気候変動

気候変動と食料システム:食料安全保障と貿易についての
世界的査定と予測されること
Climate Change and Food Systems: Global assessments and implications
for food security and trade
FAO, 2015
(仮訳)鹿児島大学名誉教授 岡本嘉六
翻訳に当たって:大型台風が次々と発生し、猛暑日が続いており、ゲリラ豪雨
や熱中症の被害が広がった。旱魃に見舞われた米国では大規模な山火事が発生
し、ミャンマーでは豪雨による洪水が各地で発生するなど、異常気象による影
響は世界的である。地球温暖化が話題となっても、その被害が積み重なっても、
現実的対策は進行していない。一般市民の関心も低く、「原発再稼働反対」や
「安保法制」の陰に隠されている。
国連は、2050 年における 96 億の世界人口を養うために 70%以上多くの食料
を持続的に生産しなければならないと、2013 年に警鐘を発した。異常気象は食
料生産に影響し、日本でもこの間野菜などが値上がりしている。
「2050 年に日本
人は何を食べているか?」と懸念されるが、
「食料を輸入できず、雑草を食べて
中毒死している」可能性がある。今のうちに農村に移住するのが賢明・・・。
目次
前書き
緒言
第 1 章 気候変動、食料安全保障および貿易:世界的査定の概要と政策の見通
し(insight)
第 2 章 国際的区画による作物相互比較モデル:国際的規模における農業に対
する気候変動の影響をモデル化するための取組み方、見通しおよび警告
(caveat)
第 3 章 気候変動の経済的モデル化と農業への適用:調査方法、結果およびズ
レ(gap)
第 4 章 作物生産に対する気候変動の影響の概要および不確実性と研究課題と
関連する欧州における多様性
第 5 章 アフリカにおける主用作物に対する気候変動の影響
第 6 章 世界的な気候変動、食料供給および家畜生産のシステム:生物経済的
解析
第 7 章 気候変動と国際貿易の流れにおけるロシア連邦、ウクライナおよびカ
ザフスタンにおける穀物生産の傾向
-1-
第 8 章 国際的米市場と食料安全保障に対して気候変動が誘発する海面上昇の
潜在的影響
第 9 章 気候変動の想定下でのバナナの世界的生産と適切性の査定
第 10 章 気候変動の想定下での国際貿易の役割:世界経済のモデル化による見
通し
第 11 章 食料生産に対する気候変動の影響および気候変動と両立する食料政
策との関連性
前書き
世界の食料供給に対する気候変動の脅威の高まり、ならびにそれが食料安全
保障と栄養にもたらす課題には、緊急協調政策対応および廃棄時点じおける全
ての科学的知識と蓄積された証拠の展開が必要である。また、世界的な食料生
産における気候変動の負の影響の一部を軽減するために、貿易の潜在的な役割
を含め、気候変動適応の重要な推進力に鋭く焦点を当てることも必要である。
農業に対する気候変動の影響の知識は、過去 20 年間に大きく拡大している。
それが収束する結果は、気候変動が世界的な食料生産パターンを根本的に変更
することを示している。作物生産性への影響は、低緯度や熱帯地域において負
となるが、高緯度地域では一部肯定的な影響も期待される。栄養不良などを通
した健康への気候の不利な影響が注目を高めている。高濃度の二酸化炭素は、
小麦、米、大豆などの 3 炭素固定経路を利用する作物において亜鉛、鉄、タン
パク質濃度を下げ、澱粉と砂糖の濃度を高めることが示されている。これらの
知見から、貧しい地域において肥満と栄養欠乏を含む栄養不良の課題を悪化さ
せる。
水は気候変動の農業への影響の多くを仲介するので、世界の多くの地域にお
いて増加している水不足は、気候への適応のための主要な課題となっている。
食料安全保障のための将来の水の利用可用性の予測と取組むことは最重要であ
り、水の供給と需要の管理に対処する国および地域の部門に跨る協調した戦略
を必要とする。市場に基づく手段(水の価格設定、水の取引)は効率的な水利
用を強化し、水需要の管理を向上させることができる。ただし、不可欠かつ地
理的に限定されている資源を人々が利用する権利を確保するため、強力な制度
上の構造も必要である。
食料安全保障に影響を与える気候変動緩和対策には、多くの供給源からの排
出削減が含まれる。適応に的を絞ったいくつかの技術も、共同の利益を緩和し
得る。同時に、食料安全保障にとって不可欠な多くの技術は、気候変動緩和に
おけるジレンマと二律背反(trade-offs)をもたらす。現在の作物由来のバイオ
燃料は、再生可能エネルギーとして緩和に貢献するが、間接的な土地利用変化
-2-
(森林破壊など)による排出を悪化させ得る。農業生産性に重要な窒素肥料も、
食料生産と気候変動の緩和との間に二律背反(trade-offs)をもたらす。両方が
得をする解決策は、効率的な配送技術によって農家が肥料を入手できるととも
に、収量を減らすことなくその使用を削減するか温室効果ガスの排出量を悪化
しないことを確保しなければならない。
気候の影響査定は、貿易が中および高緯度地域から低緯度地域におそらく拡
大し、生産と輸出の能力が低下することを強く示唆している。同時に、より頻
繁に極端な気象パターンが輸送、供給網および物流を混乱させることによって
も貿易に悪影響し得る。世界市場は価格と供給の安定化の役割を果たし、気候
条件によって悪影響を受けた地域に対して代替食料の選択肢を提供するが、貿
易だけでは十分な適応戦略とならない。貿易は、輸入に余りにも多くを依存す
ることを避ける国内適応戦略と、気候変動の下で予測される市場と価格の高度
の不安定性に係る各国のリスクとのバランスが求められる。
貿易政策は、将来の貿易の流れに影響する重要な役割を果たしている。気候
変動と両立する貿易政策の進捗状況は、気候対策が貿易を歪めることなく、逆
に貿易ルールが気候変動に係る進展を妨げないことを確保する必要がある。長
期的に、貿易ルールは、気候変動の緩和に対する否定的影響を避けるために、
炭素費用の内部化を許すように進化しなければならない。同様に、将来の気候
変動の緩和策には、資源の環境コストを内部化するための措置を含める必要が
ある。
気候変動との闘いは、貧困緩和と手をつながなければならない。気候変動の
悪影響は、気候に敏感な天然資源に大きく依存し、気候変動の影響に対処する
最小限の適応能力しか持っていない発展途上国の貧しい人々の間でより一層大
きい。その結果、貧困層発展戦略内で気候変動対応を主流化するために支援を
増やしている。主流化によって、適応と発展の戦略の間の潜在的な二律背反
(trade-offs)を回避しながら最も脆弱なグループの現在および将来の気候変動
の影響に対する弾力性を向上させることができる「後悔しない」活動を実施す
る機会を与えている。
食料システムにおける気候変動の影響について我々の理解は拡大している
けれども、政策に関連するより多くの証拠が必要である。バイオエネルギー、
水および貿易のようなその他の重要な推進力を、より強く強調する必要がある。
気候の影響の科学は、気候・食料・貿易、気候・栄養不良、気候・食品・水、
気候・食物エネルギーなど、一連の重要な関連性を検証するため、より多くの
システムに基づく分野を跨ぐ枠組みを構築する必要もある。食料不安定の影響
および環境への影響は局所的に感じられるので、気候の影響の地域的検証によ
り多くの焦点を当て、空間的バラツキ、適応対応の可能性、地域資源の利用可
-3-
用性と制約、および社会経済的要因を考慮する必要がある。堅牢で信頼性の高
い証拠は、農業、水および貿易への気候変動の影響に対する政策の策定に不可
欠である。気候政策は、証拠に基づいて、ある程度の回避できない不確実性に
対処しなければならないので、このことは重要である。したがって、科学界と
政策立案者の間の構造化された複数協力者の対話と情報交換は、気候に準拠し
た食料安全保障政策に対する証拠に基づく裏付けを提供するために必要である。
本書は、これらの問題を詳細に調べ、2013 年 11 月に FAO が招集した気候
影響研究の専門家の協議の結果である。全 11 章は、作物および家畜システムの
気候影響査定に関する最新の科学的・経済的証拠を網羅している。各章は、特
定の地域(アフリカ、ヨーロッパ、アジア、東ヨーロッパ、中央アジア、東南
アジア)および食料システム(小穀物、米、家畜、バナナ)に焦点を当てた特
定モデルに基づく解析とともに、食料システムの地球規模の(生物物理学的お
よび経済的な)気候影響査定の方法論の概要を扱っている。それぞれの章は、
非専門家の読者のために、解説メッセージから始まる。
FAO 事務局次長
(つづく 2015/8/8)
Maria Helena Semedo
緒言
本書は、世界の食料供給に係る気候変動の脅威ならびにそれが食料安全保障、
栄養および貧困削減に与える課題について高まっている議論に対応して発刊さ
れた。本書は、世界の食料生産に対する気候変動の負の影響を軽減する推進力
としての潜在的な貿易の役割についても鋭く焦点を合わせて議論している。
この問題に利用可能な最善の証拠を査定し、政策に利用できるようにするた
め、国際連合の食料・農業機構(FAO)は 2013 年 11 月にローマで専門家協議
会を開催した。2 日間の協議会の間に、一連の高名な専門家達は、気候変動の食
料システムに与える影響に関する現在の証拠を吟味し、研究の方法論とギャッ
プを検討し、政策の意義を議論した。協議では、科学と政策の間の対話を強化
し、世界の食料供給、食料安全保障および貿易に与える気候の影響に対処する
適応戦略の支援における情報共有を改善するための方法についても討議された。
本書はこの協議の成果とその後の寄稿論文からなる。
この事業のための資金は、FAO の多数の協力者によるプログラム支援機構
(FMM; 2011-2014)の一部としてスウェーデン国際開発庁(SIDA)から提供
された。
本書の発行は多くの協力によっている。最初の謝辞は、専門家協議会の参加
者と寄稿者に向けられる。貿易と市場部門責任者の David Hallam 氏は、この
事業を積極的に支え、終始必要なリーダーシップを提供した。FAO の上級経済
-4-
学者 Dominique van der Mensbrugghe 氏は、この分野における協議プログラ
ムと積極的専門家について貴重な助言を提供した。次に、本書の特定の章につ
いての外部評価委員に感謝する;オーストリア天然資源・応用生命科学大学の
Joseph Eitzinger 教授、パデュー大学国際貿易解析プロジェクトの著名な
Thomas Hertel 教授、米国農務省の経済研究所 William Liefert 上席経済学者、
および FAO の Francesco Tubiello 上席官。
2013 年 11 月の協議会およびその後の委員の論文を巧みに管理した Nadia
Laouini 氏、協議会前後に貴重な技術支援を行った Marwan Benali 氏に特別な
謝意を表する。Brett Shapiro 氏は全ての論文を注意深くコピーし、Rita Ashton
氏、Ettore Vecchione 氏および Cinzia Tarisciotti 氏は本書の書式とデザインを
作成した。
第1章
気候変動、食料安全保障および貿易:世界的査定の概要と政策の見通
し(insight)
本章の主なメッセージ
● 集約された結果は、気候変動は世界の食料生産パターンを根本的に変更
し、作物生産性への影響は低緯度と熱帯地域において負の影響、高緯度
地域でやや肯定的影響が予測される。
● 水は農業に対する気候変動の影響の多くを仲介し、世界の多くの地域に
おける水不足の増加は気候への適応、食料安全保障および栄養の大きな
課題である。気候・食品・水の取引関係者は、首尾一貫した部門間、国
および地域の戦略を展開する必要がある。
● 将来の食料供給に与える気候の影響は、中~高緯度地域から生産と輸出
の可能性が減少する低緯度地域への貿易拡大の流れの役割強化を強く
示唆する。気候と対応する貿易政策の進展には、貿易と環境の二律背反
(trade-offs)を解決し、将来の貿易ルールが気候の目標に一層合致す
ることを確保することが必要である。
● 気候変動との闘いは、貧困層の発展戦略内における気候対応の主流化を
必要とする貧困緩和策とともに進められる。主流化には、とくに貧困層
や最も脆弱なグループに対して、現在および将来の気候の影響への弾力
性改善に的を絞った「後悔しない」活動を推進しなければならない。
● 堅牢かつ信頼性の高い科学的証拠は、食料安全保障と貿易に与える気候
の影響に取組む政策の発展に不可欠である。戦略・構造化された対話が、
科学と政策の間および政策活動を支える地域的検証を伴う国際的・地域
的影響の研究の間に求められる。
-5-
A.パート 1:気候変動の影響のモデル化についての現状と今後の方向性
将来の土地利用と食料安全保障は、農業市場、気候適合性、適応能力および
直接介入策の供給網に沿った動態と相互作用によって主に決定される。おそら
く、その他の主要な経済部門よりも農業は、地域の気候条件に大きく依存し、
今後数十年に予想される気候変動に敏感なことが予測される。この感受性は、
食料安全保障上の目標を満たすために世界の農業システムへの圧力を高めるこ
とによって悪化し、一部の国においては、バイオエネルギー生産を通して国の
エネルギー予算にも関わる。
食料、飼料および燃料のための農産物への世界的需要の急激な増加は、作物
と土地利用の方法についての我々の考え方に劇的な変化を促している。極端な
天候事象とその他の災害によって引起される最近の供給の側ショックとともに、
これらの条件は一部の利害関係者が関わる農業商品市場において益々激しい変
動をもたらしている。近年、土地・食料システムへの追加ストレスは、不可逆
的な影響が発生する前に気候変動を遅らせることを意図した、緩和戦略のいく
つかに由来している。それらの提案された戦略の多くは、修正した農業慣行、
無機肥料の使用削減、森林破壊の回避や植林の増加、ならびにバイオマスとバ
イオ燃料作物による化石燃料エネルギーの置換による陸上の生物隔離
(biosequestration)を通した純排出量削減に多くを依存している。
手付かずの土地を作物や家畜の生産へ転換することは、既存の農地で生産を
強化するのと同様に、土壌と水資源の劣化、温室効果ガス排出および地域の気
候変動の影響の増加など、環境に大きな影響がある。
典型的な農業慣行は、自然レベルから 最大 50~66%の土壌炭素を減らすこ
とが示されており[1]、これらの傾向を止めるか逆転する管理慣行が多くの支持
を得ている証拠はない。たとえば、太陽光表面反射割合(albedo)と蒸発散量
が温暖化の地域パターンの重要な駆動力となり、世界平均のバラツキに重要な
意義を持つように、土地被覆の直接的影響が絶えず変化することが知られてい
る[2]。これらの環境問題は、食料とバイオマス生産の二律背反(trade-offs)に
関する疑問を投げかけ、食料生産の将来の増加における環境上の制限の脅威を
高める。
A 1. 気候変動の影響に係る既存の研究による確実な結果(省略)
A 2. モデル化の現在の課題(省略)
A 3. 今後の研究領域(省略)
(つづく 2015/8/10)
B.パート 2.気候と食料安全保障の接点における重要問題
世界の農業生産性についての確実動向は、地域間における様々な対応の明確
な違いとともに、気候変動の影響査定についての文献の増加から見て取れる。
-6-
気候変動の農業への影響はどこでも感じられるが、一部の地域は他よりも一層
否定的影響を受け、別の地域はある程度までの気候温暖化により利益を受ける
かも知れない。集約された結果は、熱帯地域における食料供給にマイナスの影
響を示しているが、高緯度地域ではいくつかの肯定的な効果が見られる。適度
な温暖化は、短期的に中・高緯度における作物に寄与する可能性がある。ただ
し、乾季および低緯度地域におけるあらゆる温暖化は収量を減少させる。これ
らの地域の人口密度が高い発展途上国は、食料の不安定化増大に脆弱である[78]。
これらの世界的な傾向は、相互依存を高めている世界に地球規模の課題(国
際化、持続可能性、気候変動、不平等の拡大)を投げ掛けている。第一の地球
規模の課題は、世界の食料供給への気候変動の負の影響を、逆転させないまで
も、どのように最小限にするかである。第二に、気候変動の否定的影響の矛先
が最も遅れている脆弱な国々に向かうと予測されるので、成長の不平等を悪化
させる可能性がある。これらの国々にとって、低水準の経済発展、弱い公共機
関および限られた人的資源と金融資本が限られた復元能力の原因となる。第三
の課題は、さらなる地球温暖化を最小限に抑えるために必要な緩和目標と競合
しない気候と両立する成長戦略を策定する方法である。第四の課題は、不確実
性、気候変動およびより大きな政策の相互依存関係によって規定される世界の
政策への関与を維持する方法である。
B1. 気候と栄養:気候・栄養・健康の関連性についての解析の改善
栄養不良などを通した健康に対する気候変動の世界的な悪影響が益々注目
を集めている。たとえば、ケニアでは 1975 年以来、地域の気候の動向(気温の
上昇と降水量の減少)と子供の成長阻害との間に正の相関が観察されている[80]。
気候が誘発する健康上のリスクは、社会的な混乱、移住および紛争の健康への
悪影響とともに、食料の収量、水の供給と品質、および感染症への気候の影響
を含め、様々な原因によって発生する。食料供給と適切な栄養への悪影響に加
えて、気候変動は次のような地球規模の健康問題を悪化させる可能性が高い;
新型インフルエンザウイルスの発生の増加;海洋温暖化、酸性化および乱獲に
よる利用可能な魚介類タンパク質の減少;淡水不足の悪化とそれによる移動と
紛争[80]。一部の集団は、とくに後発開発途上国において、他の集団よりも一層
否定的影響を受ける。低所得者や遠隔地の集団は、物理的な危害、栄養不良、
下痢、その他の感染症に対してより脆弱である。バングラデシュなどの低地の
島々および沿岸部の集団も、海面上昇によって増加する高潮と洪水に対して脆
弱である[80]。
食品の品質と人間の栄養への影響に関する研究は比較的少ない。最近の研究
は、C3 作物(小麦、米など) およびマメ科植物が上昇した CO2 濃度の圃場条件
-7-
下で栽培した時、亜鉛と鉄の濃度が下がると報告した[44]。マメ科植物以外の
C3 作物は蛋白質濃度も低い。 国連食料農業機構(FAO)による食料バランス
シート解析は、C3 作物やマメ科植物から食事の亜鉛と鉄の少なくとも 60%を摂
取している国に、2010 年に約 6 億 6700 万人が住んでいることを見つけた。同
様に、これらの国に住んでいる 19 億の人々がこれらの栄養素の一方または両方
の少なくとも 70%をこれらの作物から摂取していた[44]。減らされた蛋白質に
ついては、非マメ科 C3 植物を摂取する健康への影響は、地域間で一様ではなく、
地域の食事パターンによって異なる。インドでは、農村人口の最大 3 分の 1 は、
タンパク質要求量を満たしていないリスクがあり、C3 植物に依存する人々は、
高い CO2 濃度により減少した蛋白質含量が深刻な健康への影響をもたらす可能
性がある[44]。7761 件の観測と 130 種・品種を網羅する大規模なメタ-分析は、
これらの知見を裏付けている[81]。この研究は、C3 作物において上昇した CO2
濃度が全体的なミネラル濃度を減らし(最大 8%)、非構造性炭水化物(主にデ
ンプンや糖)の総量を増やしている。これらの結果は、「隠された飢餓」と肥
満の有病率を悪化させ得る気候変動の栄養への悪影響に関する最初の堅牢な証
拠を提供している。
訳注:植物は二酸化炭素(CO2)と水から糖と酸素を作り出すが、多くの酵素
による複雑な化学的経路を辿り、CO2 を固定する酵素の能力から C3 植物(イネ、
麦、ブドウ、芋など)と C4 植物(トウモロコシ、サトウキビなど)に分けられ
る(植物の進化)。C4 植物は、CO2 固定能力が C3 植物に比べて高く葉緑体周
囲の CO2 濃度を高め、光を十分に利用できるので光合成速度が大きい。光合成
速度の最適温度は、C3植物で 15~30℃の範囲だが、C4 植物の最適温度は 35℃
と高温乾燥地域でも生育する(C3 植物と C4 植物の比較)。
経済の領域において、影響のモデル化の枠組みは、生産の変化を越え、栄養
上の帰結に至るまでの気候の影響の予測を提供している。たとえば、アフリカ
における栄養不良の子供達の人数と割合は、気候変動がない場合よりもある場
合に高いと予測されるが、別の理由による所得上昇に伴って 2010 年から 2050
年の間に人数と割合の両方とも低下するだろう(第 5 章、表 13)。ただし、適
切な政策対応に必要な証拠を集めるため、食料安全保障に与える気候の影響の
栄養学的意義に関するより体系的な調査が求められている。
B2. 気候と水:気候・食料・水の系統的解析の必要性の高まり
農業への気候変動の影響の多くは、水を通して仲介される。世界の多くの地
域において、気候変動の下で高まった水の希少性は、気候への適応のための主
要な課題となっている。食料安全保障のため将来の水の利用可能性、ならびに、
-8-
栄養と健康への波及の予測と取組むことは非常に重要である。それには、水理
学的過程と気候の水分動態に与える影響についての適切なスケールでの改善さ
れたモデルを必要とする。また、市場手段と制度上の構造の間のバランスのと
れた取組み方を必要とする資源として水の特殊性を考慮に入れて、水利用の経
済性と取組むことも重要である。
水理学的モデル化は、研究の成長分野である。ダウンスケーリング手法の改
善は、大規模な気候変動の影響と地域規模の水理学的過程の間のギャップを調
整することを可能にしている。連結されたモデルは、流域レベルの水理学的モ
デルとより大きくまとまった国レベルの経済モデルの間のスケールの違いを調
整することも意図されている。水の利用可能性は気候変動の観点から世界規模
の問題となっているので、水問題に関する世界的政策の対話を促進するために、
より定量的な世界的な水理学的・経済モデルが必要となっている。最近の研究
は、食料消費に係る灌漑水(青)と天水(緑)の面積(footprint)の食事の変
化への世界的影響を査定している[82]。その研究は、動物性食品からの総蛋白摂
取量を 50%、25%、12.5%および最終的に 0%に制限する食事ガイドラインに従
った時、水の消費量は、天水に対して 6 %、11%、15%および 21%、灌漑水に
対して 4 %、6%、9%および 14%まで、それぞれ減らすことを示した[82]。これ
らの結果は、人の食事で動物性食品を減らすことは水資源を節約する可能性を
もたらし、世界的にさらに 18 億人に食事を供給するために現在必要とする量ま
で可能にする。
経済学者は、より高い価値の用途を考慮することによって水利用を促進する
ために、効果的な適応手段として水市場と水の価格設定の制度に関するより高
度の信頼性を議論している。同時に、水は典型的な商品ではないが、その利用
が地理的に結び付いており、利用が(市場価値によってではなく)権利として
決められ、公共機関を通して管理されている資源である。
水は市場手段を通してその使用を部分的に最適化ことができるが、人々の正
当かつ公平な利用を確保するため強力な制度上の構造を必要とする資源である
ことから、水の経済は一連のモデル化の課題を抱えている。水の経済性のモデ
ル化は、水の価格水準と構造、利用者と流域の間の水取引の範囲、ならびに水
の社会的基盤への投資費用に関する改良された明細書を必要とする。鍵となる
課題は、地方機関によって管理されているデータの利用可用性および地域を跨
ぐ一貫性の欠如である。もっと重要なことは、水の経済性のモデル化の改善は、
水市場の政治経済的側面(たとえば、価格に寄らない水保全命令、法律上の財
産権制度)を含む必要である。
(つづく 2015/8/15)
B3. 気候の緩和と食料安全保障:共通利益と二律背反(trade-offs)
-9-