治体制に 対する不満が生じる. – 例2:国家の政治体制に対する不満によって,反 体制の政治的勢力が強くなる. • 命題は概念(concept)とそれらの間の関係 (relationship)から構成される. – 概念:明確に定義された物,行動,(自己あるい は他者の)知覚,現象. 経済的 不安定 生じる (因果) 政治体制 への不満 • 社会的理論(social theory):社会現象に関す るいくつかの概念が因果的に関係し合ってい ることを仮定した,複数の命題の集合. • 政治経済上のミニ理論の例: – P1:経済的不安定によって,国家の政治体制に 対する不満が生じる. – P2:国家の政治体制に対する不満によって,反 体制の政治的勢力が強くなる. • 理論に含まれるどの命題も,少なくとも1つの 他の命題と結びついていなければならない. 経済的 不安定 政治体制 への不満 政治体制 への不満 反体制勢 力の強さ • 命題が相互に結びつくことにより,演繹 (deduction)が可能となる. – P1:経済的不安定によって,国家の政治体制に 対する不満が生じる. – P2:国家の政治体制に対する不満によって,反 体制の政治的勢力が強くなる. – P3:経済的不安定によって,反体制の政治的勢 力が強くなる. 理論=抽象化 • 理論は複雑な現実の世界からの抽象化であ る. – 説明されるべき現象の中から少数の側面を選ぶ. – 残りの部分については無視している. – 言及していない要因に関しては,働いていない, あるいは,一定である(ceteris paribus = other things being equal)ことを仮定する. • 理論は一般に,ある一定の条件ないし対象 にだけ適用することを意図している. • 境界条件(boundary condition):社会的理論 を構成する命題が妥当であると期待される時 間,場所,活動. – 例:マルクスの階級闘争説は,産業資本主義社 会にもっともよく当てはまる. 理論,パラダイム,モデル • パラダイム:包括性の高い理論.ある時代や 分野においてに支配的なものの考え方.現実 に対する独自の観点を提供する. – 例:進化パラダイムの登場,ニュートン力学から 相対論へ. • モデル:理論を特定の現象に適用したもの. 具体的な対象に対して,具体的な予測を行う. 1.2. 理論命題と操作仮説 • 操作仮説(operational hypothesis):抽象的な概 念の代わりに観察可能な具体的な対応物(ある いは用語)を用いて言いかえられた命題. • 理論を構成する命題を検証するには,操作仮説 を生成する必要がある. – 命題P1:経済的不安定によって,国家の政治体制に 対する不満が生じる. – 「経済的不安定」「国家の政治体制に対する不満」を 具体的にしないと,命題の検証ができない 理論命題から操作仮説へ • 政治経済上のミニ理論 – 命題P1:経済的不安定によって,国家の政治体 制に対する不満が生じる. – 命題P2:国家の政治体制に対する不満によって, 反体制の政治的勢力が強くなる. • ミニ理論からの操作仮説: – H1:物価上昇率が高いと,大統領の経済政策に 対して否定的な態度が生まれる. – H2:大統領の経済政策に対する不満が高いと, 選挙において野党への支持が増大する. • ひとつの命題は,いくつかの異なった操作仮 説へと言い換え可能. • あるひとつの概念に対して複数の指標が存 在し,それらが互いに同じぐらいよい指標で あると考えられるならば,ある指標によって検 証された仮説は,別の指標によっても検証さ れるはずである. • 仮説に含まれる指標は,しばしば変数 (variable)と呼ばれる.変数とは,様々な「値」 をとりうる,人,物,事象の特性である. – 値が変化しないものは定数(constant) – 概念を潜在変数(latent variable),測定される変 数を顕在変数(manifest variable)と呼ぶこともあ る. 1.3. 独立変数と従属変数 • 独立変数(independent variable):因果関係 に言及あるいはそれを含意している仮説にお いて,原因の役割を持つ変数. – 例:「年収は学歴によって異なる」という命題での, 学歴. – 実験では,実験者が操作する変数 – 操作できない変数(独立変数)を地位変数(status variable)と呼ぶことがある. • 従属変数(dependent variable):独立変数に 対して,結果の役割を持つ変数. – 例:「年収は学歴によって異なる」という命題での, 年収. 練習問題 • 章末問題9:以下の仮説に含まれる独立変数 と従属変数を指摘せよ.またどれが地位変数 であるかを述べよ. a. テレビをよく見る子どもほど学業成績は低い. b. 南部に住む人は他の地域の住人よりも,対人 的暴力に対する寛容度が高い. c. 黒人男性よりも黒人女性の方が年収は著しく低 い. 1.4. 仮説の否定 • 理論を構成する命題は,観察可能な(顕在) 変数間の関係を述べた操作仮説に言い換え られて,検証される. • 得られた結果が仮説を支持するものであった ならば,その命題は正しいと「証明」されたの だろうか? • 経験科学において,理論あるいは命題は,真 実であると証明できない. – Karl Popper の反証主義(falsificationism).反証 可能性によって,科学とエセ科学を区別した. • 命題は次の2種類しかない – すでに反証され,誤りであることがわかっている 命題. – これまでのところ,まだ反証されていない命題. • 「A ならば B である(=すべての A は B であ る)」という命題は証明できない. – 例:すべての白鳥は白い – 例:経済的不安定によって,国家の政治体制に 対する不満が生じる. – B である A をたくさん集めれば,命題の確からし さは上がっていくが,証明はされない. – 反例(BでないA)がひとつでも見つかれば,命題 は否定される. • 数多くの研究によって反証されなかった命題 は,真実である可能性が高い.しかし,真実 であると証明することはできない.いつかは 反証される可能性がある. • 反証は強力な方法 – 自然科学では,競合する理論やモデルから,両 立しない仮説を導き,データによって一方を否定 するということが行われてきた. • 反証アプローチが社会科学にも適用可能な のかについては,疑問の余地がある. – 概念,境界条件,操作仮説のあいまいさ • それでも,社会科学における知識の蓄積は, (少なくとも部分的には)仮説の反駁によって もたらされている. – 仮説と矛盾するデータが得られたならば,少なく ともその状況に関する限り,命題の正しさに疑い が持たれることになる. 1.5. 操作化 • 理論から操作仮説を導くときには,抽象的な 概念を観察可能な変数へと操作化 (operationalization)しなければならない. – 操作(operation):人,物,事象について,仮説の 検証と関わる側面を観察し記録する方法. • 妥当性(validity):ある操作によって得られた 測度(measure)が,測定しようとしている概念 を表している程度. • 非常に簡単にいえば,妥当性は,意図してい る概念を測定できているかどうかを問題にし ている. – 経済的不安定性を物価上昇率によって測定しよ うとする.物価上昇率という測度は,経済安定性 という概念を,どれぐらい正確に表しているだろう か? • 妥当性という考え方は複雑である.近年は構 成概念妥当性という考え方に収束している. • 信頼性(reliability):観察結果が再現可能な 程度.同一対象の測定を繰り返したとき,測 定値が安定していること(再テスト信頼性). – 測定のたびに数値が異なることはないか. – テキストでは,「同一概念について別個の操作を したときに同じ結果が得られる程度」という定義 がされている.これは収束的妥当性と呼ばれる 妥当性の定義に読めるので,あまりよくない. 1.6. 測定 • 測定(measurement):観察結果に対してある 一定の規則を用いて「値」を付与すること. – 測定を行うことで,変数間に仮定された関係(命 題)を検証するための,数学的操作が可能になる. • どのような「値」を付与するか? – 質的変数(qualitative variable):測定対象を,そ れらが持つ特性の種類(質)によって分類したも の. – 量的変数(quantitative variable):特性の大きさ (量)によって分類したもの. • 測定対象を,それらが持つ特性(たとえば,性 別)の種類(質)によって分類するとき(つまり, 対象をカテゴリに分類するとき),その特性を 質的変数(qualitative variable)と呼ぶ.カテゴ リには数値を割り当てることもある(たとえば, 男が0,女が1). • 測定対象が持つ特性の大きさ(量)を測定す る変数を量的変数(quantitative variable)と呼 ぶ. 連続型変数と離散型変数 • 連続型変数(continuous variable):潜在的に, ある範囲の実数すべてをとりうる. – 測定限界のため,整数値しか現れないこともある. (例:学力テストの得点) • 離散型変数(discrete variable):整数値のみ をとる. – 多くの場合に,計数によって得られた値(例:各世 帯における子どもの数). • テキストでは離散変数と連続変数という区分 を行っているが,これは質的変数と量的変数 という区分の方が適切だろう. – 質的変数はすべて離散変数と考えられる. – 量的変数には,離散変数と連続変数がある. – 離散・連続の区別は,量的変数についてのみ意 味がある. 測定水準(質的変数) • 名義尺度(nominal scale):男女,出身地,信 仰する宗教など,順序関係のない質的変数 の尺度. • 順序尺度(ordinal scale):学歴や社会的地位 など,順序づけ可能な質的変数の尺度(カテ ゴリに順序がある).測定値間の差は無意味. 平均値は無意味だが,中央値を求めることは できる. 測定水準(量的変数) • 間隔尺度(interval scale):テストの得点のよう に,測定単位(例:1点)いくつ分かという測定 を行う,量的変数の尺度.測定値間の差に意 味があるが,絶対原点を持たないため,比率 (何倍)は無意味.平均値が意味を持つのは, この尺度と比率尺度. • 比率尺度(ratio scale):絶対原点を持つ,量 的変数の尺度.年齢や収入など. • 観察結果は,相互に排他的で,かつ,包括的 なカテゴリに割り当てなければならない. – 相互排他性(mutual exclusiveness):個々の観察 結果が変数の中の唯一のカテゴリに位置づけら れること. – 包括性(exhaustiveness):すべての観察結果を位 置づけるのに,十分なカテゴリが存在すること. – 質的変数での「その他」というカテゴリは便利だが, まったく異なった結果がこうしたカテゴリに混在す ることは,できる限り避けるべき. 練習問題 • 章末問題12(改変):以下の変数はどの尺度 水準(名義尺度,順序尺度,間隔尺度,比率 尺度)で測定されるかを答えよ. a. 大学の学部の大きさ:専任教員の数 b. 国の地方:北部,南部,東部,西部 c. 犯罪発生率:住人10万人ごとの各年の殺人発 生件数 d. テレビ視聴:1週間のテレビ視聴時間 e. 4Hクラブのコンテストの成績:青リボン(一等賞), 赤リボン(二等賞),黄リボン(三等賞) f. 出身地:インディアナポリス,ブルーミントン, ゲーリー,等々 g. 党派性:選挙区ごとの社会主義政党への投票 率 h. 自尊感情:「とても好き」から「とても嫌い」まで7 段階尺度 1.8. 研究サイクルの完成 • 統計的手法によって,操作仮説を検討し,経 験的知見を得る. • 操作仮説が支持されれば,そのもととなった 命題および社会理論が妥当であることの確 信が増す. • 支持されなければ,命題および社会理論の 正しさは疑われる. 理 論 (理論的命題) 経験的知見 統計的検定 操作仮説 観察と測定 図1.1 研究のサイクル(テキスト p.6)
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