ダウンロード - 現代経済理論ゼミ

2012 年 7 月 13 日
現代経済理論演習
伊村
第 11 章 税制の効率性と公平性
1
包括的所得税の理念
・2 つの公平性基準
水平的公平・・・同じ税負担能力であれば同じ負担を課す
垂直的公平・・・負担能力が大きい人は、小さな人よりもより多く負担すべきである
○包括的所得税の理念・・・人々の担税力は包括的所得によって測ることができ、累進包
括的所得税が、水平的公平と垂直的公平を達成する理想的な税であるとする考え方
・包括的所得=金銭所得1+帰属所得+未実現キャピタルゲイン-保有資産の償却
・帰属所得の例・・・持ち家の人は家賃を支払っていないが、家を他者に貸すことで家賃
を得ることが出来る=家を貸していた場合得られる家賃を使い自宅に住んでいると考え
られる 住宅を貸せば得られたはずの家賃を帰属所得と呼ぶ
・包括的所得税の問題点
①未実現キャピタルゲインを正確に算出できるか
上場している企業の株式は推定しやすいが、非上場株式や土地の未実現キャピタルゲイ
ン推定には少なからず誤差が伴う
↓
対応策として未実現キャピタルゲインの課税をせず、売却によってキャピタルゲインを
実現した時に、いつの実現キャピタルゲインであっても税金の現在価値が同じになるよ
うに税率を調整したり、相続時にキャピタルゲインが実現したとみなし課税する方法が
提案されている
②帰属所得を正確に計算できるか
持ち家の家賃の正確な推定は非常に困難
③包括的所得税は貯蓄に対して 2 重課税することにより、水平的公平を達成できず貯蓄を
阻害する
1
金銭で支払われた賃金、地代、家賃、利子、配当、実現キャピタルゲインなどの合計
1
・包括的所得税の貯蓄に対する 2 重課税
表 1 貯蓄しない人(A)の包括的所得税
第1期
第 2 期で測った
第2期
2 期間の現在価値
賃金
100
100
210
利子
0
0
0
100
100
210
80
80
168
0
0
0
20
20
42
包括的所得
消費(支出)
貯蓄
包括的所得税
表 2 貯蓄する人(B)の包括的所得税
第1期
第 2 期で測った
第2期
2 期間の現在価値
賃金
100
100
210
利子
0
1
1
100
101
211
消費(支出)
70
80.8
157.8
貯蓄
10
0
11
包括的所得税
20
20.2
42.2
包括的所得
(注)表 1,2 ともに税率 20%,利子率 10% 以降の表 3,4 でも同様の税率、利子率
表 1 及び表 2 は、人生を第 1 期と第 2 期の 2 期間に分け、人は第 2 期の終わりに死亡す
ると仮定して、各機の賃金が同じである A と B の包括的所得税が、貯蓄によってどのよ
うに変わるかを示したものである
A は 2 期間とも貯蓄しないとし、すべての所得及び資産を消費すると仮定すると、包括
的所得税の税率が 20%なので第 1 期、第 2 期共に包括的所得税は 20
B は第 1 期に 10 貯蓄し、第 2 期には貯蓄せず、すべての所得及び資産を消費すると仮定
利子率が 10%なので利子収入は1 第2期の包括的所得は 101 第 2 期の包括的所得税
は、包括的所得税の税率が 20%なので 20.2
・期間の異なる数値を比較するためには現在価値を求める必要がある
ここでは現在価値を第 2 期で評価する方法を取る
2
Ex.第 1 期に払ってもらえるはずの賃金 100 を第 2 期で払ってもらうとしたらいくらにな
るか ここでは利子率 10%とし、預金・借入は自由、税金無しとする
第 1 期に利子率 10%で 100 借りたとすると、第 2 期に 110 で返さねばならない
つまり「第 1 期の 100=第 2 期の 110」
式は
第 1 期の所得を第 2 期で評価した現在価値=(第 1 期の所得)×(1+利子率/100)
・「生涯賃金」・・・2 期間の賃金の現在価値
・「生涯包括的所得税」・・・第 2 期で評価した 2 期間の包括的所得税
A,B の生涯賃金・・・共に 210
A の生涯包括的所得税・・・42
B の生涯包括的所得税・・・42.2
B の生涯包括的所得税のほうが A より大きくなるのは、利子に対しても所得税をかけた
から
B が第 1 期に支払った包括的所得税 20 は、貯蓄した所得 10 に対する所得税 2 と、消費
から貯蓄を控除した所得 90 に対する所得税 18 に分けて考えることが出来る
↓
B は、すでに第 1 期に貯蓄した所得分の包括的所得税を支払っていることがわかる
・貯蓄に対する 2 重課税・・・既に税を負担した貯蓄から生み出される所得に更に税をか
けること
担税力を包括的所得に求めることは、水平的公平の条件を満たしていない
また、貯蓄意欲減退 → 貯蓄減少 → 予想実質利子率上昇 → 設備投資減少
となる可能性があるため、非効率な資源配分をもたらすという欠点ももつ
2
支出税の考え方
支出税――貯蓄の 2 重課税を避ける課税
生涯賃金が同じであれば生涯の税負担も同じになる方法
①支出を課税対象とする支出税
②賃金だけに税をかける賃金税
B の第 1 期の貯蓄 10 を課税対象から外す
B の第 1 期の課税対象額は 90、税額は 18
3
第 1 期の貯蓄の第 2 期における元利合計は 11
これを賃金と合わせ全消費すると、課税対象額は 111 それに対する税額は 22.2
第 1 期の税金 18 の第 2 期で評価した現在価値は 19.8 であるため、生涯税金は 42 となり、
貯蓄をしない A と等しくなる
表 3 支出税
第1期
第 2 期で測った
第2期
2 期間の現在価値
100
100
210
0
11
11
貯蓄
10
0
11
課税対象額=税込消費(支出)
90
111
210
支出税
18
22.2
42
賃金
利子+元本(元利合計)
支出税制下では、水平性公平が保たれるとともに、貯蓄に対して中立的である
包括的所得税では、貯蓄する人の生涯所得は貯蓄しない人よりも、貯蓄が生み出す利子
の現在価値分だけ大きい
しかし、支出税では貯蓄をする人としない人の生涯所得は変わらない
○税に関する命題 1
「毎年の所得の現在価値を生涯を通じて合計したものが、毎年の消費の現在価値を生涯
を通じて合計したもの、すなわち生涯支出に等しい、という条件を満たす所得概念だけ
が、効用の基礎である消費と首尾一貫した所得概念である。したがって、この所得概念
を公平性や担税力の指標とすべきである」
支出税では、財産を残す場合は、その財産を支出とみなし課税対象に含める
また支出税では、累進税を採用することが出来るが、導入する場合は比例税である現行
の消費税方式は採用できない
表 3 からわかるように、支出税の算出には賃金所得、利子所得、貯蓄を知る必要がある
調査のための徴税コストを考慮に入れた場合、実際に支出税を導入することは困難2
2
正確な家計の支出は次の通り
支出=消費=包括的所得-純貯蓄・・・①
純貯蓄=資産の購入+未実現キャピタルゲイン+返済-保有資産の償却-資産の売却-借
入・・・②
支出=金銭的所得+資産償却+借入-資産の購入-返済+帰属所得・・・③
4
・賃金税
表 4 で B の第 2 期目の利子所得を包括的所得に含めず非課税とし、所得税をかけなけれ
ば、B の第 2 期の所得税は表 1 の A のそれと同じとなる
賃金税でも、死亡時に相続財産があればその財産に賃金税率と同じ税率で税金をかける
必要がある
表 4 利子非課税の所得税
第1期
賃金
第 2 期で測った
第2期
2 期間の現在価値
100
100
210
0
11
11
利子+元本(元利合計)
貯蓄
10
税込消費(支出)
90
111
210
課税対象額=賃金
100
100
210
20
20
42
利子非課税の所得税
・支出税と賃金税の同等性
税に関する命題 2
「生涯支出は生涯賃金に等しく、生涯支出税は生涯賃金税に等しい」
・包括的所得税、支出税、および、賃金税の評価
・支出税と賃金税は貯蓄の 2 重課税を回避している点で、包括的所得税より水平的に公平
な税である
・支出税は未実現キャピタルゲインを3、賃金税はそれに加え帰属所得を推定する必要がな
い、つまり課税対象額の誤差が少ない点で包括的所得税より優れている
・支出税と賃金税は、貯蓄に対して中立的であるが、賃金税は直接賃金に、支出税は支出
を可能にした賃金に間接的に課税するため、労働供給を減らす可能性がある この場合
労働供給の減少に伴い総余剰が減少
一方、包括的所得税は賃金にも資産所得にも課税するため、貯蓄と労働供給両方を減少
させることで、総余剰を減らす可能性がある
以上より、資源配分の効率性基準からは、支出税・賃金税のほうが優れている
・徴税コストを考慮に入れると、賃金税のほうが優れている
3
注 2 参照
5
・税率の効率性と公平性
図 1 線形賃金税の平均税率と限界税率
税額 T
O
賃金所得 Y
図 2 非線形賃金税の平均税率と限界税率
税額 T
:賃金所得 以上の人の所得税率
:賃金所得 の人の平均税率
O
賃金所得 Y
限界税率が高いほど勤労意欲は低下する
↓
資源配分の効率性から見て重要な税率は限界税率
○累進的賃金税・・・賃金の増加とともに平均税率が高くなる税率構造をもった賃金税
○線形賃金税・・・限界税率が一定の賃金税
定率賃金税ともいう
○非線形賃金税・・・限界税率が賃金の増加とともに変化する税のこと
資源配分の効率性からみると、限界税率が一定の線形賃金税の方が望ましいといえる
6
垂直的公平の面から考えると、限界税率も賃金増と共に増加する非線形賃金税のほうが
望ましいという考え方がある
↓
労働供給に対する負の効果が大きくなる可能性がある
税率の累進性を高めるよりも、高所得者により働いてもらうことで増えた税収を再分配
した方が総余剰の増加につながる
3
日本の所得税と消費税の評価
・日本の所得税の評価
○分類所得税・・・所得の種類に応じ所得税率を変えたり、所得税をかけなかったりする
税のこと 包括的所得税と区別するための呼称
Ex.賃金所得・・・累進課税
利子所得・株式の譲渡所得税・・・一律 20%課税
土地譲渡所得税・・・保有期間 5 年超の土地 → 20%
保有期間 5 年未満の土地 → 39%
日本の所得税は賃金に重く、資産所得に軽くなっているといえる
↓
包括的所得税を理想とする考え方からは低評価
生涯支出に担税力があるという考え方からは高評価
日本の所得税制は賃金税の考え方をある程度取り入れた税制と考えることができ、包括
的所得税に比べ貯蓄を阻害する程度は小さい
・資産所得税率が累進的でなく、一律 20%であることが垂直的公平を損なうのではないか
↓
支出税の導入は徴税コストからみると困難である
また国際間の資本移動を考慮に入れると、資産所得税率を欧米で一般的な 30%前後以上
にすると、非効率な資源配分を促進する可能性がある
資産所得税率をそれ以上にする → 資金の海外流出 → 予想実質利子率上昇 →
設備投資減少 → 生産性の低下
7
・日本の(賃金)所得税の評価
資産税率を単一税率に設定した場合、垂直的公平は賃金所得税と相続税の課税最低限と
その税率の累進性に依存する
以下では、資産所得税との混同の恐れがない限り賃金税を所得税と呼ぶ
・所得税の課税最低限の引き下げはどのような結果をもたらすか
Ex.課税最低限を 10 万円引き下げる
現在の課税最低限から 10 万円差し引いた水準よりも低い人の所得税・・・増加なし
引き下げで課税されるようになった人(所得税率 10%)の所得税・・・1 万円の負担増
引き下げで課税される量が増えた人(所得税率 30%)の所得税・・・3 万円の負担増
↓
課税最低限の引き下げは高所得者ほど負担が重くなる=所得分配の公平性基準に合致
○103 万円の壁・・・所得税がかかるかかからないかのラインのこと
Ex.主婦がパートで 103 万円以上稼いだ場合、夫が納税において配偶者控除を受けられなく
なるため、所得税増加
ただし 103 万円以下なら所得税の増加なし
↓
所得を 103 万円以下に抑えた場合、所得税分の収入増+パートの時間の他への転用の分
得をする
結果として、配偶者控除は主婦の労働供給を阻害し、非効率な資源配分をもたらす
・所得税と住民税の合計最高税率を 50%に引き下げたことへの批判
Ex.所得税の限界税率は、課税所得(所得から各種の控除を差し引いた課税の対象になる所
得)1,800 万円以上で 40%
・・・所得がそれ以上であれば、どれだけ増えても 40%であるということ
ただし、一定の控除額があるため、平均税率は課税所得の増加と共に上昇する
・課税上のキャピタル・ロスの扱い
株式や土地・建物への投資の収益がマイナスになり、売却すると損失が出る場合
・・・他の株式や建物の譲渡所得から譲渡損を控除して譲渡所得を申請するこ
とができる これを損失通算と呼ぶ
株式譲渡損失は繰り越すことが可能だが、現在の計算方式では繰り越す際の条件が厳し
く、また期間が 3 年と短いため、譲渡所得税が株式資本などのリスクを負担する資本の
供給を抑制する効果を相殺するには不十分
8
↓
損益通算を認める期間を、10 年や 20 年といった長期に取ることが考えられる
・消費税の評価
・包括的所得税の考え方から見て、単一税率である消費税は垂直的に不公平な税負担で、
逆進的である
・・・消費性向(消費の所得に占める割合)は、所得が増えるにつれて低下
する傾向をもつため
Ex.年間所得 500 万円、消費性向 80%
→
消費 400 万円、それに対する消費税総額 20 万円 年間所得の 4%
年間所得 1000 万円、消費性向 70%
→ 消費 700 万円、それに対する消費税総額 35 万円 年間所得の 3.5%
(両者の消費税率は 5%)
・消費税は支出税の考え方から見ても逆進的である
・・・生涯税負担が生涯支出に対して累進的であることが垂直的公平の必要
条件だから
消費税の導入や税率引き上げに当たっては、賃金税、相続税などほかの税制を含めた
税制全体の垂直的公平性の観点から評価するべきである
○益税・・・売上高が一定(2005 年現在で 1000 万円)以下の企業が消費税の納税が免除
されるために、それらの企業に利益が発生すること
益税は中小企業への補助金政策であり、中小企業への資源配分を過大にするため、効率
的な資源配分を阻害する所得再分配政策である
・論点
1986 年までは、所得税の最高税率は 70%、個人住民税と合わせると最高 88%と非常に重い
ものであった。現行の最高税率 40%、個人住民税とあわせて最高 50%と比べてどちらが良
いと思うか
9