Kyushu J. For. Res. No. 55 2002. 3 報 文 置戸照査法試験林の動態解析*1 −遷移行列の固有値による施業評価(3) − 舛木 順二*2 ・ 村上 拓彦*2 ・ 吉田茂二郎*2 ・ 今田 盛生*2 北海道置戸においては照査法による択伐林施業の試験研究が昭和3 0年以来行われている。筆者らは本試験林の施業支援システムの構築を 目標に研究を進めている。本研究では,支援システム構築を行う上での一指針を得る目的で,各林分の遷移行列を作成し,その固有値を 用いた解析および固有値に対する弾力性分析により各直径階の林木個体の林分動態への影響を評価した。その結果,施業を行う上での指 針を得ることができ,支援システム構築にとって有用な情報であることが示唆された。 Selective cutting system by the check method has implemented in the Oketo Experimental Forest in eastern Hokkaido, Japan since19 5 5. We have studied to construct the decision support system of this forest. In this study, we made each transition matrix of 26 compartments and matrix analysis was used to calculate the rate of growth for each comparment and to calculate the elasticities of each transition coefficient in the matrices. As a result, we got a appropriate management guideline and these informations were useful to construct the decision support system of this forest. Ⅰ.はじめに 針広混交択伐施業林に適用したものである。 (1) 遷移行列の作成 北海道置戸においては照査法による大面積の針広混交林を対象 林分の伐採後と期末の胸高直径の分布を N1,N2,遷移行列を T, にした択伐林施業が昭和30年以来行われている。照査法の試験・ 直径階数を9として,モデルを示すと次式のようになる。 研究は諸外国に於いて意欲的に行われており今後に期待すべき施 業と思われる。本研究では,今後施業を行う上での一指針を得る 目的で,照査区毎の遷移行列を作成し,その固有値を利用するこ とにより林分成長量および林分伐採量の予測が可能か否かの検討 を行った。また,弾力性分析により各直径階の林木個体の林分動 態への影響を評価した。 N 2= T × N 1 a + c c ・・・ c c b a 0・・・0 0 b a 0・・0 T= ・ ・・・・・・ 0 ・・0b a 0 0 ・・・0 b a 1 1 1 2 1 2 8 9 2 2 3 2 3 3 8 7 8 8 9 8 9 9 Ⅱ.解析資料 ここで,遷移行列 T の要素 aii(i =1, . .. ,9) は原級に留ま 北見道有林管理センター北見経営区22林班4 1小班の26個の照査 る比率,bij(i =2,.. . ,9:j =1, . . . ,8)は1階級進級する比率, 区のデータ(第1∼第13照査区は第1∼第5経理期,第14および c(k =1,. .. ,9)は各直径階の個体当たりの進界率を表わす。原 k 第1 6∼第2 6照査区は第1∼第4経理期,第15照査区は第2∼第5 級に留まる比率(aii) ,1階級進級する比率(bij)は直径階別の期 経理期)を用いた。 首本数・期末本数と枯死本数より算出した。各直径階の個体当た 照査区毎針葉樹・広葉樹それぞれ直径階別(最小直径階1 5cm りの進界率(ck)は,定量的資料が十分ないため各直径階の結実 とする5 cm 拮約)の期首本数・伐採本数・枯死本数・期末本数 能力の差異を反映させた直径階ごとに重み付けをした場合() および進界本数が記録されている。経理期間は8年である。なお, について算出した。 進界率(ck)は次式のようになる。 総施業面積は77ha で照査区の平均面積は2. 9 6ha であり,第7照 Ck = Ing /9 nk (k =1,2,. .. ,9) 査区および第21照査区は対照区でその他は施業区である。 ここで,Ing は進界本数,nk,は各直径階の伐採後の本数を表 わす。 Ⅲ.解析方法 本研究は,Osho()および佐野ら()の用いた手法をもとに (2) モデルによる遷移の把握 遷移を把握するための値として,ここでは遷移行列の最大固有 値(λ)を考える。照査法における成長量の計算は次式によりな *1 Masuki, J., Murakami, T., Yoshida, S. and Imada, M. : An analysis of population dynamics at the Oketo Experimental Forest by the check method−The assessment of past management by eigenvalues of transition matrices(3) *2 九州大学農学部 Fac. Agric., Kyushu Univ., Fukuoka 812-8581 226 九州森林研究 No. 5 5 20 02. 3 されている()。 A = M −(m − h) ここで,A は照査区の成長量,M は期末蓄積,m は期首蓄積, h は収穫量を表わす。したがって,λ=1のとき林分の成長量は 0,λ>1のときは増加,λ<1のときは減少を意味し,このこ とにより林分がどのような方向で遷移するかが把握できることに なる。 (3) 固有値による伐採量の評価 照査区の期首・伐採後・期末の胸高直径の分布 N0,N1および N2 の間には以下の関係が成立する。 N1=(E − H)N 0 図−1.遷移行列 T(E-H)の固有値λ0と 遷移行列 T の固有値λ1の関係 (1) N2= TN 1=λ1N1 (2) N2= T(E − H)N 0=λ0 N 0 (3) ここで,E は単位行列,H は伐採行列,λ1は遷移行列 T の最 大固有値,λ 0 は遷移行列 T(E − H)の最大固有値を表わす。 (2)式は伐採後から期末の期間の照査区の動きを表わしており, 伐採の影響を反映した関係式である。一方,(3)式は見かけ上期 首から期末の期間の照査区の動きを表わしており,伐採の影響を 除外した関係式である。したがって,両関係式から得られる最大 固有値を比較することにより伐採量を把握できると思われる。 (4)弾力性分析 図−2.林分成長量の実測値と予測値の関係 個体群生態学に於いては遷移行列モデルにより個体群の動態 (生活史)を調べる場合に,各齢あるいは各サイズの個体が個体 群の動態に及ぼす影響を評価する方法として,個体群の成長率に 予測の適合度が低く実測値と予測値の差が10(sv / ha)を超え 及ぼす相対的な指標を算出する弾力性分析が用いられている る照査区が,針葉樹で3 1%広葉樹で1 9%,存在する。これは,遷 () 。また,それは個体群を管理する上での助力になることが報 移行列 T と固有値λ1の関係は,伐採後の林分の胸高直径の分布 告されている()。遷移行列の最大固有値(λ)は林分の成長 を N1としたとき,T・N1=λ1N1により表わされると仮定すること 率を表わす指標である。各直径階の林木個体が林分の成長率に及 によると考えられる。すなわち,この関係式において左辺は林分 ぼす寄与は異なる。そこで,弾力性分析()により各直径階の の各直径階の期末本数を計算して期末蓄積を算出することを示し, 林木個体の最大固有値(λ)に与える効果の検討を行った。一般 また実際の林分の期末の状況を正確に記述しているが,右辺は林 に,遷移行列の要素 aij の最大固有値(λ)に対する弾力性 eij は 分の各直径階の伐採後の本数が同じ割合で増加するとして期末蓄 (4)式で与えられる。また,弾力性 eij の特徴は各弾力性の値の 積を算出することを示している。また,上述の仮定にはλ1に付 総和が1になり,各弾力性 eij が弾力性の総和の割合になること 随する固有ベクトル w と N1が平行であることが含まれている。 を示しており,弾力性の値が大きいほど林分の成長率に及ぼす影 そこで,以下の2つの指標を用いて両ベクトルの関係を調べた。 響が大きいことを示す。 a ∂λ ∂ln λ e= = ∂lna λ ∂a (4) N1・w cosA = N1 w (5) ここで,A は w と N1のなす角を表わす。2つのベクトルが平 行であれば(5)式の値は1になる。 Ⅳ.結果および考察 1 Δ (x,у) = x−у 2 Σ (6) ここで,ベクトル x,y は w と N1を大きさが1である単位ベク 資料より作成した遷移行列の固有値λ0およびλ1の関係を図− トルに規格化したもので, (6)式は2つのベクトルの距離を示す 1に示す。樹種に関係なく固有値λ1は1以上であり,林分成長 指標で Keyfits のΔと呼ばれ() ,この指標の特徴は,0≦Δ≦ 量は正あるいは0であることを示している。実際,各照査区とも 1である。 各経理期において両樹種の林分成長量は正であり,固有値λは林 2つのベクトルが同じであればその値は0になる。 分の遷移傾向を把握する上での指針になることを示している。 林分の成長量の実測値と予測値の差の絶対値と cosA および また,λ1≧λ0であり,両者の値の差は照査区の伐採量を把握 Keyfits のΔ(相違指標)の関係を図−3に示す。 する指標として利用できることが示唆された。 この図から固有ベクトル w と伐採後の林分の胸高直径の分布 次に,固有値λ1により林分の成長量を正確に捉えることが可 N1には方向のズレが存在し,その差が大きいほど予測の適合度 能か否かを確認するために,林分成長量の実測値と固有値λ1を が低くなる傾向があることが示唆される。これらのことより,実 用いて算出した予測値との比較を行った(図−2)。 際の林分の期末の状況を正確に記述できず,予測の適合度が低く 227 Kyushu J. For. Res. No. 55 2002. 3 他の直径階のそれは小さい傾向を示し,上位直径階の小径木・中 径木の成長が前者の成長より旺盛であると考えられる。広葉樹の 場合はそのような傾向が明確に認められず針葉樹の成長特性と異 なることを示唆している。進級確率の弾力性の値(図−6)も両 樹種とも各直径階で経理期毎に複雑に変動しているが,各経理期 においては直径階の増加に伴い弾力性の値は単調に減少している。 これは林木のサイズの増加に伴い潜在的な成長能力が低下するこ とを示しており,小径木・中径木の成長が林分の成長に大きく寄 与することを示唆している。これより当林分の施業としては小径 図−3.予測の精度と相違指標および cosA の関係 ただし,A は本数ベクトルと固有ベクトルのなす角 木および中径木の成長促進を念頭に置いた伐採を実行することが 必要であると考えられる。 進界率の弾力性の値(図−7)は,直径階15cm を除き両樹種 なると考えられる。 とも停止確率の弾力性の値および進級確率の弾力性の値に比して これを改善するには,択伐林は同齢一斉林と異なりサイズ分布 小さい値をとる傾向があることが窺える。保続経営を円滑に継続 の対称性が無く林分の成長には林分構造が大きく寄与しているこ するためには一定量の進界木の確保が必要で,本試験林では更新 とを考慮して,進級確率に林分構造を反映するような重み付けを 方法として更新不良な林分または伐採によって生じた孔状裸地に した遷移行列を作成しその固有値を用いて林分成長量の予測をす は針葉樹の人工植栽をする方法が採用されているが(),弾力 ることが必要であると考えられる。 性分析の結果からは林分の成長への寄与は低いことが示唆された。 さらに,固有値の差λ1−λ0により林分の伐採量を正確に捉え 直径階15cm の進界率の弾力性の値が他の直径階より大きい値を ることが可能か否かを確認するために,林分の伐採量と固有値の 示すのは,遷移行列の作成方法による。すなわち,停止確率と進 差の関係を調べた(図−4)。 界率の和をもとに弾力性の値を算出しているためである。直径階 1 5cm の進界率の弾力性の値は他の直径階のそれより小さい値を 示すと考えられるが,直径階15cm の停止確率と進界率を分離す るようにモデルを改良し,両モデルによる弾力性分析の結果を比 較する必要がある。 Ⅴ.おわりに 遷移行列の固有値を利用した,林分の遷移傾向の把握手法を紹 介した。また,弾力性分析により一つの施業指針を得ることがで きた。しかし,固有値を用いた林分成長量の予測の適合度は不十 図−4.伐採量と固有値の差の関係 固有値の差は,遷移行列 T の固有値と遷移行列 T(E-H)の固有値の差 分であり,遷移行列(進級確率)の改善が今後の第一の検討課題 である。また,遷移行列の固有値を用いず,直接期末の胸高直径 分布の予測から算出した成長量の予測値と固有値を利用した予測 値の実測値に対する適合度を比較する予定である。 前述のように,針葉樹の場合の方が広葉樹に比べて林分成長量 の予測の適合度が低い場合が多く,そのことを反映し,林分の伐 引用文献 採量を説明変数として固有値の差を線形回帰により推定した場合, 針葉樹(R2=0. 20 2,p <0. 0 5)の方が広葉樹(R2=0. 707,p < 0. 0 5)より決定係数の値が小さくなっている。 停止確率(原級に留まる比率) ・進級確率(1階級進級する比 率)・進界率の弾力性分析の結果の一例として第5照査区の場合 を図−5∼図−7に示す。停止確率の弾力性の値(図−5)は各 ()Caswell, H. (1989) Matrix population models 328pp, Sinauer, USA. ()北海道林務部(1 99 6)置戸照査法試験林の成果報告第Ⅳ報, 1 3pp. ()Osho, J. S. A. (1991) Ecological Modelling 59 : 247−255. 直径階で経理期毎に複雑に変動している。これは,経理期毎の伐 ()佐野 真ほか(1 9 93)日林論 1 04:2 43−24 4. 採量の変動を反映して各直径階の林木の成長が異なり停止確率の ()Silvertown, J. . (1993) Journal of Ecology 81 : 465−476. 値も変動するためと考えられる。また,針葉樹の場合は停止確率 ()Silvertown, J. . (1996) Conservation Biology 10 : 591− の弾力性の値は最小直径階15cm および最大直径階55cm に比して 228 597. 九州森林研究 No. 5 5 20 02. 3 図−5.停止確率の弾力性の値の推移 図−6.進級確率の弾力性の値の推移 図−7.進界率の弾力性の値の推移 229
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