全文 - 聖マリアンナ医科大学

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聖マリアンナ医科大学雑誌
学会記事
Vol. 42, pp. 287–291, 2015
平成 25 年度 学内研究助成金実績報告書
研究課題名
Plk1 過剰発現と合成致死性抗癌剤の感受性
研究者名
佐藤 工
所 属
応用分子腫瘍学・助教
【目的】
PLK1 過剰発現は多くの癌で散見され,そのほとんどが予後不良と関連がある。この PLK1 過剰発現癌を
選択的に死滅させることができれば,多くの癌で予後不良癌を理論上副作用なしで効果的に治療することが
可能となる。申請者らは PLK1 過剰発現が家族性乳癌の原因遺伝子 BRCA1 の酵素活性を抑制することを発
見した。また合成致死に基づく新規抗癌剤 PARP 阻害剤が BRCA1 の酵素活性を失った細胞を選択的に死滅
させることを発見した。これらの発見より PLK1 過剰発現を伴う予後不良癌は PARP 阻害剤により選択的に
死滅させられるという仮説をたて検証した。
【方法】
PLK1 発現量の低い細胞を用い PLK1 を恒常的に過剰発現する細胞株を作成し, PLK1 過剰発現細胞が
PARP 阻害剤に高い感受性を示すか検討する。
② 20 種類の癌細胞株を用い PLK1 発現量と PARP 阻害剤に対する感受性の関連を検討する。
③ 20 種類の癌細胞株を免疫不全動物の皮下に接種し xenograft を作成し,PLK1 発現量と in vivo での PARP
①
阻害剤に対する感受性の関連を検討する。
卵巣癌摘出検体を用い PLK1 発現量と PARP 阻害剤に対する感受性の関連を検討する。
④
【結果】
上記の全ての実験で PLK1 過剰発現を伴う癌細胞は PARP 阻害剤に高い感受性を示すという仮説を支持す
る結果を得た。
【考察】
今回得られた結果から, PLK1 過剰発現を伴う予後不良癌は PARP 阻害剤にて選択的に死滅することがわ
かった。この発見により,これまで予後不良のバイオマーカーとされていた PLK1 の過剰発現が,新規抗癌
剤により理論上副作用を伴わず,効果的な治療の対照となる可能性を示唆する。
今後はさらに症例数を増やし検討すると同時に, PLK1 過剰発現が PARP 阻害剤に高い感受性を示す詳細
なメカニズムを検討していく予定である。
【結語】
PLK1 過剰発現を伴う予後不良癌は新規抗癌剤 PARP 阻害剤による効果的治療の対照となりうる。
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研究課題名
C 型慢性肝炎治療効果予測診断の構築
研究者名
池田 裕喜
所 属
内科学(消化器・肝臓内科)・助教
【目的】
C 型慢性肝炎に対する Peg-IFN/RBV 併用療法の治療効果に IL28B 遺伝子の SNP が強く関連している。し
かし,治療感受性のある IL28B 遺伝子メジャーアレル(MjA)全例が治療成功となるわけではない。本研究
は, IL28B 遺伝子 MjA における治療抵抗要因がヒストン修飾による IL28B 遺伝子不活化であることを検証
するものである。
【方法】
① IL28B 遺伝子のエピジェネティックな異常が遺伝子配列上存在し得るかを GRCh38 Genome Reference
Consortium Human Reference 38/ 2013 年度版をもとに検証する。② 複数細胞株における IL28B 遺伝子の発
現レベル差を検証し,Direct sequencing 法にて IL28B 遺伝子の SNP を同定する。そして,ヒストン H3K4Ac,
H3K9Me2, H3K27Me3 修飾を, それぞれクロマチン免疫沈降(ChIP)解析により行う。 ③ 臨床サンプルの
IL28B 遺伝子発現解析,SNP 解析,ヒストン修飾解析を行う。
【結果】
GRCh38/hg38 における解析結果より, IL28B 遺伝子プロモーター領域には CpG island を認めず,遺伝子
発現の不活化に DNA メチル化の関与は考えにくいことが判明した。 一方で Affymetrix Human Exon 1.0 ST
arrays による検索では,ヒト肝臓組織において中等度の発現を示すことが判明した。複数細胞株の検討では,
各種細胞株を培養し,RNA 抽出・cDNA 変換の後,RealtimePCR 法にて遺伝子発現を半定量解析とした。結
果は肝臓がん細胞株 3 種においても,大きな遺伝子発現レベルに差があることが判明した。
【考察】
IL28B MjA の治療抵抗要因として IL28B 遺伝子の発現レベルが症例間で大きく異なることが推測されて
いる。GRCh38/hg38 における解析結果は,IL28B 遺伝子発現の不活化にヒストン修飾が深く関与している可
能性を示唆している。本研究の仮説が明らかとなれば,より精度の高い治療効果予測が可能となり個別化治
療の一助になると思われる。
【結語】
この解析結果をもとに, 細胞株における IL28B の SNP 解析・ヒストン修飾解析を行う。 そして臨床サン
プルを用いて IL28B 遺伝子発現不活化と治療成績との関連に関して検討を行う予定である。
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研究課題名
移植腎の長期予後を左右する尿細管炎の存在とマトリックスメタロプロテアーゼの役割
研究者名
北島 和樹
所 属
腎泌尿器外科学・助教
【目的】
移植腎組織の障害は,修復・再生して回復する場合と,線維化の進行により機能不全に至る場合がある。本
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研究では,移植腎の予後(回復か線維化か)を決定づける過程でのマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)
と炎症細胞の関与について検討した。
【方法】
免疫原の異なる 4 種類の抗 MMP-9 抗体を用いてマウス片側腎結紮(UUO)モデル(術後 1・3・7・14 日)
の腎および移植腎生検(急性拒絶,急性 CNI 腎症)組織を免疫染色した。また各種組織マーカー(E-cadherin,
Vimentin, -catenin, α-SMA 他)抗体を用いて線維化の進行を免疫組織学的に評価した。さらに腎移植患者の
尿(術前,術後 1・2・4・7・14 日)を用いたマルチプレックスアッセイにより尿中 MMP-1, 2, 9 と TIMP-1,
2 を定量した。
【結果】
MMP-9 の N 末端配列を免疫原とする抗体(92 k Da 潜在性 proMMP-9 のみを認識)は, その他の抗体
(proMMP-9 と 84 k Da 活性型 MMP-9 の両方を認識)と異なる免疫染色性を示した。 proMMP-9 はマウス
UUO モデルにおいては健常な近位尿細管上皮(PT)に発現(+)し,尿細管障害の進行に伴って発現が低下
した(±/−)。移植腎生検では,proMMP-9 は CNI 腎症において強発現(++)し,急性拒絶では発現が低下
(±/−)していた。 一方, 活性型 MMP-9 の発現は, 各種抗体による免疫染色性の比較から, CNI 腎症で低
く,急性拒絶とくに尿細管炎(T 細胞浸潤)を伴い,線維化が進行し始めた組織で強く持続的に発現している
ことが示された。腎移植患者の尿中 MMP-9 レベルは,腎移植後の炎症性変化に伴って上昇する傾向を示し
た。
【考察】
我々はこれまでに,1)移植腎が損傷を受けると,直後に PT で MMP-9 の発現が増強し,2)CNI などの一
過性の急性尿細管障害では症状が回復すると MMP-9 の発現が低下する(可逆的な発現増強)のに対し,急性
拒絶では病理所見や臨床症状が改善しても MMP-9 の強い発現が持続する(非可逆的な発現増強)ことを報告
した。今回の結果は,回復可能な尿細管障害では定常的な proMMP-9 の発現が一過性に増強するのに対し,
急性拒絶では活性型 MMP-9 が強発現し, その持続発現と線維化の進行に炎症細胞の PT 内への浸潤が関与
している可能性が示唆された。
【結語】
尿細管上皮における潜在性 proMMP-9 と活性型 MMP-9 の発現を識別することは,移植腎の予後を予測す
る有用な情報になると考えられる。
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研究課題名
iPS 細胞由来神経細胞移植による脳損傷運動障害回復におけるケモカイン制御
研究者名
有光 なぎさ
所 属
免疫学・病害動物学・助教
【目的】
脳損傷での神経細胞死への新規治療法として幹細胞由来神経細胞移植治療が示唆されている。そこで本研
究では,ヒト induced pluripotent stem cell(hiPS 細胞)をはじめとする幹細胞由来神経分化細胞移植の有効性
を明らかにするとともに,神経分化機構と移植後の神経再生における制御機構の解明と有効な治療法の確立
を目指し,脳損傷マウスへの細胞移植実験を行った。
【方法】
hiPS 細胞を培養皿から解離した後, 分化刺激として bFGF 除去培地にて, 4 日間浮遊培養し胚様細胞塊
(embryoid body: EB)を作製する。次に EB をフィブロネクチンコート培養皿に播種し,24,48 時間後に分
化培地(レチノイン酸,ノジン,ソニックヘッジホック含む)にて刺激を与えた後,凍結損傷による片マヒモ
デルマウスの線条体位に細胞移植を行った。分化細胞の一部は経時的回収もしくは固定後,遺伝子発現を解
析した。
運動機能の評価系として,Rota-rod 法,beam walking 試験を用いた。また,分化細胞と移植神経細胞の性
質について組織免疫染色法により調べた。
【結果】
hiPS 細胞を分化誘導した結果,神経マーカーや運動神経マーカーの発現を RT-PCR 及び免疫染色にて確認
できた。そこで,作製した分化誘導神経細胞を損傷したマウスに移植し機能回復を解析した。その結果,移
植マウスにおいて移植約 1 週間後以降,優位に運動機能の改善が見られた。マウス脳切片に対して病理学的
評価を行ったところ,損傷部位において移植細胞が運動神経として定着していた。さらに,損傷,移植と関
連してケモカイン,接着因子の発現がみられた。
【考察】
hiPS 細胞由来神経細胞移植は片マヒ症状改善に効果があると考えられる。また,損傷部から遊走促進に関
わるケモカイン SDF1 の産生と, その受容体 CXCR4 と接着因子 NCAM を選択的に発現した分化誘導神経
細胞がマウス神経回路内に見られたことから移植神経細胞が組織への定着及び再生に関与する事が考えられ
る。
【結語】
移植実験においてケモカイン SDF1 及び細胞接着因子は細胞遊走や組織内での再生に重要な役割を担って
いる事が示唆される。また,神経細胞や脳の発達過程において発現する事が知られている他ケモカインとの
相互作用について今後検討する必要があると考えている。
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研究課題名
EGFR 抑制と DNA 相同組換え修復不全による合成致死性の解析
研究者名
セドキーナ アンナ
所 属
応用分子腫瘍学・研究技術員
【目的】
乳癌において家族性乳癌の原因遺伝子 BRCA1 の変異,または機能抑制は予後不良の乳癌,Basal-like 乳癌
の発生におおいに関連がある。 このため BRCA1 不全乳癌(予後不良乳癌)の効果的治療の開発が重要であ
る。 近年, PARP 阻害剤が BRCA1 機能不全を伴う癌細胞のみを選択的に死滅させる画期的な治療薬となり
うるという報告があり注目されている。 実際に PARP 阻害剤は臨床試験でも phase 2 まで行われ有望な結果
を示している。しかし癌細胞は PARP 阻害剤に対し耐性を獲得することが報告され,次なる BRCA1 不全癌
の効果的治療の開発が待たれる。申請者は BRCA1 機能不全が DNA 二本鎖切断修復機構のうち Homologous
Recombination(HR)不全をおこすことに注目し,もう一つの修復機構である Non-homologous End Joining
(NHEJ)を抑制することで BRCA1 機能不全を伴う細胞(癌細胞)のみ DNA 修復不全をおこし細胞死すると
いう仮説をたて検証した。
【方法】
モデル細胞として BRCA1 機能不全を伴う卵巣癌細胞株(UWB1. 289)を用いた。対照として UWB1. 289
に野生型 BRCA1 を恒常的に発現する細胞株(UWB1. 289+BRCA1)を用いた。単一の細胞株で得られた結
果は,他の細胞株を用いた実験での再現性も検討する必要がある。そこで BRCA1 機能不全を伴う乳癌細胞
株(HCC1937)に野生型 BRCA1 を恒常的に発現する細胞株(HCC1937+BRCA1)の樹立をめざした。
NHEJ を抑制する方法として, 非小細胞肺癌の治療薬として既に臨床で用いられている Erlotinib が核内
EGFR の抑制を介して NHEJ を抑制するという機能を利用した。UWB1. 289 を用い,BRCA1 機能不全細胞
が Erlotinib に高い感受性を示すか検討した。また,同様の結果が HCC1937 を用いた実験で再現できるか検
討した。
【結果】
HCC1937 を用い野生型 BRCA1 を恒常的に発現する細胞株の樹立に成功した。
UWB1.289 を用いた実験で BRCA1 機能不全細胞は BRCA1 正常細胞に比べ高い感受性を示すことを確認
した。この結果は HCC1937 を用いた実験で再現性を得られた。
【考察】
BRCA1 機能不全を伴う癌は NHEJ の亢進を伴っており,その抑制にて死滅する可能性がある。これは今
後,実験動物を用いた実験での再現性を確認する必要がある。 また実際に実験に用いた細胞で, BRCA1 機
能不全細胞では HR が抑制され NHEJ が亢進していること,Erlotinib 投与にて NHEJ も抑制されていること
を証明する必要があると考えられる。これは Dr. Pablo Huertasu(Spain)との共同研究にて進行中である。
【結語】
BRCA1 機能不全を伴う予後不良乳癌に対し Erlotinib が効果的治療薬となり得る。
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