C.受容体 受容体は,細胞膜上の受容体と核内受容体があるが,細胞膜上の受容体はシグナル伝達 のしくみにより G タンパク質共役型受容体,チロシンキナーゼ関連受容体,イオンチャ ネル内蔵型受容体に分類される。 細胞膜上の受容体 ● G タンパク質共役型受容体(7 回貫通型) 情報伝達物質が受容体に結合すると,G タンパクが活性化され,G タンパクを介して 特定の酵素活性やチャネル活性が促進,もしくは抑制される。受容体のうちでもっと 多い。 (例)ムスカリン受容体,GABAb 受容体,アドレナリンα 2 受容体など。 ●チロシンキナーゼ関連受容体(1 回膜貫通型) 細胞内にある C 末端側の一部が酵素となっている。 (例)インスリン受容体,T 細胞受容体,細胞分化に関係する因子の多く ●イオンチャネル内蔵型受容体(4 ∼ 5 回貫通型) 核内の受容体 細胞膜上の受容体 A.7 回膜貫通型受容体(Gタンパク質共役型受容体) 細胞膜を7回貫通するタイプの受容体で,受容体から細胞内分子へシグナルを伝達する 際に,グアニンヌクレオチド(GTP)結合タンパク質(G タンパク質)の活性化を介して シグナル伝達を行う.G タンパク質には,分子量の大きい順にα,β,γの3つのサブユ ニットがある.不活性な状態では,G αに GDP が結合し,βとγは会合しており(G β γと記載する)三量体を形成している.シグナル分子が受容体に結合して受容体が活性化 されると GDP がはずれて GTP が結合しそれとともに,G α-GTP と G βγが解離してそ れぞれ標的因子と結合して信号を伝える.活性化した G αは,アデニル酸シクラーゼ, ホスホリパーゼ,細胞膜のイオンチャネルを活性化などを起こす.G αには GTP を加水 分解する活性(GTPase)があり,数秒後には GTP を GDP に加水分解し,G αは不活性状態 に戻り G βγと結合する。 G αには Gs,Gi,Gq,G12 の4つの機能が異なる因子群があり,それぞれさらに複数 のサブユニットが存在する。G βは5種類,G γには 11 種類以上もの因子がある。 Gタンパク質共役型受容体の伝達形式をとるものとして,モノアミン受容体や生理活性 ペプチド受容体,ペプチド性ホルモン受容体などがある。 -1- 三量体 G タンパク質の働き アデニル酸シクラーゼの活性化 ホスホリパーゼ C の活性化 分子生物学講義中継 part2(羊土社)より (アデニル酸シクラーゼが活性化される場合) ATP からサイクリック AMP(cAMP)を作って,cAMP 依存的なタンパク質リン酸化酵素で ある PKA(protein kinase A)を活性化し,さまざまなタンパク質をリン酸化する。 (ホスホリパーゼ C が活性化される場合) ホスファチジルイノシトール(イノシトールリン脂質)を分解してジアシルグリセロー ル(DAG)とイノシトール-1,4,5-三リン酸(IP3)をつくる。IP3 は,小胞体のイオンチャネ ルに結合してカルシウムイオン(Ca )を細胞質へ遊離する。Ca 2+ 2+ とジアシルグリセロール はプロテインキナーゼ C(PKC)を活性化し,さまざまなタンパク質をリン酸化する. -2- Gタンパク質共役型受容体 (1)モノアミン受容体 ムスカリン型アセチルコリン受容体,アドレナリン受容体,ドパミン受容体, セロトニン受容体(5-HT1 ∼ 5-HT7 は7回膜貫通型受容体,5-HT3 は4回膜貫通型受容 体),ヒスタミン受容体 (2)エコサノイド受容体 プロスタグランジン(プロスタノイド)受容体,ロイコトリエン受容体 (3)生理活性ペプチド受容体 オピオイド受容体,アンギオテンシン受容体,ブラジキニン受容体,エンドセリン 受容体,PACAP*受容体(PAC1) (4)ペプチド性ホルモン受容体 視床下部ホルモン受容体, 下垂体前葉ホルモン受容体,下垂体後葉ホルモン受容体, 副甲状腺ホルモン(PTH)受容体,カルシトニン受容体(CTR),その他の末梢ペプチドホ ルモン受容体(ガストリン/CCK 受容体,セクレチン受容体) (5)ケモカイン受容体 (6)アミノ酸受容体 代謝型グルタミン酸受容体,GABAB 受容体 (7)その他 アデノシン受容体,カンナビノイド受容体,血小板活性化因子(PAF)受容体 * PACAP;pituitary adenylate cyclase activating peptide B.1回膜貫通型受容体 (チロシンキナーゼ型受容体) (1)チロシンキナーゼ型受容体 チロシンキナーゼ型受容体は,細胞の増殖,分化,がん化,形態形成などに関与してい る重要なタンパク質群である.チロシンキナーゼ型受容体は,細胞膜貫通領域が 1 カ所で あり,これに続く細胞質内の C 末端側部位にはタンパク質のチロシン残基をリン酸化す るプロテインキナーゼ活性がある.一般に多くのプロテインキナーゼがセリン,スレオニ ン残基の水酸基をリン酸化するのに対して,このタイプの受容体は,チロシン残基をリン 酸化する特性をもっており,細胞の増加・分化・がん化・形態形成などに関与する。チロ シンキナーゼ受容体はホモ二量体を形成しており,リガンドの結合により自己のチロシン キナーゼが活性化し,その受容体分子あるいは他の標的基質タンパク質のチロシン残基を リン酸化する.チロシンキナーゼ型受容体は,構造的に受容体型と非受容体型に分類され, 受容体型は,細胞外のリガンド結合部位,細胞膜膜貫,細胞質領域のチロシンキナーゼ活 性部位をもっており,受容体自身がリン酸化されるが,非受容体型は細胞外のリガンド結 合部位,細胞膜貫通がなく,細胞内で細胞膜に結合し細胞内末端にチロシンキナーゼ部位 を持つ。非受容体型も受容体とカップルしており,実際は受容体型と同様の機能を果たし ている.受容体型には,インスリン受容体,上皮増殖因子(EGF)受容体や神経成長因子 (NGF)受容体,血管内皮増殖因子受容体(KDR)等があり,非受容体型には,ABL や JAK -3- などがある.チロシンキナーゼ型受容体には,タイプのやや異なる受容体としてセリン・ スレオニンキナーゼ活性をもつ腫瘍化増殖因子(TGF-β;transforming growth factor)受 容体やグアニル酸シクラーゼ活性を有する心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP;atrial natriuretic peptide)などの受容体も存在している. また,サイトカイン受容体も類似したメカニズムで信号を伝達する場合が多いことがわか ってきている. 【チロシンキナーゼ関連受容体の活性化機構】 1.増殖因子の結合により受容体が 2 量体化する。 2.2 量体化により,2つの受容体のキナーゼドメインが位置的に近くなり,相互のキナ ーゼドメインのチロシン残基をリン酸化しあう。細胞質領域には微弱ながら PTK 活 性があって,互いに相手のチロシンをリン酸化しあう。 3.自己リン酸化を進行する。 4.リン酸化チロシンを介したエフェクター分子が受容体に結合する。 5.活性化したエフェクター分子から下流へシグナルが伝達される。 1回膜貫通型受容体 チロシンキナーゼタイプ 信号伝達様式 リガンドの例 チロシン残基のリン酸化と インスリン受容体 その転移を介して信号を伝 上皮増殖因子(EGF)受容体 達する 神経成長因子(NGF)受容体 コロニー刺激因子(CSF-1)受容体 肝細胞増殖因子(HGF)受容体 線維芽細胞増殖因子(FGF)受容体 血管内皮増殖因子(VEGF)受容体 血小板由来増殖因子(PDGF)受容体 幹細胞因子受容体 セリン・スレオニンキナーゼ セリンまたはスレオニン残 ト ラ ン ス フ ォ ー ミ ン グ 増 殖 因 子 β タイプ 基のリン酸化とその転移を (TGF) 介して信号を伝達する チロシンホスファターゼタイプ アクチビン チロシンキナーゼ によりリ 免疫抗原 ン酸化されたタンパク質の チロシン残基の脱リン酸化 により信号を伝達 グアニル酸サイクラーゼタイプ GTP から cGMP の合成を触 心房性ナトリウム利尿ペプチド 媒する 熱安定性菌体外毒素 その他 腫瘍壊死因子(TNF) インターフェロン(INF) エリスロポエチン(EPO) -4- インスリン受容体 インスリン受容体は,細胞外に存在する 135kD のαサブユニットと,細胞膜を貫通す る 95kD のβサブユニットが S-S 結合により会合している。インスリンがα鎖に結合する と細胞内のβ鎖内のチロシンキナーゼが活性化し,自己リン酸化される。そのリン酸化チ ロシンにドッキングタンパク質である IRS-1(insulin receptor substrate)が結合し,インス リン受容体基質蛋白ファミリー(IRSs; IRS-1, IRS-2, IRS-3)がチロシンリン酸化される。 リン酸化された IRSs はホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI-3 kinase)を活性化 し,グルコーストランスポーター 4GLUT-4)の細胞質から細胞膜への輸送を促進し,グ ルコースの取込みを促進する。その他,脂質合成,糖の新生,脂肪分解抑制など多岐にわ たるシグナル伝達が起こる。 インスリン受容体による情報伝達モデル (野口哲也,他:インスリン受容体とシグナル伝達.綜合臨床 56(1)p.20-27, 2007 より) (2)チロシンキナーゼ型受容体阻害薬 1)EGF 受容体(EGFR)阻害薬 EGFR は,上皮増殖因子受容体で EGFR1 ∼ 4 がある.EGFR1 は多くのがん種におい て変異や高発現が報告されている.HER1,ErbB1 とも呼ばれる。 ・ゲフィチニブ(イレッサ錠,アストラゼネカ) 非小細胞肺がん EGFR チロシンキナーゼの ATP 結合部位に特異的に結合し,そのキナーゼ活性を阻 害し,がん細胞に増殖シクナルが入らないようにする. ・エルロチニブ(タルセバ錠,中外) 非小細胞肺がん 2)HER2(human epidermal growth factor receptor2;ヒト上皮増殖因子受容体 2 型)阻害 薬 1985 年,ヒト EGFR に類似した受容体型チロシンキナーゼがクローニングされ,ヒ ト EGFR 関連物質 2 の略より HER2 と名付けられた.HER2 に結合する内因性リガンド -5- は現在まで見つかっていない。活性化した EGFR や他の EGFR ファミリー(HER3,HER4) と結合して二量体を形成し,シグナル伝達を行うと考えられている. HER2 は正常な細胞にも存在するが,ある種の乳がんでは比べて HER2 の過剰発現や HER2 の遺伝子増幅がみられる.このような,HER2 が多くみられる乳がんを HER2 陽 性乳がんという.HER2 陽性乳がんでは,HER2 ががん細胞の増殖に関係していると考 えられている. ・トラスツズマブ(ハーセプチン注射用,中外) HER2 過剰発現乳癌(抗体医薬) ・トシル酸ラパチニブ(タイケルブ錠,グラクソ)HER2 過剰発現乳癌 トラスツズマブは HER2 に特異的な抗体で,がん細胞の外側の HER2 タンパクに結合 し,受容体シグナルを止めるが,ラパチニブは低分子化合物で,がん細胞の細胞膜を 通過し,HER2 の受容体シグナルを特異的に抑制し,がん細胞の増殖を止め,アポト ーシス(細胞の自然死)を促す.また,EGFR 過剰発現細胞の増殖抑制作用もある. 3)マルチキナーゼ阻害薬 マルチキナーゼ阻害薬は,がんの血管新生シグナルに関与する VEGF*受容体のキナ ーゼを中心に複数のキナーゼを阻害する. * VEGF は,正常細胞や腫瘍細胞から産生される分子量 34 ∼ 46kDa の糖タンパク質で, 血管内皮細胞などの表面上に発現している VEGF 受容体に結合し,内皮細胞の増殖・分 化,血管透過性の亢進,血管拡張作用に関わっており,ヒト腫瘍においては,過剰に発現 VEGF には,VEGF - A,VEGF - B,VEGF - C,VEGF - D の 4 種類があり,VEGF 受容 体には,VEGFR - 1(Flt - 1),VEGFR - 2(KDR/Flk - 1),VEGFR - 3(Flk - 4)の 3 種類 が知られている. (マルチキナーゼ阻害薬) ・ソラフェニブ(ネクサバール錠,バイエル) 腎細胞癌,肝細胞癌 ・スニチニブリンゴ酸塩(スーテントカプセル,ファイザー) 消化管間質腫瘍,腎細 胞癌 (参考) 非受容体型チロシンキナーゼの阻害薬 Bcr/Abl チロシンキナーゼ阻害剤 慢性骨髄性白血病(CML)では,第 9 染色体と 22 番染色体が転座して bcr と c-abl という遺伝子が融合し異常な染色体(フィラデルフィア染色体)が発現していることが 見いだされた.Bcr/Abl は,このフィラデルフィア染色体より産生されたタンパク質 であり,チロシンキナーゼ活性が非常に強い. ・イマチニブ(グリベック,ノバルティス)慢性骨髄性白血病,KIT(CD117)陽性消化 管間質腫瘍 -6- 本剤は Bcr/Abl チロシンキナーゼを阻害する.当初 Bcr/Abl チロシンキナーゼ阻害薬 といわれたが,後に KIT,PDGFR(血小板由来増殖因子受容体)など他のキナーゼ の阻害活性が報告され,KIT(CD117)陽性消化管間質腫瘍(GIST),PDGFR 変異を伴 う骨髄異形成/骨髄増殖性疾患(MDS/MPD)への使用も海外では行われている. ・dasatinib(Sprycel) ・nirotinib(Tasigna) (3)サイトカイン受容体 インターロイキンなどのサイトカイン類や細胞接着因子の受容体は,その分子内にチロ シンキナーゼ活性をもたないが,それらと会合する別のタンパク質あるいは受容体の他の サブユニットにチロシンキナーゼ活性が存在する場合がある. サイトカイン受容体の分類 I 型サイトカイン受容体ファミリー 造血因子(EPO, G-CSF など) インターロイキン(IL)-2,-3,-6 等 II 型サイトカイン受容体ファミリー インターフェロン(IFN)-α,-β,-γ インターロイキン-10, 20 等 III 型サイトカイン受容体ファミリー 腫瘍壊死因子(TNF) 神経成長因子(NGF)受容体等 チロシンキナーゼ型受容体ファミリ 上皮増殖因子(EGF) ー マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF) 血小板由来増殖因子(PDGF)受容体等 セリン・スレオニンキナーゼ型 transforming growth factor-β 受容体ファミリー アクチビン受容体等 7回膜貫通型 G タンパク質会合性 IL-8,ケモカイン受容体他 受容体ファミリー 免疫グロブリンスーパーファミリー IL-1 受容体他 C.イオンチャネル型受容体(4 ∼ 5 回貫通型) シナプス後膜に存在するイオンチャネル内蔵型の受容体であり,神経伝達物質の結合に より内臓するイオンチャネルが開口し,細胞内へイオンが流入することにより変化した電 位を信号として伝達する. ニコチン性アセチルコリン受容体はα,β,γ,δの4種類のサブユニットからなる 5 量体(αサブユニットを 2 個含む)で,それぞれのサブユニットの C 末端側半分には 4 つの疎水性領域(M1~M4)が存在する.5 つのサブユニットの疎水性領域は細胞膜に入り 込んでいるが,それぞれの M2 疎水性領域を内側に向けてイオンの通る穴を形成している. アセチルコリンがαサブユニットの N 末端側に存在する受容部位に結合すると,チャネ -7- ルの高次構造が変化して陽イオン(Na+,K+)が流入・流出し,震災細胞の興奮を引き起こ す.この他に興奮性機能に関与し陽イオンチャネル(Na+,K+,一部に Ca2 +を透過する) を形成するものとして,グルタミン酸やセロトニン(5HT3)を結合する受容体などが知 られている.一方,抑制性機能に関与するγ-アミノ酪酸タイプ A(GABAA) やグリシン を結合する受容体などは,Cl −の透過性を高めて膜を過分極させ,活動電位の発生を抑 制する. ニコチン(NN,NM)受容体 Na+チャネル開口による グルタミン(non-NMDA 型)酸受容体 Na+の細胞内流入→脱分極 セロトニン 5HT3 受容体 GABAA 受容体 Cl-チャネル開口による Cl- グリシン受容体 の細胞内流入→過分極 グルタミン酸(NMDA 型)受容体 Ca2+ チャネル開口による Ca2+の細胞内流入 イオンチャネル型受容体 分子生物学講義中継 part2(羊土社)より 核内の受容体 ステロイドホルモン,甲状腺ホルモンなどの脂溶性アゴニストが細胞膜を通過して,細 胞内に入り,受容体と結合し,ホルモン−受容体複合体が DNA に結合し,mRNA を介し て特定のタンパクを合成し,その酵素作用によって生理作用が発現する。 -8- -9-
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