中小建設業のための会計基準

青山経営論集
第48巻 第2号
2013年9月
論文
中小建設業のための会計基準
万代 勝信
キーワード
目次
建設業会計
1.はじめに
中小会計指針
2.中小企業に関する会計基準の変遷
中小会計要領
(1) 指針の公表まで
(2) 指針の公表
(3)
2 つの報告書の公表
(4) 要領の公表
3.要領と指針の特徴
(1) 基準の設定方法の観点から
(2) 会計処理の観点から
4.要領と指針に欠けているもの
5.おわりに
注
中小建設業のための会計基準
1.はじめに
建設業の会計制度は、税法会計を除き、次の 3 つの開示制度から成り立っている。すなわち、①建
設業法に基づく開示制度、②会社法に基づく開示制度、③金融商品取引法に基づく開示制度である。
上場会社や会社法上の大会社はこれら 3 つの開示制度すべてに従う必要があるのに対して、中小会社
は前 2 者に従えばよい。
建設業法は、建設業を営む者の資質の向上、建設工事の請負契約の適正化等を図ることによって、
建設工事の適正な施工を確保し、発注者を保護するとともに、建設業の健全な発達を促進し、もつて
公共の福祉の増進に寄与することを目的としており(第 1 条)
、許可に係る建設業者は、毎事業年度
終了の時における第 6 条第 1 項第 1 号及び第 2 号に掲げる書類その他国土交通省令で定める書類を、
毎事業年度経過後 4 月以内に、国土交通大臣又は都道府県知事に提出しなければならない(第 11 条
第 2 項)
。提出される書類は、具体的には、建設業法施行規則で、株式会社以外の法人である場合に
おいては別記様式第 15 号から第 17 号の 2 までによる貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算
書及び注記表、小会社である場合においてはこれらの書類及び事業報告書、株式会社(小会社を除く。)
である場合においては別記様式第 15 号から第 17 号の 3 までによる貸借対照表、損益計算書、株主資
本等変動計算書、注記表及び附属明細表並びに事業報告書である(第 10 条第 1 項)。また、国土交通
省告示第 55 号により、建設業法施行規則別記様式第 15 号および第 16 号の国土交通大臣が定める勘
定科目の分類が定められている。これらの法、規則、告示で定められていることは、基本的には表示
の仕方であり、具体的な会計処理に関するものはない。
次に、会社法は、純資産の部に関する必要最低限の定めは有しているが、それ以外については、株
式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとするとされている(第
431 条)
。会社計算規則では、資産については取得価額を(第 5 条)
、負債については債務額を(第 6 条)
付すことを原則としながらも、この省令の用語の解釈及び規定の適用に関しては、一般に公正妥当と
認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行をしん酌しなければならないとされている(第 3
条)。このように会社法と会社計算規則も、必要最低限度の会計処理の基準を定めてはいるが、その
多くを一般に公正妥当と認められる企業会計の基準や慣行に委ねているといえる。
そこで、中小企業にとっての一般に公正妥当と認められる企業会計の基準とは何かを歴史的にみて
いき、現時点では一般に公正妥当と認められる企業会計の基準と考えられている指針と要領の相違点
を明らかにし、最後に中小建設業にとっての会計基準としてさらに何が必要かを考えてみたい。
2.中小企業に関する会計基準の変遷
(1) 指針の公表まで
旧商法では計算書類の作成に関して、総則の商業帳簿規定と、株式会社の計算の規定に定められて
いるほかは、第 32 条第 2 項において「公正ナル会計慣行ヲ斟酌スベシ」とされていたが、中小企業
が用いることのできる「公正ナル会計慣行」が何かについてはこれまで明確にされてこなかった。
このような状況の下、平成 14 年 6 月に中小企業庁は、
「中小企業の会計に関する研究会報告書」を
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公表した。本報告書の目的は、
「資金調達先の多様化や取引先の拡大を目指す中小企業が、商法上の
計算書類を作成するに際して準拠することが望ましい会計のあり方を明らかにすること」とされてお
り、商法第 32 条 2 項「公正ナル会計慣行ヲ斟酌スベシ」でいう公正なる会計慣行の一つと考えられる。
さらに、同年 12 月には日本税理士会連合会から「中小会社会計基準」が、平成 15 年 6 月には日本公
認会計士協会から「中小会社の会計のあり方に関する研究会報告書」が公表されている。前者の目的
は、
「商法上の計算書類を作成するに際して準拠すべき事項を定める」と、後者の目的は、
「計算書類
を作成するための中小会社の会計のあり方について」とりまとめたものとされており、これらも公正
なる会計慣行の一つと考えられる。
しかし、上記の 3 つの会計基準は、基準開発のスタンスにおいて微妙に異なっている。たとえば、
日本公認会計士協会が公表した「中小会社の会計のあり方に関する研究会報告書」では、適正な計算
書類を作成する上で基礎となる会計基準は、会社の規模に関係なく 1 つであるべきとするシングルス
タンダードの考え方が明示されている。これに対して、残りの 2 つは、業種業態に応じた会計処理が
実務上なされているという実態を踏まえ、中小企業の会計についてはできるだけ選択の幅が広いこと
が望ましい(中小企業庁)
、あるいはより強制力を有する法人税法における計算規定も会計基準とし
て合理性が認められれば、公正なる会計慣行に該当するものとして取り扱う必要がある(日本税理士
会連合会)とされており、会社の規模に応じて会計基準は複数あり得るというダブルスタンダードの
考え方は明示されてはいないが、実質的に認めているといえる。
(2) 指針の公表
中小企業に関する会計ルールがほぼ同時期に 3 つの団体から公表され、それぞれが商法上の公正な
る会計慣行であることは、実務の混乱を生むこととなった。そこで、平成 17 年 8 月に日本税理士会
連合会、日本公認会計士協会、企業会計基準委員会、日本商工会議所の民間 4 団体から上記の 3 つの
報告をまとめるものとして「中小企業の会計に関する指針」(指針)が公表されることとなった。
指針はその目的を次のように述べている。「中小企業が、計算書類の作成に当たり、拠ることが望
ましい会計処理や注記等を示すものである。このため、中小企業は、本指針に拠り計算書類を作成す
ることが推奨される。また、会社法において、取締役と共同して計算書類の作成を行う『会計参与制
度』が導入された。本指針は、とりわけ会計参与が取締役と共同して計算書類を作成するに当たって
拠ることが適当な会計のあり方を示すものである。このような目的に照らし、本指針は、一定の水準
を保ったものとする。」
しかし、中小企業庁が行った平成 20 年「会計処理・財務情報開示に関する中小企業経営者の意識
アンケート調査」によると、指針に完全に準拠している企業は 14.2%、一部に準拠している企業を含
めても 31.9%であった。指針を利用している中小企業の割合は必ずしも多くないが、その理由をまと
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めると次のとおりである 。
①中小企業の属性によるもの
・経理担当者が 1 名以下の企業が 7 割を占めているように経理担当者の人数が少ない。
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・金融機関、取引先、株主などの利害関係者が限定的である。
・所有と経営が一致している企業が多い。
・経営者および従業員に会計の知識が十分でない。
②会計基準によるもの
・会計処理の複雑化や見積に基づく項目が多いなど会計基準の内容が複雑である。
・取引の経済的実態が同じなら会計処理も同じであるとする考え方にたち、会計処理の選択の幅が狭
まるなど任意性が廃止されている
・税務会計との乖離が拡大している。
・日本の商慣行や実務慣行と異なる項目により、取引の見直しなど既存の営業や業務に大きな支障が
発生する。
・会計基準の変更により、実態は変化していないにもかかわらず、貸借対照表や損益計算書で示され
る財務内容が変化する。
・会計基準の改廃によりコスト負担が増加する。
ようするに、指針は、間接的ではあるが国際会計基準の影響を受けており、複雑すぎるというのが、
指針の限定的な利用の原因であった。そこで、中小企業にとって使いやすい新たな会計ルールの策定
を希望する声が大きくなっていった。
(3) 2 つの報告書の公表
平成 22 年 2 月に中小企業庁においては「中小企業の会計に関する研究会」が設置され、望ましい
中小企業の会計とは何かを検討することとなった。これは指針が必ずしも広く利用されていない状況
踏まえて、会計制度の国際化の流れの中で、中小企業の実態に即した会計のあり方について検討を行
うことを目的としている(中間報告書 p.4)
。また同年 3 月には日本商工会議所、日本税理士会連合
会、日本公認会計士協会、日本経済団体連合会、企業会計基準委員会の民間団体により「非上場会社
の会計基準に関する懇談会」が設置された。これは日本の会計基準の国際化を進めるにあたって、非
上場会社への影響を回避すべき又は最小限にとどめるべきなどの意見を踏まえ、非上場会社の実態、
特性を踏まえた会計基準の在り方について幅広く検討することを目的としている(報告書 p.1)。
同年 9 月に「中小企業の会計に関する研究会」がまとめた報告書で示された基本的な考え方は次の
とおりである。
①中小企業の実態、中小企業の会計を取り巻く枠組みを踏まえ、中小企業の成長に資するべきものと
するという視点を議論の出発点とすべきである。
②中小企業の実態や中小企業の会計を形作る枠組みを踏まえると、中小企業の会計処理のあり方は、
一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行であって、次のようなものが望ましいと考えられる。
・経営者が理解でき、自社の経営状況を適切に把握できる、「経営者に役立つ会計」
・金融機関や取引先等の信用を獲得するために必要かつ十分な情報を提供する、「利害関係者と繋が
る会計」
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・実務における会計慣行を最大限考慮し、税務との親和性を保つことのできる、
「実務に配慮した会計」
・中小企業に過重な負担を課さない、中小企業の身の丈に合った、「実行可能な会計」
③その他のとりまとめにあたって基本方針とすべき事項は、以下のとおりである。
・中小企業が会計実務の中で慣習として行っている会計処理(法人税法・企業会計原則に基づくもの
を含む。
)のうち、会社法の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」と言えるものを整理
する。
・企業の実態に応じた会計処理を選択できる幅のあるもの(企業会計基準や中小会計指針の適用も当
然に認められるもの)とする。
・中小企業の経営者が理解できるよう、できる限り専門用語や難解な書きぶりを避け、簡潔かつ平易
で分かりやすく書かれたものとする。
・記帳についても、重要な構成要素として取り入れたものとする。
また、同年 8 月に公表された「非上場会社の会計基準に関する懇談会」の報告書では、非上場会社
の会計基準に関する基本的な考え方として以下の点が示されている。
①財務諸表の目的
非上場会社においては、とりわけ中小企業の財務諸表の利用者は、ごく少数の株主のほか地方銀行、
信用金庫、信用組合などの金融機関、取引先、税務当局などに限定される場合が多い。また、中小企
業の経営者が自社の財産及び経営状況を把握するために利用できることが重視される。したがって、
企業の将来のキャッシュ・フローの予測に資するという側面よりも、保守的な会計処理が指向され、
配当制限や課税所得計算など利害調整的な側面がより重視されると考えられる。
②非上場会社の会計基準の検討に必要とされる基本的な視点
非上場会社のうち、とりわけ中小企業に適用される会計基準、指針については、中小企業の特性を
踏まえ、中小企業の活性化、ひいては日本経済の成長に資する観点からとりまとめることが肝要であ
ると考えられる。具体的には、経営者が自社の財産の状況や経営の状況を把握することに役立つこと
が重要であり、経営者にとって理解し易く、作成事務が最小限で対応可能であり、簡素で安定的なも
のであることを指向する必要があると考えられる。
③法人税法との関係
現行の確定決算主義を前提としたうえで、中小企業の実態を踏まえて法人税法の取扱いに配慮しつ
つ、適切な利益計算の観点から会計基準の在り方の検討を行うことが適当である。
④会計基準の国際化との関係
非上場会社、とりわけ中小企業に適用される会計基準又は指針は国際基準の影響を受けず、安定的
なものにすべきである。
⑤非上場会社の教育、普及のための施策の必要性
我が国の中小企業の健全な育成を図る観点からは、支援策の拡充等、関係者が協力して、教育、普
及に努めることが期待される。
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中小建設業のための会計基準
⑥株主、債権者のほかに従業員も含んだ視点
現状では中小企業の財務諸表は公表されていないことが多いため、従業員が容易に自社の財務諸表
を利用できるようにする方策を検討すべきであるとの意見も出された。
両報告書に示された基本的な考え方は、中小企業の属性を重視する点では共通であり、これにもと
づいて中小企業にとっての新たな会計のルールの策定が望まれることとなった。
(4) 要領の公表
平成 23 年 2 月に金融庁、中小企業庁を共同事務局として「中小企業の会計に関する検討会」が設
置され、詳細な会計のルールを検討するためにワーキンググループが設けられた。会計ルールの設定
は、それを利用する利害関係者が自ら行うという会計ルールの設定の仕方に関する世界的標準に従っ
て、検討会およびワーキンググループは、財務諸表の作成者の代表である中小企業関係者、財務諸表
の利用者の代表である金融関係者、および会計専門家、学識経験者で構成され、さらに金融庁、中小
企業庁が共同事務局として、法務省がオブザーバーとして参加している。
平成 24 年 2 月に公表された「中小企業の会計に関する基本要領」
(要領)は、以下の 4 つの基本的
な考え方にたって作成されている。なお、意見に渡る部分は私見である。
①中小企業の経営者が活用しようと思えるよう、理解しやすく、自社の経営状況の把握に役立つ会計
会計は、企業の経営状況を映し出す鏡である。映し出された経営状況が果たして良いのかどうか、
経営者は興味を持つはずである。そのためには、経営者は、会計の基本的なルールを理解し、損益計
算書や貸借対照表を作成できる能力を有するか、あるいは、損益計算書や貸借対照表が示している内
容を少なくとも理解できなければならない。経営者にとって会計の知識は教養として身につけておく
べきものである。
中小会計要領は、本要領の利用を想定する中小企業に必要な事項を簡潔かつ可能な限り平易に記載
したものであり、中小企業の経営者にとっても理解しやすいものとなっている。なお、中小会計要領
は、整合的な基準からなる一つの体系をなしており、完全に準拠してはじめて意味のある会計となる。
したがって、中小会計要領で示されている会計処理の一部だけをつまみ食い的に利用したのでは、自
社の経営状況の把握に役立つ会計とはならないことには注意を要する。
②中小企業の利害関係者(金融機関、取引先、株主等)への情報提供に資する会計
中小企業の資金調達は、地域金融機関やメガバンクからの借り入れが中心であり、第三者に対する
新株の発行や起債を行うといった資本市場での資金調達を行うことはほとんどない。また、中小企業
では、所有と経営が分離しておらず、株式には譲渡制限が付されており、自由に譲渡され、流通する
ことは想定されていない。このように中小企業を取り巻く利害関係者の範囲は限られ、計算書類等の
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開示先は、債権者である取引金融機関、主要取引先や株主、従業員、信用調査期間などに限定される 。
利害関係者は、提供された情報に基づき、それぞれの経済的意思決定を行う。たとえば、金融機関
であれば融資を行うかどうかの意思決定をしなければならないが、その際に利用するのが企業から提
供された会計情報である。中小会計要領は、利害関係者が意思決定を行うのに資する情報を提供でき
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るような会計のルールを定めている。
③中小企業の実務における会計慣行を十分考慮し、会計と税制の調和を図った上で、会社計算規則に
準拠した会計
多くの中小企業では取得原価に基づく会計処理が行われており、また、確定決算主義に基づく税務
申告が計算書類作成の目的の大きな割合を占めており、法人税法で定める処理を意識した会計処理が
行われている。このような中小企業の実務の現状に鑑み、中小会計要領では適正な期間損益計算や財
政状態の表示という観点からみて問題がない限りにおいて、税法基準の使用が認められている。中小
会計要領は、企業会計のルールを明文化したものであり、税法基準を示したものではない点を強調し
ておきたい。
たとえば、税法基準に従えば、減価償却は強制ではない。そのために、企業が赤字の場合には減価
償却を行わないような実務が散見される。しかし、それでは企業の本当の経営状況は分からない。会
計は企業の姿を映し出す鏡であり、誤った姿を映し出しても、それは決して企業経営に役立つものに
はならないことを経営者は十分に自覚することが必要である。
④計算書類等の作成負担は最小限に留め、中小企業に過重な負担を課さない会計
会計ルールの設定に際しては、他の社会制度の設計と同様にコスト・ベネフィットの考量が必要で
ある。中小企業が負担する計算書類等の作成のためのコストと、信用力の向上やスムーズな資金調達
といったベネフィットを比較し、ベネフィットのほうが多くなければならない。多くの中小企業は経
理担当者の人数が少なく、経営者や従業員の会計に関する知識も十分ではないため、高度な会計処理
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に対応できる能力や十分な経理体制を持ち合わせていない 。そうであれば、高度な会計のルールを
定めても、それを利用することによる中小企業にとってのメリットは少ないといえる。
中小会計要領は、このような中小企業の実情を考慮した上で、企業の経営成績や財政状態を明らか
にするために必要な最低限の会計のルールを定めており、このルールを守ることにより中小企業には
ベネフィットが得られるように設計されている。
3.要領と指針の特徴
要領と指針の特徴を明らかにするために、まず基準の設定方法の観点から両者の異同を見ていきた
い。
(1) 基準の設定方法の観点から
a.プライベートセクター方式 vs. パブリックセクター方式
会計基準の設定主体のあり方に関しては、プライベートセクター方式とパブリックセクター方式の
2 つがある。会計専門職が早い時期から誕生していた英米においては前者が、わが国のように会計専
門職が比較的遅く誕生した国においては後者が採られてきた。しかし、わが国においても 2001 年に
企業会計基準委員会が設立されて以来、会計基準の設定主体はプライベートセクター方式に移行した。
要領は、金融庁と中小企業庁が共同事務局ではあるが、検討会およびワーキンググループは、財務
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中小建設業のための会計基準
諸表の作成者の代表である中小企業関係者、財務諸表の利用者の代表である金融関係者、および会計
専門家、学識経験者で構成されており、プライベートセクター方式を採っている。また、指針は、日
本税理士会連合会、日本公認会計士協会、企業会計基準委員会、日本商工会議所の民間 4 団体から公
表されており、これもプライベートセクター方式を採っている。
b.帰納的アプローチ vs. 演繹的アプローチ
次に、基準設定のアプローチの仕方についてみていきたい。基準設定のアプローチの仕方に関して
は、実務から帰納していく帰納的アプローチと、概念フレームワークから演繹していく演繹的アプ
ローチの 2 つがある。前者は、実務で行われている会計処理方法のなかから一般に公正妥当と思われ
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る方法を抽出し、基準としていく方法であり、経験の蒸留 あるいはベストプラクティスの集積とも
呼ばれている。後者は、会計の目的や構成要素の定義などから構成される概念フレームワークからあ
るべき基準を導く方法である。アメリカでは 1930 年代の会計基準が開発され始めてからしばらくは
帰納的アプローチを採っていたが、FASB が設立された 1970 年代からは概念フレームワークに基づ
いた演繹的アプローチに移行してきている。わが国においても、1949 年の企業会計原則の設定以来
長い間、帰納的アプローチが採られてきたが、2004 年に企業会計基準委員会から討議資料『財務会
計の概念フレームワーク』が公表されてからは企業会計基準委員会における基準設定は演繹的アプ
ローチに変わってきていると考えられる。
要領では基準を開発する際の基本的な考え方として、「中小企業の実務における会計慣行を十分考
慮し、会計と税制の調和を図った上で、会社計算規則に準拠した会計」を挙げている。また、上記の
「中小企業の会計に関する研究会」の報告書でも、「中小企業が会計実務の中で慣習として行っている
会計処理(法人税法・企業会計原則に基づくものを含む。
)のうち、会社法の『一般に公正妥当と認
められる企業会計の慣行』と言えるものを整理する。」と述べられている。このことから、要領は帰
納的アプローチを採っているといって良いであろう。
これに対して、指針では、作成の基本方針として、「企業の規模に関係なく、取引の経済実態が同
じなら会計処理も同じになるべきである。
」と述べ、シングルスタンダードの考え方が明示されてい
る。もちろん、シングルスタンダードの考え方が演繹的アプローチを意味するわけではないが、指針
は企業会計基準委員会が公表する企業会計基準が改正されるのにあわせて改正されており、「会計処
理も同じになるべき」と考えられている対象は企業会計基準である。企業会計基準は、国際会計基準
との間でコンバージェンスが進められているが、国際会計基準は概念フレームワークから基準を導く
演繹的アプローチを採っている。また、指針ではシングルスタンダードの考え方に引き続き、
「しかし、
専ら中小企業のための規範として活用するため、コスト・ベネフィットの観点から、会計処理の簡便
化や法人税法で規定する処理の適用が、一定の場合には認められる。」と述べている。したがって、
指針は、演繹的アプローチで導かれた企業会計基準を簡略化したものと位置づけられ、結果として演
繹的アプローチを採っているといえる。
c.利害調整 vs. 情報提供
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従来から会計の機能として利害調整と情報提供の 2 つがあることはよく知られている 。利害調整
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機能は、組織にかかわる種々の利害関係者の持分に焦点を当てたものであるのに対して、情報提供機
能は、経営者による経営上の意思決定および投資家による投資意思決定を支援することを目的として
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いる。この違いは、測定値(会計数値)の硬度やボラティリティの許容度の相違となって現れる 。
利害調整機能を重視すれば、硬い会計数値、低いボラティリティが選好されるので、原価基準や保守
主義が原則となる。これに対して、情報提供職能を重視すれば、意思決定目的に適っている限り、会
計数値の硬度やボラティリティの許容度については中立であり、予測や見積要素を多く含んだ数値や
時価基準も積極的に採用される。
要領では、総論の目的で示されているように、「中小企業が会社法上の計算書類等を作成する際に、
参照するための会計処理や注記等を示すものであ」り、
「会計と税制の調和を図った上で、会社計算
規則に準拠した会計」とされている。また、
「中小企業の利害関係者(金融機関、取引先、株主等)
への情報提供に資する会計」ともされている。このことから、要領は、利害調整に軸足を置き、かつ、
その情報が利害関係者の意思決定にも役立つという考え方に立っていると思われる。金融機関や取引
先にとっては、証券投資にとって必要な企業価値の推定に役立つ情報は必要なく、むしろ資金の貸し
付けや回収の判断に役立つ情報であればよく、それは原価基準や保守主義による情報で十分であると
考えられたのであろう。
指針では、総論の目的で、「中小企業が、計算書類の作成に当たり、拠ることが望ましい会計処理
や注記等を示すものである」と述べられているが、本指針の作成に当たっての方針の中では、会計基
準はシングルスタンダードであるべきであるという原則も述べられている。さらに、「しかしながら、
投資家をはじめ会計情報の利用者が限られる中小企業において、投資の意思決定に対する役立ちを重
視する会計基準を一律に強制適用することが、コスト・ベネフィットの観点から必ずしも適切とは言
えない場合がある。そこでは、配当制限や課税所得計算など、利害調整の役立ちに、より大きな役割
が求められる」とされている。指針が企業会計基準を簡略化したものであることを考慮すると、情報
提供に軸足を置き、それを害さない範囲において利害調整の視点を取り入れていると思われる。
d.ダブルスタンダード vs. シングルスタンダード
従来から、会計基準はシングルスタンダードであるべきか、それともダブルスタンダードも認めら
れるべきかに関しては議論があった。同じ取引は同じように会計処理されるべきであると考えるなら
ば、会計基準はシングルスタンダードが当然になる。これに対して、会計の目的が異なれば会計処理
が異なることも認められるとするのがダブルスタンダードの考え方である。
要領では会計基準はシングルスタンダードであるべきか、それともダブルスタンダードも許容され
るべきかについて述べていない。これに対して指針では、上述のように明確にシングルスタンダード
の考え方が示されている。要領でこの点について述べられていないのは、これまでの中小企業会計基
準の設定に関する経緯を振り返ってみて、利害関係者の間で意見の相違が大きく、この点について明
示すると要領がまとまらなくなることを危惧したためと思われる。しかし、上でみたような基準の設
定方法の相違を考慮するならば、ダブルスタンダードを容認していると思われる。
それではダブルスタンダードを許容するとして、具体的に会計処理にどの程度の相違が許されるの
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であろうか。会計処理の相違として理論的に説明が可能なのは、利害調整機能と情報提供機能の相違
で説明可能なものであろう。それはせいぜい保守主義の原則で説明できる部分や、その他包括利益に
計上されるものについて時価評価を行わないことぐらいであろう。ダブルスタンダードを許容すると
しても、理論的に説明可能な部分はそれほど多くはない。
(2) 会計処理の観点から
次に、要領と指針の具体的な会計処理についてその異同をみていきたい。なお、両者ともに総論と
各論に別れているので、ここでもそれにあわせて検討する。
a.総論の特徴
まず、総論について特徴的なことは、要領では国際会計基準との関係、記帳の重要性、企業会計原
則の一般原則が記述されているのに対して、指針ではそれらの記述はないこと、また先述のように、
指針ではシングルスタンダードであることが明記されていることであろう。
まず、国際会計基準との関係では、「本要領は、安定的に継続利用可能なものとする観点から、国
際会計基準の影響を受けないものとする」とされている。これは、企業会計基準は国際会計基準との
コンバージェンスによって毎年のように改正が行われており、企業会計基準を簡略化した指針は、結
果として国際会計基準の影響を受けていることを考慮したものである。国際会計基準はグローバルな
証券市場を前提とした投資意思決定情報の提供を目的としているが、利害関係者が限定的である中小
企業にはそのような投資家は存在しないといっても良かろう。そうであれば、要領が国際会計基準の
影響を受ける必要はなく、そのことを明示したものであり、前掲の懇談会の報告書でも指摘されてい
るとおりである。
次に、
「本要領の利用にあたっては、適切な記帳が前提とされている。経営者が自社の経営状況を
適切に把握するために記帳が重要である。
」として記帳の重要性が述べられている点である。記帳の
重要性を総論のなかで記述しているのは、次のような中小企業の実態があるためである。中小企業に
おいては経理財務担当の人員(事業主以外)は非常に少なく、0 1 人しかいない割合が 68.7%にも及
ぶこと、財務諸表の作成まで一貫して社内で行う中小企業の割合は約 25%しかなく、仕訳伝票を会
計専門家に渡してあとは会計専門家に外注する割合が 43%、総勘定元帳の作成までを社内で行いあ
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とは会計専門家に外注する割合が 27%にも達していることである 。記帳の重要性を総論に記述した
のは、中小企業の経営者に対して会計の重要性を認識させるための教育的な側面が強く、前掲の研究
会の報告書でも指摘されている。
最後に、要領では企業会計原則の一般原則が掲げられている。企業会計原則は帰納的アプローチに
より作成されており、要領が収益費用アプローチを採る企業会計原則の流れをくんでいることを示唆
したものと思われる。
b.各論の特徴
要領と指針の各論のなかで取り上げられている勘定ないし取引等は、以下のとおりである。
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要 領
1.収益、費用の基本的な会計処理
指 針
収益・費用の計上
2.資産、負債の基本的な会計処理
3.金銭債権及び金銭債務
金銭債権、金銭債務
4.貸倒損失、貸倒引当金
貸倒損失・貸倒引当金
5.有価証券
有価証券
6.棚卸資産
棚卸資産
7.経過勘定
経過勘定
8.固定資産
固定資産
9.繰延資産
繰延資産
10.リース取引
リース取引
11.引当金
引当金、退職給付債務・退職給付引当金
12.外貨建取引等
外貨建取引等
13.純資産
純資産
14.注記
個別注記表
税金費用・税金債務
税効果会計
後発事象
組織再編の会計
Ⅲ.様式集
決算公告と貸借対照表及び損益計算書並
びに株主資本等変動計算書の例示
要領には記載があって指針には記載がないものは、資産、負債の基本的な会計処理である。そこで
は、資産は原則として取得原価で、負債のうち債務は原則として債務額で計上されることが述べられ
ている。これについては、「1.収益、費用の基本的な会計処理」との関係で触れておきたい。会計の
主たる目的を適正な期間損益計算におく伝統的な収益費用アプローチでは、資産と負債の認識測定
は、収益と費用の認識測定により規制される関係にある。すなわち、適正な期間損益計算の観点から
収益と費用の認識測定がまず決まり、その結果として資産と負債の認識測定が決まることになる。こ
のことは、建物や機械などの償却性資産を考えるとわかりやすい。償却性資産では、当期の費用たる
減価償却費がまず決まり、未償却残高から減価償却費を控除することで、償却性生産の次期繰越額(資
産の貸借対照表価額)が決まる関係にある。要領は、各論の最初に「収益、費用の基本的な会計処理」、
次に「資産、負債の基本的な会計処理」を記述することで、収益費用アプローチを採っていることを
示したものと思われる。これは総論で企業会計原則の一般原則が記述されていることともつながる。
これに対して、指針には記載があって要領には記載がないものは、税金費用・税金債務、税効果会
計、後発事象および組織再編の会計である。これは、後に述べるように、要領と指針が基準の設定に
あたり想定した企業規模の違いや、計算書類の作成負担の考量の相違が理由であろう。
次に、勘定ないし取引等として同じく記述はされているが、要領と指針で会計処理に相違がある点
74
中小建設業のための会計基準
(認識測定に関わるもの)をいくつか挙げておきたい。
収益、費用の基本的な会計処理について、要領では工事契約について言及されておらず、工事完成
基準を原則としていると思われるが、指針では工事契約については成果の確実性を条件に工事進行基
準の適用が強制されている。
金銭債権について、要領ではデリバティブについて言及がないが、指針ではデリバティブの時価評
価が規定されている。
有価証券について、要領は保有目的別の分類を規定せず、有価証券は原則として取得原価で計上す
るとしている。ただし、売買目的の有価証券を保有する場合は、時価評価が強制される。
棚卸資産について、要領では期末の評価は原価法と低価法が選択適用できるが、指針では金額に重
要性がある場合には、低価法が強制される。
固定資産について、要領は「相当の減価償却」を行うと規定し、本文では規則的な償却という表現
を用いていない。確かに、解説のなかでは、
「
『相当の減価償却』とは、一般に、耐用年数にわたって、
毎期、規則的に減価償却を行うことが考えられます」と述べられている。しかし、
「毎期継続して規
則的な償却を行う。
」としている指針と比べて、一歩引いている感は否めない。また、要領では「災
害等により著しい資産価値の下落が判明したときは、評価損を計上する。
」とされており、収益性の
低下に伴う減損損失の認識は予定されていないものと思われるが、指針では「資産の使用状況に大幅
な変更があった場合に、減損の可能性について検討する」とされている。要領では圧縮記帳について
言及はないが、指針では会計処理が規定されている。
繰延資産について、要領は研究開発費についての規定はないが、指針では即時費用化が規定されて
いる。
外貨建取引等について要領は、短期の外貨建金銭債権債務についても取得時の為替相場によること
を許容している。
リース取引について、要領は売買取引に係る方法と賃貸借取引に係る方法が選択適用できるが、指
針は売買取引に係る方法を原則としている。
要領と指針は、前者が中小企業の実務慣行のなかから一般に公正妥当と考えられる会計処理を基準
にまとめた帰納的アプローチを採っているのに対して、後者は、国際会計基準の影響を間接的に受け
た演繹的アプローチを採るという違いはある。また、要領は、明示はされていないが、400 万社を超
える中小企業のうちそのボリュームゾーンに焦点を当てているのに対して、指針は、
「とりわけ、会
計参与設置会社が計算書類を作成する際には、本指針に拠ることが適当である。
」とされており、中
規模企業が通常行っていると思われる取引を処理するに当たって必要な事項を定めていると考えられ
る。
要領と指針では、確かにこのような相違はあるが、しかし各論については、工事収益の認識・測定
以外に関しては大きな相違点はないといえよう。むしろ、問題なのは、建設業にとっての棚卸資産で
ある未成工事支出金の計算ルールを欠いていることである。
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青山経営論集 第 48 巻 第 2 号
4.要領と指針に欠けているもの
建設業は、土木や建築に関する建設工事の完成を請け負うことを生業とする受注産業であり、一般
的に、工事期間が長いこと、移動性の生産現場であること、常置性の固定資産が少ないこと、工事種
類および作業単位が多様であること、外注依存度が高いことなどの特徴を有する。そのために、一般
的な製造業における収益費用の認識・測定とは異なる面がある。
まず、収益の認識・測定に関して、請負工事については、指針では工事進行基準を原則としている
が、要領では実現主義による収益の認識が述べられているだけであることから、工事完成基準を想定
していると思われる。このような相違が生じているのは、上記で述べたように、指針と要領では利用
を想定している企業の規模等に違いがあるからであろう。工事進行基準に関しては、企業会計基準委
員会が公表した会計基準があり、必要に応じてそれを参照すればよい。工事完成基準に関しては、引
き渡した時点で契約額の全額を認識すればよいのであるから、問題はなかろう。いずれにせよ、工事
収益の認識・測定に関しては現行のルールを必要に応じて利用すれば十分であろう。
問題は費用の認識・測定についてである。要領と指針は、基本的には商品売買業を前提とした会計
基準である。したがって、棚卸資産の評価については原価評価または低価基準の適用を述べているだ
けである。そのため、中小建設業にとって、これだけで財務諸表等を作成することはできない。少な
くとも、完成工事原価および未成工事原価に関する原価計算が行われなければならない。建設業は受
注産業であることから、個々の受注単位に対して原価を集計・計算することが適切であり、1 つの生
産指図書に指示された生産活動について費消された原価を集計・計算する個別原価計算が採用される。
もちろん、製造業にとって必要となる原価計算については、企業会計審議会から昭和 37 年に公表
された原価計算基準がある。しかし、原価計算基準は、個別原価計算以外の原価計算を網羅しており、
中小建設業にとっては複雑であり、難解である。また、「建設業施行規則別記様式第 15 号及び第 16
号の国土交通大臣の定める勘定科目の分類を定める件」では、未成工事支出金については「完成工事
原価に計上してない工事費並びに材料の購入及び外注のための前渡金及び手付金等」と、完成工事原
価については「完成工事高として計上されたものに対応する工事原価」と述べられているだけであり、
これだけでは完成工事原価等の計算には不十分である。
むしろ、要領の言い方を真似るならば、中小企業の経営者が活用しようと思えるよう、理解しやす
く、自社の原価の状況の把握に役立つ原価計算の基準であることが必要であり、そのためには中小建
設業にとって必要最低限の新たな原価計算の基準を明文化することが望まれよう。中小建設業にとっ
ての新たな原価計算の基準と指針あるいは要領を組み合わせることで、中小建設業にとっての会計基
準は完成することになる。
個別原価計算では、個々の原価計算対象にかかる原価、すなわち直接材料費、直接労務費、直接外
注費、直接経費を集計し、工事直接費が計算される。次に、原価計算対象に共通的に発生する原価、
すなわち工事間接費あるいは現場共通費を、適切な配賦基準にしたがって個々の原価計算対象に配賦
する。工事直接費と配賦された工事間接費の合計が工事原価となり、工事原価に販売費および一般管
理費を加えたものが総原価となる。
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中小建設業のための会計基準
このような個別原価計算の一連の手続きの中で、中小建設業が自社の原価の状況の把握のために最
低限知っておかなければならないことは、次の 2 点であろう。発生した原価は、工事直接費、工事間
接費、販売費および一般管理費のいずれかに分類されることになるが、いずれに分類すればよいかと
いう分類基準である。工事原価(工事直接費、工事間接費)に分類されるか、販売費および一般管理
費に分類されるかにより、期間利益に違いが出てくる。工事原価に分類されれば、工事収益が認識さ
れた期間に費用となるが、販売費および一般管理費に分類されれば、発生した期間に費用になるから
である。2 つめは、工事間接費を個々の原価計算対象に配賦する際の適切な配賦基準である。仮に配
賦基準が適切でなければ、個々の工事原価が適切ではなくなり、工事ごとの利益の額が不適切になる
からである。これでは工事の適切な管理は望めない。
棚卸資産に関連してもう一つ指摘しておかなければならないことは、受注した工事契約から損失が
見込まれる場合である。建設業は受注産業であるので、すでに販売が行われ契約額が確定しているの
で、いわゆる低価基準が適用されることはない。しかし、企業会計基準第 15 号「工事契約に関する
会計基準」によれば、受注した工事契約から損失が見込まれる場合には、工事損失引当金の計上が求
められる。これは工事進行基準の場合だけではなく、工事完成基準を採用している場合にも同様であ
る(par.19, 20)
。そして、結論の背景では、工事損失引当金は企業会計原則注解の注 18 の引当金の
要件を満たすと考えられるとされている(par.63)。そうであれば、指針や要領に従っている中小建
設業においても工事損失引当金の計上は強制されると思われる。したがって、工事損失引当金に関す
る簡単なガイダンスが必要であろう。
5.おわりに
中小建設業にとっての一般に公正妥当と認められる企業会計の基準は、現状においては指針と要領
の 2 つが考えられる。しかし、これだけでは中小建設業が財務諸表を作成するには不十分である。な
ぜなら、指針と要領は、商品売買業を前提としており、工事原価等の計算に関するルールはないから
である。
中小建設業が、適切な財務諸表を作成できるように、個別原価計算に関する基準、特に工事直接費、
工事間接費、販売費および一般管理費に分類する基準と、工事間接費を個々の原価計算対象に配賦す
る際の適切な配賦基準を、中小建設業の経営者が理解可能なように簡潔かつ平易にまとめたルールの
作成が望まれる。その際に、工事損失引当金に関する簡単なガイダンスを含めることが望まれる。
注
1 平成 22 年 2 月開催の「中小企業の会計に関する研究会」(中小企業庁)において配布された資料 6 参照。
2 東京商工リサーチ「資金調達に関する実態調査」2007 年 11 月。
3 中小企業においては経理財務担当の人員が 1 人しかいない割合が約 60%を占めている。中小企業庁によ
る平成 20 年度「会計処理・財務諸表開示に関する中小企業経営者の意識アンケート」参照。
4 George O. May, Financial Accounting: Distillation of Experience, N. Y.,Macmillan Co., 1943.
5 安藤英義『新版 商法会計制度論』白桃書房、1997 年、354 頁参照。
6 斎藤静樹編著『会計基準の基礎概念』中央経済社、60 頁以下参照。
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青山経営論集 第 48 巻 第 2 号
7 中小企業庁、平成 20 年度「会計処理・財務情報開示に関する中小企業経営者の意識アンケート」
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