ガラパゴス技術について - 一般社団法人 全日本建設技術協会

ガラパゴス技術について
まつ
一般社団法人 全日本建設技術協会 会長 松
今年10月は、1964年の東京オリンピック開催時に
東海道新幹線が開通して50年になるというので、そ
れを記念して沢山の書籍や雑誌の特集号(鉄道系ば
かりではなく経済誌も)が出版された。
しかし、それらのほとんどは日本の新幹線技術は
世界初で世界一みたいな礼讃記事が多く、総括とい
うか技術評論としては見るべきものが少なかった。
世界初の高速電車というのは誤りではないが、そ
の後のフランスやドイツ、スペインそして最近の中
国の発展が目ざましく、今や日本の新幹線は無事故
でダイヤが正確であるという誇るべき点はあるにし
ても直ちに世界一とは云えない状況にあるのだ。
最高速度一つとっても世界標準が300㎞/時以上な
のに、日本は昨年3月の東北新幹線の「はやぶさ」
が320㎞/時運転になってようやく追いついたという
状況である。
それはさておき、我が国独自の進んだ技術と自慢
している技術が、困難な自然条件や科学技術の限界
をクリアーしたという一般の意味における技術開発
ではなく、我が国特有の社会制度、都市や土地利用
の状況へやむを得ず適応した結果に過ぎないという
面もあるのだ。
トンネル突入時や高速走行時の電車のすれ違い時
の気圧変動での耳ツンなど人体への影響を緩和する
ためやトイレの逆流防止のため新幹線電車はすべて
気密式になっており、それはフランスや中国には見
られない特色という。しかし、これはトンネルの断
面積が小さいこと、上下線の軌道の間隔が小さいこ
とという全く日本的理由によるものである。
日本
フランス
中国
軌道の中心線間隔
4.2m
4.5m
5.0m
車体の間隔
0.8m
1.6m
1.6m
トンネルの断面積
64㎡
100㎡
105㎡
(備考) フランスの軌道間隔は日本より30㎝しか大きくな
いのに車体間隔が日本の2倍になるのは、フランスの
車体巾が日本のより狭いからである。
日本の電車の先頭車輌は槍の穂先のような流線型
で子供たちの夢を誘うが、ここまで尖らさないと狭
いトンネルに大断面の電車が出入するときの気圧変
化や衝撃波による騒音を小さくできないのである。
32
月刊建設14−12
だ
よし
お
田 芳 夫
車体の断面積とトンネルの断面積の比を較べてみ
るとフランスは20倍とスカスカなのに、日本は約7
倍とフランスの3倍近くも余裕がない。そもそもフ
ランスの鉄道にはほとんどトンネルがないからトン
ネル工事費は苦にならない。そこへゆくと我が国は
トンネルだらけというかトンネル区間が非常に多い
ので工事費節約のためにトンネル断面を小さくせね
ばならない宿命にある。
また、軌道の間隔も用地を節約する意味から十分
に広くとれないのである。考えてみればわずか80㎝
の間隔で一編成の総重量700トンの電車が1300人の
乗客を乗せて相対速度540㎞(東海道新幹線)で擦れ
違うというのだから恐ろしいことだ。
フランス、中国も日本の倍の1.6mを確保している
のだ。
我が国では新幹線に限らず、都市部の盛土高架線
の電車を停めることなく交差道路のボックスを築造
する技術とか、ビルディングの下に後から地下室を
増築したり地下鉄を通したりするアンダーピーニン
グ工法とか、高架の軌道の上にさらに高架をつぎた
して2階建てにして線増を図るとか困難な建設工事
が盛んである。
技術雑誌ですばらしいと褒めちぎり、時には土木
学会技術賞の対象になったりするが、根本的には超
過密な市街地、用地取得の困難という我が国の特殊
性に原因があるのであり、苦肉の策ではあっても自
慢する話かというといささか疑問である。
もちろん、技術はこういう社会的な困難を解消し、
かつそれに適応するという現実のニーズが動機づけ
になり発展するものであることは云うまでも無いが、
他の国へ行っても話が同じではなく日本的な特殊事
情で発達したという一種の“ガラパゴス技術”の性
格があることも心にとめておくことが必要であろう。
(参考文献)
新幹線50年の技術史、曽根 悟、2014年4月
講談社ブルーバックス
東海道新幹線安全への道程、斉藤雅男、2014年9月
鉄道ジャーナル社