から QOLの観点から 栄養を考える 第 25回 高齢者が毎日の食事をおいしく食べられることは、QOLの基盤といえるのではないでしょうか。そのためには、 加齢に伴いよく見られる初期の嚥下障害を見逃さず、早い時期から予防に努めることが大切です。 今回は、 「藤島式嚥下体操」により、嚥下障害の予防や改善に高い効果を上げている浜松市リハビリテーション 病院の藤島一郎先生に、そのノウハウや食支援の在るべき姿についてお伺いしました。 監修:川越正平 先生(あおぞら診療所 院長) 軽度嚥下障害患者を対象 とした食支援と嚥下体操 浜松市リハビリテーション病院 病院長 藤島 一郎 先生 ■ 嚥下障害患者への食支援 おいしさや配膳にも配慮が必要 ても軟らかくなりますし、調 理法によっておいしく、食べ やすくすることで食欲が出る 私は医師として、嚥下障害患者を診る という事例は、よく見られます。 なかで、 「食べたいけれど、嚥下機能に 同様に、まだ咀嚼や嚥下機能が保た 問題があるために食べられない」 という人 れている人に対して、刻み食やミキサー を何とかしたいという視点から、食支援 食を提供することで、食欲を低下させて 基本的に、パサパサしたもの、口の中 の方法を考えています。 しまうケースもあります。 で食塊を作りにくくバラバラになりやすい 重要なことは嚥下機能に問題を抱えて 以上のことを踏まえて、高齢者の食支 もの、硬いものは食べにくいと覚えてお いる人のなかでも、比較的軽度の嚥下 援を考える際のポイントは、一人ひとり きましょう。 障害患者に対しては、まず「おいしい」 「食 の食の好みを把握し、その人に合わせ 逆に、パサパサしておらず、口の中で べやすい」という2点を念頭に置き、その ておいしく食べやすい食事を提供できて 食塊を作りやすく、軟らかさがあって滑 人が食べられない原因を探して問題点 いるかどうかを見直すことではないで りやすく、変形しやすいものは食べやす を改善していくことです。 しょうか。 い食品です。 例えば嚥下障害のある高齢者にとっ 私の父には嚥下障害がありましたが、 例えば、野菜やパンを噛まずに丸のみ て、パサパサした食感は食べにくいとい 刺身が大好きでした。実は、刺身は嚥 しようとすることは、とても難しいこと う傾向があります。こうした人へ硬い生 下機能に多少問題があっても、食べや です。しかし、咀嚼して口の中で唾液と 野菜等を出したとしても、十分に食べら すい食形態です。また、薄味よりも、や 混ぜ、食塊を作ることで、飲み込みやす れずに残してしまうことになり、結果とし や味付けを濃くした方が、味覚を刺激し くなります。クッキーやビスケット等は、 て、食事摂取量が少なくなってしまいま て食べやすいこともあります。 咀嚼しても口の中でまとまりにくいため、 す。このように、嚥下機能の問題以前に 食形態だけではなく、食器の並べ方 水分がないと飲み込みにくい食品です。 食事内容に課題があるケースは、決して を変えるだけでも、食べる人の意識がそ また、湿り気のある食品は、咀嚼する 少なくありません。 こに集中しやすくなり、食事量が増すこ とまとまりやすいのですが、食品に含ま また、高齢 者に対する先入観から、 ともあります。また、普段の食器から華 れる水分が分離してのどに流れ込んで 魚中心で軟らかい食感の料理を揃えたメ やいだ雰囲気の器に変える、スプーンよ しまうものはむせやすいので、注意が必 ニューを考えてしまいがちですが、肉が りも箸で食べた方が食が進むといった 要です。 好きな高齢者もいますので、魚を出すこ 場合もあります。 こうした点から、嚥下機能に問題の とでそういった方の食欲を低下させてし 栄養を摂るだけではなく、食の好み ある人にとって食べやすい食品の代表 まうというケースもあります。硬くて食べ や、食べる環境にまで視点を広げるこ は、ゼリーや適度なとろみを付けた食品 づらいイメージのある肉は、煮込むとと とが大切です。 であり、最近では、軽度の嚥下障害患 ■軽度の嚥下障害患者に対する食支援 市販の介護食も活用して豊かな食事に 2015 年 春・夏号 7 軽度嚥下障害患者を対象とした から 食支援と嚥下体操 QOLの観点から 栄養を考える 第 25回 者に向けて、舌で押しつぶすだけで飲 み込みやすい形になる介護食も普及して ❶ 食べる前の準備体操 きています。 A 鼻から 吸う。 ゆっくり 口から 吐く。 お腹が 膨らむ ように。 お腹に 手を 当てて、 お腹がへこむように。 は、従来の刻み食やミキサー食に比べる 味わいにも配慮がなされていますので、 おいしさや食べやすさという点でおすす めです。食欲低下を防いで豊かな食生 活を維持するためにも、これらの市販さ B 深呼吸 なかでも摂食回復支援食 (あいーと®) と、料理としての見た目が保たれており、 毎食前に1セット実施(1∼2分) 目的:頸部の緊張を取り、嚥下をスムーズにする。 C 首を倒す D E 肩を上げ下げする 首を回す 両手を上げ、 軽く背伸びをする れている介護食も上手に活用すると良い でしょう。 ■藤島式嚥下体操で簡単にできる むせにくい体作り 嚥下障害の予備軍や軽度の嚥下障害 F G 頰を膨らませたりすぼめたり で脳血管疾患や神経疾患、がん等の既 ように強く吸って止め、 3つ数えて吐く 舌で左右の口角に触れる 2∼3回 繰り返す。 往症がない人には、藤島式嚥下体操を H 息が喉に当たる 2∼3回 繰り返す。 おすすめしています。これはむせにくい 舌を 出したり 引いたり。 体作りを目的にしたもので、現場ですぐ に活用してもらえる運動です。 まずはじめにご紹介するのは「食べる 前の準備体 操」 (図1❶)です。これは、 深呼吸から始め、首を回したり頰を膨 らませたりすぼめたりすることで 頸部 I パパパ、ララララ、 カカカカと ゆっくり いう にすることが目的で す。スポーツ前の かかわる頸部や口、舌をリラックスさせ 深呼吸 鼻から 吸う。 ゆっくり 口から 吐く。 お腹に 手を 当てて、 お腹がへこむように。 お腹が 膨らむ ように。 の緊 張をほぐし、嚥下機能をスムーズ 準 備運 動のようなイメージで、嚥 下に J 図1 藤島式嚥下体操 てください。 行うことで、嚥下機能がスムーズになり することで、喉につまったものを上手に 次にご紹介する「嚥下おでこ体操(ま ます。 吐き出せるようになることを目的としてい たは頭部拳上訓練) 」 (図1❷) は、飲み そのほか、 「発声訓練」 (図1❸) や「ペッ ます。 込むための筋肉を鍛える運動です。こ トボトルブローイング」 (図1❹) 、 「アクティ の体操は、座ったまま額に手を当てて ブサイクル呼吸法」 (図1❺) も併せて行 抵抗を加え、おへそをのぞき込むだけ うと効果的です。 なので、誰でも簡単に、場所を選ばず 「アクティブサイクル呼吸法」は、慢性 藤島式嚥下体操は、1日最低 1 回、一 にできることが特長です。特に軽症の 呼吸器疾患の人が痰を出すために行う 連の体操動作を行うように指導します。 人には即時的な効果がありますので、 ものです。嚥下機能に問題のある人が、 それが 難しい場 合は、 「嚥下おでこ体 お茶を飲んで少しむせてしまったときな むせたり食べ物をつまらせてしまったと 操」だけ、あるいは「ペットボトルブロー どは、 その場で 1 回 5 秒、5セットほど きに、強く息を吐き出したり、咳払いを イング」だけでも良いので、食前に嚥下 8 Vol.11 No.1 ■藤島式嚥下体操のポイント 日常的に行うことが大切 ❶∼❺を毎日1セット実施(5∼10分) ❷ 嚥下おでこ体操(または頭部拳上訓練) 目的:嚥下筋力強化。 べることができる体を維持していくこと を目的にしています。 頭部拳上訓練 私としては、この嚥下体操がラジオ体 仰臥位で肩を床に 付けたまま、頭だけを つま先が見えるまで できるだけ高く上げる。 操のように、広く皆さんに普及してくれる ことを願っています。 ■おいしく食べることを支える 嚥下おでこ体操 額に手を当てて抵抗を加え、 おへそをのぞきこむ。 食事場面の観察がケアの第一歩 臨床では高齢者の食事の様子等、実 ❸ 発声訓練 目的:声門閉鎖の改善、 呼吸筋力強化訓練。 ❹ ペットボトルブローイング 目的:嚥下改善、呼吸改善、 鼻咽腔閉鎖機能・口唇 閉鎖機能改善。 際の食事場面をしっかり観察することが 大切です。可能な限り食事場面に同席し て、その人が実際にどのような食べ方を しているのか、どういうものを食べ、ど ういうものを残しているのかを観察しま しょう。一気に大食いしている、同じも カラオケでも 朗読でも良い。 なるべく 大きな声を出す。 のばかりを食べているなど、食べ方の癖 ペットボトルに 穴を開けて ストローを指し、 ブクブクと吹く。 に注意を払うことで問題点が見えてくる ものです。食支援は、まずここから始め るべきだと考えています。観察から始 め、患 者・利用者や家 族と話をして、 ❺ アクティブサイクル呼吸法 むせていたり、食べにくそうにしていても、 深呼吸 いつものことだと見過ごしがちです。そ ▲ ▲ ▲ ▲ 安静・呼吸 安静・呼吸 ハッフィング* そのニーズを聞きましょう。 多くの場合、家族は患者や利用者が ▲ ▲ 安静・呼吸 咳 目的:咳嗽力強化、咽頭感覚改善。 *:ハッフィング ゆっくり深く息を吸っ てハッハッと強く息を 吐き出す。 提供/藤島一郎先生 こで家族とは異なる第三者的な視点か ら、医療や介護の専門職として食べる人 を観察すること、あるいは日常の様子や 食の好みを聞いてみることが重要です。 また、患者や利用者を観察する際には、 にかかわる筋肉や器官をリラックスさせ いたところ、驚くほどの効果を上げてい 体重の増減にも注意を払ってください。 るために行ってもらうと良いでしょう。ま ます。また、外来でも、この嚥下体操を 特に、体重の減少には十分に注意する た、 「食前」 もしくは「10 時と15 時」 という 積極的に指導して習慣化してもらうこと 必要があります。 ように、時間を決めて行うこともポイント で、多くの人に 2 ~3ヵ月で嚥下機能が その上で、例えば 1回むせただけで、 の一つです。 改善するという効果を実感していただい これを食べては駄目、あれも食べては駄 大切なのは、こうした簡単な体操を日 ています。 目と禁じてしまうのではなく、食形態を 常的に行うことで、飲み込みの動作に患 この嚥下体操は嚥下障害予備軍から 工夫したり、食べ方を変えてみたり、嚥 者・利用者、家族、ケア従事者を含む医 軽度嚥下障害患者を主な対象としていま 下体操をやってみるなどして、できるだ 療スタッフの意識を向けることです。 すが、日常的な習慣として行うことで、 け本人が食べたいもの、そしておいしい これまで嚥下機能に問題を抱える数 嚥下機能や飲み込むための筋力の低下 と思うものを、楽しく食べていけるように 多くの人にこの嚥下体操を行っていただ を予防し、いつまでも食事をおいしく食 支援していけると良いですね。 2015 年 春・夏号 9
© Copyright 2024 ExpyDoc