武蔵堆周辺海域における基礎生産の制限要因に 関する一考察 ○河合 浩1*・渡辺光弘1・山本 潤1・林田健志2・峰 寛明2 1 (独)土木研究所寒地土木研究所(〒062-8602 札幌市豊平区平岸1条3丁目1-34) 2株式会社エコニクス 環境事業部(〒004-0015 札幌市厚別区下野幌テクノパーク1丁目2番14号) * E-mail: [email protected] 1. はじめに 沖側 排他的経済水域における水産資源の生産力向上を目的 夏季と秋季の現地調査結果から当海域における基礎生産 141°30′ 141°00′ 100km 141°15′ 0 調査位置 140°40′ ○ 140°00′ て知られ,その有力な候補地となっている.将来事業が 140°20′ 部沖の武蔵堆周辺は,スケトウダラ等の優良な漁場とし 139°30′ 139°40′ 辺においても実施の可能性が検討されている.日本海北 ける周年の基礎生産構造に関する現地調査を開始した. 陸側 17 16 15 14 13 12 11 N45°00′ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ JW 7 6 5 4 3 2 1 N44°50′ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ L1 7 6 5 4 3 2 1 N44°40′ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ L2 6 5 4 3 2 1 7 N44°30′○ ○ ○ J2 ○ ○ ○ ○ に 2007 年より国直轄の漁場整備が開始され,北海道周 実施される場合の知見を得るため,著者らは当海域にお 漁場直上 図-1 調査位置図 の制限要因について考察を行ったので,それらを報告す る. 見られることがわかる. (C)陸側の 2009 年 8 月では降水 による表層の塩分低下と対馬暖流の特徴である中層高塩 2. 調査内容 分の傾向が見られ 2) ,2010 年 10 月では対馬暖流の影響 がより顕著に現れて水温が上昇していることがわかる. 調査時期は,2009 年 8 月 2~5 日,2010 年 10 月 5~6 日に行った.調査位置は図-1 に示す北緯 44°30′から その中間の(B)漁場直上付近では沖側の表層冷却の影響 と陸側の対馬暖流の影響の両方の特徴が伺える. 北緯 45°,東経 139°40′から東経 141°30′までの区 間で,地方独立行政法人北海道立総合研究機構水産研究 (2)水温・塩分・クロロフィルaの鉛直構造 本部が定期的に行っている調査箇所(JW,J2)に測線 水温・塩分・クロロフィルaの観測結果について,T-S (L1,L2)を追加して計測を行った. 主な調査項目とし ダイアグラムの分布の傾向と対比できるように,沖側, 漁場直上,陸側の代表例を図-3に示す. 2009年8月の観測では,表層の水温が沖側,漁場直上, 測点で行い,バンドーン型採水器による採水を JW-13’, 陸側とも約20℃程度となっていたが,2010年10月の観測 L1-4,L1-5,L2-4,J2-4 の 5 地点で行った.現地観測の て,船舶に搭載された CTD による水温,塩分観測を全観 詳細は山本ら 1) を参照されたい. では沖側の表層水温が4℃程度低下しており,表層冷却 に伴い徐々に鉛直混合が進んでいることがわかる.漁場 3. 調査結果 直上付近についても表層水温が2℃程度低下しており同 (1)武蔵堆周辺の水塊構造 様の傾向となっている.しかし,陸側では表層の温度の T-S ダイアグラムについて,夏季と秋季の観測結果を, 低下は見られず,表層から水深60m付近にかけて水温が 上昇している.これは水深50m付近を北上する対馬暖流 武蔵堆の沖側,漁場直上,陸側に分けて図-2 に示す.沖 側,陸側で異なる密度分布を示し,(A)沖側では 2009 年 の影響2)が強く表れたものと考えられ,表層冷却によっ 8 月に比べて 2010 年 10 月では表層冷却の初期の状況が て生じる鉛直混合が阻害されていることがわかる. 25 σt=23 15 0 5 σt=26 33 σt=27 Salinity (PSU) 34 35m 60 80 34 33 35 2009年8月 水温,Chl.a 2010年10月 水温,Chl.a 35 塩分(PSU) 塩分 塩分 (A) 沖側 JW-17 Chl.a(μg/L) 水温(℃) 0 5 10 15 0 表層冷却 20 0 1 表層冷却 2 20 38m 51m 40 σt=24 水深(m) Temperature (°C) 2 補償深度60m程度 120 2009年8月 2010年10月 σt=22 10 σt=25 5 補償深度60m程度 60 80 100 σt=26 0 32 33 σt=27 Salinity (PSU) σt=28 34 120 33 35 34 35 塩分(PSU) (B) 漁場直上 L1-4 (B)漁場直上(JW-14 L1-4 L2-4 J2-4) Chl.a(μg/L) 水温(℃) 25 σt=22 20 2009年8月 2010年10月 0 水温上昇 20 σt=23 15 0 5 10 15 10 σt=25 5 σt=26 32 0 33 σt=27 Salinity (PSU) σt=28 34 1 2 43m 補償深度60m程度 60 80 水温上昇 100 0 20 40 σt=24 水深(m) Temperature (°C) 1 表層冷却 100 σt=28 25 σt=23 0 29m (A)沖側(JW-17 L1-7 L2-7 J2-7) 15 20 40 σt=25 20 15 20 10 32 10 ピーク水深 表層冷却 σt=24 0 5 0 水深(m) Temperature (°C) 20 Chl.a(μg/L) 水温(℃) 2009年8月 2010年10月 σt=22 2010年10月の Chl.aピークなし 120 35 33 34 (C) 陸側 L2-1 (C)陸側(JW-11 L1-1 L2-1 J2-1) 図-2 T-S ダイアグラム 35 塩分(PSU) 図-3 躍層と Chl.a のピーク位置の季節変化 躍層の位置は2009年8月より2010年10月の方が深く, 当海域の補償深度が60m程度1)であり,躍層の位置がこれ 沖側より陸側の方が深い傾向が見られた。前者は表層冷 を下回り,その水深での光合成が期待できずにクロロフ 却による鉛直混合が進んだ影響と考えられ,後者は陸側 ィルaのピークが形成されなかったと考えられ,対馬暖 で勢力の強い対馬暖流による温度上昇の影響と思われた. 流が基礎生産に影響を与えていると思われる. 躍層の上ではクロロフィルaが低い値を示し,基礎生産 が少ない。このことは次節の栄養塩調査結果において言 (3)栄養塩調査結果 及する。クロロフィルaのピークは表層混合層直下にあ 栄養塩分析の結果を図-4に示す.栄養塩は水温と負の り,その位置において基礎生産が集中して行われている 相関があり,一般的にプランクトンの増殖に必要とされ ことがわかる.しかし,2010年10月の陸側ではクロロフ る硝酸塩濃度を0.014mg/L,リン酸塩濃度を0.003mg/Lとす ィルaのピークが形成されない状況が見られた.これは る3)と後者は表層でも概ね条件を満たしているが,前者 0.15 表-1 2009年8月 基礎生産量算出結果 NO3-N(mg/L) 2010年10月 回帰式(2010年10月) 2009年8月 y = -0.141ln(x) + 0.4004 R² = 0.8346 0.05 2010年10月 y = -0.138ln(x) + 0.398 R² = 0.7364 基礎生産量(mg-C/m 2/day) 0~25 25~55 55~ 全層 武蔵堆L1-4,夏(8月) 8.97 24.10 3.58 36.65 武蔵堆L1-4,秋(10月) 6.12 18.90 4.02 29.04 36.65(mg-C/m2/day)であり,日本全国沿岸海洋誌6)に記載 0.014 されている同月の噴火湾や伊勢湾の値300~1400(mg- 0.00 0 5 10 15 水温(℃) 16.1 20 25 15.5 水温15.5~16.1℃以上 で栄養塩が枯渇 0.025 回帰式(2009年8月) 回帰式(2010年10月) 0.005 に行われ,硝酸塩の枯渇する0~25mと有光層外の55m以 が影響している.これにより対馬暖流による躍層以浅の 水温の上昇が基礎生産を低下させていることが確認でき, 2010年10月 y = 0.1636e-0.235x R² = 0.9067 2009年8月 y = 0.119e -0.21x R² = 0.9396 0.010 はクロロフィルaのピークのある25~55mで生産が集中的 C/m2/day)まで低下しており,25~55mの基礎生産の低下 2010年10月 0.015 C/m2/day)に比べるとその値は大幅に劣っている.層別で 深では生産性が低い.また,2010年10月には29.04(mg- 2009年8月 0.020 PO4-P(mg/L) 地点,時期 水深(m) 回帰式(2009年8月) 0.10 これまでの考察を裏付ける結果が得られた. 0.003 0.000 0 5 10 15 20 25 3. おわりに 水温(℃) 武蔵堆周辺海域の基礎生産の制限要因について考察し 2010年10月 回帰式(2010年10月) SiO2-Si(mg/L) 0.15 た.冬季には対馬暖流の影響が弱まるとともに,表層冷 却による鉛直混合が生じて栄養塩の枯渇が解消し,春季 のブルーミングを迎えるものと推察される.今後は冬季 2010年10月 y = -0.177ln(x) + 0.5804 R² = 0.8981 0.10 と春季のデータを取得して当海域の周年の傾向を評価す る予定である. 0.056 0.05 参考文献 0.00 0 5 10 15 水温(℃) 20 25 図-4 栄養塩と水温の関係 1) 山本潤,渡辺光弘,林田健志,坂本和佳,峰寛明, 西田芳則,田中仁:日本海北部海域での漁場整備の実現 にむけた観測の試み,海岸工学論文集,第 66 巻, では躍層以浅の水温15.5~16.1℃以上となる水深での硝 pp.1291-1295,2010. 酸塩の枯渇が確認された.2010年10月の調査ではケイ酸 2) 檜垣直幸,磯田豊,磯貝安洋,矢幅寛:北海道西岸 態ケイ素についても分析を行った.J.k.Eggeら4)による と、珪藻類の増殖に影響を与える閾値は2μ 沖における水系分布と流れパターンの季節変化,海の mol/L(0.056mg/L)であり,観測値は0.06~0.16mg/Lであっ 3) 高橋正征,古谷研,石丸隆:生物海洋学 2 粒状物質 たことから,珪藻類の増殖を阻害する要因とはなってい の一次生成,東海大学出版会,39p, 61p, 1996. 研究(Oceanography in japan),17(4),pp.223-240,2008. ない.当海域の基礎生産は,表層での硝酸塩不足が制限 4 ) J.k.Egge,D.L.Aksnes: Silicate as regulating nutrient in 要因の1つとなっており,硝酸塩の分布が基礎生産に影 phytoplankton competition,MARINE ECOLOGY PROGRESS 響を与えていると考えられる. SERIES,vol.83,1992. 5) 林田健志,峰寛明,坂本和佳,山本潤,渡辺光弘, (4)当該海域の基礎生産 調査船上において,植物プランクトンの培養試験を行 って光-光合成曲線のパラメターを求めた.詳細は林田 5) 西田芳則,工藤勲:北方沖合海域における水質予測モデ ル構築のための生物パラメータ取得の一実験,日本水産 工学会学術講演会講演論文集,22, pp.49-52, 2010. ら の報告による.これを用いた低次生態系計算結果を 6) 日本海洋学会沿岸海洋研究部会:日本全国沿岸海洋 表-1に示す.漁場直上の基礎生産量は2009年8月では 誌,東海大学出版会,1106p, 1985.
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