ふしぶしが痛い

特集1
救急現場ですぐ役立つ 臨床推論
ふしぶしが痛い
40歳 Z氏は主婦で,子どもが3人お
Z氏 女性 り,スーパーマーケットのレジの
パートをしている。2カ月くらい前から両膝の
日本赤十字社和歌山医療センター 看護部 看護副部長
高度救命救急センター
救急外来・救急病棟 看護師長
救急看護認定看護師
認定看護管理者 芝田里花
しばた りか●和歌山赤十字看護専門学校卒業。卒後2年
目から現在まで日本赤十字社和歌山医療センター救命救急
センターで勤務。2001年救急看護認定看護師資格取得。
痛みと腫脹があり,近医を受診した。
「立ち仕
自己免疫性あるいは感染性の関節痛が考えられ
事のため」と言われ,鎮痛薬(NSAIDs)の処
る。多発関節痛の原因を原因精査していくこと
方を受け,様子を見ていた。1週間前くらいか
が必要。 ➡❷(P.37)へ移動
ら手首,肘など体のふしぶしが痛く,37℃台
重症(レッド)
の発熱,倦怠感があり,パートも休んでいた。
脈拍96回/分,呼吸22回/分はSIRSの診断基
Ⅰ トリアージ
■
準を満たしている。Japan triage and acuity
system(JTAS)ではレベル2の緊急にあたるた
◎来院時所見
め,重症と判断する。敗血症を起こしていれば,
両膝関節,肘関節,肩関節に痛みがあり,移
血圧低下を来し,ショックに陥る可能性が考え
動には車いすが必要であった。
「全身のふしぶ
られる。 しが痛くて動けない」との訴えがある。
意識:コミュニケーションはスムーズで意識は
正常。
気道,呼吸:呼吸困難感なし,努力呼吸なし。
呼吸22回/分
体温:37.8℃ 脈拍:96回/分
血圧:138 /80mmHg
《トリアージの見解》
あなたはどれを選択する?
軽症(グリーン)
バイタルサインについては脈拍がやや促迫で
➡❸(P.37)へ移動
Ⅱ 関節痛の性質を調査
■
トリアージレベルを判定後,患者から情報を
収集する。
看護師:熱はいつからですか?
Z氏:1週間前くらいから微熱があったんです
が,その前からふしぶしが痛かったんです。
看護師:喉が痛い,咳などのかぜ症状はないで
すか? 家族や周囲にインフルエンザの方は
いないですか?
Z氏:かぜ症状は,喉が少し痛いような気がし
すが,痛みがあること,動作後であることから,
ます。仕事場にインフルエンザの人がいまし
正常から大きな逸脱はないと判断する。膝の痛
た。
みは2カ月前からのものであり,慢性疼痛と判
断した。膝関節以外の関節痛の原因は発熱の可
能性も考えられる。 ➡❶(P.37)へ移動
看護師:膝が痛いのはいつからですか? ま
た,痛いのはどちら側ですか?
Z氏:膝は2カ月くらい前から痛みはじめ,痛
中等症(イエロー)
いのは両方です。腫れもあって近くの病院に
体 温 は37.8度 で, 正 常 か ら 逸 脱 し て い る。
行ったんですが,立ち仕事のためだろうと言
膝の痛みと他の関節の痛みは関連があり,多発
われ,痛い時に痛み止めを飲んでいたんです
関節痛の可能性がある。発熱もあることから,
が…。あまり良くならないし,様子を見るし
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.6
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重症(レッド)
かないと言われて…。
看護師:他の関節には痛みや腫れはなかったで
性の疾患も否定できない。また,SIRSの診断基
すか?
Z氏:そう言われると,肘や肩もそのころから
準の脈拍90回/分以上,呼吸20回/分以上の2
項目を満たしている。この場合,敗血症を起こ
痛かったような…。
看護師:そうなんですね。手は大丈夫ですか?
し,ショックに陥る可能性があるため,早急な
Z氏:そうですね。朝,握りにくい感じがしま
対応が必要である。 ➡■
Ⅲ(P.36)へ移動
す。
看護師:どれくらいの時間ですか?
Ⅲ 検査結果
■
Z氏:1時間くらいかな。
医師へトリアージの結果を報告し,バイタル
看護師:体重はどうですか。
サインはSIRSの診断基準を2項目満たしてい
Z氏:6カ月で3kgくらい減っています。
るが,受け答えもしっかりしているため,静脈
* * *
路を確保し,発熱もあることから感染性の疾患
意識:意識レベルは清明で受け答えもしっかり
も考え,採血と体部造影CT,上肢,肩関節,膝
関節などの一般撮影を行った。また,同じ職場
としている。
気道・呼吸:変化なし。呼吸回数20回/分
で同僚がインフルエンザに罹患していたため,
脈拍・血圧:90回/分
インフルエンザのチェックを行ったが,結果は
血圧:110 /70mmHg 体温:37.5℃
マイナスであった。
《再トリアージ》
あなたはどれを選択する?
血液検査では,白血球(WBC)
6,600/mm3,
28.3%,総た
赤血球(RBC)
325万/mm3,Ht 軽症(グリーン)
んぱく 7.5g/dL,アルブミン 2.45g/dL,血
問診にもしっかりした返答があり,脈拍,呼
中尿素窒素(BUN)
15mg/dL,クレアチニン
吸ともに来院時よりも,安定してきている。来
(Cr)
0.42mg/dL,ALT 79IU/L,AST 65IU/L,
院時の呼吸回数,脈拍は体動後のためであった
フィブリノーゲン 728mg/dL,Dダイマー 5.77,
と判断できる。関節痛は膝関節の単関節痛であ
C反応性たんぱく(CRP)
13.57mg/dLであった。
り,その他の関節の痛みは発熱のためであると
膝関節腫脹,軽度熱感が左右対称性にあり,
考える。職場にインフルエンザを発症した同僚
右肩関節運動時痛,両側手指腫脹あり,伸展位
がいたため,インフルエンザの可能性も考えら
をとれない。
れる。 ➡❹(P.39)へ移動
◎まとめ
注意(イエロー)
・Z氏は40歳の女性であり,2カ月くらい前
関節痛は肘関節,肩関節など他の関節にも痛
みが出現しており,多発関節痛であると判断す
る。発熱はあるが,他のバイタルサインからは
に両膝関節痛を感じた。
・膝関節痛は他院で「立ち仕事によるもの」と
診断され,様子を見ていた。
緊急性はないと判断した。関節痛,微熱,倦怠
・以後,肘関節,肩関節痛も出現していた。
感もあるため精査が必要である。
・
「朝のこわばり」も出現していた。
➡❹(P.39)へ移動
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37.5℃の発熱があることから,重症の感染
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.6
・血液検査では貧血があり,CRPの上昇が見ら
れている。
・SIRSの診断基準の2項目が該当する(脈拍,
呼吸)。
《最終判断》あなたはどれを選択する?
膝関節の単関節炎
膝関節の単関節炎であり,その他の関節痛は
ウイルスや発熱によるものが考えられ,緊急性
はない。 ➡❹(P.39)へ移動
多関節炎であるが,感染ではなく緊急性はない
2カ月前に発症した多関節炎である。CRPは
高値であり炎症所見はあるが,感染のフォーカ
スがなく,緊急性はない。しかし,痛みも強く
表1 関節痛を来す疾患
変形疾患による関節痛:最も頻度の高い関節痛の原因疾患
変形性膝関節症 変形性股関節症
変形性手指関節症
自己免疫疾患による関節痛
関節リウマチ
血清反応陰性関節炎(強直性脊椎炎,乾癬性関節炎,
Reiter症候群,炎症性腸疾患関節炎)
代謝疾患による関節痛
痛風性関節炎 偽痛風
感染による関節痛
化膿性関節炎 結核性関節炎
ウイルス性関節炎など
外傷による関節痛
半月板損傷や靱帯損傷 骨折
離断性骨軟骨炎
悪性腫瘍や骨壊死による関節痛
小児の股関節に発生するPerhes病
ステロイド服用患者やアルコール多飲者に好発する大
腿骨頭壊死
手関節の月状骨に発生するKienbock病
なってきており,生活に支障を来しているため,
経過観察が必要である。 ➡■
Ⅳ(P.37)へ移動
早急な対応が必要である
SIRSの診断基準の2項目を満たしている。感
染性心内膜炎,化膿性関節炎では敗血症を起こ
し,ショック状態に陥る可能性があり,早急な
対応が必要である。 ➡❸(P.37)へ移動
Ⅳ 最終アセスメント
■
表2 SIRSの診断基準
①体温 36℃未満または38℃以上 ②脈拍数 90回/分以上
32Torr未
③呼吸数 20回/分以上(もしくは動脈血 PaCO2 満)
④白血球数 12,000/mm3 以上または4,000/mm3 未満(もし
くは10%以上の幼若球出現)
※2項目以上でSIRSと診断する
スがもとで起こると考えられる。また,炎症を
起こしたことで全身の血管が広がるため,熱と
Z氏が「ふしぶしが痛い」のは,関節リウマ
血管の広がりによって,関節痛や筋肉痛や頭痛
チによる可能性が高いと考える。関節の痛みは
を起こすこともある。しかし,ショック症状が
3∼4カ月前の両側性の膝関節痛から始まり,
出ることはあまりない。朝のこわばりなどは見
肘関節,肩関節,足関節などの痛みを感じてい
られない。 た。また,本人は強くは自覚していなかったが
❷関節痛の原因
30分以上続く「朝のこわばり」も出現してお
Z氏は左右の膝関節痛の発症から2カ月程度
り,手指の腫脹も見られる。今回の受診は痛み
経過しており,他の関節痛も起こっており,発
が強くなっての受診であった。微熱も続いてお
熱もあるため,多関節炎と考え,原因検索を行
り,活動期であると考える。
うことが必要である。関節痛の原因は表1に示
◎診断結果
すように多岐にわたる。患者の症状と全身の関
救急外来では確定診断までに至らず,リウマ
節の観察を行い,原因検索していくことが必要
チ科を受診して精査を受け,関節リウマチと診
だ。原因検索の方法を図1∼3に示す。
➡■
Ⅱ(P.35)へ移動
➡■
Ⅱ(P.35)へ移動
断された。
❶ウイルス性の関節痛とは
❸SIRSの状態
インフルエンザやかぜによる関節痛はウイル
Z氏はSIRSの診断基準(表2)のうち,脈拍
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.6
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図1 関節炎を見た時の鑑別診断
岡田定:デキレジ 関節炎を見たら4つのカテゴリーで鑑別する,レジデント,Vol.1,No.9,P.117,2008.
緊急性高
Ⅰ.急性多関節炎
Ⅱ.急性単関節炎
細菌性関節炎
細菌性関節炎
①感染性心内膜炎…歯科治療,心雑音など
②淋菌性関節炎…風俗店などでの公有歴,若年∼中年
圧痛を伴う膿痂疹
①非淋菌性…高齢,面得液不全状態の患者に多い
②淋菌性…若年者に多い,移動性,多関節性のことも多い
結晶誘発性関節炎
ウイルス性関節炎
①痛風…閉経前の女性にはほとんどみられない
②偽痛風…高齢,膝・手首・肩などの大関節に多い
①肝炎ウイルス…輸血歴,不特定多数の異性との交遊歴,刺青
②ヒトパルボウィルスB19感染…皮疹,子どもとの接触歴など
③急性HIV感染症…不特定多数の異性との交遊歴
外傷性
慢性多関節炎の初期→関節リウマチ,SLE,血管炎などの膠原病の初期
外傷,過多の運動,全身症状はみられない
急性多関節炎の初期
Ⅲ.慢性多関節炎
Ⅳ.慢性多発関節炎
臨床で遭遇する機会の多い3疾患を抑える
単関節炎
①関節リウマチ… 30分以上続く朝のこわばり,左右対称性の関節炎,罹患関節
分布から変形性関節症と区別する(RA:PIP,MCP関節中心でDIP関節は侵さ
れない。OA:DIP+PIP関節,第1CMC関節も要チェック)
②SLE …若い女性。陽性尤度比の高い症状である。光線過敏,蝶形紅斑は見逃
さないようにする。抗核抗体は感度99%であるが特異性は高くないのでむや
みに測定しないように注意する
③リウマチ性多発筋痛症:高齢者の原因不明の発熱,関節痛に遭遇したら必ず鑑
別にあげること。寝返りが打てないほどの大関節を中心とした関節痛(発症日
を特定できるほどの痛み)側頭動脈炎の合併に注意。ステロイドが著効する
図2 単・少関節痛へのアプローチ
Evaluation of the adult with polyarticular pain. UpToDate.より引用,改変/岡田定編:ヤバレジ
step2 だれもが最初はヤバレジだった,P.147,医学出版,2012.より引用,改変
外傷や局所的な骨痛
病歴と身体診察
慢性感染症である結核性関節炎と無腐性骨壊死を見逃すな
①結核性関節炎…股関節に多い。疑ったら,ツベルクリ
ン反応を行う。ほぼ全例で陽性化する
②無腐性骨壊死…大腿骨頭に多い。ステロイド使用者,
アルコール多飲者の股関節痛を見たら,鑑別にあげる
こと
③慢性多関節炎の早期
X線検査
骨折,腫瘍,代謝性骨疾患
異常
滑液包炎,腱炎,線維筋痛症
圧痛点
トリガーポイント
滲出液の存在 or 炎症所見
関節穿刺
血性
骨髄生分の存在
凝固異常
偽痛風
腫瘍,外傷
シャルコー関節
結晶あり
変形性関節症,関節内損傷
軟部組織損傷,ウイルス感染
培養陽性
化膿性関節炎
(−)
経過>6週間
全身性リウマチ疾患
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救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.6
関節リウマチ,若年性特発性関節炎
ウイルス,SLE,ライム病,
サルコイドーシス,脊椎関節症
圧痛点
(+)
線維筋痛症
多発する滑液包炎
腱炎
(−)
ウイルス性関節痛
軟部組織異常
甲状腺機能低下症
神経性疼痛
骨代謝性疾患
抑うつ
(+)
(+)
無菌性の炎症性関節液
Evaluation of the adult with polyarticular pain. UpToDate.より引用,改変/岡田定編:ヤバレジ
step2 だれもが最初はヤバレジだった,P.148,医学出版,2012.
病歴と身体診察
滑膜炎
変形性関節症,関節内損傷
軟部組織損傷,ウイルス感染
Yes
関節内骨折
図3 多関節炎または多関節痛の評価
多関節痛
No
白血球2,000以上
多核球75%以上
(−)
ウイルス性関節炎
早期の全身性リウマチ疾患