救急外来における感染防止対策

戸塚美愛子
藤枝市立総合病院 感染管理室
連載 第2回
感染管理認定看護師
1998年に藤枝市立総合病院に入職し,消化器内科,
外科,整形外科,ICUに勤務。2005年感染管理認定
看護師資格を取得。現在は,感染管理室専従勤務。
今回のポイント
救急外来における感染防止対策
1.救急外来を訪れる患者の特徴は,出現している症状が感染症による
ものかどうか確定されていないことです。
2.救急外来における感染対策の基本は,標準予防策です。
3.患者の症状に応じて感染経路別予防策を追加しましょう。
救急外来の特徴
るのかどうかを判断する一助となる問診内容を
紹介します。感染を疑う症状がある患者が自身
まずは,感染対策に視点を置いた救急外来の
でいち早く伝えることができるよう,ポスター
特徴を考えていきたいと思います。救急外来を
などで案内をしておくとよいでしょう。
受診する患者の特徴と診察の特徴は,次のもの
①症状
が挙げられます。
発熱,発疹,咳嗽,嘔吐,下痢など,感染症
■患者の特徴
により出現する頻度が高い症状がないか確認し
①新生児から高齢者まであらゆる年齢層である
ます。
②診断がついていない状況であることがほとん
②基礎疾患(既往歴)
どである
基礎疾患や既往歴を聴取し,免疫不全状態の
③一般外来と比較して滞在時間が長い
患者かを判断します。
■診察の特徴
糖尿病,抗腫瘍薬使用,免疫抑制薬使用,ス
①内科系から外科系まで,診療科の幅が広い
テロイド使用,放射線治療,悪性リンパ腫,慢
②患者情報をほとんど得ていない状況での診察
性腎不全などは,比較的患者や付添人から確認
である
を取りやすいですが,重要な免疫応答臓器であ
③緊急性が高い場合がある
る脾臓を摘出後という情報は,重要であるわり
④侵襲的検査・処置を実施する機会が多い
に日常生活にほとんど支障がないために,患者
⑤湿性生体物質に接触する可能性が高い
が伝えるべき情報だととらえていないことがあ
このような状況であるため,医療従事者のみ
ります。
ではなく,受診患者や付添人も感染のリスクが
③同居者や集団生活(職場・教育機関など)の
高い状況であると言えます。
感染防止対策の実際
疾患流行状況
同居者はもちろんですが,保育園や学校など
の教育機関,職場など日中の大半を過ごす環境
■患者のトリアージ
で流行している疾患がないかを確認します。流
◎問診
行開始時期や最終接触時間を把握することも,
次に,患者の症状が感染症により起こってい
感染症を予測する上で重要な情報になります。
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エキスパートの視点
患者本人や付添人は,自分
以外の情報を「伝えるべき情報」ととらえてい
が感染リスクは高くなります。
ないことがあるため,医療従事者側から確認す
⑦接触した動物
ることが大切です。
動物由来感染症を想定し,接触した動物がいる
④海外渡航歴
かどうかも必要な情報となります。昆虫やダニ
2013年に鳥インフルエンザ(H7N9)が中国
が病原体を媒介してヒトが罹患する節足動物媒
で流行したことや,2013年には中東呼吸器症候
介感染症も想定し,情報を聞くとよいでしょう。
群(MERS:Middle East Respiratory Syndrome
エキスパートの視点
Coronavirus)がアラビア半島で発生している
り,重症熱性血小板減少症候群(severe fever
などの情報は,皆さんもご存じのことと思いま
with thrombocytopenia syndrome:SFTS)
す。交通網が発達し,感染症も簡単に輸入され
で死亡する例がニュースなどで報道されていま
る時代になっています。渡航した地域での感染
すので,注意しましょう。
症に罹患している可能性を想定し,渡航歴の確
⑧予防接種歴
認をしましょう。また,一緒に渡航した人がい
予防接種により100%免疫が獲得できるわけ
るのであれば,その人も同じような症状になっ
ではありませんので,予防接種=その疾患は除
ているかどうかを問診で聞くことも,診断に必
外とはなりませんが,有益な情報です。
要な情報になるかもしれません。
◎隔離待合・優先診療の必要性の決定
海外での感染症流行情報は,厚生労働省検疫
問診の結果,感染症が疑われる場合には,ほ
所FORTHのホームページ1)が参考になります。
かの患者や付添人から隔離する必要があります。
マダニに咬まれることによ
MERSは,該当国から帰国し
そして,優先診療を行う必要があるかを判断し
てから2週間以内の発熱・咳などの症状出現時
ます。救急外来の出入り口や待合室,診察室ま
は,医療機関に事前に連絡をした上で受診する2)
での動線が複数あると,感染対策上管理がしや
こととなっています。また,鳥インフルエンザ
すいと考えます(詳細は後述)
。
エキスパートの視点
(H7N9)は,帰国後10日以内の発熱・咳など
の症状出現時
3)
となっています。渡航歴は,
■標準予防策
救急外来における感染対策の実際は,やはり
過去1カ月以内のものを聞きましょう。
標準予防策の遵守です。前回で詳しく説明しま
⑤食事摂取歴
したが,新生児から高齢者まですべての人に分
食中毒を疑う時に重要な情報になります。生
け隔てなく,
“誰もが何らかの感染症を持って
ものや野生鳥獣(ジビエ)の摂取歴,外食や出
いるかもしれない”と考えて,感染予防策を取
前,仕出し料理の摂取歴を,さかのぼれる範囲
ることが大切です。
で確認します。
◎個人防護具の着用
⑥職業歴
感染性があるものとして挙げている次の6つ
動物から人に感染する動物由来感染症は,動
の湿性生体物質に接触あるいは接触する可能性
物を扱う職業の人の方が感染リスクは高くなり
がある場合は,個人防護具を選択し,着用しま
ます。また,土壌やクーリングタワーなどの環
しょう。
境に存在するレジオネラは,レジオネラ肺炎を
80
起こしますので,土や配管を扱う職業の人の方
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感染性があるもの
すべての人の①血液
②体液(精液,膣分泌物)
③分泌物(唾液,痰)
④排泄物(尿,便,嘔吐物)
*汗は除く
⑤傷などがある皮膚
⑥粘膜(口腔内,鼻腔内,陰部)
ほかの患者やほかの患者の付添人との接触を避
けて,待合室あるいは診察室に移動します。移
動時,患者はサージカルマスク(外科用マス
ク)
,職員・付添人はN95レスピレーターを装
着します。
エキスパートの視点
空気感染あるいはその疑いが
ある患者がN95レスピレーターではなくサー
ジカルマスクを選択する理由は,使用する目的
が異なるためです。N95レスピレーターは,
救急診療においての個人防護具の課題は,緊
マスクを装着する側を守り,サージカルマスク
急下での対応を免罪符にし,“着けっぱなし”
は排出される飛沫が周囲に拡散しないようにす
になることだと考えます。着用目的を明確にし,
る(咳エチケット)ためです。また,呼吸状態
目的が解決あるいは次の行為に移る時は外し
が悪い患者には,N95レスピレーターの装着
(交換し)ましょう。
エキスパートの視点
個人防護具は,必要性を認識
は耐えられるものではありません。
②待合室・診察室の選択
していても,すぐに着用できる環境を整えなけ
陰圧個室という,部屋の中の空気を廊下やほ
れば,必要なタイミングで着用したり交換した
かの部屋に出さないように,室内の気圧を低く
りすることはできません。職員の動線上のどこ
している個室で待つ,あるいは診察します。
に配置したらすぐ着用できるかを検討し,設置
陰圧個室設備がない場合は,独立した換気シ
しましょう。また,救急外来は多職種・多数の
ステムを持った個室で対応するか,独立換気シ
職員が従事しますので,サイズも揃えておきま
ステムがない場合は,窓を開放できるなど換気
しょう。
可能な個室で換気しながら待機します。自家用
◎手指衛生
車で待機してもらうという手段もあります。職
手指衛生についても,前回で述べました。手指
員は,個人防護具で感染予防できますが,ほか
衛生も,緊急下での対応という状況の中で省略
の患者や付添人との接触を避けられる自施設に
されてしまうことがあるので,その対応が課題
見合った手段をあらかじめ決めておく必要があ
だと思います。1つの処置ごとに手指衛生がで
ります。
きるよう,速乾性手指消毒剤を配置しましょう。
③職員の感染予防対策
エキスパートの視点
職員の動線上に手洗い設備が
患者にかかわる職員には,空気感染予防策が
複数あると,手指衛生の遵守率は上がります。
必要な患者であることを情報共有します。流行
患者・付添人が大きく移動せずに手洗いができ
性ウイルス感染症(麻疹,水痘)は,免疫獲得
る設備も必要です。
職員が対応することが望ましいです。N95レス
■感染経路別予防策
ピレーターは,患者のいる個室に入る前に装着
◎空気感染を疑う場合
し,個室から出た後に外します。
①患者の移動
④使用後の環境整備
問診の結果,空気感染を疑うと判断した場合,
痰など患者の体液で環境が汚染を受けていな
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写真1 当院の空気清浄機能付パーテーションの活用例
ければ,消毒する必要はあり
ません。室内の空気が完全に
入れ替わるのに必要な時間を
あらかじめ確認し, 入 れ 替
わったらほかの用途で使用で
きます。
エキスパートの視点
窓 が あ り,
陰圧システムがない個室を使
用した場合は,個室の入り口
のドアは閉鎖し,窓のみ1時
外来の待合空間の一区画に,
「咳・熱がある方専用待合コーナー」
として常設している。
間程度開放し,換気します。
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◎飛沫感染を疑う場合
エキスパートの視点
①患者の移動
設備はありますか? 救急外来に来るまでに嘔
問診の結果,飛沫感染を疑うと判断した場合,
吐などをして手が汚染されていることがありま
空間的余裕があれば,ほかの患者や付添人との
す。そのまま手洗いをする機会がないと,院内
接触を避けて,待合室あるいは診察室に移動し
の環境を汚してしまうことになります。トイレ
ます。移動時,患者はサージカルマスク,職
以外の待合空間にも患者や付添人専用の手洗い
員・付添人もサージカルマスクを装着します。
設備があるとよいですね。
②待合室・診察室の選択
③職員の感染予防対策
咳・発熱などの症状で飛沫感染対策として個
患者にかかわる職員には,飛沫感染予防策が
室管理を選択するのは,かなり困難であると推
必要な患者であることを情報共有します。流行
測されます。ましてやインフルエンザなどを想
性ウイルス感染症(風疹,流行性耳下腺炎)は,
定して発熱のみで飛沫感染を選択してしまうと,
免疫獲得職員が対応することが望ましいです。
感染症ではない疾患までトリアージしてしまう
また,飛沫感染と言えば季節型インフルエン
ことになります。
ザを思い浮かべる人が多いのではないかと考え
成人の場合は咳エチケットを実施できるため,
ます。流行前に季節型インフルエンザワクチン
咳エチケットを実施してもらうことが確実な対
の接種も済ませておいた方がよいでしょう。
策であると考えます。小児の場合は,本人が咳
④使用後の環境整備
エチケットを選択することは困難なため,優先
感染性のある物質が付着あるいは飛散してい
診療が一番効果的・効率的な対応と考えます。
ないようであれば,ドアノブなどの高頻度接触
写真1のように,ヘパフィルターが吸い込み
表面のみを消毒すれば十分です。もし,血液や
口についた空気清浄機能がついたパーテーショ
吐物などの感染性のある物質が環境中に付着す
ンが販売されています。このようなツールを利
ることがあれば,汚物を拡散しないよう拭き取
用し,“個室がないから無理”と割り切らずに,
り,0.1%(1,000ppm)次亜塩素酸ナトリウ
限られた環境の中でも実践できる範囲の感染対
ムで消毒します(表1)
。
策を実践できるとよいですね。
また,院内のトイレで嘔吐・下痢をした場合
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
患者や付添人が手洗いできる
表1 嘔吐処理方法
2
ほかの患者・付添人を遠ざける
3
職員を集める
4
換気できれば換気する(窓を開ける)
5
必要物品を集める(あらかじめセットして
おくとよい)
。手袋は何回も交換するため
多めに用意する(写真2)
6
個人防護具着用(手袋,マスク,ゴーグル
〈シールド付マスク〉
,ビニールエプロン)
7
汚染を広げないよう吐物を吸収性の良い使
い捨ての布で拭き取る
8
拭き取った布はすぐにビニール袋へ入れて
密封する
9
0.1%(1,000ppm)次亜塩素酸ナトリウ
ム溶液を浸した使い捨ての布を汚染エリア
に敷く。
10分程度接触させられると効果的(写真3)。
10
患者の衣類が汚染した場合は,廃棄可能な
ら廃棄する(処理時に再び感染リスクがあ
るため)
11
着用した個人防護具もビニール袋に入れて
密封し,廃棄する
12
流水下での手洗いを実施する
すぐに必要物品が
嘔吐した患者の状態確認
揃えられるようにしておく
1
写真2 嘔吐処理セット
写真3 次亜塩素酸ナトリウム溶液を用いた嘔吐処理
は,患者にすぐに伝えてもらうよう指導し,消
指導は必要です。診断された疾患が学校保健安
毒します。
全法に当てはまる疾患であれば,登園・登校(成
嘔吐などで環境が汚染された場合は,素早
人の場合も準じた対応)停止期間を説明します。
く・安全に処理することが求められます。必要
また,罹患中の過ごし方も,感染経路別の対
物品を早く集め,素早く処理するためには,可
策を説明します。治癒証明が必要な疾患は,受
能な限り多くの職員が駆け付けることです。
診先は救急外来ではなく個人医療機関になると
◎接触感染を疑う場合
思います。受診時には,疾患名を医療機関に伝
接触感染を単独で疑うことは,救急外来など
えること,マスクを着用して受診することを指
の外来エリアではないと考えます。咳などで気
導します。
道系物質が環境に付着したり,嘔吐した吐物が
嘔吐・下痢の場合は,対応方法のプリントな
環境に付着したりすることへの対応として,飛沫
どをあらかじめ作成しておき,説明できるとよ
感染対策と同時に実施することが大半でしょう。
いでしょう。
■患者・付添人への指導
■日頃の環境整備
帰宅可能な場合,
“家庭内でうつってしまう
標準予防策,感染経路別予防策を確実に実践
のは仕方のないこと”とせずに,2次感染予防の
するためには,日頃から環境を整えておく必要が
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
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表2 標準予防策・感染経路別予防策実施のための
環境整備
①個人防護具がすぐ使用できるよう設置されている
(職員・患者両方)
②個人防護具は汚染を受けないよう保管されている
③職員の動線上に手洗い設備がある
④診察室ごとに速乾性手指消毒剤が設置されている
⑤使用した環境・物品がすぐに消毒できるよう,物
品が揃っている
う。また,流行している感染症情報も注目した
いですね。
引用・参考文献
1)厚生労働省検疫所FORTHのホームページ
http://www.forth.go.jp/index.html(2014年7月閲覧)
2)厚生労働省:中東呼吸器症候群(MERS)に関する対
応について(協力依頼),健感発0516第2号(平成26年
5月16日)
3) 厚 生 労 働 省:
「中国における鳥インフルエンザA
(H7N9)の国内検査体制について(情報提供)」の一部
改正について(平成25年5月2日)
あります。表2に必要なポイントを挙げました。
* * *
救急外来は,どんな病気の患者が来るか予測
がつきません。また,受診者数や緊急度により
本来“できている”ことがおろそかになってし
まうこともあります。感染予防対策の基本は標
準予防策です。ゆとりがある時などに,自身の
感染防止対策遵守状況を振り返るとよいでしょ
84
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
4)国立病院機構大阪医療センター感染対策委員会,ICHG
研究会編集:新・院内感染予防対策ハンドブック,P.91,
92,南江堂,2006.
5)細田清美:外来部門におけるラウンド,INFECTION
CONTROL春季増刊号―感染対策のための院内ラウンド
強力サポートブック,P.102 ∼108,2014.
6)満田年宏:隔離予防策のためのCDCガイドライン2007
―医療環境における感染性病原体の伝播予防,ヴァンメ
ディカル,2007.
7)文部科学省のホームページ:学校保健安全法施行規則
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S33/S33F03501000018.
html(2014年7月閲覧)