スチュワードシップとコーポレートガバナンス―英国の事例とわが国への示唆 林 順一(青山学院大学) わが国では,近時,金融庁がスチュワードシップ・コードを制定し(2014 年 2 月),経 済産業省が伊藤レポートを公表し(2014 年 8 月),そして金融庁と東京証券取引所がコー ポレートガバナンス・コードの原案を公表する(2014 年 12 月)など,コーポレートガバ ナンス(以下「CG」という)の大きな変革の時を迎えていると言える.これらは英国の事 例を土台として検討されてきた経緯がある.そこで,本稿では英国 CG の現状と課題,並 びにわが国に対する示唆について検討する. 英国の CG は,1992 年のキャドバリー報告書を嚆矢とする多くの報告書,業界団体・証 券取引所による自主規制及び FRC(Financial Reporting Council)によるコードの制定等, 多くの関係者の長年の努力の積み重ねの結果形成されたものである.そしてそれは 1 つの 体系として理解する必要がある.以下でその概要を簡単に説明する.まず会社は株主のた めに経営されるべきであることが当然の前提とされる.そして CG の第一義的な責任は, 株主から委託を受けて経営者を監視する取締役会が負うこととされる.効果的な取締役会 の実務指針として,Comply or Explain(原則主義)のアプローチを採用する CG コード が制定され,コードの原則に従わない場合には,株主に対して Explain(説明)すること が求められる.このアプローチは株主の立場からのチェックが前提とされており,この点 からまず,株主の判断に必要な情報を提供するために,アニュアルレポートに記載する内 容が法定される(アニュアルレポートは株主に対する情報開示のツールであると位置づけ られる).次に機関投資家に対して(株主を代表して)取締役会の具体的なガバナンスを規 律する役割が求められる.その役割を明示したものがスチュワードシップ・コードであり, 機関投資家に企業と対話・エンゲージメントを行なうことなどが求められる(機関投資家 の豊富な経験・能力を前提としている).このように,英国の CG においては,CG コード, 投資情報開示規制及びスチュワードシップ・コードが一体として機能している. 英国では 2012 年 7 月に,株式市場と企業のショート・ターミズム(短期主義)を批判 するケイ報告書が公表された.ケイ教授は,英国にとって重要なことは英国企業が競争力 を強化し,英国の投資家(年金受給者を含む)が配当や株価の上昇などによってその恩恵 を受けることであるが,現状は短期売買によって金融仲介業者ばかりが利益を得ているこ とを批判し,長期投資家による企業に対する集団的エンゲージメントの奨励(投資家フォ ーラムの創設)や長期投資に資する投資情報開示等について勧告を行った.この勧告に基 づき業界団体等による対応がなされている. わが国が英国の CG から学ぶことは数多くあるが,本稿では以下の 2 点を指摘したい. 第 1 は長期投資家による対話・エンゲージメントの重要性である.長期志向の機関投資家 が企業と対話・エンゲージメントを行うことによって,企業に規律づけを行い企業価値の 向上を推進することは有意義である.その前提として機関投資家に深い分析力と高い能力 が求められる.第 2 は企業側に求められる施策である.企業が長期的視野で経営を行うた めには,長期的視野を持つ機関投資家を惹きつけ,彼らの持株比率を高めることが重要で ある.そのためには,経営者が,長期投資家の目線で,自らの言葉で将来の企業経営の方 向性を語り,その方向性に沿って経営戦略を着実に実行していくことが求められる.その ための 1 つの手段として,投資家に向けた統合報告書の作成は有効であると考えられる.
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