特集1 救急現場ですぐ役立つ 臨床推論 頭が痛い 社会医療法人河北医療財団 河北総合病院 急性・重症患者看護専門看護師 後藤順一 U氏は,IT関係の仕事をしてい 40歳 U氏 男性 る。連日,明け方にかけて強い ごとう じゅんいち●2003年日本医科大学付属病院高度救 命救急センター勤務。2011年聖路加看護大学成人急性期看 護修士課程卒業後,河北総合病院救急医療センター勤務。 頭痛が15分程度あり,自宅の近所の病院を受 医学監修:救急医 高橋賢亮 診したが,頭部CTでも異常所見はなく,群発 頭痛との診断を受け,点滴と鎮痛薬(NSAIDs) の処方を受け,その日は帰宅した。 《トリアージでの見解》 あなたはどれを選択する? 来院前日の夜に後頭部から首にかけての痛み 軽症(グリーン) と目眩が出現し,同病院を受診。頭部CTを再度 患者は群発頭痛を有しており,症状も同様の 撮影するが,やはり異常はなく,群発頭痛によ ため,一時的に発生した頭痛と判断。そのほか, るものとの見解で,疼痛時の鎮痛薬(NSAIDs) バイタルサインの異常所見が得られたのは呼 と同様の処方を受けて帰宅する。一時は内服薬 吸,脈拍,血圧が共に正常より高値であり,浮 を服用して痛みは軽快していたが,14時頃, 遊性のめまいもあった。これらは痛みによる反 仕事での外出中にさらに痛みが増強し目眩が出 応であり,交感神経症状と判断する。そのため 現した。追加の鎮痛薬を服用したが治まらず, 正常の反応であると判断した。 ➡❶(P.9)へ移動 最寄りである当院の救急外来へ,上司に付き添 われて来院した。 Ⅰ トリアージ ■ 注意(イエロー) 呼吸,脈拍と血圧は異常値であり急性発症で ある。しかし,そのほかのバイタルサインは安 ◎来院時所見 定しており,現在命に危険が迫っているとは言 意識:GCSはE4V5M6。意識は清明で受け答え いがたい。そのため,レッドではなくイエロー はスムーズである。頭痛がひどくまっすぐ歩 と判断する。 ➡■ Ⅱ(P.7)へ移動 くことができず,上司の介助で何とか立つこ 重症(レッド) とができる状態であった。瞳孔は2mmの左 呼吸は速拍であり,脈拍と血圧が異常値であ 右同大で,対光反射もスムーズであった。強 る状況からショックの徴候があると考えた。早 い頭痛の持続により,常に苦痛表情をしてい 急な対応が必要であり,レッドと判断した。 ➡❷(P.9)へ移動 た。ふわふわとするような浮遊性のめまいも 持続していた。 気道・呼吸:呼吸を苦しがるような様子はなく, 呼吸回数は23回/分である。 Ⅱ 頭痛の性質を調査 ■ トリアージ判定後,患者から情報を収集した。 脈拍:HR 100回/分 看護師:頭痛はいつからですか? 血圧:180 /90mmHgと正常値より逸脱して U氏:…き,昨日…よ,夜。少し……良くな… いる。 体温:36.9℃ てきた。 看護師:頭の痛みはどのように感じますか? 救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.6 7 U氏:奥…奥から(「頭の奥」と訴えている) 患者よりも優先し早急に対応する必要がある。 ➡❺(P.10)へ移動 後ろ。い…痛い。 看護師:このしゃべり方はいつからですか? 呂律が回っていないようですが。 U氏の上司:病院に着いてからです。言葉が出 医師へU氏の状況を報告し,バイタルサイン にくいみたいです。頭の痛みは落ち着いたよ が安定しているため,血管確保の上,頭部CT うですが。そういえば,一昨日から「肩や首 による画像診断を行った。頭部CTでは前病院 が重い感じ」と言って,カイロプラクティッ でのCT所見と同様に,出血や梗塞を思わせる クに通っていると言っていました。仕事のし 所見は認められなかった。 すぎですよね。 さらに,神経学的所見を細かく観察した。 * * * 意識:GCSはE4V5M6。答える内容は正確であ るが,運動性失語が見られる。めまいは持続。 気道・呼吸:変化なし。 意識レベル:運動性失語は持続しているが,意 識は清明である。頭痛は軽減している。 ◎まとめ ・U氏は群発頭痛を有しており,今回も群発頭 脈拍・血圧:HR 110回/分,Bp 190 /90mmHg 痛による頭痛の再燃と判断してNSAIDsの内 体温:36.5℃ 服で痛みを調整していた。 《再トリアージ》 あなたはどれを選択する? 軽症(グリーン) ・痛みが増強し浮遊性のめまいが出現したこと で,当院を受診している。 ・今回の頭痛は典型的な群発頭痛の所見が当て 血圧と脈拍の上昇はやはり交感神経刺激症状 はまらない。 である。U氏はもともと群発頭痛を有しており, ・当院到着後より運動性失語が認められた。 その影響が大きい。また,運動性失語も,痛みに ・頭部CT上では出血や梗塞を思わせる所見は 伴う苦痛から発語が困難な状況にあると考え,軽 症であると判断した。 ➡❸(P.9)へ移動 注意(イエロー) ない。 《最終判断》あなたはどれを選択する? 群発頭痛によるもの 頭痛は群発頭痛ではなく,僧帽筋の緊張から やはり群発頭痛による反応と考え,緊急性は くるものと判断し,緊張性の頭痛と考えた。血 ないと判断する。 ➡❻(P.10)へ移動 圧と脈拍は異常値であるが,低値ではないため 脳血管異常はあるが緊急性はない 経過観察で問題ない。しかし,めまいや失語に 脳血管の異常は考えられるが,緊急性はなく通 対しての精査は念のため必要であると考え,次 常の患者対応でよい。しかし,経過観察は必要と に診察を行えるようにU氏を優勢とした。 判断し,異常があればすぐに対応できる体制を ➡❹(P.9)へ移動 重症(レッド) 8 Ⅲ 検査結果 ■ とっておくことが必要である。 ➡❻(P.10)へ移動 中枢性の機能障害が進行している。脳血管疾 早急な対応が必要である 患が予測され,また,それは急性のものである 群発頭痛とは別の疾患が考えられる。それは と判断する。そのため,重症と判断し,ほかの 進行する脳血管による障害であり,生命の危機 救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.6 的な状態であると判断し,早急な対応が必要で 襲に対する生体反応の結果,重要臓器の血流が ある。 ➡■ Ⅳ(P.9)へ移動 維持できなくなり,細胞の代謝障害や臓器障害 Ⅳ 最終アセスメント ■ 1) が起こり,生命の危機にいたる急性の症候群」 と定義されている。ショックは次の4つに分け ここまでの状況から,U氏の頭痛は群発頭痛 られる。 ではなく,脳血管障害によるものの可能性が高 循環血液量減少性ショック:出血,脱水など い。またそれは,先に撮影した頭部CTの所見 血液分布異常性ショック:アナフィラキシー, から,出血ではなく虚血性の疾患が疑われる。 今回の初期症状は頭痛とめまいから始まっ た。また,そのめまいは中枢性のめまいが疑わ れる。上司からの情報では,肩から首の重い感 じを訴えていたことやカイロプラクティクへ 脊髄損傷,敗血症など 心原性ショック:心筋梗塞,弁膜症,重症不整 脈,心筋症,心筋炎など 心外閉塞・拘束性ショック:肺塞栓,心タンポ ナーデ,緊張性気胸など 通っていたとのこと。これらの点から,神経連 U氏では,血圧や脈拍は高値であり各組織へ 絡経路における障害が予測され,椎骨から脳底 の血液供給は保たれていることが考えられる。 動脈の異常による脳血流障害から,神経伝達経 ➡■ Ⅱ(P.7)へ移動 路の障害による構音障害,運動障害,感覚障害 ❸頭痛の性質を理解しているか? が出現したことが考えられる。 U氏は,頭痛の部位は「頭の奥から後ろが痛 ◎診断結果 い」と表現している。既往にある群発頭痛に当 U氏は,頭部CT上出血,梗塞所見はないも てはめると,患者の群発頭痛は朝に出現し15 のの,神経学的所見では運動性失語が出現して 分程度で改善する。現在の頭痛は頭痛の性質, いた。そのため,確定診断のためMRIを施行し 規則性では既往にある群発頭痛は当てはまらな たところ,脳底動脈解離が判明した。 い。頭痛の種類における特徴を表に示す。 ➡ 解説 (P.10)へ移動 ➡■ Ⅲ(P.8)へ移動 ❶痛みと交感神経の関係は? ❹めまい・失語から判断することは? 痛みの刺激が加わると反射運動神経の興奮に めまいからの重症度の鑑別は非常に困難であ より筋が収縮し,交感神経の興奮により血管も る。そのため,めまいを訴えて来院した患者を 収縮する。この反応から,血管の収縮により血 トリアージする際は,めまい以外の症状を逃さ 圧が上昇し,筋運動の亢進とは反して臓器への ず確認することが重要である。 血液供給量が低下するため,組織の酸素不足に めまいは,大きく中枢性のめまいと末梢性の 陥る。血液の供給量が低下し酸素不足に陥った めまいに分けられる。中枢性のめまいは中枢が 各組織からは,さまざまな代謝産物が生成され 障害を受けたことにより発生しているため,一 る。この代謝産物は知覚神経を刺激し,さらな 般的に四肢の運動障害,構音嚥下障害,感覚障 る痛みの増強へとつながると言われている。 害,平衡維持の障害などの中枢神経症状が現れ ➡■ Ⅱ(P.7)へ移動 る。末梢性のめまいでは,これらの神経症状は ❷ショックの状態にあるか? 現れない。 ショックとは, 「体に対する侵襲あるいは侵 末梢性のめまいでも平衡維持が困難になる場 救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.6 9
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