特集1 クリニカルパスの根拠を知って慌てない! 消化器疾患 治療・術式別看護のポイントと留意点 胃切除術パスとケアの根拠 関西労災病院 外科病棟 師長補佐 胃切除術の術式,再建方法,術後経過と 起こりやすい合併症を理解し, クリニカルパスに沿って経過しているか 確認することが重要である。 胃切除術後は,患者・家族へ十分な 栄養指導を行うことが重要である。 斉藤あすか (さいとう あすか)1997年,北海道の看護 専門学校を卒業後,手術室に就職。2005 年関西労災病院に入職し,ICUに5年在籍。2011年より 消化器外科病棟に師長補佐として異動し,現在に至る。 当院のパスの流れは,手術翌日の昼から 飲水(経口補水)を開始し,幽門側胃切除 術では術後2日目,胃全摘術では術後3日 胃切除術とは 目から食事を開始します。通常,胃切除術 胃がんに対する治療方法の選択は,進行 は7~10日前後で退院となります。 度に応じて日本胃癌学会の『胃癌治療ガイ ドライン』に基づき行われます。胃の中部 ケアの要点と根拠 から下部に発生した胃がんは,幽門側胃切 パスの経過(図3,P.34)と起こりやす 除術の適応となります(図1− い合併症(図4,P.34)について説明します。 )。また, 病変が胃の上部にある進行胃がんや,早期 当院の周術期管理は,欧州静脈経腸栄養学 胃がんでも病変の範囲が広く幽門側胃切除 会で提唱された消化器術後の早期回復を目 術や噴門側胃切除術では不十分な場合には, 指した手術患者の回復力強化(ERAS)プ 胃全摘術が選択されます(図2− ロトコルに沿って管理しています(図5, ) 。幽 門側胃切除術後の再建は残胃と十二指腸を P.35)。Yamadaらの研究 1) では,胃の手 吻合するビルロートⅠ法再建か,十二指腸 術においてもERASのプロトコルは早期回 を閉鎖して残胃と切離挙上した空腸とを吻 復に有用であると示唆されています。 合するルーワイ法再建で行われることがほ とんどです(図1− ) 。胃全摘術では,食 〈術後回復力強化を意識した治療〉 ・経口補水液による術前脱水予防と手術直 前までの炭水化物投与 道と十二指腸で切離し,再建は一般的にルー ワイ法再建で行われます(図2− ) 。そ ・手術では必要のないドレーン(腹部の術 後排液用チューブ)は入れない れぞれの再建方法と特徴を表で示します。 胃切除術のパス(資料) 30 ・術後絶食期間の短縮と術後点滴の早期終了 ● 入院から手術まで(術前)のケア 当院では,幽門側胃切除術と胃全摘術は 術前は主に患者の情報収集やパスを用い クリニカルパス(以下,パス)を使用して て退院までの流れを説明し,患者や家族の います。 手術に対する不安の軽減に努めます。 消化器最新看護 Vol.20 No.2 図1 幽門側胃切除術 食道 〈ビルロートⅠ法〉 脾臓 がん 〈ルーワイ法〉 十二指腸 十二指腸断端 空腸 結腸 ● 切除 ● 再建 図2 胃全摘術 表 胃切除術の再建方法と特徴 十二指腸 がん ●切除 空腸 ●再建 (ルーワイ法) ルーワイ法 結腸 ビルロートⅠ法 食道 脾臓 シンプルで手術時間が短い 長所 食物は胃→十二指腸→小腸と生理的 なルートを流れる 逆流による残胃炎や食道炎が起こり やすい 短所 胃・十二指腸の縫合不全が起こるこ とがある 残胃内への胆汁逆流はほとんどなく, 長所 残胃炎,逆流性食道炎の頻度が低い。 胃空腸縫合不全はめったに起こらない 再建が複雑で時間がかかる 短所 術後に胃内容排出遅延による食物の うっ滞が起こることがある アウトカム 手術を受ける準備ができる。 ◆入院時カウンセリング 患者情報の収集と麻酔,鎮痛法および術 後管理の説明を行います。また,胃がんで は異化亢進や食欲不振に加え,通過障害に より低栄養となるため,入院時,全患者に 対し「主観的包括的栄養評価(SGA) 」を用 いて栄養状態の評価を実施しています。栄 養状態が不良と判断された時は,術前より 栄養剤の経口摂取などを取り入れています。 ◆口腔ケア 2012年度の診療報酬改定で「周術期の口 腔ケア機能管理」が新設されました。全身 麻酔で気管挿管を予定している患者は,す 入院時から退院を考える 在院日数の短縮化に伴い,入院時から退院 を見すえた看護が必要となります。特に,胃 切除術は退院後も食事に関して注意が必要と なります。そのため,入院時からADLの状況, キーパーソンの有無や家族構成だけでなく, 食事は規則正しく摂取できるのか(分割食は 可能か),調理は誰がするのか,外食が多いの かなどの情報をとり,術後の食事指導に生か すことが大切です。 最近当院では,入院時にパスの説明を行う のではなく,外来受診時に病棟看護師がパス の説明を行っています。この取り組みにより, 入院時に不明なことを再確認できること,外 来で病棟看護師と顔合わせをすることで,入 院後患者の不安が軽減できるということが挙 げられます。 消化器最新看護 Vol.20 No.2 31 資料 胃切除術のパス 〈胃全摘術クリニカルパス〉 お名前 南9階病棟 担当医師 経過 手術前日まで 手術前日 手術当日 手術後1日目 日時 月 日入院 ( / ) ( / ) ( / ) ・手術の不安,分からないことを 相談できる ・手術の説明に同意できる 手術を受ける心の準備がで きる 痛みがあれば伝えること ができる 立つことができ次に歩くことがで きるようになる 達成目標 検査 安静度 リハビリ 清潔 □持参薬は服用してください (看護師に持参薬を見せてくだ さい。内容を確認します) □寝前に希望されれば,安 定剤の服用ができます □手術後は持続点滴をし ます □手術後は痛み止めを使 います □持続点滴をしています □抗生物質の点滴があります □手術後はベッド上で安 □立つ練習の後で,点滴台を持ち 歩行ができます(初めて歩行す 静になります(状態が る時は看護師が一緒に行います) 安定すれば看護師が手 伝い寝返りができます) □制限はありません □洗面をお手伝いします □入浴できます □シャワー浴をします □常食です (病院食を食べてください) □絶食です □朝,昼食は全粥食です □夕食は5分粥です □21時以降は絶食です (水分は3時間前まで可) □夕食後からアクアサポー トを1,000mL飲んでく ださい 食事 □トイレ(制限はありません) 排泄 患者様・ ご家族への 説明 □ガーゼを交換します (交換が必要ない時もあります) □必要な方は病室を移動し ます □問診をします 処置 薬剤 (内服/点滴) □胸腹部のレントゲンをお部屋で 撮ります □血液検査 □胸腹部レントゲン □心電図 □呼吸機能 □血液検査 □腹部CT □腹部エコー □胃カメラ □胃透視 □入院診療計画の説明があります (入院診療計画書の記入) □手術説明があります (手術承諾書の記入) □入院時オリエンテーション □手術前オリエンテーション (禁煙について/必要物品)の 説明をします □ネームバンドを着けていただき ます(入院中は装着したままに なります) □弾性ストッキングを装着します □必要物品の確認をします □麻酔科受診があります (麻酔承諾書の記入) □体の起こし方を説明しま す □痰の出し方を説明します □手術前までに承諾書を看 護師にお渡しください □手術後は看護師が体の状態に合 わせて体を拭きます □寝衣を着替えます □昼からアクアサポート500mL 飲んでください(看護師が説明 するまでお待ちください) □手術後尿の管が入りま す □尿管を外すことができます (尿の管を抜いた後はトイレで 尿を貯めます。食事が始まれば 尿を貯めるのは中止になります) □手術中御家族の方は南 9階病棟でお待ちくだ さい □手術終了時御家族の方 に説明があります。連 絡がありましたら,2 階面談室におこしくだ さい □手術前に弾性ストッキ ングを着用してくださ い □体の起こし方を説明します □管の管理方法を説明します □尿のため方を説明します 様の手術は 月 日 時からの予定です 注意1:病名等は,現時点で考えられるものであり,今後検査等を進めていくにしたがって変わり得るものです。 注意2:入院期間については,現時点で予想されるものです。 32 消化器最新看護 Vol.20 No.2 患者様用 担当看護師 手術後2日目 手術後3日目 手術後4日目 手術後5日目 手術後6∼7日目 ( / ) ( / ) ( / ) ( / ) ( / )∼( / ) 歩くことができ るようになる 水分の摂り方が分 かる 食事の摂り方 が分かる □レントゲン □血液検査 (火 曜 日 手 術 の 方) □レントゲン □血液検査 (木 曜 日 手 術の方) ダンピング症状が出た時の 対応方法が分かるようにな る 手術後8∼ 11日目 12日目以降 退院前日 退院日 ・退院に向けて心身 ともに準備ができ る ・(経腸注入が自分 でできる) ・約半量以上の食 事を食べること ができるように なる ・今後の治療方針 が理解できる ・(経 腸 注 入 が 自 分でできる) □レントゲン □血液検査 □創部の抜鉤をします □背中の痛み止めのチューブを抜きます (痛みの状況によっては薬を追加す ることもあります) □食事が進めば点滴は終了 します □おなかの管を抜きます □抜糸をします □水分が摂れれば 薬が飲めます □歩行ができま す (制 限 は あ り ません) □管が抜ければ防水テープを貼りシャワー浴がで きます □創が閉じていれば入浴ができます □朝からアクアサ ポート500mL 飲んでください □昼から胃切3分 粥 □昼から5分 粥 □昼から常食 □尿管が抜けれ ばトイレに行 けます □体の清潔につ いて説明しま す □水分の取り方を 説明します(ス マイルライフを 使用) □第1回目の栄養 士による栄養指 導があります □食事につい て説明しま す □排便調節に ついて説明 します □入院証明書 など書類が 必要な方は 早めにお知 らせくださ い □体の清潔(シャワー浴) □退院指導 退院日の前日また について説明します は当日に □退院療養計画書を お渡しします □次回外来受診日に ついて説明します □第2回目栄養士に よる退院前の栄養 指導があります 手術当日,御家族の方は手術前 時には病棟にいらしてください 最終更新日 2009 / 11 関西労災病院 消化器最新看護 Vol.20 No.2 33 図3 胃切除術後の経過(幽門側胃切除術) 手術 2 3 4 5 6 全粥+ 点滴 7 8 9 常食+ 栄養指導 5分菜+ 栄養指導 3分菜+ 経口補水 経口補水 食事 1 0 術後日数 10 退院 終了 初回 離床 処置・ケア 抜鉤 ドレーン 抜去 シャワー浴 〈外科―胃切除術パスアルゴリズム〉 入院日 手術前日 手術当日前後 手術後1日目2日目 3日目 4日目 吻合部狭窄 麻酔覚醒遅延 *意識レベルの低下 *SpO2の低下 *血圧低下・徐脈 縫合不全 後出血 *ドレーンより鮮紅色の 排液100mL/時 *胃管より鮮紅色の排液 *血圧低下・頻脈・意識 レベル低下 創感染 無気肺 *SpO2低下 *エア入り不良域 *胸部X線上含気不良域 *呼吸苦 *呼吸数30回以上 5日目 6日目 7日目 8日目 9日目 10日目 11日目 *食事のつかえ感 *嘔気・嘔吐 *胃部膨満感 *体温38℃以上 *腹痛 *ドレーンより漿液性以 外の排液 *創周囲発赤・疼痛・腫脹・熱感 *創より滲出液 *体温37.5℃以上 *創哆開 肺梗塞 *意識消失 *SpO2低下 *CT上含気不良域 *ショック症状 肺炎 *体温38℃以上 *SpO2低下 *肺雑音 エア入り不良 *胸部X線上透過性不良 *腹部膨満 *排ガス遅延 *腸蠕動音聴取不可 *嘔気・嘔吐 癒着性 イレウス 麻痺性 イレウスの 改善遅延 図4 胃切除術パスの 経過と合併症 *腹部膨満 *排ガス遅延 *腸蠕動音聴取不可 *嘔気・嘔吐 べて誤嚥性肺炎のリスクがあります。術後 ◆絶飲食期間の短縮 は,特に抵抗力が下がった患者には肺炎の 幽門狭窄など通過障害を認めない方の場 2) 発症のリスクが高くなります。Yoneyama 合,手術3時間前までの飲水は安全である らの研究では,肺炎予防には「口腔ケアが と言われています。また,術後早期の飲水 有効」と言われています。当院では,全身 は,術後の腸の動きを活発化すると言われ 麻酔の手術を受ける患者に対して手術前に ており,飲水により口渇感の改善と術後の 「周術期口腔ケア」を実施しています。歯 点滴の早期終了を可能にします。当院もこ 科衛生士による口腔ケアや指導も行い,術 れらの利点に着目し,手術前日から手術3 後の肺炎予防に努めています。 時間前まで積極的な経口補水を行い,術後 翌日からは経口補液を取り入れています。 34 消化器最新看護 Vol.20 No.2 図5 ERASプロトコル 体温管理 周術期 経口栄養 カテーテル 早期抜去 入院前 カウンセリング 制のため効果的な深呼吸が困難となり,低 腸管の 前処置なし ERAS 術後回復の強化 絶飲食の 見直し 前投薬なし 硬膜外麻酔・ 鎮痛 離床促進 輸液過剰投与を 小切開, 避ける ドレーン留置なし 換気や低酸素血症を起こしやすくなります。 また,気管挿管による刺激で喀痰が増加し ますが,疼痛により自力で痰の喀出が困難 となり口腔内や気管内に分泌物が貯留する ため,無気肺や肺炎の原因となります。 術後初めて歩行する時には,肺血栓塞栓 症に注意が必要です。特に,悪性腫瘍手術, 高齢,肥満患者では術中・術後に下肢静脈に ◆前処置の省略 血栓を形成しやすくなります。この血栓が 胃がんの手術では,腸管の前処置は行い 術後初めて歩行する時に肺の血管に飛んで ません。 閉塞されることで,急性の呼吸不全やショッ ● 術当日のケア クとなります。これを予防するために,弾 アウトカム 合併症を起こさない。創部痛が 性ストッキング着用と間欠的下肢圧迫装置 コントロールできる。 を術中から使用します。 ◆後出血 第一歩行時には,注意深く患者状態(頻 術当日は後出血を起こしやすいです。後 呼吸,頻脈,酸素飽和度低下など)を観察 出血を起こすと,緊急で再手術が必要とな しなければなりません。術後の呼吸器合併 ることがあります。バイタルサインの変化 症を最小限にするためには,早期の離床が や腹部膨満の出現,ドレーンからの血性排 重要となります。早期の離床がスムーズに 液の持続(100mL/時)は後出血の徴候で 行われるために看護師は次のことに注意し あり,直ちに処置が必要となります。 てケアをする必要があります。 【経験知から注意しているポイント】 ・疼痛コントロールをしっかり図る 術当日は,麻酔の覚醒が悪く,創部痛が 術後の創部痛のコントロールは,とても あると術後せん妄が起こりやすくなります。 重要です。術後の創部痛があると,十分な 術後せん妄は点滴やドレーンの自己抜去の 喀痰や早期離床の妨げとなり,無気肺や肺 危険性があり,治療の妨げとなります。当 炎を併発する危険性があります。痛みは主 院では,術前よりせん妄の評価表を用いて 観的なものであり,客観的な評価が難しい リスクを検討し必要時には術前より専門科 面があります。バイタルサインや表情など の受診を行います。 から痛みの程度を推察し,フェイススケー ● 術後1日目のケア ルなどを用いて疼痛の強さを評価します。 アウトカム 合併症の予防, 早期離床ができる。 自己調節鎮痛法(PCA)で鎮痛剤が投与さ ◆呼吸器合併症 れている時は,自己にて早送りができるよ 術後は麻酔薬の影響や疼痛による呼吸抑 う患者指導を行い,効果が不十分な時は非 ➡続きは本誌をご覧ください 消化器最新看護 Vol.20 No.2 35
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