ジンギスカン(成吉思汗)

ジンギスカン(成吉思汗)
ジンギスカンは、マトン(成羊肉)やラム(仔羊肉)を用いた羊肉の焼肉料理。
郷土料理として登録する地もあり、日本の各地で食べられる郷土の味となっている(北海道、岩
手県遠野市、長野県信州新町現長野市など)。
中央部が凸型になっているジンギスカン鍋を熱して羊肉の薄切りと野菜を焼き、羊肉から出る肉
汁を用いて野菜を調理しながら食す料理である。使用する肉には、調味液漬け込み肉の「味付け肉」、
冷蔵(チルド)肉の「生肉」、冷凍肉の「ロール肉」がある。
歴史
起源については、俗説で「かつてモンゴル帝国を率いたジンギスカン(チンギス・カン)が遠征
の陣中で兵士のために作らせた」と説明される場合もあるが、実際にはモンゴルの料理とはかけ離
れており、日本発祥の料理であると言われている。ジンギスカンという料理の命名は、源義経が北
海道を経由してモンゴルに渡ってジンギスカンとなったという伝説(義経=ジンギスカン説)から
想起したものであるとも言われている。
日本では 1918(大正 7)年に軍隊、警察、鉄道員用制服の素材となる羊毛自給をめざす「緬羊百
万頭計画」が立案された。その早期実現のために羊毛のみならず羊肉をも消費させることで、農家
の収入増加と、飼育頭数増加が企図され、その流れの中からジンギスカンが出現したものと考えら
れている。当時の日本人には羊肉を食べる習慣がほとんどなく、日本で受け入れられる羊肉料理を
開発する必要に迫られ、農商務省は東京女子高等師範学校(現:お茶の水女子大学)に料理研究を
委託している。
一説には、ジンギスカンの起源は日本軍の旧満州(現中国)への進出に関係しているとされ、中
国料理の「烤羊肉」(カオヤンロウ)に影響を受けたという説もある。中国の北京には 1686 年に
開業した烤肉宛飯荘(カオロウ ワンハンショウ)や 1848 年に開業した烤肉季飯荘(カオロウ キ
ハンショウ)などが、薄切りの羊肉と野菜を鉄鍋で焼いて作る類似の満族料理、清真料理(せいし
んりょうり)の「烤羊肉」を現在も提供しており、羊肉網焼の別名として「成吉斯汗鍋」という言
葉が最初に記録されている文献で、1931(昭和 6)年に満田百二が雑誌『糧友』(りょうゆう)に
書いた「羊肉料理」という記事では、本名式には烤羊肉というと書かれている。
ジンギスカンという料理の名前の由来については、東北帝国大学農科大学(現:北海道大学)出
身で、1932 年の満州国建国に深くかかわった駒井徳三が、1912(大正元)年から 9 年間の南満州
鉄道社員時代に命名したものであるとする説があり、この説は全日本司厨士協会北海道本部相談役
の日吉良一が北海道開拓経営課の塩谷正作の談話(冗談)を元に『L'art Culinaire Moderne』に
1961(昭和 36)年に投稿した「蝦夷便り 成吉斯汗料理の名付け親」や、駒井徳三の娘の満洲野
(ますの)が 1963 年(昭和 38 年)に発表したエッセイ「父とジンギスカン鍋」が根拠となってい
る[4]。
最初のジンギスカン専門店は、1936 年(昭和 11 年)に東京都杉並区に開かれた「成吉思(じんぎ
す)荘」とされる[4]。他にも、山形県蔵王温泉[8]や岩手県遠野市[9]等がそれぞれ、上記の東京や北
海道のものとは発祥を異にする、独自のものとしてのジンギスカン鍋の起源を主張している。
長野県長野市信州新町における普及は、綿羊の飼育が 1930 年(昭和 5 年)に始まった[10]あとの 1937
年(昭和 11 年)に開催された「料理講習会」から始まる。羊の臭みを減らして食べやすくするた
めに、地元名産の信州リンゴを使用した特別なタレに羊肉を漬け込む[11]。
北海道では、明治時代から肉用を含めた綿羊の飼育が行われており、1924 年(大正 14 年)の時点
で全国の 42.7%が飼育される最大の飼育地となっていた[12]が、1946 年に札幌にできた精養軒が営
業としての最初の店である[13]ように、ジンギスカン鍋が一般にまで普及したのは、第二次世界大
戦後のことと言われている[4]。[2]、2004 年 10 月 22 日には北海道遺産の一つに[14]、2007 年 12 月
18 日には農林水産省の主催で選定された農山漁村の郷土料理百選で北海道の郷土料理の一つに[15]
選出されている。
2005 年頃から 2006 年頃には BSE 問題による牛肉離れの影響に加え、牛肉と比べ脂肪分が少ないイ
メージからジンギスカンはブームとなったが[16][17]、ブームが下火となった 2010 年頃にはオースト
ラリアやニュージーランドからの羊肉の輸入も大きく減少し、牛肉や豚肉の価格が下がると、羊肉
が相対的に割高になったことから、北海道でもジンギスカン離れが指摘されるようになった[16]。
ジンギスカン鍋
ジンギスカン鍋(室内用、ガスこんろ使用)
穴なしタイプのジンギスカン鍋(左:生肉用 右:味付け肉用)
調理には専用の鍋であるジンギスカン鍋が用いられる[2]。この鍋は、主に鉄製で、中央部分が兜の
ように盛り上がった独特の形状をしており、その表面には溝が刻まれている[18]。これは盛り上が
った中央部で羊肉を、低くなった外周部で野菜を焼くことによって、羊肉から染み出した肉汁が溝
に沿って下へと滴り落ちて野菜の味付けとなることを意図した設計である[2]。1950 年代当時は北
海道でもジンギスカン料理そのものが一般に普及しておらず、精肉店がジンギスカン鍋を貸し出す
なども行っていた。その後、北海道の花見や運動会、海水浴などで現在の形のジンギスカンパーテ
ィーが広まっていった[19]。
なお、鉄板[3]や焼き網、フライパンなどで代用する場合もある。
種類
専用鍋には主に 2 種類があり、上記の鉄・アルミ製で穴なしのものと、スリット状に穴が開けられ
ているものである。穴なしのものは、味付け肉用(生でも兼用)でたれが落ちない構造であり、穴
あきのものは、主に七輪・炭火焼きで行われる生肉用で余分な脂を落とす役割を持っている。近年
のジンギスカンブームにより、店舗オリジナルの鍋など様々なものが製造されている。
「専用鍋は鍋が焦げ付きやすく使用後に洗うのが面倒」「数を揃えやすく片付けも簡単」などの理
由から、北海道では屋外での「ジンギスカンパーティー」(後述)等の場合を中心に、アルミ製の
簡易鍋(穴なし)を使い捨てすることも多く、道内ではホームセンター等で安価(数百円程度)で
販売されている。
その他
岩手県遠野市では、ジンギスカン鍋に専用の焼き台ジンギスカンバケツを用いて調理される。東北
地方のジンギスカンの定番品である。メディアでの紹介もあり、現在は北海道でもアルミ製で鍋付
きのものが販売されるようになった。
調理
生肉の場合
ジンギスカン鍋・フライパンなどを炭火やガスなどで下から熱し、油を引いてからモヤシ、
タマネギ、ピーマン、ニンジン、季節の野菜(トウモロコシ、ギョウジャニンニク、グリー
ンアスパラ)などを広げ、その上にスライスされた羊肉を野菜を乗せて蒸すように焼いてか
ら、専用のたれに付けて食する。
味付けの場合
同様に調理し、そのまま食する。下茹でしたうどん玉、角餅が加えられる場合もある。
前述のように、ジンギスカン鍋を用いる場合は凸状に盛り上がった中央部分で肉を焼き、低くなっ
た外周部で野菜を焼く[2]。水分が出るモヤシは高い部分に置く[2]。
観光名所となっている店舗では、調理の際の油跳ね防止用のビニール製の専用エプロンが支給され、
それを着用して食するのが一般的である。
使用肉とたれ
ジンギスカンは、事前にたれ(調味液)に漬け込んだ「味付け」と焼いてからたれにつける「生(な
ま)」に大別される[20]。ラム肉は味付け、生の両方で好まれるが、マトンはほとんどの場合が味
付け肉として使用される。味付けジンギスカンは、肉をスライスし、たれに漬け込み、それを冷凍
保存されて販売される。また、味付けに使うたれもさまざまな調味料を組み合わせて使うことで多
種のものが作られている。
生ジンギスカン
解凍済のラムスライス肉
「生」には、輸送・保管時に一度も冷凍されていない「冷蔵(チルド)品」とラム肉を丸めて冷凍
した「ロール肉」がある。区別するため、チルド品を「生ラム肉」「生マトン肉」と呼ぶ。ロール
肉は、通常はマトン肉は扱われず、通常厚さ 1.5-2 ミリほどにスライスされて販売されるため「ラ
ムスライス肉」と呼ばれる。
ジンギスカン専門店や一部の焼肉店では生肉、ビール園では生肉と冷凍ロール肉の両方が使用され、
客が選択する。なお、冷凍された肉を解凍すると繊維が壊れるため風味が落ちると言われるが、一
方で壊れた繊維にたれが染み込むため味が濃厚になるという主張もある[要出典]。
味付けジンギスカン
味付マトン肉
味付け肉の発祥は、マツオの松尾ジンギスカンである。現在様々なメーカーで製造されるほか、個
人精肉店や焼肉店などでも独自に製造・提供される。調味液には、醤油ベースが主で、他に味噌ベ
ース・塩ベースなどがある。様々な香味野菜・果物を扱って製造され、それに肉が漬け込まれる。
使用する肉は、ラム肉・マトン肉のどちらでも使用される。特にマトン肉は、強い匂いがあるが味
にコクがあるため、臭み消し方法として利用される。また、一般家庭でも、市販のジンギスカンの
たれを用いて肉を漬け込み、味付けジンギスカンとしても食される。
ジンギスカンのたれ
成吉思汗たれ(ベル食品)
羊肉の臭みを抑えて、食味を向上させる方法は、明治時代からいろいろ試みられており、牛鍋など
と同様に味噌を使うことは大正時代までに知られていた[21]が、改良が進んだのは昭和時代からで
ある。
現在、たれは味付け、生ともに醤油ベースと味噌ベースのものがあり、主流は、醤油ベースである。
たれには醤油、味噌、砂糖、リンゴ果汁、ショウガ、ニンニク、ごま油などが配合される。
市販されるジンギスカンの付けだれも焼肉のたれと同様に多種多様存在する。北海道ではベル食品
とソラチの醤油ベースの製品が代表的である。また、青森県のたれメーカー上北農産加工が当初ジ
ンギスカンのたれとして開発した「スタミナ源たれ」は、醤油、野菜、リンゴ、ニンニクを材料と
しているが、現在は焼肉・野菜炒めなど多用途に使用されている。
地域
地域によって、使用する肉の種類や事前に味付けをするか否かなど、習慣、好みが分かれる。
北海道では、道北(旭川市などの上川地域や、滝川市などの空知中北部)では「味付け」、道央(札
幌市)、道南海岸部(函館市、室蘭市)、道東海岸部(釧路市)では「生肉」が主流であった。観
光名所となっている各ビール園の主流も生ラムジンギスカンである。ただし、近年では双方の地域
でどちらの食べ方も浸透が進んでおり、違和感なく受け入れられている。本州では地域別に分類す
ることは難しい。関東地方では「生肉」が好まれるが、地方には独自のブランドをもった味付けジ
ンギスカンのメーカーが存在する。
北海道の他にも、本州では岩手県の県北沿岸部や遠野市、山形県蔵王、長野県飯伊地域、同県長野
市信州新町、岡山県真庭市の蒜山高原、福島県石川郡平田村など、局地的に常食されている地域が
ある。また、千葉県富津市のマザー牧場や兵庫県神戸市の六甲山ホテルなどでは、創業以来ジンギ
スカンが名物メニューとなっている。
これらの地域では、花見をはじめとした宴会や集会の打ち上げなどで食べられることが多い。北海
道では、アウトドアで行われる「焼肉」がすなわちジンギスカンを指す場合が多い。また、「ジン
ギスカンパーティー」(略して「ジンパ」)の語句も生まれ、マツオの企業 CM のキャッチコピー
(森崎博之)でも使用された。
関東地方では 2005 年頃にジンギスカンが急速に広まった。これは狂牛病の問題が注目され牛肉の
需要が減少し[16]、更には鳥インフルエンザの影響で鶏肉の需要までも減少したこと、景気が上向
きつつある中で低コストで開業できるジンギスカン専門店を始める起業家が増えたこと、羊肉に多
く含まれる「L(エル)-カルニチン」という物質が注目された[要出典]健康需要[16]などがその要因と
言われている。2000 年代後半になると外食でのジンギスカン専門店は減少したが、スーパーなど
の小売店での羊肉の扱いは安定するようになった。
長野県では、国道 19 号の一部を「信州新町ジンギスカン街道」と呼んでいる。多くのジンギスカ
ン料理店が並び、伝統的な漬け込んだ調味法の他にオリジナルな味付けの店など多様である。1982
年(昭和 57 年)より、味の優れた「サフォーク種」も飼育されるようになった。
高知では、元高知県庁畜産課職員の永森朝光羊の話によると、家庭で飼育して服にしたという。そ
して、手織りのオーバーを作ったが、工場に羊毛を送ると安く洋服を作ってくれた。そして、県め
ん羊協会は食肉として宣伝したという。