2B19 極低温時間分解蛍光測定による好熱性シアノバクテリア T. vulcanus 光化学系 II の二量体と単量体のエネルギー移動の比較 ○西俊輔*, 小村理行*, 野地智康*, 川上恵典**, 沈建仁**, 柴田穣*, 伊藤繁* (名古屋大学理学研究科* 岡山大学大学院自然科学研究科**) [序] 光合成は光エネルギーで電荷分離反応を起こし、多段階の電子移動を経て有機化合 物を合成する。光反応は、2 種の色素-膜タンパク質複合体(光化学系 I と光化学系 II) で進む。多数のアンテナクロロフィル(Chl)が光エネルギーを捕集し、励起エネルギ ーは効率よく高速で反応中心に運ばれ、化学エネルギーに変換される。 光化学系 II は、外部アンテナタンパク質と、コアアンテナ CP43、CP47、そして 電子移動を行う反応中心(RC)からなるコア複合体からなり、これが二量体を形成 し、チラコイド膜上に存在している。CP43, CP47 上の 40 分子程度の Chl 間で高速 のエネルギー移動が起こるが、エネルギー捕集経路の詳細は解明されていない。我々 の研究室では、エネルギー移動の速度が遅くなる極低温 4 K でのピコ秒蛍光寿命測定 を行ない、エネルギー移動過程を解析してきた。得られた Decay Associated Spectra (図1)は、CP43 上の F685 と CP47 上の F695 と F689 の 3 つの蛍光帯間でのエ ネルギー移動を示唆し、これを説明するために図2のように光化学系 II コア複合体 単量体 2 つの間でのエネルギー移動があるというモデルが考えられた(1)。本研究 では、このモデルの妥当性を検討するために、単量体と二量体の測定をおこない、図 2のモデルから予想されるような蛍光減衰の差が出るかを検討した。 本研究では、好熱性シアバクテリア Thermosynechococcus(T.) vulcanus から精製 した光化学系 II コア複合体の単量体と二量体を試料として、極低温でのピコ秒時間 分解蛍光寿命測定行い、このモデルの妥当性について議論する。 [実験] シアノバクテリア T. vulcanus の膜系をとり、界面活性剤処理のあとクロマトグラ フィーで光化学系Ⅱ単量体、二量体を各々精製した。試料を緩衝液で希釈し、低温で の透明度を保つためにグリセロールを体積比 60%に混合した。温度を下げることでエ ネルギー移動の速度を遅くして、より詳細なエネルギー移動を調べるため、4 K、40 K 、 77 K でストリークカメラを用い、時間分解蛍光を得た。励起波長は 430 nm、レーザ ーパルス 150 fs、繰り返しは 80MHz で測定した。 Annual Meeting of Japan Society for Molecular Science (2009) 図 1 図 2 [結果と考察] 図3と4は、単量体と二量体の 4 K でのクロロフィル蛍光寿命測定から得られた、 ピーク波長付近の蛍光減衰曲線と時間分解スペクトルである。単量体の減衰が二量体 の減衰よりも僅かに遅くなっていたが、あまり大きな差はない。図4の時間分解蛍光 スペクトルもほぼ同じであった。これらの結果が単量体間での何らかのエネルギー移 動を示している可能性があるが、図2のモデルから予想されるような大きな変化では なかった。発表では図2のモデルを含め、より実験結果を再現できるようなエネルギ ー経路のモデルを考慮し、議論する。 二量体 単量体 12 1 10 0.1 8 二量体 単量体 0.01 6 4 0.001 0 1 2 3 time (ns) 4 5 2 図 3 675 680 685 690 695 700 wavelength (nm) 705 710 図 4 参考文献 (1) M. Komura, Y.Shibata, S.Itoh Biochimica et Biophysica Acta 1757 (2006) 1657–1668 Annual Meeting of Japan Society for Molecular Science (2009) 2B20 光化学系 I 反応中心における極低温での超高速光捕集機構の解析 (名大院・理) ○柴田 穣、山岸 篤史、伊藤 繁 [序] 光化学系 I (PS I)反応中心は、植物やシアノバクテリアなどの酸素発生型光合成における二 つある光化学系のうちの一つで、700 nm 付近に吸収ピークを持つ P700 と呼ばれるクロロフィル (Chl)-a 二量体で起こる光誘起電子移動により高い還元力を作り出し、NADPH を生成する。PS I には、一つの P700 あたり約 100 個の Chl-a 分子がアンテナ色素として結合している。そのうちの 10 個弱の Chl 分子は red Chl と呼ばれ、 P700 よりも低い励起エネルギーを持っており極低温で 730 nm 付近に特有の蛍光を示す。効率的なエネルギー捕集には不利と思われる red Chl の機能は分か っていない。どの Chl 分子が red Chl を構成しているのか、いくつかの候補は挙げられているが、 最終的な決着には至っていない。我々は、 PS I において red Chl を含む多数のアンテナ Chl から P700 へのエネルギー捕集経路およびその kinetics を明らかにすることを最終的な目的として、極低温で の超高速蛍光測定を行ってきた。極低温にすることでエネルギーの低い準位から高い準位への遷 移が抑制され、エネルギー捕集過程は一方通行となる。このことにより単純化されたエネルギー 捕集過程を解析することで、上記の目標を達成することを目指している。昨年の討論会では植物 の PS I についての結果を報告したが、今回は周辺アンテナのないシアノバクテリアの PS I につい ての結果を基に PS I 内でのエネルギー伝達経路について考察する。図 1 は、シアノバクテリア、 Thermosynechococcus (T.) elongatus 由来の PS I で得ら れ た 15 K で の Decay 1.0 Associated Spectra (DAS)であ る。この DAS からは、以下 のことが読み取れる。1) ~6 ~730 nm にピークを持つこ とから、励起エネルギーは数 ps 以内に red Chl へと流れ込 んでいる。2) 6 ps、140 ps、 360 ps の減衰成分を示す3種 Amplitude [A.U.] ps の高速の DAS 成分が 720 0.5 0.0 100 fs 1.32 ps 6.11 ps 34.5 ps 139 ps 357 ps -0.5 類の red Chl の存在が示唆さ れる。今回は、X 線結晶構造 -1.0x10 4 解析から得られている PS I の構造に立脚してこの結果 を解釈し、エネルギー伝達経 路、red Chl の位置、などにつ いて考察する。 660 680 700 720 Wavelength [nm] 図 1 Annual Meeting of Japan Society for Molecular Science (2009) 740 760 [方法] 最近 T. Renger らのグループは、植物のもう 1 つの反応中心、光化学系 II(PS II)のエネ ルギー捕集過程について、その構造に立脚した解析を行った[1]。彼らはまず、ある Chl ペア間で の励起子相互作用がある閾値よりも強い場合にその二つは同じグループに属するとのルールによ り、多数のアンテナ Chl をいくつかのグループに分割した。閾値として、典型的なタンパク質中 Chl の再配置エネルギー、36 cm-1 という値を採用している。分割された各グループ内の Chl 励起 状態は、非局在化して励起子を形成すると考え、グループ内のエネルギー捕集過程は励起子間緩 和という形で進行すると解釈する。グループ間のエネルギー移動は、住らなどにより提唱されて いる一般化 Förster 機構[2]により平衡化した励起子間で進行する、としている。このようなモデル により彼らは、PS II における過渡吸収などの実験結果をシミュレーションにより再現することに 成功している。励起子相互作用の強さは、構造データを基に計算可能であるので、結晶構造の得 られている PS I にもこの手法を適用することができる。我々は、彼らの手法に倣い PS I の約 100 個の Chl 分子をグループ化し、極低温での蛍光ダイナミクスが再現できるかを検証した。 [結果と考察] 図 2 には、ほぼ膜面垂直方向、スペシャルペアの側から見た T. elongatus の PS I の結晶構造に含まれる全ての Chl 分子の配置を示した。構造に基づいて Chl ペア間の励起子相互 作用を計算し、同じグループに属すると判定された Chl を同色で示している。今回の計算では、 Chl 分子の Qy 遷移双極子の強度は 4.5 D とし、同グループへ属するかの判定に用いる閾値は、 Renger らの報告に倣い 40 cm-1 とした。図 2 の中央付近に位置する赤で示した Chl のグループは、 P700 スペシャルペアを含む 7 つの分子が属しており主に電子伝達鎖を構成している。赤で示した グループから一定距離離れて、環状にアンテナ Chl が配置されている様子が分かる。どのグルー プにも属さない Chl は、薄い灰色で示した。PS I では、一つのグループに属する Chl 分子の数が PS II の場合より多くなる傾向が見られた。特に青および緑で示したグループは、ともに 30 個近 い Chl 分子を含む大きな領域を形成している。我々の実験結果は、red Chl へのエネルギーの流入 が数 ps 以内という非常に高速に完了することを示しているが、これは多くの Chl を含むグループ 内での高速の励起子緩和により起こっているということで説明できる。今後、グループ内での励 起子固有状態、それらの間のエネルギー移動速度を計算し、実際に得られた実験結果を再現可能 か検証する。 講演では、理論モデルによるシミ ュレーション結果を報告し、モデル の妥当性および予想されるエネルギ ー捕集経路について議論する。 [参考文献] [1] G. Raszewski, and T. Renger, J. Am. Chem. Soc. 130 (2008), 4431. [2] H. Sumi, J. Phys. Chem. B 103 (1999), 252. Annual Meeting of Japan Society for Molecular Science (2009) 図 2 2B21 光センサータンパク質フォトトロピンの光反応と隠された機能 (京大院理 1・府立大理 2)中曽根祐介 1)、直原一徳 2)、松岡大介 2)、徳富哲 2)、 鈴木友美 1)、長谷あきら 1)、○寺嶋正秀 1) 【序】多くの生命は外界を認識し応答するため、多くのセンサーを持っている。通常は、 すでに機能の知られた生体タンパク質の物理化学的測定を行い、反応機構を明らかにする分 子科学的研究がおこなわれる。例えば、我々はフォトトロピンと呼ばれる植物の持つ青色光 センサータンパク質の反応機構に興味をもち、研究を進めてきた。このタンパク質は、光屈 性・葉緑体の光低位運動・気孔の開閉運動を制御するタンパク質であり、光検出を担うドメ インとして Light-Oxygen-Voltage-sensing (LOV)ドメインを有している。光反応に伴う体積変化 や拡散係数変化を高い時間分解能で測定可能な過渡回折格子(TG)法を適用することで、従 来の測定手法では検出が困難な LOV ドメイン間の会合・解離反応や LOV ドメインの C 末端 に隣接するヘリックスの崩壊過程を時間分解で検出してきた 1,2。ところが、我々はその研究 過程で、非常に大きな反応の温度依存性を見出した。この反応の温度依存性の意味を考えて みると、生体内でも、こうした温度依存的な機能を持っているのではないかと推察され、こ のことはフォトトロピンが温度センサーとしても働いているのではないかという推測を導く。 もしこれが実証されれば、分子科学的研究から逆にこれまで知られていなかった機能を明ら かにできることになり、非常に興味深い。これまで調べてきた反応機能の温度依存性と対応 させて、実際に植物でそうした温度センサーとしての機能をはたしているのかどうかについ て調べた。 【実験】フォトトロピンは光受容を担う二つの LOV ドメイン(LOV1、LOV2)と、活性化反 応を示す Ser/Thr キナーゼドメイン、さらに LOV2 とキナーゼを結ぶ linker から構成されてい る。LOV2 ドメインがキナーゼドメインの活性制御に特に重要であると考えられており、ま た linker 部分に存在するへリックスが構造変化を起こすことから、この部位もシグナル伝達 に重要であるという見解が広く持たれている。これら重要部位の初期状態や光誘起反応に対 する温度効果を調べるために、フォトト ロピン(シロイヌナズナ由来)の LOV2 ド メ イ ン に linker を 付 随 さ せ た も の (LOV2-linker 試料)を試料として用い、TG 法による温度変化測定を行った。また、 生理機能の研究においては、シロイヌナ ズナの野生株(WT)とフォトトロピンを 欠損させた変異株(MT)を用意し、寒 天培地で 2 週間育てたあと、土に植えつ いでさらに 2 週間育てたものを測定に用 いた。特に、フォトトロピンが制御して いることが確立している、気孔の開閉運 動、葉緑体の光定位運動への温度効果を 調べた。 【結果と考察】LOV2-linker 試料では 300 s で linker が LOV2 ドメインから解離す る光反応が起こり、さらに linker 部分の 図1 TG 信号の温度依存性から決められた へリックス崩壊という劇的な反応が 1ms 初期状態の平衡。低温構造のみが機能に結 で誘起されることを、主に過渡回折格子 び付く光反応を起こす。 (TG)法を用いて明らかにした。この光反 Annual Meeting of Japan Society for Molecular Science (2009) 応に対する温度効果を調べるために、TG 信号の温度依存性を測定したところ、温度上昇に伴 い、分子拡散を示す信号強度が 減少する様子が観測された。こ れは光励起によって構造変化を 示す分子数が減少していると解 釈され、初期状態に温度依存性 があることが示唆される。我々 はこの結果を、初期状態で既に linker ドメインが解離している 分子種が温度上昇に伴い増加し ており、この分子を光励起して も拡散係数変化を示さないと結 論した。すなわち、初期状態が 温度に依存し、さらにその光反 応が初期状態に依存することが 明らかになったといえる(図1) 。 これらの結果を基に、フォトト ロピンが温度センサーとしての 機能を有する可能性について調 べるため、制御している機能の 図2 WT とMT シロイヌナズナの低温と高温での気孔 一つである、気孔の開閉運動へ の顕微鏡像 の温度効果を検討した。図2に 透過型顕微鏡で捉えた気孔の写真を示す。WT、MT とも気孔の大きさ自体には差がなかっ た。開口度を種々の温度に対して測定したところ、MT では開口度に目立った温度効果が見 られなかった。ところが WT では温度上昇に伴い気孔の開口度が上昇する様子が観測された (図 3) 。以上の結果は、植物が温度を感知して気孔の開閉を行い、そのためにフォトトロピ ンが重要であることを意味して いる。分子レベルでの反応機構 から考えると、温度上昇により linker 部分が解離した分子種が 増加し kinase の活性化が促進さ れ、気孔の開口という形で現れ たと解釈できる。 同様に、葉緑体の定位運動への 温度依存性も調べた。MT につ いては温度を変えても光を照射 しても葉緑体の定位運動が誘起 されないが、WT では、光に対す るレスポンスが、温度依存的で あることが見出された。この結 果からフォトトロピンが制御す 図3 WT とMT シロイヌナズナの気孔の開口度の温度 る現象の一つである葉緑体運動 依存性 に対しても温度効果があること がわかった。 参考文献 1. Y. Nakasone, T. Eitoku, D. Matsuoka, S. Tokutomi, M. Terazima., Biophysical Journal, 91 (2): 645-653, 2006.: 2. Y. Nakasone, T. Eitoku, D. Matsuoka, S. Tokutomi, M. Terazima., J. Mol. Biol, 367 (2): 432-442, 2007. Annual Meeting of Japan Society for Molecular Science (2009)
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