13世紀古記録にもとづく 未発見の東海地震発生時期検討 ~『猪隈関白記』など3史料の記録特性分析~ 小山研究室 3071-6021 高柳夕芳 ①研究目的 図1.歴史上の南海、東海地震(小山、2008) • 図1によると、13世紀に南海、東 海地震が起こったかどうかわかっ ていない。しかし、考古学的資料 から、13世紀に東海地震が起き たことは間違いない。そこで、京都 付近で書かれた古記録の内容を 分析し、その状況証拠をつかむこ とを目的とする。 ②研究方法 13世紀には、公的機関による歴史記録が残っていない! 現存する史料(猪隈関白記・経俊卿記・勘仲記)の分析 西暦 和暦 一日ごとの総文字数 天候 およびその文 自然災害 字数 Excelで データベース化し、 様々な角度から 記録特性を分析 すでに研究してある記録(民経記、明月記、吾妻鏡)との比較 3 ③おもな13世紀古記録 120 100 史料別総年数 114 年 80 数 60 40 35 20 30 11 0 2000000 1800000 1600000 1400000 1200000 1000000 800000 600000 400000 200000 0 文 字 数 1901390 史料名 2717 6 13 6 8 13 4 9 18 23 9 19 1 5 史料別推定総文字数 1001640 730238 660240 403955 347392 340070 252195159237387464 199382 169030 115456 24499 12650 2600 図2.史料別推定(瀬戸、2006) の史料は過去の研究で分析済みであり、未検討の史料の 中でも情報量の多い の史料の分析した。 ④研究対象とする史料 表1.史料と解題(瀬戸、2006) 史料名 著編者 略説明 記述年代 刊行体 朝廷に関する記述が多い。承久 猪隈関白 1197~1246 大日本古 近衛家実 の乱時代の人物だが、乱の前後 記 年 記録 の記録は一部しかない 宮中の出来事について記してあ る。経俊は中納言。自筆原本17 1234~1276 経俊卿記 吉田経俊 巻が現存するが元は150巻以上 年 あったと言われる。 宮中の儀式・礼法から社会的事 件、諸制度、元寇に関する諸出 勘解由小 来事など多方面に渡っている。紙 1274~1300 勘仲記 路兼仲 背文書があり、勘仲記の内容と 年 関連しているものがある。多少欠 落している。 図書寮叢 刊 増補史料 大成 ⑤分析の手順 データベースの抜粋 一日ごと にカウント し、月ごと の文字数 にまと める。 自然現象 の記述だけ を ピックアップ して 分析する グ ラ フ 化 比 較 検 討 図3.データベースの抜粋 ⑥情報量の分析 表2.各史料の情報量 猪隈関白記 記録年代 総記録 平均文字 自然現象 総文字数 年数 数/年 記録件数 自然現象 自然現象記録 の 1件当たりの 総情報量 平均文字数 ①建久八年正月~正治元年九月(1197~1199) 2 59804 29902 613 1795 2.9 ②正治元年十月~建仁元年三月(1199~1201) 2 101324 50662 984 4214 4.3 ③建仁元年四月~建仁二年十二月(1201~1202) 1 114987 114987 1124 4908 4.4 ④建仁三年正月~承元二年六月(1203~1208) 5 91515 18303 929 3993 4.3 ⑤承元二年七月~建暦元年三月(1208~1211) 3 81303 27101 1161 4310 3.7 37 38 61316 510249 1657.2 40435.4 957 5768 3426 22646 3.6 3.9 ①文永十一年正月~建治三年三月(1274~1277) 3 100617 33539 746 2683 3.6 ①弘安元年五月~弘安七年六月(1278~1284) 6 199760 27576.2 870 2059 2.4 ②弘安七年七月~弘安十一年六月(1284~1288) 4 199760 49940 862 3538 4.1 ③弘安十一年七月~正安二年三月(1288~1300) 12 130969 10914.1 613 1656 2.7 合計・平均 26 596803 34676.6 3091 9936 3.2 42 210664 5015.8 886 4233 4.8 ⑥断簡・補遺(1198~1235) 合計・平均 勘仲記 経俊卿記 ①文暦元年五月~健治二年六月(1234~1276) ⑦-1猪隈関白記(月別) 16000 第2期 第1期 14000 月別総文字数 …記録はあったが破損などで読めなくなった期間 …記録があったのか判別不可能な期間 自然現象の文字数 第3期 自然現象以外 12000 文 字 10000 数 第1期は総情報量が全体の63%を占め、自然 現象件数も全体の61%を占め最も情報量が多 い時期である。 第3期は情報量が全体の8.7%で、もっとも少な く、また、地震記録がない。 8000 6000 4000 2000 0 60 50 地震件数 件 数 月別自然現象件数 地震以外 40 30 20 10 0 1197 西暦 1202 1207 1212 1217 1222 1227 1232 1235 ⑦-2猪隈関白記(年別) …記録はあったが破損などで読めなくなった期間 …記録があったのか判別不可能な期間 80000 第1期 70000 60000 50000 第2期 自然現象 自然現象以外 年別総文字数 文 字 数 第3期 40000 30000 第1期は情報量が多く、地震発生 回数(17件)も多い。 全体的に情報量が多いと自然現 象の件数も多い傾向にある。 20000 10000 0 700 600 件 数 地震 年別自然現象件数 地震以外 500 400 300 200 100 0 1197 西暦 1202 1207 1212 1217 1222 1227 1232 1235 ⑧-1勘仲記(月別) …記録はあったが破損などで読めなくなった期間 14000 12000 10000 月別総文字数 文 字 数 一時的に京を 追放される 第2期 自然現象 自然現象以外 第1期 第3期 8000 6000 宮仕えを やめる 4000 2000 0 55 件 数 月別自然現象件数 50 45 40 35 第2期で情報量の欠落が 目立ってくる(約70カ月分) 第1期は自然現象の文字数が 多く、連続して書かれている時 期が多い(最大18カ月連続) 地震件数 地震以外 第3期は情報 量が全体の 1.2% 30 25 20 15 10 5 0 1274 西暦 1279 1284 1289 1294 1300 ⑧-2勘仲記(年別) 90000 80000 70000 60000 年別総文字数 文 字 数 …記録はあったが破損などで読めなくなった期間 一時的に京を 追放される 自然現象の文字数 自然現象以外 第2期 第1期 第3期 50000 40000 宮仕えを やめる 30000 20000 10000 0 550 500 450 400 年別自然現象件数 件 数 350 300 地震 第2期は最も情報量が 豊富な時期(全体の 約61%) 地震以外 第3期は1300年 より前がすべて 欠落(3年分)し ている。 1274年が最も自然現 象の件数が2177件で 多い(第1期中で43%) 250 200 150 100 50 0 1274 西暦 1279 1284 1289 1294 1300 ⑨-1経俊卿記(月別) 25000 20000 文 字 数 月別総文字数 第2期は宮中の ことが書かれ始 め、情報量が最 も多い(全体の 約90%) 第1期 第1期は情報量 が少ない(全体の 6.7%) 15000 10000 …記録はあったが破損などで読めなくなった期間 …記録があったのか判別不可能な期間 自然現象の文字数 第2期 自然現象以外 第3期 第3期は情報量が全体 の2.9%と、もっとも少な い時期 5000 0 45 自然現象 月別自然現象件数 40 35 30 第3期は自然現象の件 数が全部で3件(0.3%) 件 数 25 20 15 10 5 0 1235 西暦 1240 1245 1250 1255 1260 1265 1270 1276 ⑨-1経俊卿記(年別) 50000 45000 40000 文 字 数 …記録はあったが破損などで読めなくなった期間 …記録があったのか判別不可能な期間 自然現象 年別総文字数 自然現象以外 第2期 第1期 35000 第3期 30000 25000 20000 15000 10000 5000 0 250 件 数 年別自然現象件数 200 150 100 1238年は記録 のあった日には ほぼ毎日天候が 記載されていた 総件数 1257年は過去 の火事の記録な どが多く記載さ れていた 第3期は一日の中にも 欠落が多く、自然現象 の件数が少ない。 50 0 1235 西暦 1240 1245 1250 1255 1260 1265 1270 1276 ⑩時期別情報量分析 『猪隈関白記』、『経俊卿記』では、グラフをみて情報量が不連続に変化する時点で時代区分を行っ た。『勘仲記』は著者の状況で、記述文字数の違いがみられたため、それを参考に時期を区分した。 猪隈関白記(欠落期間は合計14年分) 時期 範囲 特徴 平均文 自然現象記録 自然記録情報量 自然現象1件辺 字数/年 の平均件数/年 の平均文字数/年 りの平均文字数 日記の書き始め。欠落がほとんど 建久八年~建仁四 第1期 なく、ほぼ毎日の記録が記されて 39987.9 年(1197~1204) いる。最も情報量が多い。 元久二年~健保三 ひと月丸ごとや月の中での日数の 第2期 16216.1 年(1205~1215) 欠落が出始めている。 健保四年~嘉禎元 一年丸ごとの欠落が多く、最も欠 第3期 2220.1 年(1216~1235) 落時期が長い。 勘仲記(欠落期間は合計7年分) 日記の書き始め。京を一時的に追 文永十一年~弘安 第1期 放された1285年には日記を記して 20804.5 八年(1274~1285) いない。 弘安九年~永仁三 京から戻り、宮中での昇進が目 第2期 40119.2 年(1286~1295) 立った時期。最も情報量が多い。 永仁四年~正安二 宮仕えをやめた時期。欠落が多く、 第3期 529.3 年(1296~1300) 一年丸ごとの欠落が目立つ。 経俊卿記(欠落期間は合計19年分) 文暦元年~寛元元 第1期 日記の書き始め。情報量が少ない。 1571.6 年(1235~1244) 寛元二年~弘長三 宮中での昇進をし始めた時期。情 第2期 6802 年(1245~1264) 報量が最も多い。 文永元年~健治二 最も昇進の多い時期。ほとんどが 第3期 551.2 年(1265~1277) 欠落していて、情報量が少ない。 437.9 1789 4.1 136.2 491.9 3.6 52 195.4 3.8 131.2 393.3 3 172.7 597.6 3.5 7.2 17.8 2.5 8.4 58.7 7 40.3 184.9 4.6 0.3 0.7 2.3 ⑪総情報量に対する自然現象の情報量の割合 100% 80% 60% 割 合 ( % ) 猪隈関白記 割合を平均すると第1期は4.4%、第2 期は2.4%、第3期は3.6%であり、第1 期の自然現象に対する情報量は総情 報量に対して最も高い。 第2期 第1期 40% 第3期 20% 0% 1197 西暦 100% 80% 60% 割 合 ( % ) 1202 1207 勘仲記 1217 1222 割合を平均すると第1期は1.5%、第2期は 1.2%、第3期は0.7%であり、第1期の割合 が最も高い。 第1期 40% 1212 1227 1232 第2期 1235 第3期 20% 0% 1274 西暦 100% 80% 60% 割 合 ( % ) 40% 1279 1284 経俊卿記 第2期 1289 1294 1300 欠落を除く割合を平均すると第1期は 1.4%、第2期は1.0%、第3期は0.05%で あり、第1期の割合が最も高い。 第1期 第3期 20% 0% 1235 西暦 1240 1245 1250 1255 1260 1265 1270 1276 ⑫自然現象の種類分析 自然現象に関する記録を以下の16種類に分類し、それぞれの件数をカウントし た。1つの記録に2種類以上の自然現象記録が含まれている場合は、各種類に1 件ずつカウントした。(判例は全て同じ色) ③経俊卿記 その他 雨 曇り ②勘仲記 その他の天候 雪 雷 風 その他の天文 現象 月 火事 音 月・日蝕 雹、霧、露、霜 雲 ①猪隈関白記 暑・寒気 地震 ・天候に関するも のが多い。(① 4605件(約80%) ②2830件(約 92%)③586件 (66%)) ・地震の件数は① 20件(0.3%)②2 件(0.06%)③0件 ⑬地震記述 猪隈関白記(1197~1235) 西暦 和暦 1198 建久九年四月五日 1199 建久十年正月一日 1199 建久十年四月十日 1199 建久十年四月二十六日 1199 正治元年四月二十七日 1199 正治元年六月十五日 1200 正治二年三月十四日 1200 正治二年三月二十六日 1200 正治二年八月十八日 1200 正治二年十一月十四日 1201 建仁元年二月十七日 1201 建仁元年四月二十一日 1202 建仁二年九月一日 1202 建仁二年十月十九日 1202 建仁二年十二月三日 1203 建仁三年二月三日 1203 建仁三年九月二十七日 1208 承元二年十一月一日 1210 承元四年五月三日 1210 承元四年五月四日 勘仲記(1274~1300) 1288 弘安十一年六月二十四日 1288 弘安十一年六月二十五日 地震の記述 午時許地震 小地震 亥時許地震 午時許地震 巳時地震 午時許地震 午時許地震 晚景地震 及深更地震 有地震 亥時許地震 亥時許地震 入夜小地震 此間地震殊甚 去曉有地震事 去夜有地震云々 早朝小地震 未時許地震 子時許有大地震事 巳時許天文博士~持來去夜地震密奏 亥剋大地震、兼有聲騒動、其後震者有 戌剋小地震 記述文字数 明月記と同一と みられる地震 5 3 5 5 4 5 5 4 5 3 5 5 5 6 6 7 5 5 8 28 15 5 ⑭過去に検討された史料の地震記述の例 明月記(1180~1235) (安藤、2003) 西暦 和暦 1199正治元年正月一日 1200正治二年三月十四日 1204元久元年十二月二十九日 1207承元元年四月九日 1213健保元年八月十四日 1213健保元年十一月五日 1225嘉禄元年正月四日 1225嘉禄元年正月五日 1226嘉禄二年七月十七日 1226嘉禄二年十二月二十四日 1226嘉禄二年十二月二十五日 1226嘉禄二年十二月二十八日 民経記(1226~1267) 記述文字数 (塩田、2007) 1226嘉禄二年九月六日 1226嘉禄二年十一月二十四日 1226嘉禄二年十一月二十九日 1228安貞二年十月三日 1246寛元四年正月六日 1246寛元四年三月二十二日 1246寛元四年四月三日 1246寛元四年十月四日 1246寛元四年十月十日 1246寛元四年十二月六日 吾妻鏡(1182~1264) 地震の記述 昏臨みて雷電地震 猪隈関白記と 牛の時に地震 同一とみられる 亥の時許りに地震。元暦に~不吉か 地震 日夜中を過ぎ、大地震。驚怖す 此の間に地震、良々久し 秉燭以後に地震。是又不吉か 夜深く帰参するの後、地震二度 夜深く又地震。連々恐るべし 未の時に地震(大動にあらず)。竜神動くか 大地震(先ず鳴動の声有り)~恐れて余りあり 地震又甚し。~甚だ恐れ有り 辰の時に又鳴動地震 卯刻許有地震揺々天王寺~住吉乃間 酉刻許有大地震下洲、摂洲ホ來 此間地震連々云々 辰刻少地震 未刻地震 未刻地震 今朝辰刻地震 子刻地震有声 亥刻地震、自西方震来可恐 寅刻大地震 (生島、小山、2006) 1213健暦三年五月二十一日 1227嘉禄三年三月七日 1230寬喜二年閏正月二十二日 1241仁治二年四月三日 1257正嘉元年八月二十三日 午剋大地震、有音舎屋破壊~陰陽道勘申之 戌刻大地震、所々門扉築地等~地割事有之由 酉刻地震、大慈寺後山頽 戌刻大地震、南風、由比浦大鳥~破損 戌刻大地震、有音、神社沸閣~陰陽道之輩 42 13 8 5 4 4 6 6 11 5 ⑮まとめ • 情報量は『猪隈関白記』では 第1期(1197~1204)、『勘仲記』では 第2期(1286~1295)、『経俊卿記』では第2期(1245~1264)がもっ とも多く、また、自然現象記録も豊富で、全体的に見てももっとも情 報量の多い時期である。 • 今回分析したどの史料もほぼ毎日天候に関して記載されていたため、 天候に関する記述が一番多い。 ( 『猪隈関白記』は4605件(80%)、 『勘仲記』は2830件(92%)、 『経俊卿記』 586件(66%)) • 『猪隈関白記』は全情報量5768件中20件(0.3%)、 『勘仲記』 は全 情報量3091件中2件(0.06%)、 『経俊卿記』は全情報量886件中0件 (0%)の地震記録を含み、『猪隈関白記』では、 『明月記』で同一だと 思われる地震が2件ある。 • 最も情報が豊富な時期に地震記録が多い。( 『猪隈関白記』 20件中 17件、 『勘仲記』 2件中2件)
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